private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

商店街人力爆走選手権 SCENE30

2016-05-28 17:07:42 | 連続小説
「いいですかあー。対戦ボードを見て自分が勝つと思う方の数字をお選びくださーい。第一戦目は1か2です。お客さんが選んだ数字を押印します。勝ったほうの数字が入っている商品券をご提示されると、一時間後に行なわれる第二戦のレース開始まで、フード一品目お買い上げいただくごとに、お飲み物が一杯無料でサービスとなりまーす。第二戦以降同様のルールとなりますからねー。つまり、勝ちチケットを持っていれば、1時間以内にその番号のついたチケットでフードをお買い上げのたび、お飲み物無料となりまーす。レースは一日三回。三日で九回行なわれますので、この夏まつりを十分にお楽しみいただくにも、ぜひプレミアム・チケットをお買い求めください」
 呼び子が声を嗄らして、駅ホームから乗降する群衆に呼びかけている。
「ようよう、飲み物ってビールとかもあるのか?」
 タンクトップから日焼けした筋肉質の上腕二等筋が、これ見よがしにはみ出している大柄の男が疑い深気にたずねてくる。
「はい、ソフトドリンクから、チューハイ各種、ビールは第3のビールとなりますけれども、夏まつりの屋台で提供しているすべての飲み物が対象となっております。カップのサイズはすべてSサイズのみですのでご了承願います。次のレースまでの1時間以内なら、フードをお買い求めいただくたびご利用いただけますよ」
「そのプレミアム・チケットを一冊買うと一回レースに参加できるってこと?」
「2冊買って、どちらかの数字選べば、必ず当たるってことよね」
 今度は、買い物途中の主婦仲間と見られる女性から声がかかった。
「はーい、一冊10枚つづり2000円ですが、2200円分のお買いものできます。一度に2冊お買い上げいただければ4000円かかりますけれども、どちらかの数字を選んでいただければ必ずお飲み物が無料となりますよ。なお、プレミアム・チケットの上手なご利用方法は、出会いの十字路で詳しく説明しております。ここから50メートルほど先です。プレミアム・チケットをお得なご利用方法で十分活用いただいて、駅裏商店街の夏まつりを存分にお楽しみくださーい」
 そのやり取りを聞いて、興味深げにひとが集まってくる。人垣ができればまたそれが気になって別のひとたちが集まってくる。「人力車レースてどんなんだ?」。「オレは2000円で勝負だ」。「飲み物タダって、お得じゃない?」。「対戦者の意気込みとか、相手への挑発がチラシに載ってるぞ。ボクシングの対戦みたいで、これ、思い入れ込めると熱くなりそうだな」。「なに? これレースだけじゃなく、レース後に15分レンタルで、人力車に乗ってお祭り見れるとか、逆に自分で引かせてもらえる体験乗車もできるんだって。ねえアナタ、わたし乗っけて引っ張ってよ」。「ボク、体験学習したから、チケット一冊もらえたんだ」。
 いろんな声が飛び交うたびに、ちょっと行ってみようと駅裏に流れる人の群れが動く。商店街の中心である、出会いの十字路まで足を運ばせるのもひとつの戦略だ。まつりに出店している屋台をながめつつ、雰囲気をあじわえば自然とチケットを買ってまつりを楽しんでみようかという気にもなる。そこで、プレミアム・チケットのお得な利用法を説明され、目先で次々と売れていくのを目の当たりにすれば、自分も乗り遅れるわけにはいかないと購入していった。
 駅中の2階のテラスで会長と、恵がその様子を眺めている。
「いくら飲み物の原価が安いとはいえ、かなりの出費になるところだった」
「ほとんどの飲み物が新製品の試飲を兼ねたスポンサー契約を取れましたから、ポスターとテーブルテントの広告付きで商店街の利益がでるようになっております。5月から始まっていた夏のキャンペーンの余った分を在庫消化しつつ、新製品の広告が打てるので先方にとってもうまみがありますから、三方良しといったところでしょう。お客さまだってタダで飲めるんですから銘柄までこだわらないでしょうからね」
「うちの商店街はほとんどが閉まっていて、そういったのぼりや広告塔を置くところが自由に配置できたのがよかったな。利権にからむような契約をしている店もないから好都合だ。どのみちそれほど繁盛している店はないから無駄な心配だったかな」
 それを言っちゃミもフタもないないと、苦笑いする恵。
「しかし、人力車でレースをやって、商品券に予想番号を押印して、馬券替わりにすると聞いた時は正直おどろいた。行政への承認とかも簡単ではないと思っていたし、まさかな、夏まつりで賭け事とはな」
「会長がそう思われるのも無理はありませんけれど、当たればなんらかの商品を獲得できるというのは、ビンゴゲームやらスタンプラリーと同じようなことですから。せっかく人力車という資産をお持ちなんですから、それを使わないのは宝の持ち腐れかと」
「こちらからは喧伝せんが、2冊買えば必ず当たると誰でもすぐにわかる。2冊買ってもらって飲み物を振る舞ったとしても十分元が取れるし、むしろそちらを望んでいる。ひとりがやればまわりも続く、一日の発券分が残りわずかにと分かればみんなが先を急ぐだろう。考えたものだと言いたいが、あこぎなやり方だとも言える」
「ただ走らせるだけでは、余所もやっていますし、競馬も賭けなきゃ家畜のレースとはよく言われますけど、人力レースも賭けなきゃただの単なるバツゲームにしか見えませんから… 」
 会長は、その例えの笑いどころがわからない。
「それに、いくら人力車のレースが物珍しいといっても、何度も見たいとまでは思われないでしょうから、レースをお客様に予想をしていただき、どうしたって自分が選んだ番号が勝負によって飲み物がフリーになるならば気持ちも入っていく。顧客がそこに価値を見いだせれば、ビジネスとして成り立つんです。どうしても勝ちたい人は、2冊買っていただくもよし。あとは自己責任と自己満足… 夏まつりなんですから、それぐらでいいんじゃないですかねえ」
 会長は大きく肩をすくめ、首を横に振った。
「まったく… それだけじゃなかろうに。これが正しいかどうか、わたしにはまだわからん。毎年恒例の行事になるんだろうか… 」
 恵は会長の意見を受け止めつつ、促すようにしてエレベーターに乗り込み最上階へ向かった。満員のエレベーターはレストラン街のある最上階で止まり、ふたりを残してすべての人が降りたつ。下りのエレベーターを待つ大勢の人混みを見ながら口角を上げる恵は、『閉』のボタンを押し、さらに屋上階へ向かう。
「この暑いなか最上階までいくのは、さすがに変わり者だと思われてもしかたないな」
「せっかくのロケーションなんですから、ビアガーデンでもやればいいんですよ。ガーデニングだけじゃ、このさきすぐに飽きられるでしょうね」
「おいおい、次は駅ビルの再開発まで取り込もうってハラかね?」
 恵は、笑顔で答えるだけだった。会長はあながち冗談ではないなと思えてきた。

 人間というものは、そこに安全が保障されていれば、高いところが嫌いなわけではない。そして高みに立てば下を見おろしたくなる。清掃員の彼はそう信じて疑わなかった。
 大きなガラス張りで眺望のいいこの階層は、駅ビルのレストラン街になっており、エレベーターが到着する度に多くの人を輩出し、そのガラス張りの前を通りすぎる。そうするとそのあいだに、少しでも景色を見ようと足が緩むか、ガラス際で立ち止まってしばし鑑賞したり、端末で撮影する者も珍しくはない。そして、それはひとりが行うと大勢が横並びに始めるのもおなじみの光景だ。
 週末であれば、さらに多くの人間であふれ、話のネタにと初めて目にする眺望を焼き付ける。家族づれは子供をダシに使い、カップルはふたりの親交を深めるように、女性は怖がってみせ、男性は強がって見せたりと、最後にはお決まりのように自撮りで決める。しばらくその場を動かない老夫婦は会話もないまま時間を消費していく。一瞥をくれるだけのお一人様や、ビルに入っているテナントのビジネスマンはそれらを疎ましそうにして足早に歩き去る。
「 …えーっ、マジでえー?」
「そうそう、聞いた話なんだけどね、絶対あり得ないでしょ、たぶんね、間違いなく… 」
 男の耳に突然、若い女性の会話が飛び込んでくる。ふたりは、ちょうど石でできたオブジェに腰かけに座るとこだった。レストランで食事をしたあと、話し足りないようで、同じフロアで座れる場所を探して続きをする人も少なくない。それにしても『絶対』なのか、『たぶんなのか』なのか、『間違いない』のか、どっちなんだとツッコミたくなる衝動に駆られる。本人たちは気付いていなくても傍で聞いている方が、冷静に言葉を捉えることができる。いかに会話というものが、お互いの調和の上で成り立っているかがわかるというものだ。
 モップの柄を脇に立てて支えにし体をまかしている男は、断片的に聞こえてくる女性の会話にそんなどうでもいいようなことを考えながら、目の前の光景を見続けていた。もうすぐ5時になり早く片付けて仕事をあがりたいところなのに、この階の清掃が終わらなければそれもままならない。今日は駅の商店街のまつりの影響もあり、いつもより人が多いのはそのせいだろう。最後には強引にあたまを下げつつ突破して清掃するしかなさそうで、いまもそのタイミングを計っていた。
 誰だってトラブルは面倒だ、なるべく危険が少なそうなところにめぼしをつける。それが経験を持った人間のすることだ。やっかいな通行人に捕まって、ビルの管理事務所に乗り込まれるといった記憶は一度や二度ではない。
 そんなことを思い出していると、今日は人の動きが違っていると男は気づいた。一見さんが景色に足を止める姿は変わらない。そこからの行動がいつもとは違うのだ。集まった人たちはそれぞれ下を指さし、仲間内であろうと、知らない者同士であろうと、なにか言い合っては、そこから嬉しそうに会話弾ませ。そうしていそいそとエレベーターへと引き返すのであった。よくみかけるサラリーマンの連れ合いも、大外からつま先立ちで背伸びして感嘆をもらす。
「 …ちょっとそれって、友達としては重いよね。行くのか、やめるのかハッキリして欲しいところでしょ?」
「そうなのよ、そう思うでしょ! だから私も… 」
 腰かけに座ったさきほどの女性は、時折話が盛り上がるとボリュームが大きくなる。ふたりはガラス側を背にして座っているため、人々の流れには無関心だ。
 男はもうひとつ気になることを発見していた。人の波は順番に動いていくのに、ひとりの女性だけがそこに居続けていた。そのまま注視していると、それだけではなく、人を誘導しているように見える。エレベーターから人が降りてくる。ただでさえ人垣ができているので、注意をひかれる。なにかと覗きこむとその女性がうしろにまわりなにやら話しかける。すると興味津津の顔でその話しに聞き入り、いそいそと来た道を引き返す。女性はその人たちに向けてあたまを下げ一声かけている。
「 …アノ人も持て余してるみたいで、ちょっとかわいそうな感じなのよねえ」
「あるねー。そうゆうの、どこまで立ち入っていいか、どちらの側に立つかって難しいとこよね… 」
 たしかにどこまで踏み込んでいいものかは悩みどころだ。すべての人たちにそうして対応しているわけではないようで、その女性が絡まなくても、まわりのひととの会話で何かを確認し、窓の外を覗き見ようと歩を進める者もいる。また、その女性が説明しても、首を振ってレストラン街へ向かう者もいる。そういった場合でも、深くあたまをさげてひと声かけている。
 何かの勧誘だろうか。彼は少し嫌な記憶がよみがえってきた。この景観に人が集まることをいいことに、チラシを配ったり、アンケートをしたりする輩はたびたび出没する。そういうトラブルの元を見かければ、警備室に連絡するのも清掃員の仕事のうちだ。警備員も常にどこかに常駐していられるほど、人数が満たされているわけではない。
 ただ、当の女性はチラシを配るわけでもなければ、なにかを書き留めているわけでもない。集まった人に話しかけているだけと言われればなんともならない。不確定案件で警備員を呼び寄せてなにもなければ、これはこれであとからお叱りを受ける。
「 …でしょ! やってらんないわけよ」
「わかるーっ、それ。みんなさ、責任取るのイヤだから、逆に面倒持ち込んでくる方を悪く見るみたいなところ… 」
 女性たちの会話がいちいち気にかかる。とにかく、このまま傍観していてもしかたがなく、なによりも掃除を終わらせるという大義名分がある。時間を超過すればそれはそれでお叱りを受けるだけだ。モップを滑らせ、人波をかき分け、当の女性に近づいていった。
「見てください、あのマーク。すごいですよね。このビルのガラスに映った反射で道路に影が落ちてるんですって。今日は駅ウラでおまつりですね。矢印の方向に進むみたいですよ… 」
 女性は、他人事のように淡々とそんな説明をしている。その言葉を耳にした人は「へーっ」とか「ほうー」とか言って、「見に行ってみるか」、「食事に来たけど、まつりで買い食いもいいな」などといってはエレベーターの方へ引き返すのだ。男も窓越しに覗き込もうとすると、年配の女性に睨まれて後ずさりする。顔を歪ませて件の女性を見返すと、「お仕事が終られたら、寄ってみてはいかがですか?」とニッコリと微笑み、首を傾けられた。若く、それも見目麗しい女性に、夏の装いでカラダの線がハッキリとでる、薄墨で描かれた朝顔の絵柄のワンピース姿でそう言われれば悪い気はしない。掃除の邪魔になるとも言えずに、なれない笑顔で返すしかなかった。

 冷房の効いた駅構内とは対照的に、日が傾いて薄曇りの空模様でも暑さの残る夕方の町並みからは、路面から熱気が立ちこめていた。
「ちょっと、たっくん。早く歩いてよ」
 子供の手を引く母親は進むべき先に顔を向け、いまや重荷でしかない我が子を少しでも前進させようと躍起になっている。さっきまでお祭りでカキ氷食べると騒いでいたのに、急に足を止めたということは、このあいだ欲しがっていた新製品のオモチャでも見つけたのだろう。このあいだ買ってやったオモチャでさえ、すでに部屋のスミに追いやられていることを思えば、次から次へと買い与えるわけにはいかない。ダダをこねて泣きわめき出したら面倒だ。再びカキ氷に目を向けさせるため必死に声をかける。
「急がないと、カキ氷屋さん閉まっちゃうかもよ。それか、もう、いっぱい人が並んでるかもしれないし。駅前にできた新しいかき氷屋さん、行きたいって言ってたでしょ!?」
 そう言って脅しても、いっこうに子供は歩を進める様子はない。
「もう、どうしたのよ、さっきまであれだけカキ氷、カキ氷って、喜んでたのに」
「ねーえ、おかあさん。あれなに?」
「なんでもないわよ、さっ早く!」
 ろくに目も向けず、母親は力を強める。ここで反応していては、あとはなし崩しになってしまう。
「だってぇー、あの矢印… 」
「ねっ、見て! あの矢印!?」。「ナニ、ナニ? 行ってみる?」
 すれ違うように通りかかった女子高生の二人連れが、嬉々として声を上げている。その声につられて、ようやく母親が振り向くと、手から離れた子供が足を速めて、矢印の場所で立ち止まり母親を見て指差した。
「矢印… 」
 黒いアスファルトに大きな矢印が浮かび上がっていた。それは真っ直ぐに総合駅へ向き駅裏を指している。ついさっき、自分が通った時にはなかったものが突然あらわれた。薄曇りの空に日差しが差し込んできたため、駅ビルの窓に反射した太陽光が、窓に貼られた矢印と文字を拡大してアスファルトに陰を落し、目の前に現れたのだ。
「ほら、おかあさん。『ナツまつりはコッチ』って書いてある」
すれ違ったサラリーマンが笑いながら声をかける。
「はは、こりゃ気になるよな。ボウヤ」
 母親は照れくさそうにして頭をさげる。そういえば駅裏でも今日から夏祭りをやっているはずだ。カキ氷もあるだろう。行ってみてそれほど盛り上がっていないなら。駅ビルの店にでも入ればいい。とにかくこの暑さはうんざりだ。ここは子供に華を持たせて好きなようにさせてやればいい。おもちゃをねだられるよりよっぽどましだ。とにかく気になって仕方がない子供は、母の手を引き元気よく歩いていく。母親は、今度は子供に引っ張られるようにして駅裏へ向かった。
 それを見送る二人のサラリーマンは改めて、ビルの窓と道路の影を交互に見る。
「しかし、こりゃ、驚いたね。日が差し込んだかと思えばあっという間に文字が浮き出てきた。インパクト抜群だ」
「日差しは、自然現象だから計算には入れられませんが、たしかに面白いですね。こんな広告のしかたはサプライズ効果が高いですよね。どこの企画でしょう。問い合わせてみる価値ありそうです。僕のクライアントに、野外競技場の新しい広告媒体の提案を頼まれてるんです。これ、使えませんかね?」
「よし、まつりでもひやかしながら、探りを入れてみるか。しかし、商売敵の土地に広告打つなんて、たいしたもんだ。ビルのガラスに広告を貼っただけと言われれば、それ以上はなんとも言えないだろうがな。弱者が強者にやるから痛快でもある」
 そんな二人の姿を、苦々しい思いで見ている男がいた。
「なんだあれは。消しなさい。早く消してきなさい! ウチの道路だぞ」
「しかし、カゲですし」
「だったら、日が当たらないようにしなさい!」
「しかし、あそこにターフで覆おうにも、相当な大きさと、場所が… 」
「キミね。わたしの言うことを否定ばかりしておらず、だったら自分でなにか考えたらどうなんだ」
「しかし… あっ、申し訳ございません」
 駅中での呼び込みの盛況具合に気が気でない駅前商店街の会長が重堂とともに状況確認に向かう道すがら、さらに驚くような仕掛けが飛び出し、駅前の客を根こそぎ持っていかれそうで奇声をあげる。
「まったく、なにをやってるんだキミは。ウチの敷地内をヤツラのいいように使われて。リスクマネジメントがなってないんじゃないのか。即刻、駅ビルに問い合わせてあのポスターを撤去させなさい」
「はっ、はい。すぐにかけ合ってきます」
 泡を食った重堂は、駅裏へ向かう人波をかき分けだした。いつもの畏怖堂々とした姿はどこへやら、前線で危機に直面した経験もなく窮地を脱する策など思い浮かぶはずもない。

「アナタはあの時、このビルの屋上でこれを考えていたんだな。まったく、怖れ入るというか。時田さん。アナタにはわたしたちとは違うものを常に見い出すことができている。わたしには同じモノを目にしても何も思い浮かばない」
 駅ビルの屋上にあがった二人は、最初の待ち合わせと同じ場所で、太陽光が作り出す巨大なポップアップ広告を満足げに眺めていた。
「いえいえ、たまたま思いついただけです。会長が来られるまでぼんやりと駅前を眺めながら会長になんて話そうかなんて、取りとめもなく考えていたのがよかったんだと思います。あの道路に、ガラスに反射したカゲが落ちているのを見て、あそこに文字が浮かび上がると面白いかなって。それより、このタイミングで日差しが出てくるとは。天がわたしたちに味方してる証拠ではないでしょうか。昼間っから出ていたら、それこそどんなジャマされていたか。それにインパクトも弱まります」
「いや、それもこれもアナタが引き寄せたんだよ。強く望んだ人の想いの結果だ。否定的な意見ばかりを持って、卑屈になっている人間には幸運は寄り付かんのだ。それはわたしがよくわかっている」
 成果が確実に摘み取られていることに暑さなど物の比でないとばかりに、涼しげに髪の毛を肩からすべらせる。
「最初に、ビルの管理会社に話しを持っていったときは、おかしな顔をされました。あんな廊下の窓を広告スペースに使いたいだなんて。3日間だけでよかったんですけど、そういうわけにもいかず一ヶ月単位での契約となってしまいました。前例がないので通常の半額まで値切らせて手を打ちました」
「しかも、一ヶ月を無駄にせず、有効活用するつもりだろう」
「サンサイネージとして商標登録します。おまつりのあとは… そうですね、駅前に使用料を取って間貸ししましょうか、その収入は駅裏商店街に入れてもらえればコチラの広告代もペイできますしね」
「それでいいのかね。ウチが貰える道理はないはずだが。それとも少しでも罪滅ぼしをというわけかね」
「あくまで実験的な要素が強いですので、その結果によってどのようなビジネスにつながるのかデータを蓄積できるほうが、コチラとしては実入りが多いです。そうすればほかでも展開できる立地を探して、TPOにあったスポンサーとマッチングさせたり、拡がりに大きな期待がもてそうです」
「それだけじゃないだろうに。わたしもうまいこと乗せられたというわけだ。それが契約だったからな。いまさら言ってもしかたない。アナタがいうように、これらは実験的な試みであって、商店街にとってこの先につながるものではなく、死にゆく前の最後の一花になりそうだ。アナタの手柄と立身の礎となる手助けには申し分ないだろうがね」
「言葉とは見る角度や、捉える人によって変わり、まやかしとなることもあります。当の本人達より、周りで見ている方が真実を知り得たりすることもあります」
 恵の言葉のレトリックにもそろそろ慣れてきた。
「会長。ビジネスにはウラもオモテもあります。いまさらいいコぶるつもりもありません。そうであっても結果を出し、お互いに勝利の美酒を味わい、そしてライバルにも納得していただいて初めて成立すると考えてます。本当の成功とはひとり勝ちではなく、誰もがその先に光が見出せることです。あのひとたちだって少なからず、それはわかっているはずです。わからなかったのは自分たちが次に打つべき手です。勝者が陥る盲点というものは勝ち上がった時点で、もう次にすべきことを見失ってしまうことです」
 恵は右目をつぶって右手でピストルサインをつくり人差し指を跳ね上げた。その先にはこの状況を苦々しい目で見ている重堂と駅前商店街の会長であった。おろおろとする重堂は青筋を立てた会長に一喝され、蹴飛ばされるようにして場を離れていく。
「大方、ビル管にでも苦情申し立てするつもりでしょうけど、契約はしてあるんだからもう遅いわよ。お金にモノを言わせて取り込まれたらしかたないけど。そうならそうで、それを逆手に取ることだってできる」
「そこまで考えて… 」
「会長さん、ここはもう心配ないでしょう。商店街の様子を見に行きましょう」