A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 224 ファイア・カンタータ

2016-01-03 23:25:25 | ことば
じっと見つめることをまなんだ。
そしてじっと考えることをまなんだ。
考えるとは、深く感じるということだ。

そのようにして、ひとは火にまなんだ。
そして、火に、運命をまなんだ。
人の、人としてのあり方をまなんだ。

われわれは火の人種なのだと思う。
われわれとは火を共に囲むもののことだ。
火のことばが、われわれのことば。

火が、ささげる祈りだった。
火が、かかげるべき理想だった。
火が、あかあかとした正義だった。

こごえるものは、火をもとめた。
みずから信じるものは、火をかざした。
われわれの歴史は、火の歴史だ。

ときに、われわれの愚かさゆえに、
家々は火にのまれ、火につつまれた。
町々は燃えあがり、燃えつきた。

業火である、身を灼く火。
戦火である、にくしみの火。
劫火である、地をおおう火。

われわれは災いを、火にまなんだ。
そして、絶望を、火にまなんだ。
われわれは怒りを、火にまなんだ。

にもかかわらず、われわれは
何より、うつくしさを、火にまなんだ。
火を入れる。それは浄め、極めることだ。

火はつねに、本質をとりだす。
目に見えないうつくしさを、目に
はっきり見えるようにするのは、火だ。

われわれの日々の悦びは火の贈りものだ。
火の食事をして、火の時間を過ごす。
火の書物を読み、火の音楽を聴く。

近きにあって、遙かより望める火。
明るさであって、その外に
濃い闇を浮かびあがらせる火。

火を、われわれは神々から盗んだのだ。
火を盗んで、われわれは
魂を、かがやく無を、手に入れたのだ。

火という隠喩がなければ、われわれの
精神はきっと、ずっと貧しかっただろう。
三本の蝋燭が、われわれには必要だ。

一本は、じぶんに話しかけるために。
一本は、他の人に話しかけるために。
そしてのこる一本は、死者のために。

長田弘「黙されたことば」『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、359-360頁。


火を灯そう。自分に、他人に話しかけよう。