極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

地震予知巡礼の明日Ⅱ

2013年05月31日 | 時事書評

 

 

【地震予知に自信?!】

さて、宿題と考えていたが、さすが昨夜は疲れのためブログアップできなかった。一言で「地震
予知」と言っても、その内容についてさまざまな範囲や形式が考え様々。地震学会などでは、地
震予知を便宜的に時間軸から「短期予知」と「長期予知」に分類しているものの、どのような情
報をあらかじめ提供した場合に予知が当たったとしてよいのか、ということに関して明確な定義
が曖昧だと批判もされている。地震予知の手法にはいくつかの種類があり、地震学者や行政が公
式に認めているものは、地震学・測地学的な地震予知で、「短期予知」ではまったく成果がでて
いないがこれは社会科学な予測や確率を巡る問題点によく似ている。または、これ以外には従来
の地震学・測地学的手法と異なる地震予知研究や、地震前に広く見られると言われている種々の
前兆現象(宏観異常現象)の予知研究もあるが、学術的には認知されるほどに至っていない(疑
似科学と批判されてもいる-気象庁なども、宏観異常現象や地震雲を完全に否定しているわけで
はなく、可能性に含みを残しているが、科学的理解の水準が低いこと、その効率などから現状で
は否定されているという)。

その分類あるいは種類を列記すると、(1)地震学・測地学的観点、(2)歴史的観点・周期性
(3)長期評価(4)地震学・測地学とは異なる視点などに予知が分類され、最後の(4)に該
当するものには(1)電波、電磁波、電気、磁気の変化(2)物質の化学的組成の変化(3)自
然現象・体感などの非定量的現象の変化などに分類されている。また(2)(3)は古文書(言
い伝え)や地学的な地層分析など因果律的な測定評価である。(4)の(1)の電波、電磁波、
電気、磁気の変化を捉え手法(電磁力学的手法)には、(1)赤外線(2)地電流法(3)VAN法
(ギリシャの3名の地震学者Panayotis Varotsos, Kessar Alexopoulos and Kostas Nomikosの頭
文字から命名されている)(4)ULF法(VAN法の交流版)(5)中波帯域(1kHz)(6)超短波・
極超短波(7)電離層の状態などに分類されている。電磁波系研究は、地殻内における歪みの蓄
積によって、地殻崩壊が起こるとき、石英や花崗岩(主成分はSi)などが伸縮を起こすことで、
圧電効果の電流や電磁波を生じ、実際に岩石に圧力を掛けると、電磁波が観測されることが実験
で確認。この地震前に生じる電磁波観測で、地震の早期警戒に役立てる研究である。大規模地震
などの場合、地殻の崩壊体積が大きくなり。その分だけ地殻内に生じ電流量が大きくなり、ある
程度の精度の機器ならば検出が可能である。その他としては(1)ラドン濃度(2)大気イオン
濃度(3)トリガー推定(天体変動・太陽活動・火山活動)などがある

ただし、大規模地震の地殻の崩壊による分散などのため震央部の特定は難しいとされている。
観異常現象
もこの地震前の異常電波を動物等が感じ取り、異常行動を取ったりする(実験で人為
的に発生させた電磁波を発生させると、動物等が反応し、異常行動を取る事も確認されている。


最近の予知技術の新規考案を調べてみると、微弱な地表・地中・大気圏(電離層圏内)の(低周
波)振動、電流や電磁波データ収集分析技術に関わるものが多い傾向にあるが、従来通りの測地
学的技術案件も多く含まれる。


 

  

例えば、上図の「特開2013-064611 地震予知システム及び地震予知方法」は、既存の無線電話端
末や無線タグなどと通信を行う無線通信基地局と、端末局との間の無線通信状態に関する情報を
無線通信基地局から取得し、取得した無線通信状態に関する情報についての一定時間ごとの変化
を、直近の特定期間内で蓄積し、その蓄積した特定期間内の変化から地震発生の可能性の有無の
判断を行う。この判断で無線通信状態が悪い無線通信基地局の近傍の領域を、短期的に地震発生
の可能性が高い地域と判断することで、震発生の予兆としての電磁ノイズを、効率良くかつ正確
に測定して収集するシステムの案件に注目した。

この作業で気づいたのは、個々の研究は進んでいるが、例えば、(1)位置変動データ(2)地
表・地中変動データ(3)電離層圏電波変動データ(4)宏観異常現象データを統合的したデー
ター蓄積や分析・解析の技術研究がないことである。勿論これらは測定方法深耕や測定点の拡充
が合わせてなされるべきものだろうが、空間周波数解析ならぬ<概年月日(がいねんがっぴ)リズ
ム解析> いわば、地震予知的フーリエ解析学?の必要性を感じた。

 

 

 

 「あとになって振り返れば、たしかに不自然な要素があったかもしれない。しかしそのときに
 は、それが何より自然なことに思えたんだ。僕らはまだ十代だったし、何もかもが初めて経験
 することだった。自分かちの置かれた状況を客観的な目で見渡すことなんて、とてもできなか
 った」
 「つまり、ある意味ではあなたたちはそのサークルの完璧性の中に閉じ込められていた。そう
 いう風に考えられない?」
  つくるはそれについて考えてみた。「ある意味ではそうだったかもしれない。でも僕らは喜
 んでその中に閉じ込められていた。そのことは今でも後悔していないよ」
 「とても興味深い」と沙羅は言った。

   アカが浜松で、殺される半年前のシロと会った話も沙羅の注意を惹いた。

 「 ケースとしては少し違うけど、その話は私の高校のクラスメートのことを思い出させる。彼
 久は見入でスタイルもよくて、おうちはお金持ちで、いわゆる帰国子女で、英語もフランス語
 も話せたし、成績もトップクラスだった。何をやらせても人目を惹いた、みんなにちやほやさ
 れ、ド級生のあこがれの的だった、私立の女子校だから、そういうのはけっこうすごいのよ」
  
  つくるは肯いた。

 
 「大学は聖心に進み、途中で二年フランスの大学に留学したの。帰国して二年くらい経って、
 たまたま会う機会があったんだけど、でもそのとき彼女の姿を久しぶりに目にして、私は言葉
 を失ってしまった。彼女は、なんて言えばいいのかしら、色が薄くなって見えたの。強い陽光
 に長いあいだ曝されて、全体の色彩がまんべんなく褪せてしまったみたいに。見かけは前とほ
 とんど変わらない。相変わらず美人だし、スタイルもいいし……。ただ、前より薄く見えるだ
 け。思わずテレビのリモコンを手にとって、色を何段階か濃くしたくなるくらい。それはずい
 ぶん奇妙な体験だった。人がたった数年の間にそんなに目に見えて薄くなるなんて」
 彼女は食事を終え、デザート・メニューが来るのを侍っていた。

 「私と彼女はとくに親しいというわけではなかったけど、共通の友人がいたので、そのあとも
 折りにふれてどこかで顔を合わせた。顔を合わせるたびに、彼女は更に少しずつ色合いを薄く
 していった。そしてある時点からは誰の目にも、彼女はもう格別美しくはなくなったし、とり
 たてて魅力的でもなくなってしまった。頭もいくらか悪くなったみたいだった。話も退屈にな
 り意見は月並みなものになっていった。彼女は二十七歳の時に結婚したんだけど、夫はどこか
 の官庁のエリートの役人で、見るからに薄っぺらな、つまらない男だった。でも本人には、自
 分かもう美人でもなく魅力的でもなく、人目も惹かないんだということがよく理解できなくて、
 昔と同じに女王様のように振る舞っていた。それをはたで見ているのはけっこう重かった」
  デザート・メニューが手渡され、沙羅はそれを子細に検討した。決心がつくとメニューを閉
 じ、テーブルに置いた。

 「友人たちは次第に彼女から離れていった。そういう彼女の姿を目にするのが痛々しかったか
 らよ いや、正確にいえば痛々しいというより、彼女を見ていると一種の怯えを感じることに
 なったからね。それは女性がみんな、多かれ少なかれ抱いている怯えなの。自分が女としての
 いちばん素敵な時期を既に過ぎてしまったのに、それに気がつかず、またうまく受け入れるこ
 とができず、これまでと同じように振る舞って、みんなに陰で笑われたり、疎まれたりするん
 じゃないかという怯え。彼女の場合、そのピークが他の人より早くやってきた。それだけのこ
 となの。彼女のあらゆる資質は十代で、春の庭のように勢いよく咲き誇り、それを過ぎると急
 速にしぼんでいった
  
  白髪のウェイターがやってきて、沙羅はレモン・スフレを注文した。デザートを欠かさず食
 べなが、彼女が美しい体型を保ち続けていることに、つくるは感心しないわけにはいかなかっ
 た。

 

 


 「シロさんのことは、クロさんからもっと詳しい事情が聞けるんじゃないかな」と沙羅は言っ
 た。「たとえその五人組が調和のとれた完璧な共同体であったとしても、女の子同士でしか話
 し合えないものごとはちゃんとあるものなの。アオくんの言うようにね。そしてそういう話は、
 女の子たちの世界から外にはまず出て行かない。私たちはあるいはおしゃべりかもしれない。
 でもある種の秘密は堅く守られる。とりわけ男の人たちに対しては」
  彼女は離れたところにいるウェイターにしばらく目を向けていた。レモン・スフレを注文し
 たことを後悔しているようにも見えた。他の何かに変更するべきかもしれない。しかし思い直
 し、視線を正面のつくるに戻した。

 「男の子たち三人のあいだでは、そういう打ち明け話はしなかったの?」
 「そんな話をした覚えはないな」とつくるは河った。
 「じゃあどんな話をしていたの?」と沙羅は尋ねた。
  あの当時我々はいったい何を話していたのだろう? つくるはしばらくそれについて考えて
 みた。でもその内容はまるで思い出せなかった。ずいぶん長く熱心に、復を割って話していた
 はずなのに……。

 「思い出せないな」とつくるは言った。

 「変なの」と沙羅は言った。そして微笑んだ。
 「来月になれば、今かかっている仕事は一段落する」とつくるは言った。「そのめどがついた
 ら、フィンランドに行きたいと思っているんだ、もう上に話は通してあるし、休暇をとること
 自体に問題はないと思う」
 「日にちがはっきりすれば、旅行のスケジュールを組んであげられると思う。飛行機のチケッ
 トや、ホテルの予約なんかを」
 「ありがとう」とつくるは言った。
  彼女はグラスをとって、水を一口飲んだ。そしてグラスの禄を指でなぞった。
 「君の高校時代はどんなだったのかな?」とつくるは尋ねた。
 「私はあまり目立だない少女だった。ハンドボール部に入っていたこされいでもなかったし、
 成績もそんなに褒められたものじゃなかった」


  

 「謙遜しているんじやなくて?」

  彼女は笑って首を振った。「謙遜は立派な美徳かもしれないけど、私には似合わない。ごく
 正直に言って、私はぜんぜん目立だない存在だった。学校というシステムにあまり合わなかっ
 たんだと思う。先生に可愛がられることもなく、下級生に憧れられることもなかった。ボーイ
 フレンドなんて影もかたちもなかったし、しつこいにきびにも悩まされていた。『ワム!』の
 CDも全部持っていた。母親の買ってくれる白いコットンのさえない下着を着ていた。でもそ
 んな私にも良い友だちは何人かいた。二人くらいね。あなたの五人組のように緊密な共同体と
 まではいかなかったけれど、それでも心のうちを打ち明けられる親友だった。だからそんなぱ
 っとしない十代の日々を、なんとかこともなく乗り切ることができたのかもしれない」
 
 「その友だちとは今でも会っている?」
 
  彼女は肯いた。「ええ、私たちは今でも良い友だちでいる。二人とも結婚していて、子供も
 いるから、それほどしょっちゅうは会えないけど、たまに食事を一緒にして、三時間くらい休
 みなしにしやべりまくる。いろんなことを、なんていうか、かなりあけすけに」

  ウェイターがレモン・スフレとエスプレッソ・コーヒーをテーブルに運んできた。彼女は熱
 心にそれを食べた。どうやらレモン・スフレを選んで正解だったらしい。つくるは彼女のそん
 な姿と、エスプレッソ・コーヒーから立ち上る湯気を交互に眺めていた。

 「あなたには今、友だちはいる?」と沙羅は尋ねた。
 「今のところ、友だちと言えるほどの相手はいないと思う」
  名古屋時代の四人だけが、つくるにとって本当の友人と呼べる存在だった。そのあと短い期
 間ではあったけれど、灰田がそれに近い存在になった。他には誰もいない。
 「友だちがいなくて淋しくない?」
 「どうだろう。わからないな」とつくるは言った。「もしいたとしても、あけすけに打ち明け
 話をするとは思えないけれど」
  沙羅は笑った。「女の人にはそういうことがある程度必要なの、もちろんあけすけな打ち明
 け話は、友だちという機能の一部に過ぎないけど」
 「もち ろん」
 「それはそうと、スフレを一口食べない? とてもおいしいわよ」
 「いや、君が最後の一口まで食べればいい」
  沙羅は残ったスフレを大事そうに食べ終え、フォークを置き、口元をナプキンで丁寧に拭い、
 それから少し考えていた。やがて顔を上げて、テーブル越しにまっすぐつくるを見た。
 「ねえ、これからあなたのおうちに行ってもいい?」
 「もちろん」とつくるは言った、そして于をあげ、ウェイターに勘定書を頼んだ。

 「ハンドボール部?とつくるは言った。
 「その話はしたくない」と沙羅は言った。


 
  二人はつくるの部屋で抱き合ったった。もう一度沙羅と抱き合えることを、彼女がその機会
 を彼にもう一度与えてくれたことを、つくるは嬉しく思った。二人はソファの上でお互いの身
 体を愛撫し、それからベッドに入った。彼女はミントグリーンのワンピースの下に、黒いレー
 スの小さな下着をつけていた。

 「これもお母さんに買ってもらったの?」つくるは尋ねた。
 「馬鹿ね」と沙羅は言って笑った。「自分で買ったのよ。もちろん」
 「にきびもどこにもない」
 「当然でしょう」

  彼女は手を伸ばして、つくるの硬くなったペニスを優しく握った。
  しかし少し後で、彼女の中に挿入しようとしたとき、それは十分な硬さを失っていた。つく
 るにとっては生まれて初めての体験だった。それは彼を戸惑わせ、混乱させた。まわりのすべ
 てが妙に静かになった。耳の奥がしんとして、心臓の鼓動が乾いて聞こえた。

 「そういうの気にしちゃ駄目よ」と沙羅は彼の背中を撫でながら言った。「このまま私をじっ
 と抱いていて。それでいいから。余計なことは考えずに」
 「わからないな」とつくるは言った。「ここのところずっと君を抱くことばかり考えていたの
 に」
 「ひょっとして、あまり期待しすぎたのかもね。そんな風に私のことを真剣に考えてくれるの
 はとても嬉しいけど」

  二人はそのあともベッドの中で裸で抱き合い、時間をかけて愛撫を続けたが、つくるが十分
 な硬さを回復することはなかった。やがて彼女が帰る時間がやってきた。二人は黙って服を着
 て、つくるは駅まで彼女を送った。そして歩きながら、うまくことが運ばなかったことを謝っ
 た。

 「そんなことはどうでもいいのよ、本当に。だから気にすることはない」と沙羅は優しく言っ
 た。そして彼の手を握った。小さな温かい手だった。
  何かを言わなくてはならなかったが、言葉が浮かんでこなかった。彼はただそのまま沙羅の
 手の感触を確かめていた。

 「あなたはおそらく、戸惑っているんじやないかな」と沙羅は言った。「名古屋に帰って、と
 ても久しぶりに昔のお友だちと会って話をして、いろんなことが一度に明らかになり、それで
 気持ちがかき乱されたのかもしれない。おそらくあなた自身が感じているよりも激しく」
  たしかに混乱はあるだろう。長いあいだ閉じていたドアが開かれ、これまで目を背けていた
 多くの事実が、一度に中に吹き寄せられてきたのだ。まったく予測もしなかったような事実が
 それらは彼の中でまだうまく順序や居場所をみつけられていない。
  沙羅は言った。「
あなたの中で何かがまだ納得のいかないままつっかえていて、そのせいで
 本来の自然な流れが堰き止められている。なんとなくだけど、そんな感じがするの」
  つくるは彼女が言ったことについて考えた。一僕が抱えている疑問が、今回の名古屋行きに
 よってすっかり解明されたわけではない。そういうこと?」
 「そうね そんな気がする。あくまで私の感触に過ぎないけど一と沙羅は言っか言それから真
 剣な顔つきで少し考え、付け加えるように言った。「今回いくつかの事実が明らかになったお
 かげで、むしろ逆に、残された空白部分がより大きな意味あいを持つようになったということ
 かもしれない」

  つくるはため息をついた。「僕は開けるべきじゃない蓋を開けてしまったんじゃないのかな」
 「あるいは一時的にはそういうことになるかもしれない」と彼女は討った。「いっときの揺れ
 脱しはあるかもしれない。でもあなたは少なくとも解決に向かって、前に一歩を踏み出してい
 る。それが何より大事なことよ。そのまま進んでいけば、きっと空白を埋める正しいピースを
 見つけることができると思う」
 「でもそれには長い時間がかかるかもしれない」

  沙羅はつくるの手をしっかりと握った。その力は意外に強かった。

 「ねえ、なにも急ぐことはないのよ。ゆっくり時間をかければいい。私がいちばん知りたいの
 は、私とこれからも長くつきあってくれる気持ちがあなたにあるかどうかっていうこと」
 「もちろんある、打と長く一緒にいたい」
 「本当に?」
 「嘘じゃない」とつくるはきっぱりと言った。
 「じゃあかまわない。まだ時間はあるし、私は侍てるから、とりあえず片付けなくてはならな
 いことも、私にはいくつかあるし」
 「とりあえず片付けなくてはならないこと?」

  沙羅はそれには答えず、謎めいた微笑みを浮かべた。そして言った。

 「できるだけ早くフィンランドに行ってクロさんに会いなさい。そして正直に胸を開いて話を
 しなさい。彼女はきっと何か大事なことをあなたに教えてくれるはずよ。とても大事なことを。
 私にはそういう予感がある」

                                      PP.219-228
                     村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』


 

 

最近のアベノミクスと株取引の関係を看ていると、ポール・デビットソンではないが、良きマー
ケット・メイカーが自然発生あるいは自律的にマーケットから現れることはないという事実追
-「ウェルカム・トゥー・リアル・ライフ 」(村上春樹 『色彩を持たない
多崎つくると、彼の
巡礼の年』、PP.202-207)-をしているかのようで、そう簡単に英米流金融資本主義を修正でき
すに、またぞろハゲタカ市場の様を看るにつけ実に哀れであな面白し


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地震予知巡礼の明日

2013年05月29日 | 時事書評

 

 

 

 

  つくるが東京の住まいに戻ったのは、アカに会ったその日の夜の七時だった。バッグから荷
 物を出し、着ていた衣服を洗濯機に入れ、シャワーを浴びて汗を落とした。それから沙羅の携
 帯電話に連絡を入れた。留守番のメッセージになっていたので、名古屋からついさっき戻った
 ことを告げ、そちらの都合の良いときに連絡をもらいたいと伝言を残した。
  十一時過ぎまで起きて待っていたが、電話はかかってこなかった。翌日、火曜日の昼休みに
 彼女から連絡があったとき、つくるは会社の食堂で昼食をとっていた。

 「どう、名古屋の用件はうまくいった?」と沙羅は尋ねた。
  彼は席を立ち、廊下の静かな場所に行った。そして日曜日と月曜日に、レクサスのショール
 ームと、アカのオフィスを直接訪ねてみたこと、そこで二人と会って話ができたことを簡単に
 報告した。
 「二人と話してよかったと思う。おかげで少しずついろんな事情がわかってきた」とつくるは
 言った。
 「それはよかった」と沙羅が言った。「無駄足にならなくて」
 「君さえよければ、どこかで会ってゆっくりその話をしたいんだけど」
 「ちょっと待って。予定を見てみる」

  十五秒ばかり、彼女が予定表を調べる時間があった。そのあいだつくるは窓の外に広がる新
 宿の街を眺めていた。空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。
 「あさっての夜なら空いている。あなたの予定は?」と沙羅が言った。
 「あさっての夜でいいよ。食事でもしよう」とつくるは言った。いちいち手帳を間くまでもな
 い。ほとんどの夜、彼の予定は空白になっている。
  二人は待ち合わせの場所を決め、会話を終えた。携帯電話のスイッチを切ったあと、胸に微
 かな異物感が残っていることに気がついた。食べ物の一部がうまく消化されていない--そん
 な感じだ。沙羅と話をする前にはなかった感触だ。間違いなく。でもそれが何を意味している
 のか、あるいはそもそも何かを意味しているものなのか、うまく見定められなかった。
  沙羅と交わした会話を頭の中に、できるだけ正確に再現してみた。話の内容、彼女の声の印
 象、間合いの取り方……そこに何かいつもと違う点があるとは思えなかった。彼は携帯電話を
 ポケットにしまい、テーブルに戻って昼食の残りを食べようとした。しかしそのときには食欲
 はもうなくなっていた。

  その午後と翌日、つくるは入社したばかりの社員を一人助手として伴い、エレベーターの新
 設が必要とされるいくつかの駅の視察に行った。本社に保管されている駅の図面と、現場の実
 体が合致しているかどうか、助手に計測を手伝わせ、ひとつひとつ確認していった。図面と現
 況の間には意外にずれや誤差が生じているものだ。そういうものが生じた理由はいくつかあげ
 られるが、とにかく作業にとりかかる前に、細部まで信頼できる図面を用意することが不可欠
 になる。工事にとりかかったあとで大きなずれや誤差が発見されたら、取り返しのつかないこ
 とになる。戦闘部隊が間違いだらけの地図を頼りに、どこかの島に上陸するようなものだ。

  その作業を一通り終えたあと、駅長と膝を交えて、改築に伴って生じる様々な問題点を検討
 する。エレベーターを設置することで駅の形状は変化するし、形状が変化すれば乗客の流れ方
 が違ってくる。その変化をうまく構造的に吸収しなくてはならない。もちろん乗客の安全性が
 最優先事項になるが、同時に駅員たちの業務に必要な動線も確保されなくてはならない。それ
 らの要素を総合して改築プランを決定し、実際の図面に移し替えるのがつくるの役目だ。骨の
 析れる仕事だが、人命に関わる大事な作業だ。つくるは根気よくそれをこなしていった。問題
 点を明瞭にし、チェックリストを作り、それをひとつひとつ丹念に潰していくのは、彼が本来
 得意とする作業だった。またその一方で、経験の乏しい若手社員に仕事の手順を実地に教え込
 んでいく。その坂本という早稲田の理工学部を出たばかりの青年はおそろしく無口で、顔が長
 く、にこりともしない男だったが、呑み込みが早く、素直に言うことをきいた。計測の作業も
 手際が良かった。この男は使えるかもしれないとつくるは思った。

  ある特急停車駅の駅長と一時間ばかり、改築工事の細部を検討した。昼休みになったので弁
 当を取ってもらい、一緒に駅長室でそれを食べた。そのあとお茶を飲みながら世間話になった。
 駅長は人当たりの良い太った中年男で、駅に間するいろんな面白いエピソードを披露してくれ
 た。つくるは現場に来て、そういう話を間くのが好きたった。話はやがて遺失物の話になった。

 列車や駅にどれくらい数多くの忘れ物があり、その中にはどれくらい不思議なもの、奇妙なも
 のがあるか、そういう話だ。遺骨、かつら、義足、長編小説の原稿(少し読んでみたがつまら
 なかった)、箱に入れられきれいに包装された血染めのシャツ、生きたマムシ、女性器ばかり
 を写した四十枚ほどのカラー写真の束、大きな立派な水魚……。

 「中には始末に困るものもあります」と彼は言った。「知り合いの駅長で、死んだ胎児の入っ
 たボストン・バッグを忘れ物として届けられた男がいますが、ありかたいことに私にはまだそ
 ういう経験はありません。しかし以前私か駅長を務めていた駅で、ホルマリン漬けになった指
 が二本届けられたことがありました」
 「それもずいぶん気味悪そうですね」とつくるは言った。
 「ええ、そりゃ気味悪かったです。きれいな布袋の中に、小さなマヨネーズの瓶みたいなもの
 が入っていまして、小さな指が一本、液体に浮かんでいました。それは根元から切り取られた
 子供の指みたいに見えました。もちろん警察に電話をしましたよ。何か犯罪に関わったものか
 もしれませんからね。すぐに警官がやってきて、それを持って行きました」

  駅長はお茶を飲んだ。

 「それから一週間ほどして、指を取りに来たのと同じ警官がまたやってきました。そして洗面
 所でそれをみつけた駅員から、そのときの事情をもう一度詳しく聞いていきました。私も立ち
 会いました。その警官の話によると、瓶に入れられていた指は、子供のものではなかったそう
 です。ラボで調べたところ、それは成人の指であることがわかりました。それが小さかったの
 は、六本目の指だったからです。警官の話によると、六本目の指を持って生まれる人がたまに
 いるのだということでした。だいたいは親が奇形を嫌い、まだ赤ん坊のうちに切断してしまい
 ます。しかし中には成人しても六本の指を保持している人もいます。それはそういう、大人に
 なるまで残された六本目の指が手術で切り取られ、ホルマリンに潰けて保存されていたものだ
 ということでした。推定ではその指の持ち主は、二十代半ばから三十代半ばにかけての男性で
 あるということですが、切除されてからどれくらい年月が経っているのか、そこまではわかり
 ません。どういう経過でそれが駅の洗面所に忘れられたのか、あるいは捨てられたのか、想像
 もつきません。しかしどうやら犯罪の可能性はなさそうだということでした。結局その指は警
 察に渡したままになりました。指をどこかに置き忘れたというお客様からの届け出もありませ
 んでした。まだ警察の倉庫にしまってあるのかもしれませんね」


 

 「不思議な話ですね」とつくるは言った。「成人するまでわざわざ六本目の指を持っていたの
 に、どうして急に切除したのでしょう」
 「ええ、謎に満ちています。そのあと私は興味を惹かれ、六本指についていろいろ調べてみま
 した。これは多指症と呼ばれているもので、有名人にも数多く多指症の人がいます。真偽のほ
 どは不明ですが、豊臣秀吉は親指が二本あったという証言があります。ほかにも多くの例があ
 ります。有名なピアニストもいますし、作家も画家も野球選手もいます。フィクション上の人
 物では『羊たちの沈黙』のレクター博士が六本指です。六本指は決して特異な例ではありませ
 んし、事実この遺伝子は優性遺伝するくらいです。人種によって差がありますが、世界的に見
 ておおよそ五百人に一人は六本の指を持って生まれてくるらしい。ただその大部分はさっきも
 申しましたように、指の機能が定まる一歳までに、親の意思で切除されてしまいます。ですか
 ら私たちがそういうものを実際に目にする機会はほとんどありません。私自身その指の忘れ物
 があるまでは、六本目の指なんて耳にしたこともありませんでした」
  つくるは言った。「しかし不思議ですね。六本指が優性遺伝するのなら、どうしてもっと多
 くの人が六本指にならないのでしょう?」
  駅長は首をひねった。「さあ、どうしてでしょうな。そういうむずかしいことは、私にはち
 ょっとわかりません」





  一緒に食事をしていた坂本がそこで目を開いた、まるで洞窟の入り目を塞いでいる重い岩を
 どかせるみたいにおずおずと。「若輩の身で差し出がましいようですが、少し口をはさませて
 いただいていいでしょうか?」「いいよ」とつくるは驚いて言った。坂本は人前で進んで意見
 を述べるようなタイプの青年ではまったくなかったからだ。「なんでも話せばいい」
 「『優性』という言葉の響きのせいで、世の中の多くの人は誤解しがちなのですが、ある傾向
 が優性遺伝だからといって、それが世間に無制限に広まっていくというものではありません」
 と坂本は言った。「奇病と呼ばれる疾患の中には、遺伝子的に優性遺伝するものも少なからず
 ありますが、そのような疾患が広く一般的なものになっているかというと、そんなことはあり
 ません、それらは多くの場合、ありかたいことに一定数で堰き止められ、奇病のままに留まっ
 ています。優性遺伝というのはあくまで、傾向頒布の要素のひとつに過ぎないからです。ほか
 にはたとえば、適者生存や自然淘汰といった要素もあります。これはあくまで私の推測に過ぎ
 ませんが、六本の指は、人間にとって数として多すぎるのではないでしょうか。結局のところ、
 五本の指を用いて作業をすることが、必要かつ十分というか、いちばん効率が良いのだと思い
 ます。ですからたとえ優性遺伝するとしても、現実世腎においては、六本指は圧倒的なマイノ
 リティーに留まったのではないでしょうか。つまり淘汰の法則が優性道江をト回ったのではあ
 るまいかと」

  それだけを一気にしゃべると、坂本はまた沈黙の中に退いた。

 「なるほど」とつくるは言った。「それは十ニ進法から十進法へと、世界のの計算単位がおお
 まかに統一されていったプロセスと通じているような気もする」
 「そう言われてみれば、それは六本指と五本指のディジットに呼応しているかもしれません」
 と坂本は言った。
 「でもどうして、君はそんなことに詳しいんだ?」とつくるは坂本に尋ねた。
 「大学で遺伝学の講義をとりました。個人的にそういうことに興味がありましたので」と坂本
 は頬全体を赤くして言った。
  駅長は愉快そうに笑った。「鉄道会社に入社しても、遺伝学の講義がちゃんと役に立つんで
 すな、勉強というのはとにかくしておくもんです、実に」
  つくるは駅長に言った。「でも六本の指があれば、ピアニストなんかはそれなりに重宝しそ
 うな気がするんですが」
 「それが、そうでもないようです」と駅長は言った。「六本の指を持つピアニストの話により
 ますと、余分な指はかえって邪魔になるのだそうです。たしかにいま坂本さんがおっしゃった
 ように、六本の指を均等に自由に動かすという作業は、人間にはいささか荷が重いのかもしれ
 ません。五本でちょうどいい、というか」

 「六本の指を持つメリットはどこかにあるんでしょうか?」とつくるは尋ねた。

  駅長は言った。「調べてみると、中欧のヨーロッパでは六本の指を持つ人間は魔術姉や魔女
 として焼かれたという説もありました。十字軍の時代にある国では、六本指の人間は皆殺しに
 されたという話もあります。真偽のほどはわかりませんが。またボルネオでは六本指を持って
 生まれた子供は自動的に呪術師にされたそうです。そういうのはメリットとも言えないかもし
 れませんが」「呪術師?」とつくるは言った。

 「あくまでボルネオの話ですが」

  そこで昼休みが終わり、話も終わった。つくるは弁当をご馳走になった礼を駅長に言って席
 を立ち、坂本とともに本社に戻った。

  本社に戻って図面にいくつか必要な書き込みをしながら、ふとあることに思い当たった。昔、
 灰田から聞かされた彼の父親の話だ。大分の山中の温泉旅館に長期逗留していたジャズ・ピア
 ニストが、演奏を始める前にピアノの上に置いたという布袋-ひょっとしてその中に入って
 いたのは、ホルマリン漬けされた彼の六本目の左右の指だったのではあるまいか? 彼は何ら
 かの理由があって、成入したあとにそれを手術で切除し、瓶に入れて持ち歩いていたのだ。そ
 して演奏をする前に必ずピアノの上にそれを置いた。護符のように。
  もちろんそれはつくるの勝手な想像に過ぎない。根拠も何もない。そしてその出来事があっ
 たのは--もし本当にあったとすればだが--今から四十年以七昔のことだ。しかし考えれば
 考えるほど、それは灰Ⅲの語った話に残された空白を埋める、有効な断片であるように思えた
 彼は夕方が来るまで、鉛筆を片手に製回向の前に座り、そのことについて考えを巡らせていた 

  翌日、つくるは広尾で沙羅に会った。二人は住宅街の奥まったところにある小さなビストロ
 に入り(沙羅は東京のあちこちに、数多くの奥まった小さな飲食店を知っていた)、食事をす
 る間つくるは名古屋で二人の旧友に会った経緯と、会話の内容を話した。要約してもかなり長
 くなったが、沙羅はその話に興味深く耳を傾けていた。ところどころで話をストップさせ、質
 問を挟んだ。
 「東京のあなたのおうちに泊まったときに、あなたに何か薬を飲まされてレイブされたと、シ
 ロさんが他のみんなに言ったのね?」
 「そういう話だった」
 「彼女はほかのみんなの前で、とてもリアルにその細部を描写した。ひどく内気な性格で、性
 的な話題をいつも避けていたにもかかわらず」
 「アオはそう言っていた」
 「そしてあなたにはふたつの顔があると彼女は言った」
 「『表の顔からは想像もできない暗い裏の顔がある』と彼女は言った」
  沙羅はむずかしい顔をしてしばらく考えていた。
 「ねえ、それについてあなたに何か思い当たることはないの? たとえばあなたと彼女との間
 に、何か特別な親密さが生じる瞬間があったとか」
  つくるは首を振った。「いや、一度もなかったと思う、そういうことが起こらないように僕
 はいつも意識していたから」
 「いつも意識していた?」
 「彼女を一人の異性として意識しないように努めていたということだよ、だから二人きりにな
 る機会をなるべく作らないようにしていた」

  沙羅はしばらく目を細め、首を傾げていた。「グループの他の人たちも同じように注意を払
 っていたと思う? つまり男の子たちは女の子たちのことを、女の子たちは男の子たちのこと
 を、異性として意識しないように」
 「他のみんなが当時どんなことを思っていたか、もちろん心の内側まではわからない。でも前
 にも言ったように、男女の関係をグループの中に持ち込まないようにしようというのは、僕ら
 の暗黙の丁解になっていた。それははっきりしていた」
 「でも、それってやはり不自然なことだと思わない? そういう年代の男女が親密に交際して、
 しょっちゅう一緒にいれば、お互いに対して性的な関心を抱くようになるのは当然の成り行き
 じやないかしら」
 「ガールフレンドを作って、普通に一対一でデートしたいという気持ちは僕にもあったよ。セ
 ックスにももちろん興味があった。人並みにね。グループの外でガールフレンドをつくるとい
 う選択肢もあった。でも当時の僕にとって、その五人のグループは何より大事な意味を持つも
 のだった。そこから離れて何かをするということはほとんど考えられなかった」
 「そこには見事なばかりの調和があったから?」



  つくるは肯いた。「そこにいると自分が何か、欠くことのできない一部になったような感覚
 があった。それは他のどんな場所でも得ることのできない、特別な種類の感覚だった」

  沙羅は言った。「たからあなたたちは、性的な関心をどこかに押し込めなくてはならなかっ
 た。五人の調和を乱れなく保つために。その完璧なサークルを崩さないために
 「あとになって振り返れば、たしかに不自然な要素があったかもしれない。しかしそのときに
 は、それが何より自然なことに思えたんだ。僕らはまだ十代だったし、何もかもが初めて経験
 することだった。自分かちの置かれた状況を客観的な目で見渡すことなんて、とてもできなか
 った」
 「つまり、ある意味ではあなたたちはそのサークルの完璧性の中に閉じ込められていた。そう
 いう風に考えられない?」
  つくるはそれについて考えてみた。「ある意味ではそうだったかもしれない。でも僕らは喜
 んでその中に閉じ込められていた。そのことは今でも後悔していないよ」
 「とても興味深い」と沙羅は言った。

                                      PP.208-219
                     村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

 

 

 

中央防災会議の作業部会が28日に公表した南海トラフ巨大地震対策の最終報告には、東海地震の直
前予知を疑問視する見解が盛り込まれた。気象庁が検知を目指す前兆現象の科学的根拠を事実上否
定する内容は、予知の根幹を揺るがすものだ。国は確実性を向上させるため新たな観測体制の検討
に入るが、技術やコストなど課題は多い。法律施行から35年を迎える予知は、大きな曲がり角を
迎えたと伝えている。ところで、マグニチュード(M)9級の巨大地震は、なぜ起きるのか。東日
本大震災を予見できなかった反省から、その仕組みを探る研究が本格的に始まった。地殻変動や断
層モデルの分析で新たなメカニズムが提唱され、地球最大の地震はM10との試算も。謎に包まれ
た巨大地震の実像に迫る多角的な取り組みが続いている。

米地質調査所によると、M9地震は20世紀以降、東日本大震災を含め世界で5回発生した。場所
はチリやアラスカなど環太平洋に集中しており、いずれも海のプレート(岩板)が陸のプレートの
下に沈み込む海溝付近で起きている。チリでは津波堆積物の調査で、M9地震が平均300年間隔
で繰り返し発生してきたことも明らかになった。 海底には海嶺という巨大山脈があり、海のプレ
ート
はここで生まれる。地球深部からマントルが上昇してマグマができ、海水で冷やされプレート
を形成。マント
ル対流に乗ってベルトコンベヤーのように年間数センチの速度でゆっくりと移動し、
海溝で陸の下に沈み込
む。海と陸のプレートがくっついて滑らかに沈み込めない場所(固着域)で
は、地殻にひずみが蓄積して大
地震が起きる。M9地震は従来、チリなど海のプレート年代が若い
場所で起きる特別な現象と考えられてき
た。若いプレートはまだ熱くて軽いので沈みにくく、陸側
に固着しやすいとされたからだ。しかし、東日本大
震災は約1億3千万年前にできた古い太平洋プ
レートによって発生
。巨大地震の定説は根底から崩壊し
地震学者は再構築を迫られていた。

また、地球で起こる地震の最大規模は理論上「マグニチュード(M)10程度」とする研究結果を
東北大地震
・噴火予知研究観測センターの松沢暢教授(地震学)がまとめ地震予知連絡会に報告し
た(2012.1214)。
エネルギーは、M9.0だった東日本大震災の30倍超に相当する。松沢教授は
「M10の地震が必ず起こるということではない。もし起こるとしても、1万年に1回程度ではな
いか」としている。これまでにM10の観測例はなく、観測史上最大の地震は1960年に発生し日本
にも津波被害をもたらしたチ地震のM9.5。
松沢教授によると、日本海溝から千島・カムチャツ
カ海溝にかけての計約3千キロの断層が全て60メートル動いたとするとM10.0。ペルー海溝とチリ
海溝の計約 5,300キロが60メートル動くとM10.3との試算が出た。M10の地震がもし起こると、
揺れは20分~1時間程度続き、揺れが収まる前に津波が来る可能性が高いという。

今回の調査部会の報告は予知体制の是非には踏み込んでいないが、科学的な根拠が希薄な中で、これほ
どの社会的なコストを払ってまで警戒するのは妥当かとの問題提起であるが、地震学者の多くは観測の中
止に否定的。防災科学技術研究所の岡田義光理事長は「東海地震の観測網は既に整備されており、
維持
費はそれほど多くない。廃止すれば科学的なデータや知見も得られなくなりマイナスだ」との
見解。調査部
会座長の山岡耕春名古屋大教授は、「観測と情報発信は維持すべきだが、対策は予知
の実力を考慮して
柔軟に立てる必要がある。戒厳令のような警戒宣言はやり過ぎだ」とのこと。前
兆以外のさまざまな地殻変
動データや、西日本の既存の観測網も活用して防災に役立てるべきだと
話しているという。古屋圭司防災
担当相も会見で「天気予報の確度を上げるには観測地点を増やす
ことが大事。地震も科学的な知見を集約
すれば確度を上げることは十分可能」と述べ、観測網の充
実や、データ利用の拡大を検討する考えを示唆
しているが、東南海・南海地震の予知を目指して観
測網を新たに整備すれば、多額の費用が必要になると
報じている(産経新聞 2013.5.29.7:55 )。



民報によっては、ロバートゲラー東大教授の「予知不可能論」に乗っかって「予算の分捕り合戦」
という図式から「地震予知予算」を削り「減災・防災予算」へ回せとの主張があるなか、「日本に
地震予知技術やウイルスソフトを研究させない米の戦略」との陰謀論なども見受けられる。限られ
た国家予算」である限りどこかで線引きがおこなわれるのであろうが、極端な敗北主義(予知無力
論)?だけには走らせたくないというのが『ピラミッド経済学』をブログ掲載してきたわたし(た
)の立場だ。

ならば、どうするかということで「日本の地震予知技術」の現状俯瞰を行ってみようというのが、
今日のメイン・テーマだったが今夜はこの辺で切り上げ明日にでも考察する。
 

 

 

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レトルト釜巡礼の明日

2013年05月28日 | 時事書評

 



 

【レトルト釜と鮎の一夜干し】

若鮎の季節がやってきた。小鮎の飴炊きも、雑炊も、塩焼きもすべてよし。イタリアンな若鮎ペ
ペロン
チーノも良いが、やはり一夜干しが一番、特にJR岐阜駅で買って帰る一干しが良いね。
鮎の背から包丁を入れ→頭から尻尾にかけて背開き(頭部も半分に割る)→内臓と腹の黒い薄膜
をきれいに洗い流し→3%程度の塩水に1時間ほどつける→塩水から取り出し、容器の中にキッ
チンペーパーを敷く→塩水が表面に付いたまま容器に蓋をして冷蔵庫に入れて一日間おく。醤油
と酒、みりんでつけるのもよし(鮎の香りを味わうなら塩水)。    

 

ところで、巷では骨まで食べられる焼き魚が話題となっているらしい。レトルト釜製法といって、
10数年前
から盛んに研究会開発されてきた?!たぶんその時分からだと思うが、要するに高圧
加熱殺菌させること
で骨を柔らかくすることができ、そのまま真空パックすれば常温で半年保存
でき、冷凍保存なら1年程保つということだし、何よりも、袋から取り出し電子レンジで10秒ほ
ど加熱するだけで美味しく頂けるというから便利だ。といっても実際に購入して試食したことが
ないが、そこのところは信頼しているのだ。

 



これらの特許・新規考案をさらっと調べてみたが、レトルト釜という装置(高圧加熱殺菌装置)
がコアにあ
ることを腑に落とす。ザックリとした感想では、これに限らないのだが、過熱方式や
加圧媒体に新規考案の余地が大きい(水蒸気以外にも、マイクロ波、赤外線、誘電過熱など、加
圧媒体には、蒸気、空気、窒素、あるいは液化二酸化炭素など)。また評価として省エネ的側面
のCO2PT、EPT、CPTが前提の上だが、日本が鮮魚と対極の調理済み畜産水産食品の革新技術の、あ
るいはビジネスのトップ・ランナーであることに間違いはないだろう!?

 

 

【尖閣とスターウォーズ】

  



「スターウォーズ/エピソードⅠ」のポッドレースのコンセプトデザインを考えていたらオスプ
レーのデザインが無性に腹が立つというか気にくわなくなり、突然ネットでそのブループリント
や仕様書を調べて出していた。どうみても不格好だから、暇ならコンセプト・デザインを独自で
描こうと思い立つ(相も変わらず、性格は昔のままで直っておらんのだ)。どうみてもこの脈絡
はつながらないがこれも個性。


 

 【ぱらぱらと寺山修治】

 

 

          莨火を床に踏み消して立ちあがるチエホフ祭の若き俳優

         罐に飼うメダカに日ざしさしながら田舎教師の友は留守なり

         わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしとして


             


寺山修司の表現活動の中で、一番永続的な価値を持つものは短歌だというが、寺山修司自身は生
命を削るような作歌は行っていないと評されてもいるが、才能とは、
飛躍と見たり。ということ
であれば、命を削ろうと削るまいという一線は越えている。草田男の「燭の火を煙草火としつ、
チエホフ忌」という俳句をもとにしながらも、「煙草火」と「チエホフ」という取り合わせを
導入し、「床に踏み消して立ち上がる」という動作を加えることで、舞台の表裏をたちまちのう
ちに反転し鮮やかに逆照射させる。寺山修治は「どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはでき
ない」と『邪宗門』に記したが、空想家の寺山がなりたかった透明人間には到底なれなかったと
いうこの歌を紹介した藤島秀憲は、田舎教師がメダカに変身したのではと考える。「さみしから
ずや」とあるのは牧水の引用だと指摘される三首目も、日本の詩歌は他人の引用の上に遊ぶもの
ともいえ、その営為がさみしいとするのは正直な表白であり、彼にしては珍しいと評されている。

短歌が全く書けなくなってもう一年以上経つが、自然体で構えている。そんな心境でいても、ど
んなに疲れていても、短歌に対する渇望は消えることがない。実に不思議だ。
 

 

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エベレスト巡礼の明日

2013年05月27日 | 世界歴史回廊

 

 

 

三浦 雄一郎が世界で初めて八十歳という高齢でエベレスト登頂に成功したというニュースに、今日は
五十一歳の井戸木鴻樹が通算11アンダー、273でシニアゴルフメジャー大会制覇したというニュー
スが届き高齢者も頑張っているんだという力を与えてくれているようだ。と、いうことで日本百名山
立山登頂を付和雷同するかのように決める。

ところで、エベレスト(英: Everest)はチョモランマ(チベット語:Chomolungma)、サガルマータ(
ネパール語:Sagarmāthā)は、ヒマラヤ山脈にある世界最高峰の山。英名はインド測量局の長官を務め
たジョージ・エベレスト (George Everest) にちなんでいる。1920年代からの長きにわたる挑戦の末、
1953年に英国隊のエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた。
また、エベレストの標高については諸説あり、1954年にインド測量局が周辺12ヶ所で測定しその結果
を平均して得られた8,848 mという数値が長年一般に認められてきた。1975年には中国政府が雪面を含
む標高を8,849.05m(8,848.13 m+積雪0.92 m)と測定した。1999年、全米地理学協会はGPSによる測定
値が8,850mだったと発表した。2005年10月9日、中国国家測量局が2005年5月時点での標高は8,844.43
 m(3.5mの氷雪は標高に含まず)と発表。ただし、ネパール政府は現在もこれらの測定結果を認定せず
公式には8,848 mとしている。地殻変動、地球温暖化による影響などもあり、標高は年々変動している
と考えられている。さらに、エベレストの南麓に位置するネパールのサガルマータ国立公園はユネス
コの世界遺産に登録されている。度重なる登山の遺留物、廃棄物で周囲はかなり汚れていることが指
摘されており、野口健らによる清掃登山も行われている。



地質的には、山体はチョモランマ層、ノース・コル層、ロンブク層の3つに区分される。それぞれが低

角度の衝上断層で境される異地岩体である。ゴンドワナ大陸の一部であったインド亜大陸が白亜紀に
マダガスカル島から分離し、新生代にユーラシア大陸に衝突しヒマラヤ山脈ができた。頂上から8,600
mのチョモランマ層はエベレスト層とも呼ばれ、石灰岩、ドロマイト、シルト岩から成る。オルドビス
紀を示す三葉虫やウミユリの破片を含む。8,600 mから7,000 mのノース・コル層のうち、上部8,200m
までが有名な「イエローバンド」で、エベレストの写真にはっきり写る白い帯である。大理石が風化
して黄褐色になったもので、ウミユリを含む。8,200 mから7,600 mは千枚岩と片岩から成る。7,600m
から7,000mは片岩に大理石薄層が挟まれる。以上の変成岩は泥岩、頁岩、砂岩、石灰岩などから成る
フリッシュが変成作用を受けたものである。7,000 mより下のロンブク層は片岩と片麻岩で、様々な厚
さの白粒岩の岩脈と岩床が無数に貫入している。

登頂史の始まり、1893年、東アジアで軍人として活躍したフランシス・ヤングハズバンド (Francis
Younghusband) とグルカ連隊の勇将チャールズ・グランヴィル・ブルース准将 (Charles Granville
Bruce) がエベレスト登頂について話し合ったのが具体的なエベレスト登頂計画の嚆矢であるといわれ
ているが、エベレストに登頂するにはネパール政府に登山料を支払わないと登れないシステムになっ
ている。ルートは15種類あり、そのうちの最も安い「ノーマルルート」は1人25,000米ドル(日本円で
約240万円)である。ただし「ノーマルルート」は人数が多くなると割引があり、最大の7人参加の場
合70,000米ドル、1人あたり10,000米ドルとなる。登山料は一度払うと2年間は登る権利があるが、キ
ャンセルした場合でも一切返還されないといわれているまた、年齢制限は、ネパール側の登山ルート
では成人(16歳以上)のみ登山ができる年齢制限がかかり、2010年9月よりチベット側登山ルートによ
る登山が18歳から60歳に年齢制限がかかる。このため、2010年6月現在の最年少登頂者(13歳)の記録
を更新するのは不可能になる。制限導入の背景は、従来より若年層による登山にはより大きな危険が
伴うと批判が出ていたこと、最年少記録更新のヒートアップが予想されたことなどがあるという。

 

 

 

         
      蒼天落ち来たりて もの皆すべてを押しつぶさぬ限り、
    豊饒なる大地引き裂かれ もの皆すべてを飲み込まぬ限り、
    波立つ海原干上がりて もの皆すべてを涸らしめぬ限り、
    この誓い 破らるることはなし。
    我ここに誓う。
    汝仮初めの巫女なれば その意その志 我は妨げんことを。

                                                                            『ケルト神話』


 

スコットランドにはスカイフォールという場所は実在しないが、スコットランドで撮影されたことは
事実という。長い間、スカフォールがボンドの出生の地であることを知らずに中国の「杞憂」由来だ
と思いこんでいたことが間違えであることを今夜DVD『スカフォール』を観て知る。いろいろと細
かく観ていくともっと面白いことが、深みのあることが分かるだろうが今夜はこれが限界でこの続き
はまた別の日に考えてみたいが異なった考えを膨らませてしまっていたことに心が揺れていた。






本当は、別のテーマ掲載したかったのだが、昼間の作業がこたえている。朝日新聞では福島原発の国
連科学委員会が国民全体の甲状腺被爆量の算定結果を掲載していたが、薄氷を踏む状態に不気味さと
苛立ちを感じているのは何もわたしだけでないだろうと思う。ひとりで出来ることを精一杯、余裕を
もってやり遂げるしかないと確認したところで、今夜はこの辺で。 

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合成ペプチド巡礼の明日Ⅱ

2013年05月26日 | 新弥生時代

 

 

 

 

【熱烈歓迎 スパイバー時代Ⅱ】

合成クモ糸繊維のニュースの衝撃はテレビを席捲した。今朝、彼女が階上から携帯でテレビを見ろという
コールが入るくらいだ。何だってこんなことぐらいで携帯するなんて? そんな時代なのはわかるけれどと
渋々チャンネルを変える。自動車のパネルに使われると自動車事故での死亡率が下がるって?!とは言え、
こんなニュースも流れている。「理化学研究所(野依良治理事長)は、大腸菌が通常持っているタンパク
質合成過程において、タンパク質合成終了の目印となる終止コドンを除いた環状のメッセンジャーRNA(m
RNA)を鋳型に用いてエンドレスにタンパク質合成反応を起こすことに成功しました」と。コドン!?いま
さら聞けない言葉のトップなぐらいに、第二次産業革命(『デジタル革命渦論』)で急速に社会変容が起
きている。早すぎるのじゃない?!大丈夫なのかなぁ?!と心配させるぐらいだが、頭の中でもうひとり
の僕が「大丈夫であるわけないだろ!?と囁いているのも確かだけれど、生体を構成するタンパク質は、
細胞核内にある遺伝情報をもとに合成され、その合成過程ではDNAがメッセンジャーRNA(mRNA)に転写さ
れ、続いてmRNAの配列がアミノ酸に変換されて、それが複数連なることで1つのタンパク質が完成するが
「この合成反応をエンドレスに続けられないか?」と考えたのが運の尽き!?いやいやそれが進歩という
ものだ。

 

iPs細胞の発明が人工的細胞の多様化としてあるのに対し、このローリングサークルタンパク質合成の
発明-大腸菌のタンパク質合成反応は直鎖状のmRNAを鋳型として起き、mRNAの配列情報を読み取ってタン
パク質を合成するリボソームという複合体がmRNAの先頭に結合し開始コドンから合成が始まる→終止コド
ン(コドンはタンパク質を作るアミノ酸を指定する3つの塩基で構成され、終止コドンはアミノ酸を指定
しません)に到達して反応が終わる→終了するとリボソームはmRNAから離れ、長時間をかけ次の反応の結
合に向かう。この終止コドンを取り除くことでこの過程をスキップすることでこの環状mRNAを、直鎖状m
RNAと比較して単位時間当たり約200倍という高効率でタンパク質の合成反応が進むことで-人工
的細胞の
量産化を特徴としている。この発明の応用で、長鎖タンパク質のコラーゲンやシルクを人工合成など、多
様な応用が期待できということらしい。何れこの成果の結果が明確となり量産化・多様化技術に成功すれ
ば「新石器時代」から「新弥生時代」に移行することになるが、そんなにすんなりといくかどうか?!ど
うだろう。

 

 

 



 

 「シロがよく弾いていたピアノ曲を覚えているか?」とつくるは尋ねた。「リストの『ル・マ
 ル・デュ・ペイ』という短い曲だけど」
  アカは少し考えてから首を振った。「いや、その曲は覚えてないな。おれが覚えているのは
 シューマンの曲だけだ。『子供の情景』の中の有名な曲。『トロイメライ』だっけな。それを
 ときどき弾いていたのは覚えている。でもそのリストの曲は知らない。それがどうかしたのか
 ?」
 「いや、べつに意味はない。ちょっと思い出しただけだ」とつくるは言った。そして腕時計に
 目をやった。「長い時間をとらせてしまった。そろそろ失礼するよ。君とこうして話せてよか
 った」
  アカは椅子の上で姿勢を変えず、つくるの顔をまっすぐ見ていた。その目には表情がなかっ
 た。まだ何も刻まれていないまっさらな石版を見つめている人のように。「急いでいるのか?」
 と彼は尋ねた。
 「ちっとも」
 「もう少し話をしていかないか?」
 「いいよ。こちらは時間ならいくらでもある」

  アカは口の中でしばらく言葉の重みを測っていた。それから言った。「おまえは、おれのこ
 とがもうそんなに好きじゃないだろう?」
 つくるは一瞬言葉を失った。ひとつにはそんな質問をまったく予想していなかったからだし、
 もうひとつには、自分が今前にしているこの人物に対して、好きとか嫌いといった二分的な感
 情を抱いてしまうことが、なぜか適切ではないことに思えたからだった。
  つくるは言葉を選んだ。「何とも言えないな。十代の頃に感じていた気持ちとは、たしかに
 違っているかもしれない。でもそれは-」

  アカは片手を上げ、つくるの言葉を制した。

 「そんなに表現に気を遺ってくれなくていい。好きになろうと努力する必要もない。おれに好
 意を抱いてくれる人間なんて、今ではどこにもいない。当然のことだ。おれ自身だって、自分
 のことはたいして好きになれないものな。でも昔はおれにも、何人かの素晴らしい友だちがい
 た。
 おまえもその一人だった。しかし人生のどこかの段階で、そういうものをおれは失ってしまっ
 た。シロがある時点で生命の輝きを失ってしまったのと同じように……。しかしいずれにせよ
 後戻りはできない。封を切ってしまった商品の交換はできない。これでやっていくしかない」
 
  彼は上げていた手をおろし、膝の上に置いた。そして指で膝がしらを不規則なリズムをとっ
 て叩いた。まるでモールス信号でどこかにメッセージを送るみたいに。
 「おれの父親は長く大学の教師をやっていて、そのせいで教師特有の癖が身にしみ込んでいた。
 家の中でも教え諭すような、上から見下ろすようなしゃべり方をした。おれは子供の頃から、
 それがいやでしょうがなかった。しかしあるときふと気がついたら、おれ自身がそういうしゃ
 べり方をするようになっていた」
  彼はまだ膝がしらをとんとんと叩き続けていた。
 「おれはおまえに対してずいぶんひどいことをしたと、ずっと思っていた。それは本当だよ。
 おれには、おれたちには、そんなことをする資格も権利もなかったんだ。それでいつかおまえ
 にきちんと謝らなくちゃいけないと思っていた。しかしどうしても自分からはその機会を作れ
 なかった」
 「そのことはもういい」とつくるは言った。「そういうのも、今さら後戻りできないことだ」
  アカはしばらく何かについて考え込んでいた。それから口を聞いた。「なあ、つくる、おま
 えにひとつ頼みがある」
 「どんな?」
 「おれの話を聞いてほしい。打ち明け話というか、これは今までほかの誰にも話しかことはな
 い。そんなもの聞きたくないかもしれないが、おれとしては、おれ自身の傷のありかをいちお
 う明らかにしておきたいんだ。おれが背負っているもののことを、おまえにも知っておいてほ
 しい。もちろんそんなことでおまえに負わせた傷の埋め合わせができるとは思っちゃいない。
 これはただのおれの気持ちの問題だ。昔のよしみで聞いてくれないか?」

  ものごとの行き先がよくわからないまま、つくるは肯いた。

  アカは言った。「おれはさっき、大学に入るまで、学問の世界が自分に向かないことがわか
 らなかったと言った。そして銀行に勤めるまで、会社勤めが自分に向いていないことがわから
 なかったと言った。そうだな? 恥ずかしい話だよ。たぶん自分をまっすぐ真剣に見つめると
 いう作業を、おれは怠ってきたのだろう。でも実はそれだけじゃないんだ。実際に結婚してみ
 るまで、自分が結婚に向いていないということが、おれにはわからなかった。要するに、男女
 のあいだの肉体的な関係がおれに向いていないということだよ。言いたいことはだいたいわか
 るだろう」
 
  つくるは黙っていた。アカは話を続けた。


 「はっきり言えば、おれは女性に対して、うまく欲望を持つことができない。まったく持てな

 いわけじゃないが、それよりは男との方がうまくいく」
 部屋に深い静寂が降りた。そこでは物音ひとつ聞こえなかった。もともとが静かな部屋なのだ。
 「そういうのはとくに珍しいことじゃないだろう」とつくるは沈黙を埋めるように言った。
 「ああ、とくに珍しくないことかもしれない。おまえの言うとおりだよ。しかしそういう事実
 を人生のある時点できっちり突きつけられるっていうのは、本人にとってはかなりきついこと
 なんだ。とてもきつい。一般論じゃすまない。どう言えばいいんだろう。まるで航行している
 船の甲板から、突然一人で夜の海に放り出されたみたいな気分だ」
  つくるは灰田のことを思い出した。沢田の□が夢の中で---それはおそらく夢なのだろう
 自分の射精を受け止めたことを。そのときつくるはずいぶん混乱したものだ。一人で突然、
 の海に放り出される、たしかにそれは的を射た表現だ。

 「何はともあれ、できるだけ自分に正直になるしかないだろう」とつくるは言葉を選んで言っ
 た。「正直になり、少しでも自由になるしかない。亜乙いけど、僕にはそれくらいのことしか
 言
えない」
 
  アカは言った。「知ってのとおり、名古屋は規模からいえば日本でも有数の大都会だが、同
 時に狭い街でもある。人は多く、産業も盛んで、ものは豊富だが、選択肢は意外に少ない。お
 れたちのような人間が自分に正直に自由に生きていくのは、ここではそう簡単なことじゃない
 ……なあ、こういうのって大いなるパラドックスだと思わないか? おれたちは人生の過程で
 真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく」
 「おまえにとって、いろんなことがうまくいくといいと思う。本当にそう思うよ」とつくるは
 言った。彼は心からそう思っていた。
 「もうおれのことを怒ってはいないか?」
  つくるは首を短く横に振った。「おまえのことを怒ったりはしていないよ。もともと誰のこ
 とも怒ってはいない」
  自分が相手に向かって「おまえ」と呼びかけていたことに、つくるはふと気づいた。それは
  最後になって自然に口から出てきた。
  アカはエレベーターの前までつくるを歩いて送った。
 「ひょっとして、もうおまえに会う機会はないかもしれない。だから最後にもうひとつだけ短
 い話をしたいんだが、かまわないかな」とアカは廊下を歩きながら言った。
 
  つくるは肯いた。

 「おれがいつも新入社員研修のセミナーで最初にする話だ。おれはまず部屋全体をぐるりと見
 回し、一人の受講生を適当に選んで立たせる。そしてこう言う。『さて、君にとって良いニュ
 ースと悪いニュースがひとつずつある。まず悪いニュース。今から君の手の指の爪を、あるい
 は足の指の爪を、ペンチで剥がすことになった。気の毒だが、それはもう決まっていることだ。
 変更はきかない』。おれは鞄の中からでかくておっかないペンチを取りだして、みんなに見せ
 る。ゆっくり時間をかけて、そいつを見せる。そして言う。『次に良い方のニュースだ。良い
 ニュースは、剥がされるのが手の爪か足の爪か、それを選ぶ自由が君に与えられているという
 ことだ。さあ、どちらにする? 十秒のうちに決めてもらいたい。もし自分でどちらか決めら
 れなければ、手と足、両方の爪を剥ぐことにする』。そしておれはペンチを手にしたまま、十
 秒カウントする。『足にします』とだいたい八秒目でそいつは言う。『いいよ。足で決まりだ。
 今からこいつで君の足の爪を剥ぐことにする。でもその前に、ひとつ敦えてほしい。なぜ手じ
 ゃなくて足にしたんだろう?』、おれはそう尋ねる。相手はこう言う。『わかりません。どっ
 ちもたぶん同じくらい痛いと思います。でもどちらか選ばなくちゃならないから、しかたなく
 足を選んだだけです』。おれはそいつに向かって温かく拍手をし、そして言う、『本物の人生
 にようこそ』ってな。ウェルカム・トゥー・リアル・ライフ
  
  つくるはほっそりとした旧友の顔を、何も言わずにしばらく見つめていた。
 
 「おれたちはみんなそれぞれ自由を手にしている」とアカは言った。そして片方の目を細めて
 微笑んだ。「それがこの話のポイントだよ」
  
  エレベーターの銀色のドアが音もなく開き、二人はそこで別れた。

                                      PP.202-207
                     村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 

 

 

【従軍慰安婦とTPPの話】 

昨日のランチでの話。例によって彼女が、皐月の『赤備御膳』を口にしながら、「橋元さんの発言は女性
仲間の評判では最低よ!どうなの?」とたずねる。「ボクシングのジャブとクリンチ戦といったところ。
チキンレースならずチキンゲームだし、『明日のジョー』のような必殺のクロスカウンタやアッパーカッ
トがないね」。「それって、なんなの?」「歴史見識がないということだよ。さっさっとチャンネルを切
り替え他の番組を観るだけだよ。」そんなやりとりを交わし、キリンラガーを一口飲み込む。外では結婚
式の記念集合写真を撮っている。「それにしても薔薇の開花が素晴らしかったね」「予定通りね!?」「
だろう?!花の世話をしているボランティアの話を聞いておいて良かった」。そして、彦根城の世界遺産
と三島由紀夫の『絹と明察』の話をすると。「ねぇ、彦根の繊維産業はどうして衰退したの?」とたずね
る。「沖縄返還と繊維業界のトレード・オフの『縄と糸』で衰退していく。日米経済構造協議の自動車産
業と半導体産業のトレード・オフの『車と石』と同じだね」と答えると、「ところでTPPはどう思うの
?!」とたずねる。「米国政府に上手くやられている。マルチなFTAで十分だし、相も変わらず中国包
囲網は戦前のABCD包囲網と同じ手口。目先だけでは国土荒廃するばかりだ」。「それって、例のオク
ラホマの竜巻の話?!」「そう、歴史的自由貿易主義の話」というような会話を交わしていた。松本城の
旅行といい、実にリッチな気分ではないか。五月晴れの風に吹かれいろは松の緑が鮮やかだ。

 

 

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合成ペプチド巡礼の明日

2013年05月25日 | 新弥生時代

 

 

 

【熱烈歓迎 スパイバー時代】

そこのきみも、この人工クモ繊維製スーツを身につければ、映画『スパイダーマン』のヒーロのよ
うに身体能力を倍いや数倍にアップ出来る時代がこの日本から始まるに違いない。なにせ、(1)
鉄鋼の四倍の強度(2)ナイロンを上回る伸び縮みがあり(3)従来の繊維を凌ぐタフネス(レジ
リエンス=復元能力・強靱性)の特性をもっている。このように夢のようなクモの糸が、天然クモ
糸タンパク質(spider silk proteins)に由来するポリペプチドをエレクトロスピニング(静電紡糸法)で
得られる。しかも、単繊維の平均直径が1μm以下であり、繊維自体の絡み合いによりシート状に
することができる。

当然として、この人造ポリペプチド繊維は、樹脂や金属の強化繊維、複合材料、射出成形等に好適に使用
でき、その用途は、自動車や航空機等の輸送機器部材、タイヤの補強繊維等に適用できるし、織物、編物、
組み物、不織布などに応用できるという日本は山形県鶴岡市(株式会社スパイバー)発の大発明なのだ。

※原料の大吐糸管しおり糸タンパク質:アメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)に由来する大瓶状線
スピドロインMaSp1やMaSp2、二ワオニグモ(Araneus diadematus)に由来するADF3やA
DF4などが挙げられる。前記大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドは、大吐糸管
しおり糸タンパク質の変異体、類似体又は誘導体などを含む。大吐糸管しおり糸タンパク質に由来
するポリペプチドは、大腸菌等の微生物を宿主とした組み換えタンパク質生産を行う場合、生産性
の観点から、分子量が500kDa以下であることが好ましく、より好ましくは300kDa以下(好ましくは
200kDA以下)である。尚、クモ糸特有のタンパク質部分は「スピドロイン」と名づけられている。 

※紡糸液:紡糸液(ドープ液)は、上述のポリペプチドに溶媒を加え、紡糸できる粘度に調整して
作成する。例えば、ニワオニグモに由来する場合、例としてヘキサフルオロイソプロパノール(H
FIP)、ヘキサフルオロアセトン(HFA)、蟻酸、尿素、グアニジン、ドデシル硫酸ナトリウ
ム(SDS)、臭化リチウム、塩化カルシウム、チオシアン酸リチウム等を含む水溶液等などを溶
媒とし、適量加えて溶液粘度を100~10,000cP(センチポイズ)とする。これを紡糸液とする。
アルカリ金属ハロゲン化物は、LiCl,NaCl等がある。

※エレクトロスピニング法(静電紡糸法):エレクトロスピニング法(静電紡糸法)は、供給側電
極(紡糸口金と兼用できる)と捕集側電極(例えば金属ロール又は金属ネット等)間に電圧を印加し、
紡糸口金から押し出したドープ液に電荷を与えて捕集側電極に吹き飛ばす。この際にドープ液は伸
張されて繊維形成される。好ましい印加電圧は、5~100kVであり、さらに好ましくは10~50
kVである。電圧が5kV未満であると、雰囲気中の空間(電極間)において電極間の抵抗がある
ため、電子の流れが悪くなり、ドープ液が帯電しにくくなる。また、100kVを超えると、電極間で
スパークがおこり、ドープ液に引火する恐れがある。電極間距離は2~20
cmである。電極間距離が
1cm未満であると電極間でスパークが起こりやすくなり、ドープ液に引火する恐れがあり、25cmを
超えると、電極間の抵抗が高くなり、電子の流れが妨げられ、ドープ液が帯電しにくくなる。

※「クモの糸とその性質 

 

 

 

 「いいよ、昔の話をしよう」
 「シロのことだ」
  アカは眼鏡の奥で目を細め、顎の髭に手をやった。「たぶんその話だろうと予想はしていた。
 秘書からおまえの名刺を受け取ったときから」
  つくるは黙っていた。
 「シロは気の毒だった」とアカは静かな声で言った。「あまり楽しい人生を送ることができな
 かった。美人だったし、豊かな音楽の才能もあったのに、死に方はひどいものだった」
  そんな風に二行か三行でシロの人生が要約されてしまうことに、つくるはいささか抵抗を感
 じないわけにはいかなかった。しかしそこにはたぶん時間差のようなものがあるのだろう。つ
 くるがシロの死を知ったのはつい最近のことであり、アカはその事実とともに六年の歳月を送
 ってきたのだ。
 
 「今となっては意昧のないことかもしれないけど、僕としてはいちおう誤解を解いておきたか

 ったんだ」とつくるは言った。「シロが何を言ったのかはしらないが、僕は彼女をレイプした
 りしなかった。どんなかたちにせよ彼女とそういう関係を持ったこともなかった」
  アカは言った。「おれは思うんだが、事実というのは砂に埋もれた都市のようなものだ。時
 間が経てば経つほど砂がますます深くなっていく場合もあるし、時間の経過とともに砂が吹き
 払われ、その姿が明らかにされてくる場合もある。この件はどう見てもあとの方だ。誤解を解
 くも解かないも、おまえはもともとそんなことをする人間じゃない。それはよくわかっている」

 「よくわかっている?」とつくるは相手の言葉をそのまま繰り返した。
 「今ではよくわかっている、ということだよ」
 「積もっていた砂が吹き払われたから?」
  アカは肯いた。「そういうことだ」
 「なんだか、歴史の話をしているみたいだな」
 「ある意味ではおれたちは歴史の話をしている」
  つくるは向かいに座った古い友人の顔をしばらく眺めていた。しかしそこには感情らしきも
 のは読み取れなかった。
 「記憶を隠すことはできても、歴史を変えることはできない」とつくるは沙羅の言葉を思い出
 して、そのまま口にしか。
  アカは何度か肯いた。「そのとおりだ。記憶を隠すことはできても、歴史を変えることはで
 きない。それがまさにおれの言いたいことだよ」
 「でもとにかく君たちはそのとき、みんなで僕を切った。すっぱりと、容赦なく」とつくるは
 言った。
 「そう、そのとおりだ。それが歴史的事実だ。しかし弁解するわけじゃないが、そのときはそ
 うしないわけにはいかなかった。シロの話はとても真に追っていた。あれは演技なんかじゃな
 い。彼女は本当に傷ついていたんだ。そこには本物の痛みがあり、本物の血が流されていた。
 どんなかたちにせよ、疑いを差し挟めるような雰囲気じゃなかった。でもおまえを切ってしま
 ったあと、時間が経てば経つほど、おれたちはわけがわからなくなっていった」

 「どんな風に?」

  アカは膝の上で両手の指を組み、五秒ばかり考えた。そして言った。
 「最初のうちは些細なことだったんだ。ちょっとした、筋の通らないことがいくつかあった。
 あれっと思うようなことが。でもおれたちはあまり気にしなかった。どうでもいいようなこと
 だったからな。でもそれが日常的にちっとずつ増えてきて、やがてかなり頻繁に目に付くよう
 になった。そしておれたちは思ったんだ。ここには何かまずいものがあるって」
 
  つくるは黙って話の続きを待った。

 「シロはおそらく心を病んでいた」、アカはデスクの上から金のライターを手に取り、それを
 いじりながら慎重に言葉を選んで言った。「一時的なものなのか、傾向的なものなのか、それ
 はわからない。しかし少なくとも当時、あいつはちょっとおかしくなっていた。シロにはたし
 かに優れた音楽の才能があった。美しい音楽を巧みに演奏することができた。おれたちから見
 れば、それだけでもたいしたものだ。しかしそれは残念ながら、彼女自身が必要としているレ
 ベルの才能ではなかった。小さな世界ではやっていけても、広い世界に出ていくだけの力は具
 わっていなかった。どんなに熱心に練習しても、自分か設定した水準まで到達できなかった。
 知ってのとおり、シロは真面目で内向的な性格だ。音楽大学に入ってから、そういうプレッシ
 ャーがますます強くなっていった。そして少しずつ妙なところが出てきた」
 
  つくるは肯いた。でも何も言わなかった。
 
 「よくある話だ」とアカは言った。「かわいそうだけど、芸術の世界ではそういうことはしば
 しば起こる。才能というのは容器と同じだ。どんなにがんばって努力しても、そのサイズはな
 かなか変わらない。そして一定の量を超えた水はそこに入らない」
 「それはたしかによくある話かもしれない」とつくるは言った。「しかし東京で僕に薬を盛ら
 れてレイプされたなんていう話が、いったいどこから出てくるんだろう? いくら神経がおか
 しくなったにせよ、唐突すぎる話じゃないか?」
  アカは肯いた。「そのとおりだ。あまりに唐突すぎる。だから遂に、おれたちとしては当初、
 シロの話をある程度信じないわけにはいかなかったんだよ。まさかこんなことでシロが作り話
 をするわけはあるまいってさ」

  つくるは砂に埋もれた古代都市を思い浮かべた。そして小高い砂丘に腰を下ろし、そのから
 からにひからびた、都市の廃墟を見下ろしている自分の姿を想像した。
 「でもなぜ、その相手がよりによって僕なんだ? どうして僕じゃなきやいけないんだ?」
 「それはおれにはわがらん」とアカは言った。「シロは密かにおまえのことが好きだったのか
 もしれない。だから一人で東京に出て行ったおまえに失望し、怒りを覚えていたのかもしれな
 い。あるいはおまえに嫉妬していたのかもしれない。彼女白身、この街から自由になりたかっ 
 たのかもしれない。いずれにせよ今となってはその真意は知りようもない。もし真意なんても
 のがあったとしての話だが」

  アカは手の中で金のライターを回転させ続けていた。そして言った。
 「ひとつわかってはしいんだが、おまえは東京に出ていき、あとの四人は名古屋に残った。何
 もそのことをどうこう言うつもりはない。ただ、おまえには新しい土地での新しい生活があっ
 た。その一方でおれたちは、名古屋の街で身を寄せて生き続けていく必要があった。おれの言
 いたいことはわかるよな?」

 「よそものになった僕を切る方が、シロを切るより実際的だった。そういうことか?」

  アカはそれには答えず、浅く長いため息をついた。「考えてみれば、おれたち五人のうちで
 おまえがいちばん精神的にタフだったのかもしれない。おっとりした見かけのわりに、意外に
 な。残りのおれたちには、外に出て行くだけの勇気が持てなかった。育った土地を離れ、気の
 合う親友だちと離ればなれになることが怖かったんだ。そういう心地よい温もりをあとにする
 ことができなかった。寒い冬の朝に暖かい布団から出られないみたいに。そのときはあれこれ
 もっともらしい理由をつけたが、今ではそれがよくわかる」
 「でもここに残ったことを後悔してはいないだろう?」
 「ああ、後悔していないと思う。この街に残った現実的なメリットはたくさんあったし、それ
 は大いに利用させてもらった。ここは地縁がものをいう土地なんだ。たとえばおれの後ろ盾に
 なってくれたサラ金の社長は、おれたちの高校時代のボランティア活動について書かれた新聞
 記事を読んでいて、そのせいでおれのことを頭から信用してくれた。おれの気持ちとしては、
 おれたちのあの活動を自分個人の利益のために利用したくなかった。でも結果的にはそういう
 ことになってしまった。それからこの会社のクライアントには、大学でうちの父親に教わった
 という人間が少なからずいる。名古屋の産業界にはそういうがっちりしたネットワークみたい
 なものがあるんだ。名大の教授というのはここではちょっとしたブランドだからな。でもそん
 なもの、東京に出たらまず通用しない。漓もひっかけられやしない。そう思うだろう?」
 
  つくるは黙っていた。
 
 「おれたち四人がここに残ることにしたのには、そういう現実的な理由もあったと思う。いわ
 ばぬるま湯の中に浸かっていることを選んだわけだ。でも気がついてみれば、この街に今でも
 残っているのはおれとアオだけになってしまった。シロは死んだし、クロは結婚してフィンラ
 ンドに移った。そしてアオとおれは目と鼻の先にいるというのにもう会うこともない。どうし
 てか? 顔を合わせても話すことがないからだよ」
 「レクサスを買えばいい。話題ができる」
  アカは片目を閉じた。「おれは今、ポルシェのカレラ4に乗っている。タルガ・トップ。六
 連のマニュアル・ギアで、シフト・チェンジのタッチは見事だ。とくにシフト・ダウンの感覚
 が絶品だ。運転したことあるか?」

  つくるは首を振った。

 「おれとしては、ずいぶん気に入っている。買い換えるつもりはない」とアカは言った。
 「それとは別に、会社の車
として一台買えばいいじゃないか。どうせ経費で落ちるんだろう」
 こっちのクライアントには日産の関連会社もあるし、三菱の関連会社もある。レクサスを社用
 車にするわけにはいかないんだ」



  短い沈黙があった。

 「シロの葬儀には出たのか?」とつくるは尋ねた。

 「ああ、出たよ。あんな悲しい葬式は後にも先にもなかった。本当だよ。今思い出しても切な
 くなる。アオもいた。クロは出られなかった。そのときはもうフィンランドにいて、ちょうど
 出産をひかえていたから」
 「シロが死んだことを、なぜ儀に知らせてくれなかったんだ?」
  アカはしばらく何も言わず、ただぼんやりとつくるの顔を見ていた。目の焦点がうまく合わ
 せられないようだった。「わからないな」と彼は言った。「てっきり誰かが知らせているもの
 と思っていた。たぶんアオが--」
 「いや、誰も知らせてくれなかった。つい一週間前まで、彼女が死んだことすら知らなかった」
  アカは首を振った。そして顔を背けるように窓の外に目をやった。「悪いことをしてしまっ
 たみたいだ。言い訳するんじゃないが、おれたちも混乱していたんだ。わけがわからなくなっ
 ていた。シロが殺されたことは、当然おまえの耳に入っていると思い込んでいた。そしておま
 えが葬儀に来なかったのは、たぶん来づらかったからだろうと思っていた」
  つくるはしばらく黙っていた。それから言った。「殺されたとき、シロはたしか浜松に住ん
 でいたんだな?」

 「ああ、そこに二年近くいたと思う。一人暮らしをして、子供たちにピアノを教えていた。た
 しかヤマハの音楽教室に勤めていたはずだ。どうしてわざわざ浜松に行ったのか、そのへんの
 詳しい事情は知らない。名古屋でも仕事くらい見つけられただろうに」
 「シロはそこでどんな風に暮らしていたんだろう?」
  アカは新しい煙草を箱から出して口にくわえ、少し間を置いてからライターで火をつけた。

  そして言った。

 「彼女が殺される半年ほど前のことだけど、仕事で浜松に出向くことがあった。そのときシロ
 に電話をかけ、食事に誘った。その頃にはもうおれたち四人は事実上ばらばらになり、顔を合
 わせることもほとんどなくなっていた。たまに連絡を取り合う程度だ。しかし浜松での用件が
 思ったより早く片付き、ぽっかり時間が空いて、久しぶりにシロに会いたくなったんだ。彼女
 は思ったより落ち着いて見えた。名古屋を離れ、新しい土地で生活を始めたことをそれなりに
 楽しんでいるみたいに見えた。二人で昔話をして、食事をした。市内の有名な朧朧に行って、
 ビールを飲んで、けっこうリラックスした。彼女も少し酒を飲むようになっていたんだ。そう
 いうのって、ちょっと意外な気はしたけどね。でもなんと言えばいいのか、そこにはいささか
 の緊張がなくはなかった。つまりある種の話題を避けながら話をしなくてはならないという」
 「ある種の話題とは、つまり僕のことなんだろう?」

  アカは少しむずかしい顔をして肯いた。「そうだ。それはまだ彼女の中にしこりとして残っ
 ているようだった。彼女はそのことを忘れてはいなかった。でもそれを別にすれば、シロには
 もう妙なところは見受けられなかった。けっこうよく笑ったし、会話を楽しんでいたと思う。
 話していることもまともだった。生活する場所が変わったことは、彼女に意外にプラスに作用
 しているようにおれには思えた。ただ、こんなことを言うのはおれとしてもいやなんだが、あ
 の子はもう前のようにきれいじやなかった」

 「きれいじやなかった」とつくるは相手の言葉をそのまま繰り返しか。自分の声がずっと遠く
 から聞こえた。

 「いや、きれいじゃないというのは少し違うな」アカはそう言って、少し考え込んだ。「どう
 言えばいいんだろう、もちろん顔の造作は基本的に同じだし、普通の基準から言えばそのとき
 だってやはり美人だったに違いない。十代の頃のシロを知らなければ、人は彼女を見てもそれ
 以上特別な印象は持たなかったはずだ。でもおれは昔のシロをよく知っている。彼女がどんな
 に魅力的だったか、それが心に深く刻まれている。でもそのときおれが前にしていたシロは、
 そうじゃなかった」
  アカはそのときの情景を思い出すように顔を僅かに歪めた。
 「そんなシロを目の前にしているのは、正直なところ、おれにとってはけっこうきつい体験だ
 った。昔はそこにあったはずの熱い何かが、今ではもう見当たらないということが。そういう
 非凡なものが、行き場を持たないまま消えてなくなってしまったことが。それがもうおれの心
 を震わせてくれないことが」

  灰皿の上で煙草が煙を上げていた。彼は話を続けた。

 「そのときシロはまだ三十になったばかりだ。言うまでもなくまだ老け込む年じゃない。おれ
 と会ったとき彼女はとても地味な服を着ていた。髪は後ろでひっつめて、化粧気もほとんどな
 かった。でもそんなのは別にどうでもいい。些細な、表面的なことだ。大事なのは、シロはそ
 のとき既に、生命力がもたらす自然な輝きを失っていたということだ。あの子は性格的には内
 気だったが、その中心には、本人の意思とは関係なく活発に動く何かがあった。その光と熱が
 あちこちの隙間から勝手に外に洩れ出ていた。言ってることはわかるだろう? でもおれが最
 後に会ったとき、そういうものは既に消えてなくなっていた。まるで誰かが裏にまわってプラ
 グを抜いたみたいに。がっては彼女を瑞々しく、輝かしくしていた外見的特徴が、今では遂に
 痛々しいものに見えた。年齢の問題じゃない。年を取ったからそうなったというんじゃないん
 だ。シロが誰かに絞殺されたと聞いたとき、おれは本当に切なかったし、心から気の毒に思っ
 た。どんな事情があるにせよ、そんな死に方をしてほしくはなかった。でもそれと同時にこう
 感じないわけにもいかなかった。あいつは肉体的に殺害される前から、ある意味では生命を奪
 われていたんだと

  アカは灰皿の煙草を手に取り、煙を深く吸い込み、目を閉じた。

 「彼女はおれの心にとても深い穴をひとつ開けていったし、その穴はまだ埋められていない」
 とアカは言った。

  沈黙が降りた。堅く密度の高い沈黙だった。


                                      PP.192-201
                村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』  

 

 

今朝は朝から、生け垣や植木剪定伐採作業を行う。角地のため三面(正しくは二面+α)を手入れ
しなければならず。普段運動していないため、立ちくらみや力が思うように入らず、梯子・脚立作
業で危険だし、這々の体で終え、母親を庄堺公園の薔薇苑に連れて行き、日本料理「橘菖 でランチ
をとり、昼からいつものように作業を継続するが、さすが、昼食時のビールが利き、小一時寝込ん
でしまう。夕食を終えると非常に軽度のアレルギー性結膜炎状態かむず痒くなる。やはり、土日は
キッチリと休養し体力を付けないこれから情けない状態になると反省しきりとなった。

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マイクロ発電巡礼の明日

2013年05月24日 | デジタル革命渦論

 






 

【流力振動発電システム】

一時はエナジーハーベストとか環境発電とかに熱中していたが最近はさほど騒がれなくなっていたが
長岡技術科学大学の高橋勉教授らが、小規模河川や水路などを対象に、微弱な流れによって円柱を
振動させ効率よく発電するシステムを考案し、円柱の後ろに平板を置いて十字状にすることで振動を
効果的に制御したうえ、円柱に付けた磁石をコイルの中で移動させるなどして電磁誘導で電力を生み
出すとのニュースが目についた。この発明はあとでも掲載するが、五年前に考案されていて再び話題
となっているものだ。



要点は渦振動を利用した振動発電システム円柱だけでは限られた流れの速度でしか振動しないが、十
字状に組み合わせることで振動領域が10数倍に広がり、実際の河川でも応用可能になったというも
ので
、流れの中に障害物を置いた時、後方に渦の列である「カルマン渦」が発生し、これを利用した
振動発電システムは以前から考えられていた。振動が生じる流速の範囲が狭く、河川など自然の流れ
ではうまく振動しないため、実用化されずにきた。1995
年に発生した高速増殖原型炉「もんじゅ」(
福井県敦賀市)のナトリウム漏れ事故の原因となった流れによる振動現象の事故防止を研究し、障害
物の後方に物体を起き、簡単に制御する手法を確立し、その応用で振動を誘発・制
御する技術を拡張
考案したもの。



水流だけでなく、気流にも対応可能で、可動部分が少ない簡単な構造で小型化が容易。また土木工事も必要
ないため、低コストにつながり、水車や風車などに比べて単独での発電効率は劣るものの、流れに沿
って連続
して設置するようなシステムも作製可能だ。現在はセンサー類など微弱な電力での応用を想
定。発電効率が向上すれば河川や水路の弱い流れといった「未利用エネルギー」を使うマイクロ発電
に応用も期待される。
 ところで、エナジーハーベストとは(環境発電、エネルギーハーベスト、エネル
ギーハーベスティング、エナジーハーベスティング、energy harvesting)、太陽光や照明光、機械の発
する振動、熱などのエネルギーを採取(ハーベスティング)し電力を得る技術です。特に身の回りに
あるわずかなエネルギーを電力に変換し活用技術をいう。

特開2008-011669
【符号の説明】

 1 第1の柱状体 2 第2の柱状体 3 流体の流れ方向 4 据付台 5 発電装置 15 圧電素子 16 押圧体

さて、このカルマン渦によって柱状体に励起される振動の振幅は、その振動数が柱状体自身の固有振
動数、
つまり、共振周波数に合致すると、ロッキングと呼ばれる大きな振幅に成長するが、振幅の大
きさは、流体の
速度に対して敏感で、流速が共振周波数域から外れると急激に減少する。カルマン渦
による振動から電気エ
ネルギを効率的に取り出すは、振動体が壊れない範囲で振幅を大きく維持する
ことが重要になる。


ところが、自然界における風などの流体によるカルマン渦の発生条件は、レイノルズ数Re=u・d
/v(u:流速、d:円柱の直径、v:動粘度)
が数十から数万となる広い範囲に及ぶ。その一方で
振動体の機械的共振はQ値
が高く、鋭いピークを持つ特徴があるので、両周波数が一致してロッキン
グを維持する範囲は、風速の変動範囲に比べると極めて狭いという問題がある。
 また、自然界におけ
る風などの流体の速度は常に一定とは限らず、時間と共に変動するため、この流体によって引き起こ
されるカルマン渦周波数も常に変動しているのが通例である。これに対し、柱状体の機械共振周波数
は柱状体の寸法等から定まり一定であることから、その共振範囲は極めて狭いものとなる。
したがって
流体中に配置された1本の柱状体の振動を利用した振動発電装置では、カルマン渦周波数と機械共振
周波数とが常に一致するとは限らず
、振動エネルギから電気エネルギを効率的に取り出すことができ
ない。

このため、上図のように流体の流れ方向Aに対し長手方向が交差するように配設された第1の柱状体
1と、第1の柱状体1に対し離間して長手方向が交差するように配設された第2の柱状体2と、第1
の柱状体1と据付台4との間に配設された発電装置5とを備えすることで、流体の運動エネルギを電
気エネルギに変換する流体による振動発電装置流速が広範囲に変動しても縦渦が消滅することなく、
広範囲にわたる流速下で効率的に発電ことが可能となる。

また、下図は風力を利用する筒型発電装置に関わるの発明で、筒形部材10の内部に風力による流体
エネルギーを受けて起電力を発生する複数の電力発生手段の振動板21と圧電素子22からなる振動
起電力発生部材20を配置し、振動起電力発生部材20からの起電力を集電装置30で集電すると、
この集電装置で充電手段の充電装置40の蓄電池50に充電するように構成する。筒形部材10の内
部を風が通過するとき、風速が高まるとともに、乱気流が発生し、振動起電力発生部材20が比較的
小さくても起電力を効率よく発電できる発明である。

 

 特開2010-169054
【符号の説明】

1,1A 筒形流体振動発電装置 10 筒形部材 11,11a 入口 12 出口 13 回転テーブル
14 風向板 15 装着穴 16 傾斜テーブル 20 振動起電力発生部材 20a 防水部材 21 振
動板 22 圧電素子 23,24 圧電セラミックス 26 固定部材 30 起電力集電装置 40 充電
装置 50 蓄電池 60 負荷制御装置 70 負荷

このように考えていけば自然を対象とした流力振動だけでなく、道路・鉄道・工場ばなどの人工的な
とした振動も利用可能であり、思わぬところからインパクトのある発電システムが登場する可能性が
ある。
 
 

 




                                      第11章

  翌日の月曜日、午前十時半につくるはアカのオフィスを訪れた。レクサスのショールームか
 ら五キロほど離れたところにそのオフィスはあった。ガラス張りのモダンな商業ビルの、八階
 フロアの半分を占めている。残りの半分は有名なドイツの製薬企業のオフィスだった。つくる
 は前日と同じダークスーツを着て、沙羅のプレゼントしてくれたブルーのネクタイを結んでい
 た。

  
入り口には BEYOND というスマートなロゴが大きく飾られていた。オフィスは明るく、開
 放的でクリーンだった。レセプションの壁には、原色をふんだんにつかった大きな抽象画が一
 枚かかっていた。意味はわからないが、とくに難解ではない。それ以外には装飾らしきものは
 何ひとつない。花もなく、花瓶もない。そこがどんな業務を行っている会社なのか、入り口を
 見ただけでは想像がつかないようになっている。

  レセプション・デスクで彼を迎えたのは、髪をきれいに外側にカールさせた二十代前半の女
 性だった。淡いブルーの半袖のワンピースに真珠のブローチをつけていた。豊かで楽観的な家
 庭で、大事に健康的に育てられた女性のように見える。彼女はつくるの名刺を受け取ると、顔
 全体で微笑み、大型大の柔らかな鼻先を押すような手つきでそっと電話の内線ボタンを押した。
  ややあって奥のドアが開き、がっしりした体格の女性が姿を見せた。年齢はおそらく四十代
 半ば、肩幅のある暗い色合いのスーツを看て、ヒールの大い黒いパンプスを履いていた。顔立
 ちには不思議なほど欠点が見当たらなかった。髪は短くカットされ、頑丈そうな顎を持ち、い
 かにも有能そうに見えた。世の中にはときどき、何をやらせても有能そうに見える中年の女性
 がいるが、彼女もその一人だった。女優ならベテランの看護婦長か、高級娼家の女主人といっ
 た役がつきそうだ。

   彼女はつくるの差し出した名刺を見て、微かに怪訝そうな顔をした。東京の電鉄会社の施設
 部建築課課長代理が、名古屋の「クリエイティブ・ビジネスセミナー」の代表取締役にいった
 いどんな用事があるのだろう? それもアポイントメントもなく。しかし彼女は来訪の目的に
 ついては何も質問しなかった。
 「申し訳ありませんが、しばらくこちらでお待ちいただけますでしょうか?」と最小限の微笑
 みを浮かべて彼女は言った。そしてつくるに椅子を勧め、また同じドアから姿を消した。クロ
 ームと白い革で作られた、スカンジナビア・デザインのシンプルな椅子だった。美しく清潔で
 静かで、温かみを欠いていた。細かい雨の降りしきる白夜のように。つくるはその椅子に腰を
 下ろして待った。そのあいだ若い女性はデスクに置かれたラップトップで何かの作業をしてい
 た。ときどきつくるの方に目をやり、励ますように微笑んだ。




  レクサスの受付にいたのと同じ、名古屋でしばしば見かけるタイプの女性だ。整った顔立ち
 で身だしなみがいい。好感も持てる。髪はいつもきれいにカールしている。彼女たちは何かと
 金のかかる私立女子大学で仏文学を専攻し、卒業すると地元の会社に就職し、レセプションか
 秘書の仕事をする。そこに数年勤め、年に一度女友だちとパリに旅行し買い物をする。やがて
 前途有望な男性社員を見つけ、あるいは見合いをして結婚し、めでたく退社する。その後は
 供を有名私立学校に入学させることに専念する。つくるは椅子の上で、そんな彼女の人生につ
 いて思いを巡らせた。
 
  中年の秘書は五分ほどで戻ってくると、つくるをアカの部屋に案内した。彼女の顔に浮かん
 だ笑みは、以前のそれより目盛りひとつぶん好意的になっていた。そこにはアポイントメント
 なしでボスが会う相手に対する、敬意と親しみが込められていた。おそらくそういうケースは
 あまりないのだろう。
  前に立って廊下を歩いていく彼女の歩幅は広く、靴音は誠実な鍛冶屋が早朝から立てる音の
 ように硬く、的確だった。廊下には不透明な厚いガラスでつくられたドアがいくつか並んでい
 たが、その奥からは、話し声や物音はまったく聞こえなかった。電話のベルが休みなく鳴り響
 き、ドアがしょっちゅう開け閉めされ、いつも誰かが大声で怒鳴っているつくるの仕事場に比
 べればまるで別世界だ。

  アカのオフィスは会社全体の規模からすれば、意外なほどこぢんまりしていた。やはりスカ
 ンジナビア・
アザインの事務机があり、小ぶりなソファ・セットがあり、木製のキャビネット
 がある。机の上にはオブジェのようなステンレススチールのデスクライトと、マックのラップ
 トップが置かれている。キャビネットの上にはB&Oのオーディオ・セットがあり、壁にはや
 はり原色をふんだんにつかった大きな抽象而がかかっていた。レセプションにあるのと同じ作
 家の作品のようだ。窓は広く、大通りに面していたが、騒音はまったく聞こえない。初夏の陽
 光が、部屋の床に敷かれた無地のカーペットの上に落ちていた。品が良く、怠りのない光だっ
 た。
 
  部屋はシンプルで統一がとれていた。余計なものはひとつとしてない。それぞれの家具や器
 具は高価なものだが、レクサスのショールームがその潤沢さを積極的に表に出しているのとは
 逆に、すべてが控えめに目立たないように設定されていた。金のかかった匿名性、それがこの
 オフィスの基本的なコンセプトであるらしい。

 彼の縦に長い卵形の顔によく似合っていた。身体は相変わらず細く、無駄な肉はどこにもつい
 ていない。細いピンストライプの白地のシャツに、茶色のニットタイ。シャツの袖は肘のとこ
 ろまでまくり上げられている。ズボンはクリーム色のチノパンツ、靴は茶色の柔らかい革のロ
 ーファー、靴下はなし。カジュアルで自由なライフスタイルを示唆している。


 


 「朝から突然押しかけて悪かった」とつくるはまず詫びた。「そうしないと会ってもらえない
 かもしれないと思ったんだ」
 「まさか」とアカは言った。そして手を伸ばしてつくると握手をした。アオと違って小さく柔
 らかい手だった。握り方も穏やかだ。しかしそこには心がこもっていた。おざなりの握手では
 ない。「おまえに会いたいと言われて断るわけがないだろう。いつだって喜んで会うよ」
 「仕事が忙しいんじゃないのか?」
 「仕事はたしかに忙しいさ。でもここはおれの会社で、おれの上には誰もいない。自分の裁量
 でいくらでも融通がきく。時間を引き延ばすのも縮めるのもおれの自由だ。もちろん最後には
 帳尻を合わせなくちゃならないよ。そりゃ神様じゃないから、時間の総量までは決められない。
 しかし部分的にならいかようにも調整できる」
 「できれば少し個人的に話がしたいんだ」とつくるは言った。「もし今が忙しければ、そちら
 の予定に合わせて出直してもいい」
 「時間のことは気にしなくていい。せっかく来てくれたんだ。今ここでゆっくり話をしよう」
  つくるは二人掛けの黒い革のソファに座り、アカはその向かいの椅子に腰を下ろした。二人
 の間には小さな楕円形のテーブルがあり、その上には重そうなガラスの灰皿が載っていた。ア
 カはつくるの名刺をあらためて手に取り、細部を点検するように目を細めてじっと見た。



 「なるほど。多岐つくるくんは望みどおり駅を作ってるわけか?」
 「そう言いたいところだが、残念ながら駅を新設する機会にはあまり恵まれていない」とつく
 るは言った。「部市部になかなか新しい路線は引けないからね。やっている仕事のほとんどは
 既存の駅の改築と改修だよ。バリアフリー化、トイレの多機能化、安全権の設置、駅構内店舗
 の増設、他社線との相互乗り入れの調整……駅の社会的機能が変化しているから、やることは
 けっこうたくさんある」
 「でもとにかく駅に関わる仕事には就いている」
 「そういうことだ」
 「結婚はしているのか?」
 「まだ一人だよ」

  アカは足を組み、チノパンツの裾に付いた糸くずを手で払った。「おれは一度結婚した。二
 十七のときに。でも一年半で離婚した。それ以来一人だ。独身の方が気楽でいい。時間を無駄
 にせずに済む。おまえもそういうくちか?」
 「いや、そういうのでもない。結婚してもいいと思っている。時間はむしろ余っているくらい
 だ。そういう気持ちになれる相手に巡り合えないというだけだよ」
 彼は沙羅のことを思い出した。彼女とならあるいはそういう気持ちになれるかもしれない。

 しかしつくるはまだ沙羅のことをよく知らない。彼女だってつくるのことをよく知らないはず
 だ。お互いにとってもう少し時間が必要になる。
 「どうやらビジネスは順調に発展しているみたいだな」とつくるは言った。そして小綺麗なオ
 フィスを見回した。
  十代の頃、アオとアカとつくるは「おれ・おまえ」と呼び合っていた。しかし十六年ぶりに
 顔を合わせたとき、そんな親しい呼び方が気持ちに馴染まなくなっていることにつくるは気づ
 いた。彼らは相変わらずつくるを「おまえ」と呼び、自分を「おれ」と呼んでいたが、つくる
 にはそれがすんなりとできなかった。そういうくだけた呼び方は、彼にとってもう自然なこと
 ではなくなっていた。

 「ああ、今のところ仕事はうまく行っている」とアカは言った。そしてひとつ咳払いをした。
 「うちの会社の仕事の内容は知っているか?」
 「おおよそは知っている。もしインターネットに書かれている内容がそのまま正しければ、と
 いうことだけど」
  アカは笑った。「嘘偽りはない。あのままだ。しかしもちろんいちばん大事な部分は書かれ
 ていない。それはここの中にしかない」、アカは自分のこめかみを指先でとんとんと叩いた。
 シェフと同じだ。肝心なところはレシピには書かない」
 「企業を対象として、人材を教育・育成する。それがこの会社の仕事の主な内容だと理解した
 けれど」

 「そのとおり。我々は新入社員を教育し、中堅社員を再教育する。そういうサービスを企業に
 提供している。クライアントの要請に合わせてオーダーメイドのプログラムを作成し、効率よ
 くプロフェッショナル・ライクに作業をこなす。企業にすれば時間と手間を省くことができ
 る」
 「社員教育のアウトソーシング」とつくるは言った。
 「そのとおり。すべてはおれのアイデアひとつから始まったビジネスだ。よく漫画であるだろ
 う。頭の上にぽっと明るい電球が浮かぶやつ。あれだよ。創業の資金については、知り合いの
 サラ金の社長が、おれを見込んで出資してくれた。たまたまそういう後ろ盾があってできたこ
 とだが」

 「しかしどこからそんなアイデアが出てきたんだ?」

  アカは笑った。「そんなにたいした話じゃない。大学を出て大きな銀行に勤めたが、仕事は
 つまらなかった。上にいるのは実に無能なやつらばかりだった。目の前のことしか考えず、保
 身に汲々として、先を見ようとはしない。日本のトップ銀行がこんなざまなら、この国はお先
 真っ暗だと思ったよ。三年間自分を抑えて仕事を続けたが、事態は好転しなかった。ますます
 悪くなっていったくらいだ。そこでサラ金の会社に転職した。そこの社長がおれのことをずい
 ぶん気に入って、こっちに来ないかと誘ってくれたんだ。そこはいろんなことが銀行より自由
 にやれて、仕事自体は面白かったよ。しかしそこでもやはり上の連中と意見があわず、社長に
 詫びを入れて、二年と少しで辞めた」

  アカはポケットからマルボロの赤い箱を取り出した。「吸ってかまわないか?」
  もちろんかまわない。アカは煙草をくわえ、小さな金のライターで火をつけた。目を細めて
 煙をゆっくり吸い込み、吐いた。「やめなくちゃとは思っている。でもだめだ。煙草をやめる
 と仕事ができなくなる。禁煙した経験はあるか?」
  つくるは生まれてから煙草を意地も一度も吸ったことがない。
  アカは話を続けた。「どうやらおれは人に使われることに向いていないらしい。一見そうは
 見えないし、おれ自身、大学を出て就職するまでは自分のそんな性格に気がつかなかった。で
 も実にそうなんだ。ろくでもない連中から筋の通らない命令を受けたりすると、すぐ頭が切れ
 ちまう。ぷちんと音を立てて。そんな人間に会社勤めなんてできない。だから腹を決めた。あ
 とは自分で何かを始めるしかないってな」
  アカは話をいったん中断し、連い記憶を辿るように、手元から立ち上る紫色の煙を眺めてい
 た。



 「おれが会社勤めからもうひとつ学んだのは、世の中の大抵の人間は、他人から命令を受け、
 それに従うことにとくに抵抗を感じていないということだ。むしろ人から命令されることに喜
 びさえ覚えている。むろん文句は言うが、それは本気じゃない。ただ習慣的にぶつぶつこぼし
 ているだけだ。自分の頭でものを考えろ、責任を持って判断しろと言われると、彼らは混乱す
 る。じゃあ、そいつをビジネスにすればいいじゃないかとおれは考えた。簡単なことだ。わか
 るか?」

  つくるは黙っていた。意見は求められていない。
 「そしておれは自分が好きじゃないこと、やりたくないこと、してほしくないことを思いつく
 限りリストアップしてみた。そしてそのリストを基に、こうすれば上からの命令に従って系統
 的に動く人材を、効率よく養成できるというプログラムを考案した。考案したといっても、部
 分的に見ればあちこちからのぱくりだ。おれが新人行員のときに受けた研修の経験が大いに役
 に立った。そこに宗教カルトや、自己啓発セミナーの手法を加味した。アメリカで成功を収め
 ている同種のビジネスの業務内容も研究した。たくさんの心理学の本も読んだ。ナチの親衛隊、
 アメリカ海兵隊の新兵教育マニュアル、そういうのもあちこち有用だった。仕事を辞めてから
 の半年、おれはそのプログラムの立ち上げに文字通り没頭した。何か一点に集中して作業をす
 るのが、昔から得意なんだよ」

 「そして頭も切れる」

  アカはにやりと笑った。「ありがとう。なかなかそこまでは自分の口からは言えなくてね」
  彼は煙草をまた一服し、灰皿に灰を落とした。そして顔を上げてつくるを見た。
 「宗教カルトや自己啓発セミナーの目的はおおむね金集めにある。そのために荒っぽい洗脳が
 行われる。うちはそんなことはしない。そんな胡散臭いことをやっていたら一流企業には受け
 入れられない。力尽くの荒療治も駄目だ。一時的に派手な効果は発揮しても、長くは続かない。
 ディシプリンを叩き込むことは大事だが、プログラム自体はどこまでも科学的で、プラクティ
 カルで、洗練されたものでなくてはならない。社会常識の範囲内に収まるものでなくてはなら
 ない。またその効果はある程度持続しなくちゃならない。おれたちの目標は何もゾンビをこし
 らえることじゃない。会社の思惑どおりに動きつつ、それでいて『私は自分の頭でものを考え
 ている』と思ってくれるワークフォースを育成することだ」
 「なかなかシニカルな世界観だ」とつくるは言った。
 「そういう言い方もできるかもしれない」
 「でも研修を受けた人間が、みんな素直にディシプリンを叩き込まれてくれるわけじゃないだ
 ろう」
 「もちろんだ。おれたちのプログラムをまったく受け付けない人間も少なからずいる。そうい
 う人間は二種類に分けられる。ひとつは反社会的な人間だ。英語で言うアウトキャスト。こい
 つらは建設的な姿勢をとるものは何によらず、頭から受け付けない。あるいは団体の規律に組
 み込まれることをよしとしない。そういう連中を相手にしても時間の無駄だ。お引き取り願う
 しかない。もうひとつは本当に自分の頭でものを考えられる人間だ。この連中はそのままにし
 
ておけばいい。下手にいじくらない方がいい。どんなシステムにもそういう『選良』が必要な
  んだ。順調にいけば彼らはゆくゆく指導的な立場に立つことになるだろう。しかしその二つの
 グループの中間には、上から命令を受けてその意のままに行動する層があり、その層が人口の
  大部分を占めている。全体のおおよそ八五パーセントとおれは概算している。要するにその八
 五パーセントをねたにおれはビジネスを展開しているわけだ」

 「そしてビジネスは思惑どおりに進展している」

   アカは肯いた。「ああ、今のところは計算どおりに伸びている。最初は二、三人で始めた小
 さな会社だったが、今ではこれだけのオフィスを構えるようになった。名前もかなり広く知ら
 れるようになった」
  「自分のやりたくないこと、されたくないことをデータ化し、分析し、それをビジネスとして
 立ち上げた。それがそもそもの出発点だった」
  アカは肯いた。「そのとおりだ。自分かやりたくないこと、されたくないことをビジュアラ
 イズするのはむずかしいことじゃない。自分かやりたいことをビジュアライズするのがむずか
 しくないのと同じようにな。ネガティブであるかポジティブであるかの違いだけだ。単に方向
 性の問題に過ぎない」
 
   おれはあいつのやっていることがどうしても好きになれないんだ、というアオの言葉がつく
 
るの頭に浮かんだ。

 「でもそこには社会に対する、君の個人的な復讐という意味合いもあるかもしれない。アウト
 キャスト的な傾向を帯びたエリートとして」とつくるは言った。
 「あるいはそういうこともあるかもしれない」とアカは言った。それから愉快そうに笑って、
 指をぱちんと鳴らした。「鋭いサーブだ。多崎つくるくんにアドヴァンテージ」
 「君自身がそのプログラムの主宰者みたいなことをするのか。実際にみんなの前に立って話を
 するとか?」
 「ああ、最初のうちはそういうのも全部自分でやったよ。なにしろあてにできる人間はおれ一
 人しかいなかったからね。なあ、つくる、そんなことをやってるおれの姿が想像できるか?」

 「とてもできない」とつくるは正直に言った。

  アカは笑った。「ところがどうして、これがなかなかうまいんだ。自分で言うのもなんだが、
 けっこう板に付いている。もちろんすべては演技だが、それなりに真に追って説得力があった。
 でも今はもうやらない。おれはグルって柄じゃない。あくまで経営者だ。やらなくちゃならな
 いことがたくさんある。今はインストラクターを養成して、実務は彼らに任せている。ここの
 ところはむしろ講演みたいな仕事が多くなってきている。企業の集まりに招かれたり、大学の
 就職セミナーで話をしたり。出版社に頼まれて本も書いている」

  アカはそこでいったん言葉を切り、灰皿で煙草をもみ消した。

 「こういうビジネスはノウハウをいったん確立すれば、あとはそれほどむずかしくない。豪華
 なパンフレットを作り、立派な能書きを並べ、一等地にスマートなオフィスを構えればいい。
 趣味の良い家具を揃え、高い給料を払って見栄えの良い有能なスタッフを雇う。イメージが大
 事だ。そのためには投資を惜しまない。それからロコミがものを言う。いったん良い評判が立
 てば、あとは勢いに任せておけばいい。でも当分これ以上手は広げないことに決めている。名
 古屋近辺の企業だけに範囲を絞る。おれの目が届く範囲じゃないと、仕事のクオリティーに責
 任が持てないからな」

 アカはそこで探るようにつくるの目を見た。

 「なあ、おれがやってる仕事にとくに興味があるわけじゃないんだろう?」 
 「ただ不思議な気がするだけだよ。君がそんなビジネスを始めるなんて、十代の頃には想像も
 つかなかったものな」
 「おれ自身にだって想像できなかったよ、そう言ってアカは笑った。「たぶん大学に残って教
 師にでもなるんだろうと思っていた。でも大学に入ってみたら、自分が学問にまったく向いて
 ないことがわかった。退屈きわまりない淀んだ世界だ。そんなところで一生を終えたくない。
 でも大学を出て企業に入ってみたら、自分が会社勤めにも向いてないことがわかった。そんな
 具合に試行錯誤の連続だった。でもこうしてなんとか自分なりの居場所を見つけて生き延びて
 いる。それで、おまえはどうなんだ。今の仕事には満足しているのか?」
 「満足しているわけじゃない。しかしとくに不満もない」とつくるは言った。
 「駅に関係した仕事をしているから?」
 「そうだよ。君の表現を借りれば、なんとかポジティブな側にいる」
 「仕事に迷いを感じたことは?」
 「日々目に見えるものを作っているだけだ。迷っている暇もない
  
  アカは微笑んだ。「実に素晴らしい。おまえらしい」
  
  二人の間に沈黙が降りた。アカは手の中で金のライターをゆっくり回転させていたが、煙草
 には火をつけなかった。たぶん一日に吸う本数を決めているのだろう
 「何か話があってここに来たんだろう?」とアカは言った。
 「昔の話になる」とつくるは言った。


 
                                       PP.178-191
 
                             村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』                 

 

 ダグ・チャンによるラディアンⅦ
ジェイ・ジャスターによるポッドレイサー

 
熱かったり、寒かったり気温変動が大きい。高齢には思わぬ落とし穴が待ち受けているのではないかという思
いが過ぎる。

 

コメント
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竜巻巡礼の明日(あさ)

2013年05月23日 | 地球温暖化

 

 

 


 

  そのあとも灰田は以前と変わるところのない態度でつくるに接した。二人は日常的な会話を
 自然に交わし、食事をともにした。灰田が図書館から借りてきたクラシック音楽のCDを、ソ
 ファに座って一緒に聴き、その音楽について語り合い、読んだ本の話をした。あるいはただ一
 緒に同じ部屋にいて、親密な沈黙を分かち合った。週末には灰田はつくるのマンションにやっ
 てきて、夜遅くまで話し込み、そのまま泊まっていった。ソファに寝支度をととのえ、そこで
 眠った。彼が(あるいは彼の分身が)夜中に寝室にやってきて、暗闇の中でつくるを見つめる
 ことも--もしそんなことが実際に起こったとしてだが--もうなかった。つくるはそのあと
 も、シロとクロが二人で登場する性夢を何度か見たが、そこに灰田が姿を見せることはなかっ
 た。
 
  それでも時折つくるは、自分の意識下に潜んでいるものを、あの夜の灰田はその澄んだ瞳で

 見通していたのだと思うことがあった。そしてその凝視の痕跡を身のうちに感じた。そこには
 軽い火傷にも似たひりひりとした痛みが残っているようだった。灰田はそのとき、つくるが密
 かに抱いている妄想や欲望を観察し、そのひとつひとつを検分し俯分けした。そしてその上で
 なおかつ、友人として交際を続けているのだ。ただそのような穏やかではない様相を受容し、
 感情を整理し、落ち着けるために、隔離された期日が必要だった。だからこそ彼は十日間つく
 るとの交流を断ったのだ。
 
  もちろんただの推測に過ぎない。根拠を欠いた、ほとんど理屈の通らない憶測だ。妄想と言
 うべきかもしれない。しかしそのような思いは執拗につきまとい、つくるを落ち着かない気持
 ちにさせた。灰田に意識の内奥を隅々まで見透かされたのではないかと思うと、自分がじめじ
 めした石の下に棲むみすぼらしい虫けらになり下がったような気がした。
  しかしそれでもなお、多崎つくるはその年下の友人を必要としていた。おそらく他の何にも
 増して。



                                        第8章

  
灰田が最終的につくるのもとを去ったのは翌年の二月の末、二人が知り合ってハヵ月後のこ
 とだった。そして今回、彼はもうそのまま戻らなかった。
  学年末の試験が終わり、成績の発表があってから、灰田は秋田に帰郷した。でもたぶんすぐ
 に戻りますよ、と彼はつくるに言った。秋田の冬はとんでもなく寒いし、二週間も家にいれば
 飽きてうんざりしてしまいます。東京にいた方が気楽なんです、と彼は言った。ただうちの雪
 下ろしを手伝う必要もありますし、いちおう帰らないわけにはいきません。しかし二週間が過
 ぎても、二週間が過ぎても、その年ドの友人は東京に戻らなかった。連絡ひとつなかった。
 
  つくるは最初のうちそれほど気にしなかった。たぶん実家の居心地が思ったより良かったの
 だろう。あるいは例年より雪が多く降ったのかもしれない。つくる自身は三月の半ばに三日ほ
 ど、名占屋に戻ることになった。戻りたくはなかったが、まったく帰郷しないわけにもいかな
 い。もちろん名古屋では雪下ろしの必要はないが、母親はひっきりなしに東京に電話をかけて
 きた。学校が休みなのにどうして家に帰ってこないのかと。「休みの間に仕上げなくちゃなら
 ない大事な課題があるんだ」とつくるは嘘をついた。しかしそれでも二、三日くらいなら帰れ
 るでしょうと母親は強固に言い張った。姉も電話をかけてきて、おけさんもずいぶん淋しがっ
 ているし、少しだけでも帰ってあげた方がいいと言った。わかった、そうする、とつくるは言
 った。
 
  名古屋に戻っている間、夕方に犬を連れて近所の公園まで行くのを別にすれば、彼はまった
 く外出をしなかった。かつての四人の友人たちの誰かと道で出くわすことを恐れたからだ。と
 くにシロとクロと交わる性夢を見るようになってからは、生身の彼女だちと顔を合わせる勇気
 は、つくるにはとても持てなかった。それは想像の中で彼女たちをレイブしているのと同じこ
 とだからだ。たとえその夢が自分の意思とは繋がりのないものであり、彼がどんな夢を見てい
 るか相手に知りようがないとわかっていてもだ。あるいは彼女たちは、つくるの顔を一目見た
 だけで、彼の夢の中で何か行われているかを、すべてを見抜いてしまうかもしれない。そして
 彼の汚れた身勝手な妄想を厳しく糾弾するかもしれない。
 
  彼はマスターベーションをできるだけ抑制していた。行為そのものに対して罪の意識を感じ
 ていたからではない。彼が罪の意識を感じるのは、そのときにシロとクロの姿を思い浮かべず
 にはいられなかったことに対してだ。何か別のことを考えようとしても、必ず彼女たちがそこ
 に忍び込んできた。しかし自慰を控えるぶん、祈にふれて性夢を見ることになった。そしてそ
 こにはほとんど例外なくシロとクロが登場した。結局は同じことだ。しかしそれは少なくとも、
 彼が意図して思い浮かべたイメージではなかった。もちろん単なる言い訳に過ぎなかったけれ
 ど、彼にとってはその言い換えに等しい弁明が少なからぬ意味を持っていた。
 
  それらの夢の内容はほぽ同じだった。見るたびに設定や、行為の細部が少しずつ異なってい
 たが、彼女たち二人が裸で彼に絡みつき、指や唇で彼の全身を愛撫し、性器を刺激し、性交に
 至るという展開に変わりはない。そしてつくるが最後に射精する相手は常にシロたった。クロ
 と激しく交わっているときでも、最後の段階が近づき、ふと気がついたときにはパートナーが
 入れ替わっていた。そして彼はシロの体内に粘液を放出していた。そのような決まったかたち
 の夢を見るようになったのは、大学二年生の夏に彼がグループから放逐され、彼女だちと会う
 機会が失われてしまってからだった。つまり、つくるがその四人のことをなんとか忘れてしま
 おうと心を固めてからだった。それ以前にそのようなパターンの夢を見た記憶はない。なぜそ
 んなことが起こるのか、もちろんつくるにはわからない。それもまた彼の意識のキヤビネット
 の「未決」の抽斗に深くしまい込まれている問題のひとつだ。
 
  とりとめのないフラストレーションを胸に抱いたまま、つくるは東京に戻った。しかし相変
 わらず灰田からの連絡はなかった。プールにも図書館にも、彼の姿は見当たらなかった。寮に
 何度か電話をかけてみたが、そのたびに沃田は不在だと言われた。考えてみれば、秋田の実家 
 の住所も電話番号も知らない。そうこうしているうちに春休みが終わり、学校の新しい年度が
 始まった。彼は四年生になった。桜が咲き、やがて散った。それでもその年下の友人からの連
 絡はなかった。
  
  彼は灰田の住んでいる学生寮まで足を運んだ。灰田は先の学年が終了した時点で退寮届を出
 し、荷物もすべて引きヒげたと管理人に教えられた。つくるはそれを聞いて言葉を失った。退
 寮の理由についても、移転先についても、管理人は何ひとつ知らなかった。あるいは何ひとつ
 知らないと主張した。
 
  大学の事務局に行って学籍簿を調べてみると、灰田が休学届を出していることがわかった。
 休学の理由は個人情報であるとして教えてもらえなかったで灰田は学年末の試験が終わった直
 後に自らの手で、捺印した休学届と退寮届の書類を出しているということだっが、彼はその時
 点ではまだつくると日常的に顔を合わせていた。プールで一緒に泳ぎ、週末にはつくるの部屋
 にやってきて泊まり、夜遅くまで話し込んだ。にもかかわらず、灰田は休学のことをつくるに
 はまったく伏せていた。何事もなさそうににこやかに「二週間ばかり秋田に帰ってきます」と
 告げただけだ。そしてそのままつくるの前から姿を消した
  
  もう灰田に会うことはないかもしれない、つくるはそう思った。あの男は何かしらの堅い決
 意をもって、何も言わずおれの前から姿を消したのだ。それはたまたまのことではない。そう
 しなくてはならない明確な理由が彼にはあったのだ。その理由がどのようなものであれ、灰田
 はもうここに戻ってはこないだろう。つくるのその直観は正しかった。少なくとも彼が在学し
 ている間、沃田が大学に復帰することはなかった。彼から連絡が来ることもなかった。
  
  不思議なことだ、とつくるはそのとき思った。灰田は自分の父親と同じ運命を繰り返してい
 る。同じように二十歳前後で大学を休学し、行方をくらましている。まるで父親の足跡をその
 ままなぞるように。それともあの父親のエピソードは、沃田の作り上げたフィクションだった
 のだろうか? 彼は父親の姿を借りて、自分自身についての何かを語ろうとしたのだろうか?

  しかし今回の灰田の消滅はなぜか、前のときほど深い混乱をつくるにもたらさなかった。彼
 に捨てられ、去られたという苦い思いもなかった、灰田を失ったことによって、彼はむしろあ
 る種の静けさに支配されることになった。それは奇妙に中立的な静けさだった。どうしてかは
 わからないが、灰田が自分の罪や汚れを部分的に引き受けて、その結果どこか遠くに去って行
 ったのではないかという気さえした。

  灰田がいなくなったことを、つくるはもちろん淋しく思った。残念な結果だった。灰田は彼
 が見つけた本当に数少ない、大事な友人の一人だった。しかしそれは結果的にはやむを得ない
 ことだったのかもしれない。灰田があとに残していったのは、小さなコーヒーミルと、半分残
 ったコーヒー豆の袋と、ラザール・ベルマンが演奏するリストの『巡礼の年』(LP.三枚組)、
 そしてその不思議なほど深く澄んだ一対の眼差しの記憶だけだった。

  その五月、灰田がキャンパスを去ったことがわかった一ヵ月後、つくるは初めて生身の女性
 と性的な関係を持った。彼はそのとき二十ー歳になっていた。二十一歳と六か月だ。彼は学年
 の初めから実習を兼ねて、都内の設計事務所で製図のアルバイトを始めており、相手はそこで
 知り合った四歳年上の独身女性だった。彼女はそのオフィスで事務の仕事をしていた。小柄で
 髪が長く、耳が大きく、美しい形の脚を持っていた。身体が全体的に密に凝縮されているとい
 う印象があった。顔yちは美人というよりむしろキユートだった。冗談を言うと、きれいな白
 い歯を見せて笑った。つくるがその事務所で働き始めたときから、彼女は何かと親切にしてく
 れた。自分か個人的に好意を持たれているのを感じた。二人の姉と一緒に育ったせいだろう、
  
  彼は年上の女性といると自然に寛ぐことができた。彼女はドの姉とちょうど同い年だった。
  つくるは機会を見つけて彼女を食事に誘い、そのあと自分の部屋に誘い、それから思い切っ
 てベッドに誘った。彼女はどの誘いも断らなかった。ほとんどためらいもしなかった。つくる
 にとっては初めての体験だったが、それにしては何もかもがスムーズに運んだ。最初から最後
 まで戸惑うこともなく、気後れすることもなかった。そのせいで相1は、つくるが年齢のわり
 に性的な経験を十分に積んでいると思ったようだった。実際には夢の中でしか女性と交わった
 ことがなかったにもかかわらず。
  
  つくるはもちろん彼女に好意を抱いていた。魅力的な女性であり、利発だった。灰田が与え
 てくれたような知的な刺激は求めるべくもなかったが、明るい気取りのない性格で、好奇心に
 富み、話をしていて楽しかった。性的にも活発だった。彼は彼女との交わりから女性の身体に
 ついての多くの事実を学んだ。
  彼女は、料理-それほどうまくなかったが、掃除をするのが好きで、つくるのマンションは
 ほどなくすっかりきれいに磨き上げられた。カーテンもシーツも枕カバーもタオルもバスマッ
 トも、すべて新しい清潔なものに交換された。灰田が去った後のつくるの生活に、彼女は少な
 からぬ彩りと活気を与えてくれた。しかしつくるがその年上の女性に積極的に接近し肉体を求
 めたのは、情熱のためでもなく、彼女に対する好意のためでもなく、あるいは口々の淋しさを
 紛らわせるためでさえなかった。彼がそうしたのは、自分が同性愛者ではないことを、また自
 分が夢の中だけではなく、生身の女性の体内にも射精できることを自らに証明するためだった
 それが--つくる自身はおそらく認めなかっただろうが--彼にとっての必要な目的だった。
  
  そしてその目的は達せられた。
  週末に彼女はつくるのところにやってきて泊まっていった。ほんの少し前まで灰田がそうし
 ていたように。そして二人はベッドの中で時間をかけて抱き合った。明け方近くまでセックス
 を続けることもあった。彼は性交をしているあいだ、彼女と彼女の肉体のことだけを考えるよ
 うに努めた。その作業に意識を集中し、想像力のスイッチを切り、そこにはないすべてのもの
 ごとを--シロとクロの裸体や灰田の唇を--できるだけ遠い場所に追いやった。彼女は避妊
 薬を飲んでいたので、彼は心置きなく彼女の中に精液を放出することができた。相手は彼との
 性行為を楽しんでいたし、満足しているようにも見えた。オーガズムに達すると不思議な声を
 上げた、大丈夫、おれはまともなのだ、とつくるは自分に言い聞かせた。おかげでもう性夢を
 見ることもなくなった。
 
  その関係はハヵ月ほど続き、それからお互い納得の上で別れた。彼が大学を卒業する直前の
 ことだ。そのときには既に電鉄会社への就職が決定しており、設計事務所でのアルバイトも終
 了していた。彼女はつくると交際しながら、その一方で故郷の新潟に幼なじみの恋人を持って
 
おり(情報は最初から開示されていた)、四月に彼と正式に結婚することになった。設計事務
 所を辞め、婚約者が働く三条市で暮らす。だからもうあなたとは会えなくなるの、とある日ベ
 ッドの中で彼女はつくるに言った。
 「とても良い人なのよ」と彼女は彼の胸に手を置きながら言った。「たぶん私には似合いの相
 手だと思う」
 「君ともうこうして会えなくなるのはとても残念だけど、たぶんおめでとうとはうべきなんだ
 ろうね」とつくるは言った。
 「ありがとう」と彼女は言って、それからページの端に小さな書体で脚注を添えるみたいに、
 「またそのうちに、あなたと会える機会があるかもしれないけど」と付け加えた。
 「そうなるといいね」とつくるは言った。しかしその脚注が具体的に何を意味しているのか、
 彼にはよく読み取れなかっかこ婚約昔が相手でもやはり同じような声を上げるのだろうかと、
 ふと考えただけだった。それから二人はもう一度セックスをした。
 
  週に一度彼女と会えなくなるのが残念だというのは本当だった。生々しい性夢を回避するた
 めにも、現在という時間に沿って生きていくためにも、彼は決まった性的なパートナーを必要
 としていた。とはいえ、彼女の結婚はつくるにとってむしろ好都合だったかもしれない。その
 年上のガールフレンドに対して、穏やかな好意と健康的な肉欲以上のものを感じることが、彼
 にはどうしてもできなかったから。そしてまたそのとき、つくるはまさに人生の新しい段階に
 足を踏み入れようとしていたのだ
                   

                                       PP.125-134                         
                 村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』


ネットでピックアップ (二例)

Q:村上春樹の作品で性描写がない作品はありますか?あれば教えてください。
A:絵本『ふしぎな図書館』、
  短編集『東京奇譚集』、
  長編『アフター・ダーク』

Q:性描写がこんなにもでてくるのには何かワケがあるんでしょうか?
A:・・・初期の作品の繊細さは読者に清冽な印象を与えたものですが
  性描写が多いといっても、何か淡々とした料理のテキストみたいな
  感じで描かれていそうな気がします。


 

【環境リスク本位制に突入】

オクラホマ州で巨大な竜巻が発生した遠因には、進行する温暖化があるとされる。日本でも6月か
ら竜巻
のシーズンに突入するが、将来はスーパーセル(巨大積乱雲)などの気象条件が増え、激し
い竜巻が頻発
する可能性があるという。気象庁によると、国内の竜巻(平成3~24年の月別合計)
は6月から増え始め、9、10月でピークに達する。近年は温暖化に伴い海面水温が上昇、大気中
の水蒸気量が増えることで積乱雲が発生しやすい状況が生まれているという。新潟大の本田明治准
教授(気象学)は「夏の暑さが長引く一方、北からこれまで同様に寒気も入ってくる秋は、竜巻が
発生しやすい環境になる」と指摘。米国ほどの規模の竜巻が生じる恐れは少ないが、「国内最大級
となった昨年5月のつくば市を襲った竜巻と同規模のものが増える可能性はある」。

当然、将来的に国内の竜巻被害はさらに増えるだろう。気象庁気象研究所は、竜巻が起きやすい気象状況
が、2075~99年に、春(3~5月)は西日本や関東などで2、3倍、夏(6~8月)は日本海側などで倍増する
と予測。突風の強さを示す6段階の「藤田スケール」のうち、住宅の屋根をはぎ取り車を吹き飛ばすとされる
F2(約7秒間の平均風速50~69メートル)以上の竜巻が最大で年15回ほど発生する可能性が出てくると
いう。同研究所の加藤輝之室長が「現在は激しい竜巻が発生しにくい東北や北海道でも発生する可能性が
ある」と指摘しているという。



このようなことが常態化すれば、人類は「環境リスク」を常に測定し行動していなくてはならなく
なるが、その原因として地球温暖化(人為説)が寄与していることは間違いない。そしてその影響
力をかってブログで水蒸気量と表面エネルギーの増大で推定した(『壺の中の霧』)ことがあった
が、取り敢えずは目先の対応策が急がれる。今回の米国の竜巻禍を見ているとシェルター型住宅の
普及(あるいは公共施設および産業用施設の)は避けられないと考えられる。そこで、テキサス地
域ではドーム型住宅が普及し始めているということでネット検索してみると、秒速133メートル(
≒時速三百マイル)にも耐えることができるという。日本でも関連メーカが存在するから、早急に
調査審議→法整備→政策実行(「レジリエンス国債」)すべきだと考えるが如何に。

※ 竜巻をめぐる5つの俗信、 ナショナルジオグラフィック ニュース

 

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テーブルファーム巡礼の明日

2013年05月22日 | 新弥生時代

 

 

【早起きは三文の得】
 

早く目を覚まし、めずらしく朝刊を取りに行き、普段は読まないのだが二つの朝日新聞の記事が
目にとまる。

 

 北海道湧別町を襲った3月の地吹雪の中で父親が娘を抱いたまま亡くなった事故で、消防が
 父親の携帯電話の位置情報を携帯電話会社から得ようとしたが得られず、父娘の捜索を中断
 していたことが分かった。総務省は情報提供の仕組みが整っていなかったことが原因とみて、
 位置情報を速やかに伝えるルールを作り全国の消防本部と携帯各社に通知した。


 7月に環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉入りを控える安倍政権は、市湯開放もにらん
 で農業分野などの成長戦賂づくりを急ぐ。隣の韓国では一昨年から昨年にかけ、欧州連合(
 EU)米国との自由貿易協定(FTA)が発効。サムスンなどの輸出産業を後押しする一方、
 農業では「競争力強化」を掲げる。日本の戦賂を先取りした韓国でいま、何が起きているの
 か。


1つめは、トレッキングや登山をしするている関係で遭難や事故で共通する切実な位置情報の問
題で、現在、
携帯電話の電波を中継する基地局から算出される。都市部は精度が高く、山間部は
「基地局から北
の方角に○キロの範囲」という程度になるが警察は携帯各社と個別にルールを作
り、家出入捜索などで頻繁に照会している。全地球測位システム(GPS)はより詳細な情報を得
られるが、提供を受けるには裁判官の令状が必要とされる。

 父娘捜索の経緯

 3月2日午後
 3時ごろ 父親が「車が雪にはまり動けないと親族に連絡
 6時すぎ 消防署員3人が約10キロ離れた上湧別出張所から消防車で出動‘゛。
 7時14分 消防車が雪にはまってまる。約20分後、運転可能に         
 8時50分 署員が現場周辺に到着
 9時34分 署員が軽トラック発見
 9時55分 署員が通信指令に位置情報取得を依頼
 9時56分 通信指令がNTTドコに情報提供を要請
 10時10分 「位置情報を確認する。現場で待機を」と署員に連絡
 10時51分 署員が道警遠軽署に「早く位置情報を知りたい」と伝達
 11時6分 消防が捜索中断をを決定
 11時10分 警察がKDDIに位置情報を紹介
 11時30分ごろ KDDIが警察に回答
 3日午前
 6時   警察が捜索会議で警察が捜索会議で位置情報を提示
 6時37分 捜索再開
 7時7分 父娘発見。父親既に死亡


これは、「高度情報化社会に関する法整備遅延」事例。

 

 




「工業品の輸出が伸びる一方、農業分野への打撃は限定的だった」。韓国政府は3月「韓米FT
Aの1年間の主要成果」と題した資料でこう強調した。米国への輸出額は昨年3月~今年2月に
は前年同期 より1.4%増えただけだが、関税をなくしたり引き下げたりした品目に眼れば10.4
%増えた。なかでも石油製品は29.3%、自動車部品は10.9%の大幅な増加になった。ただ、企業
からは「それほど大きな影響はない」 (韓国のサムスン電子関係者)という声も漏れる。工業

製品の輸出は伸びたが、韓国を代表するサムスンや現代自動車といった大企業はすでに米国で現
地生産をめるTPPの交渉に参加する見通しだ。TPPに入れば、韓国と同じ変化に直面するの
だろうか。内閣府の試算では、日本がTPPに入り、関税がなくなった場合、工業製品の輸出が
増える
などして国内総生産(GDP)は実質3.2兆円増える。ただ、国内の農林水産業の生産額は3
兆円減ると
いう。このため、自民党は「コメ」「麦」「乳製品」「牛肉・豚肉」「砂糖やデンプ
ンなどの甘昧資源作物」
の5品目について、関税撤廃の例外とするよう求めている。TPP交渉
参加をにらみ、政府は、打撃を受け
農家の収入を補填する仕組みも検討している。安倍晋三首
相はさらに「成長戦略」に農業の活性化を
掲げる。関税引き下げに備え、農地を集約して大規模
生産を広げてコストの削減を進めたり、海外への農産物の輸出額を倍以上にすることなどだ。た
だ、韓国もFTA対策として大規模化や輸出増を打ち出したが、めぼし
い成果は出ていない-と、
豚肉価格の下落を例に「農業開放に悩む韓国」を浮き彫りしながらこのように解説している。

ブログ掲載したように、わたし(たち)は、「歴史的自由貿易主義」をかかげ、<新自由主義的リスク>を
想定した独自スタンスにいるが、安部政権の「収入瑕疵補填」にしろ「成長戦略」は民主政権の政策スタ
ンスとかわるところがない。

このように、新聞をみてなるほどとおもうところもあったが、基本的な枠組みに関わるほどの知
見にはないことを確認したにすぎない。たまのアナログ新聞記事の研究?に「早起きは三文の得」
とのこじつけでケリをみる

 


【忘れていた本】

 




本棚を整理・整頓しているしていると借りたままになっている本を見つける。早く返さなくては。

 

 

【テーブルファーム】 

「早起きは三文の得」でも触れたが、農業の大規模経営化(スケールメリット)というより、高
付加価値化の
成長戦略の話なのだが(1)水耕栽培(脱培養土)(2)植物工場(人工光型・自
然光型)(3)高次産業
化(6次産業)(4)新種改良の流れで考えていたのだが、株式会社山
善の「水耕栽培キット 畑deおやさい YVP-40」がテレビに流れていたのでおやっと思い、家庭菜
園用水耕栽培の現状をネットで下調べしてみた。というよりその前に『テーブル・ファーム』と
いう言葉を造語し、その概念固めをするために行ったというのが本当だ。「養液栽培のうち固形
培地を必要としない水耕(法)である水耕栽培(hydroponics)を応用して、従来は不可能といわ
れていた根菜類の栽培も含め園芸栽培を行うもので、培養地が軽量で可搬移動が可能なため植物
工場のように、室内で人工光型培養で肥料補給や給水の手間が少なく、手軽で育成栽培ができる
ことが特徴である」と定義することに。


ところで、この商品の構成技術を調べてみると、沖縄のモーアーサ(食用苔植物)を育成苗床と
しているのではないか?つまり、この方法を使い、苔を育成栽培しているのではないかと考え、
下記の「
水耕栽培小型栽培装置」の新規考案を調べてみた(裏情報はとっていない)。

  

特開2009-273451 モーアーサ(食用苔植物)の水耕栽培小型栽培装置

 【符号の説明】

1 繁茂複合網 2 バクテリア成育フィルター 3 紫外線殺菌灯(植物育成ランプ併設) 4
循環ポンプ 5
水位調整弁 6 穴開き散水用パイプ 7 水流あおり板 8 ストレーナー 9
循環パイプ 10 棚受け 11
脚部 12 キャスター 13 多孔板(8~10m/m) 
14 樹脂網多層床(2~4m/m) 15 流水穴開き板
(5m/m) 16 縦型細穴(1m
/m以下) 17 スポンジ板


このように考えていくと、家庭内(ホーム・ファームとするには、従来の家庭菜園が色濃く残る
ので、テーブ
ル・ファームとした)に通年農園が出来るというわけだが、このアイデアはこのブ
ログの初期に記載済みで
あるが、「デジタル革命渦論」にあっては農地という既成概念は崩れ、
<農産物産出情報>のなかにイレージング(第5則)していくものだと確信している。 従って、
現在の保守政権がイメージするところものとは、まったく異なった次元で農林水産業の「成長戦
略」をイメージしていることを改めて指摘しておきたい。 

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靜脈産業巡礼の明日

2013年05月21日 | 政策論

 



 

【環境リスク本位制下の家電リサイクル法】

経済産業省と環境省は20日、メーカーや小売業者に廃棄された家電製品の回収やリサイクルを
義務付けている「家電リサイクル法」を見直す方針を固め、具体的な検討に入った。廃棄され
たエアコンなどが不正輸出されるケースも相次いでいる。有識者会議は月1回程度のペースで
議論を進め、年内をメドに結論をまとめる。家電リサイクル法では使わなくなったテレビ、エ
アコン、冷蔵庫、洗濯機の4品目について、消費者が料金を負担したうえでメーカーが回収や
再資源化を行うことを義務付けている。一方、廃品回収する許可を持っていない業者が消費者
から無料で回収して「中古品」として輸出したり、海外で金属などを回収した後に不法投棄し
たりする問題が発覚している。こうした不正輸出や取引が環境汚染などの問題を招きかねない
との懸念が高まっているという背景があるという。

ここでの議論でのポイントは、リサイクル、これは何を意味しているか?状況認識でと状況的
独立変数に基づく状況測定だ。有り体に言えば、市場から独立した「環境リスク」の評価の一
語に尽きる。リサイクルしなければ全球的にも局地的にも経済成長(=欲望拡大)が維持でき
ないという判定ということになるが、その運用は難しい。言い換えれば、都市金鉱に注力しな
ければ、環境リスク逓増×コスト逓減が実現できないということであり、それゆえに不正輸出
(回収物の単一国家社会から持ち出す行為)する企業体(集団)及び個人にその対価(違約金
を求めることもやむなしという当該住民の「倫理形成」(=合意形成)の表明動向だ

 
【進化する太陽電池: 光・分光感度測定方法】

多接合型太陽電池セルの分光感度測定方法では、白色バイアス光源を多接合型太陽電池セルに
照射する状態と、各々が照度調整可能な複数の第1の単色光光源の1つの第1の単色光光源の
照度を調整する状態と、複数のサブセルに対応する第1の単色光光源の照度を低減させる状態
と、第2の単色光光源からの単色光の波長を走査して、測定対象となるサブセルの分光感度特
性を測定する状態で、多接合型太陽電池の分光感度特性を測定場合、精度よく分光感度特性の
測定を行なうことができる方法が上図のように新規考案されている。

上図は、従来技術の一般的な太陽電池の分光感度測定装置の構成図例。セルの分光感度特性は、
セルを短絡し暗状態に置き、異なる波長の単色光を一定照度でセルに照射し、この波長に対応
し発生する電流を測定することで得られる→セルは標準温度(25℃)に設定され、モノクロ
メータから得られる単色光の照度は、通常10nmの間隔で数10μW/cm2。しかし、実際の太
陽電池は、この単色光の照度と比較して極めて高い照度の白色光である太陽光の下で使用され
るため、その分光感度特性は、暗状態下で得られる分光感度特性とは異なる。そのため、太陽
光下での実使用状態に近似するには、白色バイアス光照射と、微小な応答信号を測定のロック
インアンプを用いて測定されている。

具体的には、セルには一定照度の擬似太陽光(白色バイアス光:たとえばAM1.5のスペクトル
を有し、同範囲における積算照度:百mW/cm2)を照射し、単色光光源から照射された単色光
を所定の周期で通過させるチョッパーでパルス状態にして白色バイアス光に重畳し、応答信号
はセルに直列に接続された微小抵抗Rの両端の出力電圧として、チョッパーの同期信号を使った
ロックインアンプを用いて測定されている。ところで、下図は、白色バイアス光の有無により、
シリコン太陽電池セルの分光感度が異なることを示す分光感度特性図である。この図から
、上
図ような装置構成を用いて裏面に酸化膜を形成したシリコン太陽電池セルの分光感度を測定し
たとき、白色バイアス光が照射されている場合と、白色バイアス光が照射されておらず単色光
のみが照射されている場合の分光感度が異なっている
ことがわかる。つまり、白色バイアス光
が照射の場合、分光感度が向上し感度帯域が広くなる。これは、白色バイアス光の照射により
光生成された少数キャリアの濃度が多数キャリアの濃度を上回る高注入状態となり、この少数
キャリアがセル裏面のシリコンとシリコン酸化膜の界面に存在する再結合中心を埋める役割を
果たしている。セルが実際に太陽光下で動作する状態で、セルの分光感度特性を精査するため
には白色バイアス光を照射する必要がある。

 

近年は太陽電池の高効率化の研究が進み、禁制帯幅が異なる複数の半導体材料のpn接合を、同一
基板上に禁制帯幅が大きいものから順に光が入射する方向に縦積みし、両端に出力端子を設けるこ
とで、光電変換可能な波長範囲の拡大と高電圧化を図ったモノリシック2端子多接合型太陽電池セル
(以下、多接合セルと称す)が開発されている。例えば、禁制帯幅が約1.9eVであるGaInPトップセル
(以下、トップセルとも称す)、禁制帯幅が約1.43eVであるGaAsミドルセル(以下、ミドルセルとも称
す)、禁制帯幅が約0.72eVであるGeボトムセル(以下、ボトムセルとも称す)からなる3つのサブセル
をGe基板上にエピタキシャル成長技術で形成した宇宙用3接合型太陽電池セルは、変換効率が27
以上という、従来の単接合型セルでは実現できなかった高い変換効率を現出する。このような多接合
セルの分光感度の測定はサブセルごとに行われるが、感度帯域の異なる複数のセルを内部に直列接
続した2端子の構造のため、問題が生じる。

まず第1に、通常動作時は複数のサブセルのうち、最も発生電流の小さいサブセルの発生電流がセル
全体の出力電流(回路に流れる電流)となるが、分光感度測定時には測定対象のサブセルの発生電
流の変化がセル全体の出力電流の変化として観測できるように、残余のサブセルの発生電流が測定
対象のサブセルの発生電流よりも大きくなるような状態にする必要がある。

第2に、一般的に発生電流が異なる複数のセルを直列に接続し短絡動作させた場合、最も発生電流
が小さいサブセル(セル全体の出力電流を支配するサブセル)に残余のサブセルの発生電圧されるが、
上記で説明した状態にすると測定対象のサブセルには、この逆バイアス電圧が印加され、この逆バイ
アス電圧をキャンセルするための電気バイアスを外部から印加する必要がった。上記の留意点を考慮
し、一応の解決策を与えた多接合太陽電池の分光感度測定方法が、日本工業規格JISC-8944:「多
接合太陽電池分光感度特性測定方法」が開示されている。分光感度測定時の状態を得るには、測定
対象以外の残余のサブセルが動作状態になるよう、残余のサブセルの感度帯域波長に相当する分光
分布をもつ、カラーバイアス光を照射する。単色光の照度は20μW/cm2以上であり、カラーバイアス
光の照度は、測定対象となるサブセルの発生電流が、この残余のサブセルのそれよりも小さくなるよう
に調整するが、電気バイアスは、残余のサブセルの開放電圧Voci及び最大出力電圧Vmppiを推定し
その和の平均値または開放電圧の和をVbiasとし、これをセルに印加する。

上図を参照すると、本構成は前述した図で説明した構成と比較して、白色バイアス光がカラー
バイアス光となり、多接合セルと並列に電気バイアス回路と直流電圧計を追加した点が異なる。
次に、4百~9百nmの光に感度帯域を有するGaAsミドルセル分光感度測定時は、波長650nm
以下
の光と、640nm以上の光のみを透過するフィルター白色バイアス光の前に設置する。この
とき
多接合セル端で観測される出力電圧Vf2が動作しているトップセル、ボトムセルの発生
電圧
の和であり、当該Vf2が測定対象であるミドルセルに逆方向に印加されるため、この
Vf2を
キャンセルするための電気バイアスであるVbias=Vf2を多接合セル全体に印
加する。この状態で
のトップセル時と同様に信号光である単色光をチョッパーを介してパルス
状で照射し、微小抵抗両端の
出力電圧をロックインアンプで測定し、GaAsミドルセルの分
光感度特性が得られる。


さらに、840~1900nmの光に感度を有するGeボトルセル分光感度測定時は、波長9百nm以
下の光のみ透過するフィルターF3を白色バイアス光の前に設置する。このとき、多接合セル
端で観測される出力電圧Vf3が動作しているトップセル、ミドルセルの発生電圧の和であり、
このVf3が測定対象であるボトムセルに逆方向に印加されるため、Vf3をキャンセルする
ために電気バイアスであるVbias=Vf3を多接合セル全体に印加する。この状態で、前
述トップセル時と同様に微小抵抗両端の出力電圧をロックインアンプで測定する。これにより、
Geボトムセルの分光感度特性が得られるが、測定対象の要素セル(サブセル)の短絡電流が
最小となるよう、カラーバイアス光の分光放射照度を調整する。測定対象の要素セルを通常の
使用条件と同等の放射照度で照射し、他の要素セルはそれよりも強い照度で照射することが望
ましい」と記載されてはいるが、サブセルと同じ数だけの、通常の使用条件と同等およびそれ
より強い放射照度を有する光源を準備することが、設置スペースやコストなどの制約上から実
際には困難であり、分光感度測定時に、測定対象のサブセルの感度帯域波長を有するカラーバ
イアス光が照射されないので、少数キャリアの高注入状態が達成されないので、実際の太陽光
下に近似する動作状態での測定対象セルの測定が精度良く行なえなかったが、今回の発明によ
り、多接合型太陽電池の分光感度特性を精度よく分光感度特性の測定を行なえるという。

 

【すべてはデザインから始まる:通商連合大型兵員輸送車 MMT】


【ザ・ドーアズ 】 

 

 

 

もし知覚の扉が浄化されるならば、全ての物は人間にとってありのままに現れ、無限に見える。

 

  If the doors of perception were cleansed, everything would appear to man as it truly is, infinite.

 


ウォーカーブラザーズとザ・ドアーズが重なって思い出される程遠くなってしまったが、「ハ
ートに火をつけて」「ハロー・アイ・ラブ・ユー」など初期作品は、昨日のように鮮やかによ
みがえってくるようだ。レイモンド・ダニエル・マンザレクの訃報に接する。

                                        合掌

 

 

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豆腐ハンバーガーを巡る明日

2013年05月20日 | 創作料理

 

 


今日はクーラーの修理に来るというので朝から落ち着かない。シャープの関連業者が家に来て一時
間ほど
点検をしていたが、彼女のルーパーが作動しないというクレームの原因は結局のところ分か
らずじまいで帰って行った。やはり、一旦は自分自身で確認しておけば二度手間に済まずにおれた
ものをと少し悔いたが、彼女はわたしの腰をおもんばかってのことが反省点だ。そんなことで終始
落ち着かない一日となる。クーラー修理点検が終わってから、先日のブログの
ダイズとニンニク
のフォローとして、昨日出された「豆腐ハンバーガー」が気になり、その創作料理について考察し
てみた。
 

 

調べてみてわかったことは、“Tofu Hanbugerとしてすでにグローバル化していることだった。市
販品としては、紀文の「豆腐と鶏のハンバーグ」「ひじき入り豆腐と鶏のハンバーグ」「豆腐と鶏
のデミグラスハンバーグ」「豆腐と鶏のたまとろハンバーグ」が販売されている。なお、「豆腐と
鶏のたまとろハンバーグ」は電子レンジでの加熱は禁止している。玉子が水蒸気による破裂を避け
るためだと考えられるが、予め水蒸気(空気)を逃がす微細孔を加工しておけばよい話しだが、コ
ストとリスクの再評価で解決できるだろう。

  Tofu Burgers

  Grilled Lemon-Basil Tofu Burgers

  Green Onion and Sesame Tofu

 豆腐だけでなく、おからハンバーグもある。そして、魚肉ハンバーグも日本には、はんぺん、さ
つま揚など
として定着している。なぁ~~~んだ。それだけではない、豆腐素麺風が同じく紀文か
ら販売済みだ(下図/右)。なぁ~~~んだ。それじゃ、粉体化技術で、野菜ポリフェノールパウ
ダーとして、麺やバーガーに練り込めばもうこれはわたしの出番はないじゃないか。後は、ご当地
風にアレンジすれば世界を席巻してしまう。後は実行のみ、起業化のみということで話が終わって
しまう。

  

「フタに乾燥剤が内蔵された保存容器」(マルワ株式会社)がテレビで消火されていたが、電子レンジを使え
ば乾燥剤を捨てずに長期に使えるということだ。時代は確実に変わっている。

ところで、昼からは、ビールがきれたということで、白の金麦とヴォッカとスパーリング酒を買い
に出かけ、夕食前に、オイルサーディンをつまみに、ウイリキンソンのヴォッカ・ストレートをシ
ョット・グラスで飲んでいると空気清浄機の汚染センサ表示が赤くなる(汚れていることを表示)
ことを発見。ビールでは反応なしだったが、怖ろしやヴォッカとそのアルコール度を再確認した
次第。

 

 

  食事のあと二人は渋谷まで歩いた。春も終わりに近い気持ちの良い夜で、大きな黄色の月が
 霧に包まれていた。空気の中に漠然とした湿り気があった。彼女のワンピースの裾が風に吹か
 れ、彼の隣で流れるように美しく揺れた。つくるは歩きながら、その衣服の内側にある肉体を
 思い浮かべた。その肉体をもう一度抱くことを考えた。考えているうちにペニスが硬くなって
 いく感覚があった。自分か感じているそのような欲望にとくに問題があるとは思えない。それ
 は健康な成人男性として、自然な感情であり欲求だった。でもあるいはその根幹には、彼女が
 指摘するように何か筋の通らない、歪んだものが含まれているのかもしれない、それは彼には
 うまく判断できないことだっかに意識と無意識の境目について考えれば考えるほど、自分とい
 うものがわからなくなった。

  つくるはしばらく迷った末に、決心して切り出した。「この前に僕が言ったことで、ひとつ
 訂正しておかなくちゃならないことがあるんだ」
  沙羅は歩きながら興味深そうにつくるの顔を見た。「どんなこと?」
 「これまで何人かの女性と交際した。どれもうまく実を結ばなかったけれど、それにはいろん
 な事情もある。僕のせいばかりじゃないって言った」
 「よく覚えている」
 「僕はこの十年ほどの間に、三人か四人の女性とつきあった、どの場合もわりに長く真剣に。
 遊びのつもりじゃなかった。そしてそれがうまくいかなかったのは、どの場合も主に僕のせい
 だったと思う。彼女たちに何か問題があったわけじゃない]
 「あなたの側にどんな問題があったの?」
 「もちろんそれぞれに問題の傾向は少しずつ違っている」とつくるは言った。「でもひとつ具
 通して言えるのは、僕が彼女たちの誰にも、本当に真剣には心を惹かれていなかったというこ
 とだ。もちろん彼女たちのことが好きだったし、一緒にけっこう楽しい時を過ごした。良い思
 い出はたくさん残っている。しかし自分を失ってしまうほど激しく相手を求めたことはなかっ
 た」

  沙羅は少し黙った。それから言った。「つまりあなたは十年間にわたって、それほど真剣に
 は心を惹かれなかった女の人だちと、わりに長く真剣につきあっていたということ?」
 「そういうことになると思う」
 「私にはそれは、あまり理屈にかなったことに思えないんだけど」
 「君の言うとおりだ」
 「それはあなたの側に、結婚したくないとか、自由を束縛されたくないとか、そういう気持ち
 があったからかしら?」
  つくるは首を振った。「いや、結婚や束縛を恐れる気持ちはとくにないと思う。僕はむしろ
 安定を求める性格だから]
 「それでもあなたには常に精神的な抑制が働いていたのね?」
 「働いていたかもしれない」
 「だから心を全開にしなくて済む女性としか交際しなかった」
  つくるは言った。「誰かを真剣に愛するようになり、必要とするようになり、そのあげくあ
 る日突然、何の前置きもなくその相手がどこかに姿を消して、一人であとに取り残されること
 を僕は怯えていたのかもしれない」
 「だからあなたはいつも意識的にせよ無意識的にせよ、相手とのあいだに適当な距離を置くよ
 うにしていた。あるいは適当な距離を置くことのできる女性を選んでいた。自分か傷つかずに
 済むように。そういうこと?」
 
  つくるは黙っていた。その沈黙は同意を意味していた。ただ同時に、問題の本質がそれだけ
 ではないこともつくるにはわかっていた。

 「そして私との間にもやはり同じことが起こるかもしれない]
 「いや、そうは思わないな。君の場介はこれまでとは違うんだ。これは本当のことだよ。僕は
 君に対して心を開きたいと思っている。心からそう思っている,だからこそこういう話もして
 いるんだ」
  沙羅は言った。[ねえ、私にもっと会いたい?」
 「もちろん。もっと君と会っていたい」
 [私もできることなら、あなたとこれからも会っていたいと思う]と沙羅は言った。「あなた
 は良い人だと思うし、本来偽るところのない人だと思うから」
 「ありがとう」とつくるは言った。
 「だから四人の名前を私に教えて。あとのことはあなたが自分で決めればいい。いろんなこと
 が明らかになった時点で、やはりその人たちと公いたくないと思うのなら、会わなければいい。
 それはあくまであなた自身の問題だから。でもそのこととは別に、私は個人的にその人たちに
 興味があるの。その四人についてもっとよく知りたいの。あなたの背中に今でも張り付いてい
 る人たちのことを」

  多時つくるは部屋に帰ると、机の抽牛から占い手帳を出し、住所録のページを開き、四人の
 姓名と当時の住所と電話番けをラップトップの画面に正確にタイプした。


  赤松慶(あかまつけい)
  青海悦夫(おうみよしお)
  白根柚木(しらねゆずき)
  黒埜恵理(くろのえり) 

 
  画面に並んだ四人の名前をいろんな思いと共に眺めていると、既に通過したはずの時間が、
 彼の周囲に立ち込めてくる気配があった。その過去の時間が、今ここに流れている現実の時間
 に、音もなく混入し始めていた。ドアの僅かな隙間から、煙が部屋に忍び込んでくるみたいに。
 それは匂いを持たない、無色の煙だった。でもある時点で彼はふと現実に戻り、ラップトップ
 のキーをクリックし、メールを沙羅のアドレスに送った。それが送信されたことを確認し、コ
 ンピュータの電源を落とした。そして時間が再び現実の位相に復していくのを待った。
 「私は個人的にその人たちに興味があるの。その四人についてもっとよく知りたいの,あなた
 の背中に今でも張り付いている人たちのことを」
  沙羅の言っていることはおそらく正しい。つくるはベッドに横になってそう思った。その四
 人は今でもまだ彼の背中に張り付いている。おそらくは沙羅が考えている以上にぴったりと。


  ミスター・レッド
  ミスター・ブルー
  ミス・ホワイト
  ミス・ブラック



                                                            第7章 

  父親が若い時に九州の山中の温泉で出会った、緑川というジャズ・ピアニストについての不
 思議な話を灰田が語った夜、奇妙なことがいくつか起こった。
  多時つくるは暗闇の中ではっと目を覚ました。彼を起こしたのはこつんという小さな乾いた
 音だった。小石が窓ガラスにぶつかるような音だ。あるいは空耳だったかもしれない。確かな
 ことはわからない。枕元の電気時計で時刻を見ようとしたが、首が曲がらなかった。首だけで
 はなく、身体全体が動かなくなっている。蜂れているというのではない。ただ身体に力を入れ
 ようと思っても、それができない。意識と筋肉がひとつに繋がらないのだ。
  部屋は闇に包まれていた。つくるは明るいところで眠るのが苦手で、寝る時にはいつも厚い
 カーテンをぴたりと引いて部屋を暗くする。だから外光は入ってこない。それでも自分以外の
 誰かが室内にいることが気配でわかる。誰かが闇の中に潜んで、彼の姿を見つめている。擬態
 する動物のように息を殺し、匂いを消し、色を変え、闇に身を沈めている。でもそれが灰田で
 あることがつくるにはなぜかわかった。
 
  ミスター・グレイ。
 
  灰色は白と黒を混ぜて作り出される。そして濃さを変え、様々な段階の闇の中に容易に溶け
 込むことができる。
  灰田は暗い部屋の隅に立ち、ベッドに仰向けに寝たつくるをただじっと見下ろしていた。ま
 るで彫像のふりをするパントマイムの芸人のように、彼は長い時間筋肉ひとつ動かさなかった。
 そこで辛うじて動きを見せていたのはおそらくは彼の長い睫だけだ。それは奇妙な対照だった。
 灰田が自らの意図でほぼ完璧に静止している一方、つくるは自らの意図に反して体を動かすこ
 とができない。何かを言わなくては、とつくるは思った。何かを口にして、この幻しい均衡を
 突き崩す必要がある。しかし声は出なかった。唇を動かすことも、舌を動かすこともできない,
 喉から洩れ出てくるのは無音の乾いた息だけだ。
 
  灰田はこの部屋で何をしているのだろう? なぜそこに立ち、それほど深くつくるを凝視し
 ているのだろう?
  これは夢ではない、とつくるは思う。夢にしてはすべてが克明にすぎる。でもそこに立って
 いるのが本物の沃田なのかどうか、つくるには判断がつかなかった。本物の灰田は、その現実
 の肉体は、隣室のソファの上でぐっすり眠っており、ここにいるのはそこから離脱してやって
 きた灰田の分身のようなものなのではないか。そういう気がした。 

  しかしつくるはそれを不穏なもの、邪なものとしては感じなかった。何かあるにせよ、灰田
 が自分に対して良からざることをするはずはない--そういう確信に近いものがつくるにはあ
 った。それは初めて彼に出会ったときから一貫して感じていたことだった。いわば本能的に。
  アカも確かに頭が切れたが、彼の頭の良さはどちらかといえば実際的であり、場合によって
 功利的な側面を持ち介わせていた。それに比べて灰田の頭の良さはより純粋であり、原理的だ
 った。自己完結的ですらあった。二人で場を共にしながら、灰田が今何を考えているのか、把
 握できなくなることが時折あった。相手の頭の中で何かが盛んに進行しているらしいが、その
 何かがどういう種類のものなのか、つくるには見当がつかない。そういう時にはもちろん戸惑
 いを感じたし、自分一人あとに取り残されたような気持ちにもなった。しかしそんな場合でも、
 彼がその年下の友人に対して不安や苛立ちを感じることはまずなかった。相手の頭の回転の速
 度と、活動領域の広さが、自分のそれとはレベルが違っているだけなのだ。つくるはそう思っ
 て、相手のペースについていくことをあきらめた。
 
  灰田の脳内にはおそらく、彼の思考スピードに合わせてこしらえられた高速サーキットのよ
 うなものがあり、彼は時々そこで本来のギアを使った走行を一定時間こなさなくてはならない
 のだろう。そうしないと--つくるの凡庸なスピードにつきあってローギア走行を続けている
 と--彼の思考システムは過熱し、微妙な狂いを見せ始めるのかもしれない。そんな印象があ
 った。しばらくすると沃田はそのサーキットから降りて、何ごともなかったように穏やかな笑
 みを浮かべ、つくるのいる場所に戻ってきた。そして速度を緩め、またつくるの思考のペース
 に合わせてくれた。
 
  どれくらい長くその濃密な凝視が続いたのだろう。つくるには時間の長短が判別できなかっ
 た。灰田は真夜中の闇に静止し、無言のうちにつくるを見つめていた。灰田には何か語りかけ
 たいことがあるようだった。どうしても伝えなくてはならないメッセージを彼は拍えている。
 しかし何らかの理由があって、そのメッセージを現実の言葉に転換することができない。それ
 がその年下の聡明な友人を、いつになく苛立たせているのだ。

  つくるはベッドに横たわりながら、先刻聞いた緑川の話をふと思い起こした。死を目前に控
 えた--少なくとも本人はそう王張する--緑川が中学校の音楽室でピアノを弾いたとき、楽
 器の上に置かれた布の袋の中には何が入っていたのか? その謎が明かされないまま阪田の話
 は終わっていた。つくるにはその袋の中身が気になってならなかった。誰かが彼にその袋の意
 味を敦えてくれるべきなのだ。なぜ緑川はその袋をピアノの上に大事そうに置いたのか? そ 
 れはその物語の重要なポイントになっているはずだ。
 
  しかしその答えが与えられることはなかった。長い沈黙の末に灰田は--あるいは灰田の分
 身は--密やかにそこを去って行った。最後に彼の浅い吐息を耳にしたような気がしたが、定
 かではない。線香の煙が宙に吸い込まれていくように灰田の気配が薄らいで消え、気がついた
 ときつくるは一人で暗い部屋に取り残されていた。相変わらず身体は動かない。意識と筋肉を
 結ぶケーブルは外されたままだ。結点のボルトは抜け落ちたままだ
  どこまでが現実なのだろう、とつくるは思った。これは夢ではない。幻影でもない。現実で
 あるに違いない。しかしそこには現実の持つべき重みがない。

  ミスター・グレイ。

  それからつくるはもう一度眠りに落ちたのだろう。やがて披は夢の中に目を覚ました。いや、
 正確にはそれを夢と呼ぶことはできないかもしれない。そこにあるのは、すべての夢の特質を
 具えた現実だった。それは特殊な時刻に、特殊な場所に解き放たれた想像力だけが立ち上げる
 ことのできる、異なった現実の相だった。

  彼女たちは生まれたままの姿でベッドの中にいた。そして彼の両脇にぴたりと寄り添ってい
 た。シロとクロ。彼女たちは十六歳か十七歳だった。彼女たちはなぜか常に十六歳か十七歳な
 のだ。二人の乳房と太腿は、彼の身体に押しつけられていた。二人の肌のそれぞれの滑らかさ
 と温もりを、つくるは鮮やかに感じとることができた。そして彼女たちの指と舌先は無討のま
 ま、彼の身体を貪るようにまさぐった。彼もまた全裸だった。

  それはつくるが求めている状況ではなかったし、彼が想像したい情景でもなかった。それは
 そのように安易に彼にもたらされてはならないはずのものごとだった。しかし彼の意思に反し
 て、そのイメージはますます鮮明に、感触はますます生々しく具体的なものになっていった。
 女たちの指先は優しく絹く、繊細だった。四つの手と、二十の指先。それらは闇から生まれ
 た視覚を持たない滑らかな生き物たちのように、つくるの全身を隈無く徘徊し、刺激した。そ
 こには彼がこれまで感じたことのない激しい心の震えがあったご長いあいだ暮らしていた家屋
 に、実は秘密の小部屋が存在していたことを教えられたような気持ちだった。心臓がケトル
 ラムのように小刻みに乾いた音を立てた。手足はまだすっかり棟れたままだ。指一本持ちにげ

 ることができない。



  
  女たちの肉体がつくるの全身にしなやかにまとわりつき、絡んだ。クロの乳房は豊満で柔ら

 かかった。シロの、それは小ぶりだったが、乳首は丸い小石みたいに硬くなっていた。どちら
 の陰毛も雨林のように湿っていた。彼女たちの息づかいが、彼自身の息づかいともつれ合って
 ひ
とつになった。遠くからやってきた潮流が、暗い海の底で人知れず重なり合うように。
  長い執拗な愛撫のあとで、彼女たちのうちの一人のヴァギナの中に彼は入っていた。相手は
 シロたった。彼女はつくるの上にまたがり、彼の硬く直立した性器を手にとって、手際よく自
 分の中に導いた。それはまるで真空に吸い込まれるように、何の抵抗もなく彼女の中に入った。
 それを少し落ち着かせ、息を整えてから、彼女は複雑な図形を宙に描くようにゆっくり上半身
 を回転させ、腰をくねらせた?長いまっすぐな黒髪が、鞭を振るうように彼の頭上でしなやか
 に揺れかこ普段のシロからは考えられない大胆な動きだ。

  しかしシロにとってもクロにとっても、それはきわめて当然なものごとの流れであるようだ
 った。考慮する余地もないことだ。彼女たちにはためらいの気配はまったく見えなかった。愛
 撫をするのは二人一緒だが、彼が挿入する相手はシロなのだ。なぜシロなんだろう、とつくる
 は深い混乱の中で考えを巡らせた。なぜシロでなくてはならないのだろう? 彼女たちはあく
 まで均等であるべきなのに。二人でひとつの存在であるべきなのに。

  その先を考えるだけの余裕はなかった.、彼女の動きはだんだん速く、大きくなっていった、
 そして気がついた時には、彼はシロの中に激しく射精していた。挿入から射精までの時間は短
 かった。短すぎる、とつくるは思った。あまりに短すぎる。いや、それとも正しい時間の感覚
 が失われているのだろうか。いずれにせよその衝動を押しとどめることは不可能だっかこまる
 で頭Lから落ちかかる大波のように、予告もなくそれはやってきた。
  しかし射精を実際に受け止めたのは、シロではなく、なぜか灰田たった。気がついたとき女
 たちはもう姿を消し、阪田がそこにいた。射精の瞬間、彼は素早く身をかがめてつくるのペニ
 スを□に含み、シーツを汚さないように、吐き出される精液を受けた。射精は激しく、精液の
 量はずいぶん多かった。沃田は何度にもわたる射精を辛抱強く引き受け、一段落したところで、
 あとをきれいに舌で猷めて取った。彼はそういう作業に手慣れているようだった。すくなくと
 もつくるにはそう感じられた。それから阪田は静かにベッドを出て洗面所に行った。蛇口から
 水を出す音がしばらく続いた。たぶん目をゆすいでいるのだろう。
 
  射精したあとも、つくるの勃起は収まらなかった。シロの温かく湿った性器の感触はまだ生
 々しくそこに残っていた。まるで現実の性行為を体験した直後のように。夢と想像との境目が、
 想像とリアリティーの境目がまだうまく見きわめられない。
  つくるは暗闇の中に言葉を探した。特定の誰かに向けられる言葉ではない。ただそこにある
 無言の、無名の隙間を埋めるために、正しい言葉をひとつでも見つけなくてはならない。洗面
 所から沃田が戻ってくる前に、しかしそれは見つからない。その間ずっと彼の頭にはシンプル
 なひとつのメロディーが繰り返し流れていた。それがリストの『ル・マル・デユ・ペイ』の主
 題であることに思い当たったのは、あとになってからだった、巡礼の年、第一年、スイス。
  田園の風景が人の心に喚起する憂僻。
 それから暴力的なまでに深い眠りが彼を包み込んだ。


  目が覚めたのは朝の八時前たった。
  起きてまず、自分が上着の中に射精していないかを確かめた。そんな性夢を見たときには、
 必ず射精のあとが残っている,しかしそれはなかった。つくるにはわけがわからなかった。自
 分は確かに夢の中で-少なくとも現実の世界ではない場所で-射精をしたのだ。とても激しく。
 その感覚はまだ身体にはっきり残っている,。大量の現実の精液が放出されたはずだった。し
 かし痕跡はない。
  それから披は灰田が□でその射精を受けたことを思い出した。
  彼は目を閉じ、顔を軽く歪めた。それは実際に起こったことなのだろうか? いや、そんな
 はずはない。すべてはおれの意識の暗い内側で起こったことだ。どう考えても。それでは、あ
 の精液はいったいどこに放出されたのだろう? それもまた意識の奥深くに消えてしまったの
 か?

  つくるは混乱した心を抱えたままベッドを出て、パジャマ姿で台所に行ったで灰田は既に服
 を着替え、ソファに横になって分厚い本を読んでいた。彼はその本に意識を集中し、別の世界
 に心を移しているように見えた。しかしつくるが顔を見せるとすぐに本を閉じ、明るい笑みを
 浮かべ、台所でコーヒーとオムレツとトーストを用意した。新鮮なコーヒーの香りがした。夜
 と昼とを隔てる香りだ。二人はテーブルをはさみ、小さな音で音楽を聴きながら朝食をとった。
  灰田はいつものように、濃く焼いたトーストに薄く蜂蜜を塗って食べた。
  灰田は食卓では、新しくどこかで見つけてきたコーヒ豆の味について、その焙煎の質の良
 についてひとしきり意見を述べただけで、あとは一人で何かを考えていた。たぶんそれまで

 んでいた本の内容について思考を巡らせていたのだろう。架空の一点に焦点を結んだ一対の

 が、そのことを告げていた。きれいに透きとおってはいるものの、その奥には何もうかがえ

 い。彼が抽象的な命題について思考するときに見せる目だ。それはいつも樹本の隙問から見

 る山中の泉をつくるに思い出させた。

  灰田の様子には普段と違うところは見受けられなかった。いつもの日曜日の朝と変わりない。
 空は淡く曇っていたが、光は柔らかかった。話をするとき、彼はまっすぐつくるの目を見て話
 した。そこには何の含みもなかった。たぶん現実には何も起こらなかったのだろう。あれはや
 はり意識の内側で生み出された妄想だったのだ。つくるはそう思った。そしてそのことを恥じ
 ると同時に、激しい困惑に襲われた。彼はこれまで何度も、シロとクロが登場する同じような
 性夢を体験していた。その夢は彼の意思とは関わりなくほぼ定期的にやってきて、彼を射精に
 導いた。しかしこれほど一貫して生々しくリアルなものは初めてだった。そして何よりもそこ
 に灰田が加わっていたことがつくるを混乱させた。しかしつくるはそれ以上その問題を追及し
 ないことにした。どれだけ深く考えても解答は得られそうにない。彼はその疑問を「未決」と
 いう名札のついた抽斗のひとつに入れ、後日の検証にまわすことにした。彼の中にはそんな抽
 牛がいくつもあり、多くの疑問がそこに置き去りにされている。

  そのあとつくると灰田は大学のプールに行き、一緒に三十分泳いだ。日曜の朝のプールは人
 影がまばらで、好きなペースで心ゆくまで泳ぐことができた。つくるは必要な筋肉を的確に動
 かすことに意識を集中した、背筋、腸腰筋、腹筋。ブレスとキックについてはとくに考える必
 要はない。いったんリズムが生まれれば、あとは無意識の動きになる。いつも灰田が先を泳ぎ、
 つくるがそれについていった。灰田の柔らかなキックが小さな白い泡をリズミカルに水中につ
 くり出す光景を、つくるは無心に眺めていた。その光景は彼に常に軽い意識の麻痺状態をもた
 らした。

  シャワーを浴び、ロッカールームで着替えたあと、灰田の目は先刻の透徹した光を失い、普
 段の物静かな目に戻っていた。たっぷり身体を動かしたことで、つくるの中にあった混乱もど
 うやら収まっていた。二人は体育館を出て、図書館まで並んで歩いた。その間彼らはほとんど
 口をきかなかったが、それはとりたてて珍しいことではなかった。これから図書館で少し調べ
 ものをしたい、と灰田は言った、それもとくに珍しいことではない。灰田は回書館で「調べも
 の」をするのが好きだった。それはおおむね「しばらく一人になりたい」ということを意味し
 ていた。「家に帰って洗濯をするよ」とつくるは言った。
 図書館の前まで来ると、二人は軽く手を振って別れた、

  それからしばらく灰田からは連絡がなかった。プールでも大学の構内でも、灰田の姿を見か
 けることはなかった。つくるは灰田と知り合う以前のように、一人で黙々と食事をとり、プー
 ルに行って一人で泳ぎ、講義に出てノートを取り、外国語の単語や構文を機械的に記憶すると
 いう生活を送った。静かで孤独な生活だった。時間は彼のまわりを淡々と、ほとんど痕跡すら
 残さず過ぎ去っていった。ときどき『巡礼の年』のレコードをターンテーブルに載せ、耳を傾
 けた。
 
  一週間ばかり音沙汰がなかったあとで、灰田はもうおれには会わないことに決めたのかもし
 れない、とつくるは思った。それはあり得ないことではなかった。彼は前おきもなく、理由も
 告げず、どこかに去って行ったのだ。かつて故郷の街であの四人がそうしたのと同じように。
  その年ドの友人が自分から離れていったのは、あの夜におれが体験した生々しい性夢のせい
 かもしれない、とつくるは思った。灰田は何らかのルートを通じて、おれの意識の中で行われ
 たことの一部始終を察知し、それに不快感を持ったのかもしれない。あるいは腹を立てたのか
 もしれない。 

  いや、そんなことがあるわけはない。それはつくるの意識から外に出るはずのないものごと
 だ。その内容を沢田が知る筋道はどこにもないはずだ。それでもつくるには、自分の意識の奥
 底にあるいくつかの歪んだ要素を、その年下の友人の明晰な目が鋭く見通しているようにも思
 えた。そう考えると自分が恥ずかしくてならなかった。
  いずれにせよ、灰田の存在が消えてしまうと、その友人が自分にとってどれほど大事な意味
 を持っていたか、日々の生活をどれほど色彩豊かなものに変えてくれていたか、つくるはあら
 ためて実感した。沃田と交わした様々な会話や、彼の特徴のある軽やかな笑い声が懐かしく思
 い出された。彼の好きな音楽や、ときどき読み上げてくれる本や、彼の解説する世間の事象や、
  その独特のユーモアや、的確な引用や、彼のこしらえてくれる食事、作ってくれるコーヒー。
 灰田があとに残していった空白を、彼は日常生活のいたるところに見出すことになった。
 
  そのような彼が与えてくれたものに対して、こちらから灰田にいったい何を与えることがで
 きただろう、とつくるは考えないわけにはいかなかった。おれはその友人の中にいったい何を
 残せただろう?
  おれは結局のところ、一人ぼっちになるように運命づけられているのかもしれない。つくる
 はそう思わずにはいられなかった。人々はみんな彼のもとにやってきて、やがて去っていく。
 彼らはつくるの中に何かを求めるのだが、それがうまく見つからず、あるいは見つかっても気
 に入らず、あきらめて(あるいは失望し、腹を包てて)立ち去っていくようだ。彼らはある日、
 出し抜けに姿を消してしまう。説明もなく、まともな別れの挨拶さえなく。温かい血の通って
 いる。まだ静かに脈を打っている絆を、鋭い無音の大蛇ですっぱり断ち切るみたいに。

  自分の中には根本的に、何かしら人をがっかりさせるものがあるに違いない。色彩を欠いた
 多崎つくる、と彼は声に出して言った、結局のところ、人に向けて差し出せるものを、おれは
 何ひとつ持ち合わせていないのだろう。いや、そんなことを言えば、自分自身に向けて差し出
 せるものだって持ち合わせていないかもしれない。

   しかし図書館の前で別れてから十日目の朝に、灰田は大学のプールにひょっこり姿を見せた。
 つくるが何度目かのターンをしようとしたとき、壁に触れた右手の甲を誰かがとんとんと軽く
 指で叩いた。顔をLげると、そこに水着姿の灰田がしゃがみ込んでいた。黒いゴーグルが額に
 あげられ、□もとにはいつもの心地よさそうな微笑みが浮かんでいた。二人は久しぶりに顔を
 合わせても、とくに言葉を交わすでもなく、小さく肯きあっただけで、あとは普段と同じよう
 に、同じレーンで一緒に長い距離を泳いだ。柔らかな筋肉の動きと、穏やかで規則正しいキッ
 クのリズムが、水中で二人の間に交わされる唯一のコミユニケーションだった。そこには言葉
 は不要だった。
  
 「しばらく秋田に帰っていました」。プールから上がり、シャワーを浴びたあと、タオルで髪
 を拭きながら灰田は目を開いた。「急だったんですが、やむを得ない家庭の事情があったもの
 で」
  つくるは曖昧な返事をして、肯いた。学期の真ん中で十日も学校を留守にするのは、灰田と
 してはとても珍しいことだ。彼もまたつくると同じように、よほどのことがなければ講義を休
 まなかった。
だからおそらく大事な用件であったに違いない。しかし帰郷の目的について、彼
 は自分からはそれ以上何も語らなかったし、つくるもあえて尋ねなかった。ともあれその年下
 の友人が何ごともなく戻ってきたことで、つくるは胸のどこかにつかえていた空気の重いかた
 まりのようなものを、なんとかうまく外に吐き出すことができた。胸のつかえが取れたような
 感触があった。彼はつくるを見かぎって姿を消したわけではなかったのだ

 
                                      PP.107-125                         
                 村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

 


 

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転石の巡礼の明日

2013年05月19日 | 新弥生時代

 

 

 

今朝は、カッコーの鳴き声と共に目を覚ます。テレビの短歌と蜂蜜の番組を観て朝食を食べ、近くの
小学校の体育館で、ビーチバレーの町内の模擬試合のボランティアに参加しランチ前に帰ってくる。
そして、エベネサー・ハワード『明日の田園都市』の一節をイメージで読み上げる。



          自然の美。社会的な機会。
          簡単に野原や公園にたどり着ける。
          低い家賃、高い賃金。
          低い税金、やることはたくさんある。
          低い物価、重労働はない。
          起業のための場所、資金の豊富さ。
          澄んだ空気と水、よく整備された下水。
          明るい家庭と公園、煙やスラムはない。
          自由。共働。

昼から、自然科学研究機構の平本昌宏教授、総合研究大学院大学の石山仁大らによる、シリコン太
陽電池と同様の、不純物の微量添加(ドーピング)のみによる有機太陽電池作製方法についてネッ
トで下調べ。
          

 

要約すると、シリコン系並みに有機系半導体膜形成工程のドーピング材の真空蒸着が可能となり、
従来法
では、極薄膜層しか成膜できず効率がが悪くかったが、本発明で、高結晶化による薄膜形成
設計の自由度
が拡大(→厚膜化)することで、低分子有機系薄膜太陽電池の変換効率向上が期待さ
れる。これは面白いことだ。

 

 

  多崎つくるは木元沙羅にコンピュータからメールを送り、食事に誘った。恵比寿のバーで話
 をしてから五日後のことだ。返事はシンガポールから送られてきた。二日後に日本に戻る。そ
 の翌日の土曜日なら夕方から時間が空いている。「ちょうどよかった。あなたに話したいこと
 もあるし」と書いてあった。
  話したいこと? 彼女が自分に何を話したいのか、つくるにはもちろん見当もつかない。し
 かしまた沙羅に会えると思うと気持ちが明るくなったし、自分の心がその年上の女性を求めて
 いることがあらためて実感できた。しばらく彼女に会わないでいると、自分が何か大事なもの
 を失いかけているような気がして、胸に軽い疼きを感じた。そんな気持ちになるのはずいぶん
 久しぶりのことだ。

  しかしそれからの三日間、つくるは思いもよらず仕事に追いまくられることになった、地下
 鉄線との松尾乗り入れ計画で、車両の形状の違いによってもたらされる安全性がらみのいくつ
 かの問題点が明らかになり(どうしてそんな大事な情報がもっと前に与えられないのだ?)、
 それを解決するためにいくつかの駅で、プラットフオームの部分的改修が緊急に必要になった。
 その工程表を制作しなくてはならない。徹夜に近い作業が続いかこそれでもなんとか仕事の目
 処をつけ、土曜日の夕方から日曜日にかけて休みをとることはできた。彼は会社からスーツ姿
 のまま、青山の待ち合わせの場所に向かった。地下鉄の座席で深く眠り込んでしまい、あやう
 く赤坂見附で乗り換えし損ねるところだった。

 「ずいぶん疲れているみたいね」と沙羅は彼の顔を一目見て言った。
  つくるはこの数日、自分か多忙をきわめていた理由を簡単に説明した。できるだけ短くわか
 りやすく。
 「一度うちに帰ってシャワーを浴びて、仕事用じゃない服に着替えてくるつもりだったんだけ
 ど、それもできなかった」と彼は言った。
  沙羅はショッピングこハッグから、充しく包装されたヅたい小さな細長い箱を取りだして、
 つくるに渡した。「私からあなたへのプレゼント」
  つくるは包装を開いた。中にはネクタイが入っていた。上品なブルーの。無地のシルクのネ
 クタイだった。イヴ・サン・ローラン。
 シンガポールの免税店で見かけて、あなたに似介いそうだと思って買ったの」
 「ありがとう。素敵なネクタイだ」
 「ネクタイを贈られるのが好きじやないという刃の人もいるけど」
 「僕は違う」とつくるは言った,「ある目思いたってネクタイを買いに行くなんてことはまず
 ないからね。それに君はこういうものを選ぶ趣味がとてもいい」
 「よかった」と沙羅は言った。

  つくるはそれまでしめていた細いストライプのネクタイをその場ではずし、沙羅がくれた新
 しいネクタイを首にまわして結んだ。その日着ていたのはダークブルーのサマースーツと、白
 いレギュラー・カラーのシャツだったから、ブルーのネクタイは違和感なく収まった。沙羅が
 テしフル越しに手を伸ばして、慣れた手つきで結び目を調整してくれた。淡い香水の匂いが心
 地は良く鼻をついた。
 「よく似合う」と彼女は言って、にっこり笑った。

  今までしめていたネクタイは、テーブルの上に置いてみると、思っていた以上にくたびれて
 見えた。気がつかないまま続けていた不適切な習慣のようにも見える。もう少し身なりに気を
 配らなくてはなと彼はあらためて思った。鉄道会社のオフィスで日々設計の仕事をしていると、
 服装に注意を払う機会は多くない。ほとんど男ばかりの職場だ。出社するとすぐネクタイを外
 し、シャツの袖をまくって仕事にとりかかる。現場に出かけることも多い。つくるがどんなス
 ーツを着て、どんなネクタイをしめているか、そんなことを気にかける人間はまわりにほとん
 ど
いない。そして特定の女性と定期的にデートをするのは、考えてみれば久しぶりのことだっ
 た。

  沙羅が彼に贈り物をしてくれたのはそれが初めてだった。彼はそのことを嬉しく思っかこそ  
 
うだ、彼女の誕生日を聞いておかなくては、とつくるは思った。何かプレゼントが必要になる。
 そのことを頭に留めておかなくてはならない。彼はもう一度礼を言って、古いネクタイを折り
 たたんで上着のポケットに入れた。


  二人は南青山のビルの地下にあるフランス料理店にいた。それも沙羅の知っている店だ。気
 取った店ではない。ワインも料理もそれほど高くない。カジュアルなビストロに近いが、その
 手の店にしてはテーブルがゆったりとして、落ち着いて話ができる。サービスも親切だった。
 二人は赤ワインのカラフェを注文し、メニューを検討した。
  彼女は細かい花柄のワンピースを着て、その上に薄い白のカーディガンを羽織っていた。ど
 ちらも上質なものに見えた。沙羅がどれはどのサラリーをとっているのか、つくるはもちろん
 知らない。しかし彼女は自分が着るものに金をかけることに馴れているようだった。

  彼女は食事をとりながらシンガポールでの什事の話をした。ホテルとの値段の交渉、レスト
 ランの選択、移動手段の確保、様々なアクティビティーの設定、医療施設の確認……新しいツ
 アーを立ち上げるには、やらなくてはならないことが山ほどある。長いチェックリストを用意
 し、現地に出かけてその項目を順番にクリアしていく。足を使って現場をまわり自分の目で細
 部をひとつひとつ確認する。作業の手順は新しい駅を建設するときとよく似ている。話を聞い
 ていると、彼女が注意深く有能なスペシャリストであることが理解できた。
 「近いうちにもう一度向こうに行かなくてはならないと思う」と沙羅は言った。「シンガポー
 ルに行ったことはある?」
 「ないよ。実を言えば、だいたい日本から出たことが一度もないんだ。仕事で外国に出張する
 機会なんてなかったし、一人で海外旅行するのも億劫だし」 
 「シンガポールは、白いところよ。食事もおいしいし、近くに素敵なリゾートもあるし。あな
 たを案内できるといいんだけど]
  彼女と二人で外国を旅行できたら素敵だろうなと彼は想像した。

  つくるは例によって一杯だけワインを飲み、彼女がカラフエの残りを飲んだ、アルコールに
 強い体質らしく、どれだけ飲んでも顔色はほとんど変わらなかっか勁彼は牛肉の煮込み料理を
 選び、彼女は鴨のローストを選んだ。メイン・ディッシュを食べ終えると、彼女はずいぶん迷
 ってからデザートをとった。つくるはコーヒーを注文した。
 「この前あなたに会ってから、いろいろ考えてみたの」と沙羅は仕にげの紅茶を飲みながら切
 り出した。「あなたの高校時代の四人のお友だちについて。その美しい共同体と、そこにあっ
 たケミストリーについて」
  つくるは小さく肯いた。そして彼女の話を待った。
  沙羅は言った。「その五人組グループの話はとても興味深かった。そういうのは私が経験し
 なかったことだから」
 「そんなことはそもそも経験しなかった方がよかったのかもしれないけど」とつくるは言った。

 「最後に心が傷つけられたから?」
  彼は肯いた。
 「その気持ちはわかる」と沙羅は目を細めて言った。「でも、たとえ最後につらい目にあって、
 がっかりしたとしても、その人たちと巡り合えだのは、あなたにとってやはり善きことだった
 という気がするの、人と人の心がそんな風に隙間なく結びつくなんて、そうそうあることじゃ
 ない。そしてその結びつきが五人揃ってとなれば、もう奇蹟としか言いようがないんじゃない
 かしら」
 「たしかに奇蹟に近いことだったし、それが僕の身に起こったのはきっと善きことだったんだ
 ろう。そのとおりだと思う」とつくるは言っかこ「でもそのぶん、それをなくしたときの、と
 いうか取り上げられたときのショックは大きなものだった。喪失感、孤絶感…そんな、言葉で
 はとても追いつかない」
 「でもそれからもう十六年以上が経っているのよ。あなたは今では三十代後半の人間になって
 いる。そのときのダメージがどれほどきついものだったにせよ、そろそろ乗り越えてもいい時
 期に来ているんじやないかしら?」
 「乗り越える」とつくるは彼女の言葉を繰り返した。「それは具体的にどういうことなんだろ
 う?」

  沙羅はテーブルの上に両手を置いた。本の指は軽く聞かれていた。左手の小指にアーモン
 ド形の小さな宝玉がついたリングがはめられていた。彼女はしばらくそのリングを見ていた。
 それから顔を上げた。

 「あなたが四人のお友だちに、なぜそこまできっぱりと拒絶されたのか、されなくてはならな
 かったのか、その理由をあなた自身の手でそろそろ明らかにしてもいいんじゃないかという気
 がするのよ」
  つくるはコーヒーの残りを飲もうとしたが、カップが空になっていることに気づき、ソーサ
 ーに戻した,カップはソーサーに当たって、予想もしなかった大きな乾いた音をすてた。その
 音を聞きつけたようにウェイターがテーブルにやってきて、二人のグラスに氷の入った水を注
 いだ。
  ウェイターが行ってしまうと、つくるは言った。

 「前にも言ったけど、僕としてはその出来事をできることならそっくり忘れてしまいたいんだ。
 そのときに受けた傷を少しずつ塞いできたし、自分なりに痛みを克服してきた。それには時間
 もかかった。せっかく塞がった傷跡をここでまた開きたくはない」
 「でも、どうかしら。それはただ表面的に塞がっているように見えるだけかもしれないわよ」、
 沙羅はつくるの目をのぞき込み、静かな声で言った。「内側では、血はまだ静かに流れ続けて
 いるかもしれない。そんな風に考えたことはない?」

  つくるは黙って考えた。言葉はうまく出てこなかっか。
 「ねえ、その四人のフルネームを私に教えてくれない? それからあなたたちの通った高校の
 名前と、卒業した年度と、進学した大学と、一人ひとりの当時の連絡先を」
 
 「そんなことを知って、君はどうするの?」
 「その人たちが今どこにいて、何をしているか、できるだけ詳しく調べてみるつもりよ」
 つくるの呼吸が急に浅くなった。彼は水のグラスをとって‘目飲んだ。「何のために?」
 「あなたがその人だちと会って、顔を合わせて話をして、十六年前に起こった出来事について
 の説明を受ける機会を持てるように」
 「でも、もし僕がそんなことをしたくないと言ったら?」
  彼女はテーブルの上に置いた両手を裏返し、手のひらを上に向けた。しかし彼女の目はテー
 ブル越しにまっすぐつくるの顔を見続けていた。
 「はっきり言っていいかしら?」と沙羅は言った。
 「もちろん」
 「わりに言いにくいことなんだけど」
 「どんなことでもいいから、僕としては君の考えていることを知りたい」
 「この前会ったとき、私はあなたのお部屋に行きたくないと言った。覚えているでしょう?
 それがどうしてだかわかる?」
 つくるは首を横に振った。
 「あなたは良い人だと思うし、あなたのことが好きだと思う。つまり男と女として」と沙羅は
 言った。そして少し間を置いた。「でもあなたはたぶん心の問題のようなものを抱えている」
 つくるは黙って沙羅の顔を見ていた。

 「ここから先がいささか言いにくい部分になるの。つまり、表現するのがむずかしいというこ
 と。いったん唐菜にすると、たぶんあまりにも単純化されてしまう。でも筋道立てて、論理的
 に解説することはできない。それはあくまで感覚的なものごとだから」
 「君の感覚を信じるよ」とつくるは言った。
  彼女は軽く唇を喘み、目測で何かの距離を測り、それから言った。「あなたに抱かれている
 とき、あなたはどこかよそにいるみたいに私には感じられた。抱き合っている私たちからちょ
 っと離れたところに。あなたはとても優しかったし、それは素敵なことだったんだけど。それ
 でも……」

  つくるは空のコーヒーカップを再び手に取り、両手で包むようにして持っていた。それから
 またそれをソーサーに戻した。今度は音を立てないように。
 「わからないな」と彼は言った。「僕はそのあいだずっと君のことしか考えていなかった。よ
 そに身を置いていた覚えもない。正直なところ、君以外の何かを考える余裕なんて、そのとき
 の僕にはなかった」

 「そうかもしれない。あなたは私のことしか考えていなかったかもしれない。あなたがそう言
 うのなら、私はそれを信じる。それでもなお、あなたの頭の中には何か別のものが入り込んで
 いた。少なくともそういう隔たりに似た感触があった。それは女性にしかわからないものなの
 かもしれない。いずれにせよ、あなたに知ってもらいたいのは、私にはそういう関係は長くは
 続けられないということなの。たとえあなたのことが好きであったとしてもね。私は見かけよ
 り欲張りで率直な性格なの。もし私とあなたがこれからも真剣におつきあいをするなら、そう
 いう何かに間に入ってほしくない。よく正体のわからない何かに。私の言う意味はわかる?」

 「つまり、僕にはもう会いたくないということ?」
 「そうじゃない」と彼女は言った。「あなたと会ってこうして話をするのはいいのよ。それは
 とても楽しい。でもあなたのお部屋には行きたくない」
 「抱き合うことはできない、ということ?」
 「できないと思う」と沙羅ははっきり言った。
 「それは僕の心に問題があるから?」
 「そう。あなたは何かしらの問題を心に抱えている。それは自分で考えているより、もっと根
 の深いものかもしれない。でもあなたがその気になりさえすれば、きっと解決できる問題だと
 思うの。不具合が見つかった駅を修理するのと同じように。ただそのためには必要なデータを
 集めて正確な図面を引き、詳しい工程表を作らなくてはならない。なによりものごとの優先順
 位を明らかにしなくてはならない」
 「そのためには僕はあの四人ともう一度会って、話をする必要がある。君が言いたいのはそう
 いうこと?」
 彼女は肯いた。「あなたはナイーブな傷つきやすい少年としてではなく、一人の自立をしたプ
 ロフェッショナルとして、過去と正面から向き介わなくてはいけない。自分が見たいものを見
 るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ。そうしないとあなたはその重い荷物を抱
 えたまま、これから先の人生を送ることになる。だから四人のお友だちの名前を私に教えて。
 その人たちが今どこで何をしているか、まず私がざっと調べてみる」

 「どうやって?」
  
  沙羅はあきれたように首を振った。「あなたは工科大学を出ているんでしょう。インターネ
 ットって使わないの? グーグルとかフェイスブックって聞いたことはないの?」
 「仕事ではもちろんよく使うよ。グーグルもフェイスブックも知っている。もちろん。でも個
 人的にはほとんど使わない。その手のツールにあまり興味が持てないんだ」
 「ねえ、私に任せておいて。そういうことはけっこう得意な方なの]と沙羅は言った。


                                      PP.97-107                         
                 村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』


  


【転石のごとく】


  Once upon a time you dressed so fine
  You threw the bums a dime in your prime, didn't you?
  People'd call, say, "Beware doll, you're bound to fall"
  You thought they were all kiddin' you
  You used to laugh about
  Everybody that was hangin' out
  Now you don't talk so loud
  Now you don't seem so proud
  About having to be scrounging for your next meal.

  How does it feel
  How does it feel
  To be without a home
  Like a complete unknown
  Like a rolling stone?

                                      Like A Rolling Stone : Bob Dylan

1."Street Fighting Man" – 3:41 (live in Amsterdam on 26 May 1995)
2."Like a Rolling Stone" (Bob Dylan) – 5:39 (live in London on 19 July 1995)
3."Not Fade Away" (Norman Petty/Charles Hardin) – 3:06 (live in the studio in Lisbon from 23–26 July 1995)
4."Shine a Light" – 4:38 (live in Amsterdam on 26 May 1995)
5."The Spider and the Fly" – 3:29 (live in the studio in Tokyo from 3–5 March 1995)
6."I'm Free" – 3:13 (live in the studio in Lisbon from 23–26 July 1995)
7."Wild Horses" – 5:09 (live in the studio in Tokyo from 3–5 March 1995)
8."Let It Bleed" – 4:15 (live in Paris on 3 July 1995)
9."Dead Flowers" – 4:13 (live in London on 19 July 1995)
10."Slipping Away" – 4:55 (live in the studio in Tokyo from 3–5 March 1995)
11."Angie" – 3:29 (live in Paris on 3 July 1995)
12."Love in Vain" (Robert Johnson) – 5:31 (live in the studio in Tokyo from 3–5 March 1995)
13."Sweet Virginia" – 4:16 (live in the studio in Lisbon from 23–26 July 1995)
14."Little Baby" (Willie Dixon) – 4:00 (live in the studio in Tokyo from 3–5 March 1995)

ストリップド(Stripped)は、1995年にリリースされたローリング・ストーンズのライブ・アルバム。
1994年-1995年に行われた「ヴードゥー・ラウンジ」ツアーの模様が収録されている。本作には「シ
ャッタード」「ダイスを転がせ」「ライク・ア・ローリング・ストーン」のライブ映像と、メンバ
ー四人のインタビューがCD EXTRAとして収録され、一方で、日本盤は映像が収録されていない代
わりにシングル「ライク・ア・ローリング・ストーン」カップリングの「黒いリムジン」が追加収
録されている。 またこのアルバムには、1995年にザ・ローリング・ストーンズが「ヴードゥー・ラ
ウンジ・ツアー」で来日した際に全18曲のレコーディングを行い、その音源の中から「クモとハエ」
「ワイルド・ホース」「スリッピング・アウェイ」「むなしき愛」「リトル・ベイビー」の5曲が
収録された(18曲の音源は「Tokyo Session」と名付けられた)。 「むなしき愛」では、ロン・ウ
ッドが出だしのフレーズを弾き間違え、そこで演奏を一旦ストップして最初から演奏し直したのだ
が、それがそのまま収録されている。



若いころのように開き直りあるいは踏ん切りよく、見る前に跳んでみることもできす、雁字搦めに
なっていることに改めて気づく。そんなと聴いてみたくなったのが
 この「ストリップド(Stripped)」。
現状打破の思いにはに少し役立っようだ。持続できる?わからないなぁ。

 

コメント
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アゴニスト巡礼の明日

2013年05月18日 | 新弥生時代

 

 

 

            自然の美。社会的な機会。
         簡単に野原や公園にたどり着ける。
         低い家賃、高い賃金。
         低い税金、やることはたくさんある。
         低い物価、重労働はない。
         起業のための場所、資金の豊富さ。
         澄んだ空気と水、よく整備された下水。
         明るい家庭と公園、煙やスラムはない。
         自由。共働。

 

                                    エベネサー・ハワード『明日の田園都市』

 

 

【コク味とは】

「「味の素」という企業はいまではグローバルな言葉として定着したが、味覚の分野では「ウマ味」
「コク味」
という言葉がそのまま横文字になっている。つまり、「ローカルな深耕の展開の正否が、
グローバルの鍵を
握る」という単純明快な論理に帰着するということに他ならない。さて「コク味」
とはなんだろう?「コク味」とは、基本味(特に甘味、塩味、うま味)を増強し、味覚の持続性、
厚み、
広がりなど意味するというが、食べ物の味は5つの基本味だけで、あるいはその他の辛味
などを足し合わせても、説明できるようには思えないし、もっと複雑な感覚として感じているが、
そのメカニズムには明らかになっていない部分が多い。勿論、味のほかに香りや食感も大切であり、
これらが総合されて食品の「おいしさ」に関係する。スープや日本酒などの、ある種の濃厚感とし
て「こく」あるいは「コク味」があるというが、一般には好意的な表現として用いられ、醸造の世
界では「コク味」が古くから用いられ、品質の尺度にもなっている。この「こく」「コク味」を用
いて食品の品質を高めようする試みは古くからあり、1990年頃には「コク味」タイプの調味料が市
販されている。「コク味」タイプの調味料の多くは、肉エキスやタンパクの加水分解物、酵母エキ
スなどを含み、食品業界ではその特徴を「こく」「コク味」などと表現する。


「コク味」の受容機構であるカルシウム感知受容体Calciurn-sensing receptor, CaSRの発見とこれ
を用いた新しいアゴニストの発見、味覚受容への関与、天然物中のアゴニストの同定、さらに「コ
ク味]の商業的価値について説明すると次のようになる。なお、アゴニストとは薬、作用薬という
意味を表す。カルシウム感知受容体(CaSR)が「コク味」の感知(受容)を担っていることが明ら
かにされ
、受容体技術(①、②)を用いて効率的な「コク味」物質探索が可能となり高活性化合物
γ-Glu-Val-Gly)を創出した(③)。官能評価によって既知の「コク味」物質(グ
ルタチオン)よ
り10 倍以上強い活性を有することが確認されたした(④)。
近年、味覚機構が分子生物学的に解明
されるようになり、覚を修飾する「コク味」という概念に科学的エビデンスが加えられ、味覚全貌の
理解に向けた新た
な方向性が示された。多数のγグルタミルペプチドが「コク味」物質であること
が明らかになり、
これらが天然食素材に広く存在することから、「コク味」物質による食への貢献
が期待さ
れる。CaSRで感知(受容)されるものが「コク味」を呈し、カルシウムも(高濃度では苦
味)低濃度では「コク味」を呈することが確認されている。

もともと、カルシウム感知受容体は生体内のカルシウムを感知し血液中の濃度を制御する機能とし
て発見され、そのアゴニストには甲状腺機能障害の治療薬として用いられてもいる。当時、グルタ
チオンは「コク昧」物質として知られてはいたものの、その特性や作用機序については知られてい
なかった。一方、CaSR T1R1 TIR2TIR3 など、うま昧や甘味の受容に関係する受容体(Gタ
ンパク共役型受容体、GPCR)と同じクラスCに属し、昧覚になんらかの関係があることがわかっ
ていた,下図はクラスCに属するGPCRの系統を示すものであるCaSR活性の測定は、CaSR遺伝子を
導入したアフリカツメガエルの卵母細胞を用いて行われたジ・ペプチドとトリ・ペブ千ドのライブ
ラリーを対象に CaSR 活性が評価され、46のγグルタミル・ペブチドに CaSR 活性が認められた
CaSRアゴニストとしてL-アミノ酸(20種類すべて)が知られているがアミノ酸はクラスCのGPCR
に共通する構造で、
ビーナス・フライトラップ・ドメイン(食虫植物のハエトリ草のような動きで
アゴニストを捕らえる構造)に結合し、この結合には、アミノ酸のアミノ基とカルボキシル基が関
係するとされる。



これは遊離のアミノ酸とγグルタミル・ベフチドに共通している溝辺であり、N未のγグルタミル
垠仝β-アスバラギン酸やβ-アラニンに置き換えたときに活性が大幅に低ドすることからこの構造
に特異性があり、2番目のアミノ酸が脂溶性、塩基性または酸性のアミノ酸ではCaSR活性はなく、
この構造的特徴もアゴニスト活性に関係していると考えられる 評価されたジ・ベプチド、トリ・
ペプチドのライブラリーの中で最も強い活性を示した化合物としてγグルタミル・バリル・グリシ
ン(γEVG)が発見された。

ヒトゲノムの解読を背景にして発展したゲノム創薬で用いられた受容体技術は、1990年代の後半
味覚の研究に応用され、基本味の受容機構が次々に解明された。さらに解明された受容機構を用
いた細胞での評価系はこれも医薬探索で進展したHTS(ハイ・スループット・スクリーニング)技
と結び付けられて、アゴニストやエンハンサー(遺伝子の転写量増幅機能)の探索につながり、
米国のベンチャー企業などから基本味を持つアゴニストやそのエンハンサーが報告され、CaSRアゴ
ニストそれ自身には味も匂いもなく、基本味を増強するとともに口腔感覚を修飾し、食品中で風味
を修飾し、おいしさに寄与する。この特性は日本では「こく」あるいは「コク味」と呼ばれ、すで
に一定の市場を形成しており、海外の食品系企業からも注目を集めはじめてはいるか、そのメカニ
ズムや機能成分についても解明がようやく始まったばかりである。

このような風味修飾機能は、基本味だけでは説明できないおいしさに重要な役割を果たしているの
かもしれない。また、このような風味修飾によるおいしさへの寄与は日本食に特有のことではない
と考えられる。うま味物質としてグルタミン酸塩が百年以前に発見され、事業化されるとともによ
り効率的な生産方法が開発されて、広く匪界中の人々がうま味を食品に利用できるようになってい
る。その市場は拡大を続け、世界の食の豊かさに貢献している。「コク味」物質としてのCaSRアゴ
ニストの発見とその受容・修飾の仕組みの解明は、味覚や風味についての理解を深めるとともに、
新しい可能性があり、新しい味覚・風味科学の深耕が予想される。
 



※ 出典:「なぜ植物工場なのか」、古在豊樹、バイオサイエンスとインダストリー  2013.vol.71.No.3

【植物工場=農業の高度化の課題】

いうまでもなく、植物工場の建設の背景に、上表の2、3、7、9がプライオリティーのトップに
挙げられるが、
ここでは、課題について俯瞰し問題解決への諸策考察を行う。そこで、確認のため
次のようなことをお復習いしておこう。

緑色植物は、光独立栄養生物であり、その成長に必須な資源は、光エネルギー、C02、水、無機栄養
素(チッソ、リン、カリなと)および、最適環境温度など。また微生物や動物は従属栄養生物であり、

従属栄養生物の成長には、直接的または間接的に植物に由来する有機物をエサとして摂取すること
が必須で、植物はC02を吸収し、酸素を紋出しながら成長し、微生物と動物は酸素を吸収し、C02を
放出し成長する。両者の成長に必須な物質が相補的であることを理解し、都市内の物質とエネルギ
ーを効率的に循環させるシステムを構築することが、各生産システムの持続可能性を増大させる。
植物が根から吸収する液体水の90%以上がその葉から水蒸気としでや中に放出され、植物のこの蒸
散作用により水の浄化が行われ、建物内であれば、この蒸散された水蒸気は回収して再利用できる。

また、食料は2つに大別される。1つは、乾燥された穀類・収類・イモ類、乾燥加工食品、缶詰な

どのうち、カロリー摂取を主目的とする食料。これらは、冷蔵・冷凍貯蔵を必要とせず、また長距
離輸送中
の損失が比較的少ない。他の1つは、輸送・貯蔵中の損失が多い生鮮物である 冷凍・冷
蔵すれば損失割合は低下するが、そのためには石油資源を消費する。これら生鮮物は、機能性成分
(ビタミン、ミネラル、繊維、薬効成分など)の摂取を目的とする食品または嗜好品である。都市
農業あるいは垂直農業において、第1段階として生産すべき生鮮食料は、野菜、淡水魚およびミツ
バチなどの小動物である。食料以外では、小型の花きおよび果樹、藻類、鑑賞用生物、環境保全生
物などがある。生鮮野菜や生鮮魚介類の約90%は水分で、生鮮食料の輸送は水の輸送と同様の重量
物輸送で、生鮮食料は生き物のため、常温での輸送中の損失割合が大きく、このような生鮮食料の
生産は消費地での生産(地産地消)が合理的である。

※ 出典:「なぜ植物工場なのか」、古在豊樹、バイオサイエンスとインダストリー 2013.vol.71.No.3

植物生産の方式は、露地型生産、半閉鎖型(半開放型)施設生産、閉鎖型施設生産の3つに大別でき、
露地型生産と半閉鎖型施設生産は太陽光利用が基本てあり、閉鎖型生産は人工光利用のみである。
世界の植物性食料生産を賄うための生産方式の面積比率は、21世紀半ばには、おおよそ、100:5:1
程度になると概算され、カロリー系植物は露地栽培、機能性植物は半閉鎖型または閉鎖型で栽培さ
れ、大まかには、露地生産の1%前後、半閉鎖型生産の30%程度、閉鎖型施設生産の80%程度が都
市以内でなされると予想されている。ただし、大規模な気象災害などで都市へのカロリー系植物の
供給が数カ月間以上不足すると予想される場合は、都市内でのカロリー系植物の栽培が開始され、
都市でのカロリーベースの食料自給率が高められる。食料生産の基盤が都心内に構築されていれば、
カロリー系植物の生産への移行は比較的容易である。露地型、半閉鎖型、閉鎖型の土地面積当た
の年間収穫量(年間収量)は、葉もの野菜の
年間収穫量で比較すれば、およそ、1.5~10、100程度、
この比率は
社会経済的条件と気象災害の有無などで大幅に変動する。簡易な閉鎖型施設と太陽光型
植物工場の年間収量には数倍の差がある。
野菜生産に関する露地型と閉鎖型の面積比率が 100 : 1
であり、その土地生産額が1:100
だと仮定すると、野菜生産額に関する両者の比率は1:1となる
と試算されている。閉鎖型の土地面積当たりの生産額が100倍以上となる根拠を下表に示されている
(この相対的な土地生産性はすでに実現している)。

※ 出典:「なぜ植物工場なのか」、古在豊樹、バイオサイエンスとインダストリー 2013.vol.71.No.3

(1)太陽光型植物工場

半閉鎖型植物生産施設の中で、次の装置の制
御がコンピューターで自動化され、床面積が概ね1ha
以上のものを、日本では、太陽光型植物工場と呼んでいる(オランダでは、太陽光型植物工場とは
呼ばず、単に greenhouse と呼んでいる)。すなわち、換気装置、暖冷房装置、遮光カーテン、保温
カーテン、養液栽培装置およびC02施用装置である。太陽光型植物工場に関してはオランダで開発・
利用されたオランダ式が他国のものに比較して圧倒的に優れている。オランダ式とは、植物工場の
構造、環境制御ソフトウェア、栽培管理スキル、品種などを含めたパッケージを意味する。床面積
1 ha 当たりの羨液栽培トマトの平均収量はは、オランダ式ては、600t前後、日本式では300t前後
てある 目本でもオランダ式を採用して、500t前後の収量を得ている経営者がいるので、オランダ
と日本における収量の違いは気象条件だけに起因するものではないといわれる。
 なお、果実生産に多大な日射エネルギーを必要とするトマトの場合、植物工場における可能最大
トマト果実収量面積当たりの年間生産収量は、その土地の年間積算日射量におよそ比例する。いい
換えれば
、日射エネルギーだけが収量増大の制限要因になるように植物工場内の他の環境要因を制
御している、実際、世界で最大の年間トマト果実収ぽ(800~900t/ha)を得ているのはオランダでは
なく、米国のテキサス州、アリゾナ州などの高日射量地域に位置するオランダ式植物工場である。

 

太陽光型植物工場の研究開発課題の概略を以下に掲載する。太陽光型は人工光型に比べて、植物成
長に対する環境の影響およびエネルギー・物質収支の複雑度が数rf倍である、その一因は、太陽光
型では、絶えず変動する室外日射強度が、室内の温湿度、C02濃度、気流速度などの環境要因に影響
し、そのことによって正味光合成速度、蒸散速度、呼吸速度などが絶えず時刻変動することにある。
この複雑さ故に、必要とされる基礎知識量が格段に多い。下表に太陽光型に関する研究開発課題を要
約掲載しておく。

 

(2)人工光型植物工場

人工光型植物工場と呼び得る閉鎖型で密閉・断熱された植物生産施設は、概ね、以下の装置を備え
ている。光源付多段棚、養液栽培装置、C02施用装置、ヒートポンプ空調装・置、収穫物の予冷室で
ある。床面債の規模は問わない。2012年11月時点では、
150ヵ所を超えていると推測され、この普及
数はダントッの世界一。現状では、経営的に単年度黒字の人工光植物工場の比率は数10%と推測さ
れるが、その比率および絶対数は毎年増大しているという。日本以外でも、台湾、韓国および中国
において、人工光型植物工場の研究開発が盛んに行われ、商業化が始まりつつある。

植物工場技術は、分野横断的な総合技術であり、まだに相当改善余地があり、今後の改善こより、
明投資コストおよび運転コストは現在の半分程度となり、生産物の付加価値は2倍前後になり得る。
ただし、実際にそうなるかどうかは、工場規模の拡大程度や開発投資額の大小に依存する。

   

(1)初期設備コストと運転コスト

2012年時点における LED植物工場設備の初期投資とその内訳の例を上表/左に掲載。建屋の建設コ
ストは含まれていない(既存建物を使用している)。一般に、設備コストと建屋コストはおおよそ
等しいと言われている。2013年時点では、LED 照明設備のコストは蛍光灯設備コストの2倍程度で
あるが、電気料金は LED 照明の方が安価になる。上表から、照明設備、栽培ベッド・栽培棚のコス
ト低下、次いで、空調設備、電気・電源設備のコスト低下が重要である。上表では室内空気撹拝設
備がやや割高となっている。上表に示したLED植物工場におけるリーフレタス(生体量 1000~120
g/株)の運転コストとその内訳の例を上表/右に示す 人件費、電気料金(消費電力量の70%は深

夜電力を使用)および設備原価償却のコストの合計が16%を占める。C02、肥料、水道水のコスト
は今後のシステム改善により削減が可能であろう。地産地消(植物工場の直近で販売)すれば、物
流コスト、出荷用段ボール箱、プラスチック袋などのコストを削減し得る。以上から、レタス1株
の植物工場販売価格が、80~100円であり、生産物の 90%以上が販売できれば、採算が合うビジネ
スとなり、日本ではそのような例が増えつつある。
 上表/右から生産コスト低下には作業の自動化による人件費の低下が必要である。今後の技術開
発課題を下表に要約して掲載。




照明用用電力の節減に効果的なのは、葉面受光率(ランプで発光したエネルギーの植物葉面が受け
る百分率)を高く維持することである。現状の人工型植物1万場における葉面受光率の平均値は50~
60%程度である。葉面受光率は、一般に生育初期に低く、生育後期に高い、植物の葉に照射されな
い光エネルギーは無駄であり、冷房負荷を増大させるだけである。植物体は葉の面積と3次元的位
置を時間変化させつつ成長するので、生育段階にかかわらず高い葉面受光率を維持する照明システ
ムか必要となる。次に注意すべきは、各植物体のすべての葉に可能な限り均一に光エネルギーを照
射することである。棚の栽培パネル面上の光強度を均一にするのではない。光源により近い上層の
葉が光エネルギーの大部分を受ける現行の照明システムは改良の余地がある。光の下方照射だけで
なく、側方照射、上方照射(ライトアップ)もありえる。

LEDの発光効率にだけ関係者の関心が集中するのは好ましくない。LEDチップのコスト・パフォーマ
ンスの急激な向上の割には、LED照明ンステムのコスト・パフォーツンスの向上は緩やかであるので
その改良が必要とされる。LED照明システムの発光効率はLEDチップのそれより数10%低いこことが
ある。光エネルギー量とその空間分布だけでなく、光質、明暗サイクルの改良も重要だ。光合成に
よる炭水化物の生産には、大量の光量子を必要とするが、植物体の色素形成、形態形成、組織分化
においては、光は刺激(信号、トリガー)として利用されるだけなので、微量の光量子で十分である、
ただし、その効果は光量子の振動数に強く依存する光合成と形態形成などの違いを明確に意識した
照明システムの開発が望まれる。

植物工場での各棚の照明時間は15~16時間/日が普通ある。それ以上の照明時間の延長は、一般に、
コスト・パフォーマンスを低ドさせるとわれている。ただし、植物の栄養成長段階では、24時間照
明下で成長量が最大となることが多い。この場合、照明は一斉点灯・一斉消灯ではなく、常時、1/3
~2/3 程度の数の光源を点灯するのが普通である。その理由は(1)一斉消灯するとヒートポンプ
の冷房運転が停止して、室内の水蒸気飽差がゼロ(相対湿度が100%)に近づき、植物の健全成長の
点で好ましくない。(2)電力会杜との契約最大消費電力を抑制して、基本料金を低く抑える。
(3)24時間の空気の流動・対流を抑制する。光源の全消灯とヒートポンプの運転停止は好ましく
ない、などである。なお、水燕気胞差とは、飽和水蒸気分限と実際の水蒸気分月モの差を意味する。

多段棚の存在そのものおよび多段棚で日々成長する植物の存在は室内空気の流れと空気分布に大き
く影響する。さらに、多段棚にある植物の箭からは湿面と同
程度の速度で水蒸気が蒸散する(葉に
おける水の蒸発は「蒸散」と呼び蒸発と区別している)。加えて、植物は、植物には光合成により
C02を吸収し、暗期には呼吸によりC02を放出する 以上の現象に伴い、栽培棚の植物体付近の気温、
水蒸気飽差、C02濃度の分布が変化する。蒸散速度は、衝の気孔開度が-一定であれば、およそ、飽
差と気流速度に比例する。蒸散速度が大になると葉の温度は気温より1~2℃低くなる、他方、正
味放射フラックスが大だと葉面温度が上昇し、蒸散速度が低い場合は、裴面温度は気温より1℃程
度高くなる。これら環境条件は植物の生理反応と相互に影響し合うので、複雑な現象である。前述
の現象を十分に考慮した空気調和法が開発されれば、植物の成長促進が測れる。現状では、室内空気
分布の均一化のために室内に多数の空気撹拌を設置していることが多いが、それらの効果的な運転
法に関する体系的な研究開発は行われていない。

このほか「速度変数の推定と見える化」「閉鎖型システムの投入資源利用効率」「人工光型植物工
場専用品種の開発と高機能植物生産」「小型植物工場ネットワーク」「栽培棚の最適化」などある
がここでは割愛する。

『明日の田園都市』(長素連訳、鹿島出版会刊)

エベネサー・ハワード(Ebenezer Howard)が1898年に『豊かな自然環境に恵まれた都市』として提
唱した田園部心(Garden City)構想は、その後の住宅地計画や都心開発にかなりの影響を与える。こ
の構想は、「都市と農村の結婚」により、都心の社会的・経済的利点と農村の優れたれた生活環境を
結合した第3の生活を生み出すことにより、当時の都市問題の解決を目指したこの構想は、自然と
共生しつつ自立した職住接近型の緑豊かな都市を既存の大都心と農村の間に建設しようとする構想
として、その後に活かされてきた。ここで記載した
都心農業の考え方および米国・コロンビア大学
D.Despommierにより論じられている「巣直農業(verticaはarming)の考え方は、「大部市の周辺」では
なく、大都市の中の「建物の中の部屋、屋上、地下室、さらには、建物に隣接する日陰地や空き地や
高架橋の下や地下街などに、学校やコミュニティーセンターの敷地の一部にまでも農地や自然の生
態系を構築しようとするものである。



この都市農業、垂直農業の考え方が現実昧を帯びてきたのは、過去数10年間の間に技術が進展し、
市民社会に浸透してきた施設園芸の基礎がある。また、その発昶形としての植物ll場、グリーン・
インテリア、インドア・プランツ、住居と温室の複合施設の普及がある田園都市を提唱したハワー
ドの時代には存在しなかった植物工場・施設園芸の技術を都市農襄・垂直農業として統合して、ハ
ワードが目指した哲学の真髄を残しつつ、現代の科学技術で衣替えする時代か到来しつつある。世
界の三すくみ問題の解決による生活の質の向上に貢献するテクノロジーとしての植物工場技術をよ
り一層研究開発することが求められるいま、より具体的に実践するときに遭遇しているようだ。

 

今日も、あっというまに時間が流れた。
がちゃがちゃした事件が流れているようだ。
そのなかでも「3Dプリンター」のニュースが引っかかったが興味をひかなかった。
このブログのテーマである「ネオコンバーテック」で記載済みだ。しばらくはやり過ごせるほどの
射程距離はとっているからだ。



 

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ハイテン巡礼の明日

2013年05月17日 | 時事書評

 







【ハイテンを巡る話】

マツダのCX-5(シーエックス・ファイヴ)が話題を呼んでいる。と言っても、ロードスターの愛用者
としていっているのではない。NHKスペシャル「メイド・イン・ジャパン」での話。この車は、2012年
2月16日発売。燃焼効率に優れた「SKYACTIVエンジン」に加えて、上質な乗り心地を実現している軽量か
つ高機能の「SKYACTIVシャシー」、操舵安定性や衝突安全性能を飛躍的に向上させた軽量高剛性の「SKY-
ACTIVボディ」も採用しており、マツダの新世代技術「SKYACTIV TECHNOLOGY」を全面採用した初めての車
種となる。日本国内においては、事実上CX-7の後継車となる。なお、3代目プレマシー同様にリアド
アには「MAZDA」ではなく、車名のエンブレムが左側に配置されている。また、右側に配置される「SKYA-
CTIV」専用エンブレムもデミオやアクセラのものから一新され「SKYACTIV TECHNOLOGY」となっている。
そして、2013年1月10日には、発売開始から2012年12月までの累計販売台数が35,438台となり、2012年の
SUV国内販売台数で第1位を獲得。このうち、約8割にあたる26,835台がクリーンディーゼル車である。

  

エンジンはアクセラに搭載されたPE-VPS型2.0Lガソリン「SKYACTIV-G 2.0」に加え新開発のSH-VPTS型2.2
Lディーゼルターボ「SKYACTIV-D 2.2」。後者は従来の常識に反して圧縮比をデミオのガソリンSKYACTIV-
G
と同じ14:1にまで下げることで、ディーゼルエンジン特有のトルクの力強さに加えて高回転化、低圧縮
で可能となった薄肉化による軽量化、そして排ガス後処理の簡略化にも成功しディーゼル微粒子捕集フ
ィル
ター(DPF)を装着するものの尿素SCRシステムを始めとする高コストの排気ガス処理装置を使用せず
にポス
ト新長期規制に適合。JC08モードで18.6km/Lの優れた低燃費と4.0L V8ガソリンエンジン車並みの
最大トル
ク420N·mを両立している。また、トランスミッションは6速AT「SKYACTIV-DRIVE」および6速MT
「SKYACTIVMT」が用意されているが、日本国内仕様は6速ATのみとなる。全車にマツダ独自のアイドリン
グストップシステム「i-stop」が標準装備されている。なお、本車種に合わせて開発されたディーゼル車
用の「i-stop」は約0.40秒以内 (ガソリン車用は約0.35秒以内) の瞬間再始動を実現した。

 

ことはそれだけでおわらないのだ。その車体に使われるている高張力鋼=ハイテン(日立金属の発明)が
国内はも
とより世界の自動車メーカに採用されているのだ。ハイテンとは、高抗張力鋼の日本での別称。
高張力鋼 (High Tensile Strength Steel HTSS)は合金成分の添加、組織の制御などを行って、一般構造用鋼
材よりも強度を向上させた鋼材。
一般構造用圧延鋼材(JISのSS材 S:Steel S:Structure)は引張強度のみが
規定され、最も一般的なSS400材の引張り強度の保証値が400 MPaである。どれだけ強いものを高張力鋼と
定義するのかは国や鉄鋼メーカーによって異なっているが、おおむね490MPa程度以上のものからが高張力
鋼と呼ばれる。引張強度が590 MPa、780MPa程度のものが主流だが、近年は1GPa級のものもあり、これは
超高張力鋼とも呼ばれる(日立金属安来工場が材料開発上1962年に達成)(1)。 自動車の部材などを設計
する際、同じ強度を確保するに当たって、一般鋼材を用いる場合に比べて薄肉化できるため、フレームな
どの主要構造部材の軽量化に貢献している。また、1950年代以降の鉄道車両にも多用され、車体の軽量化
が図られた。鉄鋼メーカーのシミュレーションの結果では、比強度が一般鋼材よりも大きいため、アルミ
ニウム合金を用いた場合よりも軽量化が可能であり、さらにコストも低いことから、近年の車体のハイテ
ン化率は急速に伸びている。一方で、一般的に強度が高いものほど延性が低下する傾向にあり、板材など
をプレス加工した際には「割れ」などの成形不良が発生しやすくなる。このため、各メーカーが成形性と
強度を両立させた高張力鋼の開発に尽力している。また、ヤング率は一般鋼と大差無いため、弾性変形に
よるひずみの発生が嫌われる部位には、安易に高張力鋼による薄肉化を適用出来ないのが実状である。

炭素をはじめ、シリコン、マンガン、チタンなど、10数種類の元素の配分を0.0001パーセント単位で管理
する技術は門外不出
である。日系自動車メーカーの生産工場が多く、高級鋼板の需要が増えている東南ア
ジアや中国の場合も、現地での生産は行われておらず、日本国内の転炉を持つ工場で工程半ばまで受け持
ち、半製品の状態で出荷された後、シートメタル化までの下工程のみを現地で行う方法がとられている。
また日系自動車メーカーが世界一のハイテンの構成率を示し、軽量性と衝突安全性を満たす品質として世
界各国で認められているのだ。



このようにみると申し分ないようだが、当然ののように伸縮性、可撓性、加工性が悪くなる。そのため、
車両用フレーム構造設計的側面での、プレス加工成形法、製造加工法、素材製法(水素誘起割れ(HIC、
Hydrogen Induced Cracking
)→圧延過程で生じた組織の不均一部に水素が集まり、ガス圧により圧延方向に
平行に亀裂が入る品質劣化)を防止)的側面など様々な改良が行われている。なにも合金でなくとも炭素
繊維などでも代替可能でじゃない?という意見も聞こえそうだが、現時点では同じ課題を抱えている。ま
た、別の側面、EPT(エネルギーペイバックタイム)、CPT(コストペイバックタイム)、CO2P
(二酸化炭素排出量)からの評価測定データは見当たらない。

※上図の「ガジ」とはボルト・ナットなどの焼き付き(凝着)現象のこと。


 

このようにハイテンを巡る話題はこれだけではないが、個人的には日立金属(安来工場)とはシャドウマ
スクの抵膨張率インコネル材(ニッケル・コバルト・鉄合金)で関係があり多少の経験がありの、懐かし
い思い出ありの、という特別な感情が去来する。

 

【木こりロボット】 

近年、日本では林業従事者の高齢化などにより、全森林の42.3%を占める人工林の手入れが疎かになって
おり、機械による林業支援の必要性が指摘されている。諸外国では、大型機械による林業の自動化が進ん
でいるものの,日本の
森林は急峻な地形であるため、大型機を導入するのは非常に難しいという事情があ
った。そこで、森林作業支援システムの一環とし
て,小型で可搬性があり操作も容易な木登り枝打ちロボ
の開発を進められてきた。



このほど早稲田大学の白井裕子准教授らは、木を自動で切り倒す小型伐倒(ばっとう)ロボットを開発し
たことを発表。プロトタイプであるWOODY-1 は、開閉機能を持つアー
ムで幹を把持し、尺取虫のように垂
直に昇降動作が行える
ほか、枝やコブなどの障害物を回避するため、幹を把持したまま幹周りに旋回する
ことができる。本体に取り付けた
カメラ画像を基にアームの開閉と幹周りの旋回を遠隔操縦することで、
昇降・枝打ちを行う。
アームは、ベルトを用いて3 関節同時に動かす駆動方式を採用し,軽量化を実現し
ている.幹に接するローラには
ゴムウレタンを用い、幹の湾曲にも対応できる。昇降動作はボールネジを
用い,幹周りの旋回はアーム根元の駆動タ
イヤで行う。さらに、体内ネットワークとして拡張性の高いUS
B を採用し,枝打ちや幹伐採など
の作業用モジュールを簡単に接続できる構造とし、多様な森林作業のみ
ならず、モジュールを変えることで他の高所
作業にも応用できる発展性を備えている。 

セットして木の直径を入力するだけで、切り方を自動で設定して作業する。小型で人が持ち運べる大きさ
のため、斜面の傾斜が急で険しく、複雑な地形の日本の山林でも支障なく使える。人は離れた所から操作
でき、伐倒中の死傷事故を減らせることができる。
開発し伐倒ロボット「巽(たつみ)」は、本体にチェーンソー
を取り付けて使用する。木の幹に直角三角形状の切れ込みの「受け口」と、その反対側から斜めの切れ込みの「
追い口」を入れる、現場でよく使われている切り方を自動で行う。直径25センチ~30センチメートルの木を伐倒で
きる。本体とチェーンソーを合わせた重さは約18キログラム。ロボットに付属の針を幹にあて、幹の周りにベルトを
巻いて固定し、木の直径を入力するとチェーンソーの軌道を自動で計算して伐倒できるという。

 

気候が変調すると、こちらも可笑しくなるようだ。疲れもあり、今夜はこの曲を聴き、ここで切り上げよう。

 

コメント (1)
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ブラッドオレンジを巡る明日

2013年05月16日 | 時事書評

 

 

 




【匂いのスリーディー化】

ブラッドオレンジ(タロッコ)の花のにおいって本当のところどうなんだろうと思い、朝早く思い切
る匂ってみた。見た目はジャスミンだが、それだと、バニラというよりどう表現したら良いだろう
か?えぐみがあると表現できだろうか、長い間匂いではいられない。それに比べブラッドオレンジ
はそのえぐさはなく、むしろ甘い匂いというよりは、微かにタブ(椨)、白檀、伽羅の匂いが後に
残るといった方がよいだろうか。その分、奥深さがあり、脳に匂いのスリーディー(3D)を構成
させるような気がした。  


ところで、彼女の友達から頂いたというミヤコワスレ(都忘れ:Gymnaster savatieri)も美しく
朝日の映えて咲いているが、和名の由来は、承久の乱にて佐渡に流された順徳天皇がこの花を見る
と都への思いを忘れられるとの話とされ、このため花言葉は「別れ」や「しばしの憩い」などとい
われる。キク科ミヤマヨメナ属の植物で、別名を野春菊(ノシュンギク)、東菊(アズマギク)と
呼ばれる。山野に自生するミヤマヨメナの日本産園芸品種として多く栽培されている花色も多彩で
紫青、青、白、ピンクなどに渡るというが、彼女が毎朝、デスクフラワーとして生けて飾ってくれ
ている。そう言えば「都忘れ」と題する歌は数多い。
 

 
  都忘れ GRY




【スターウォーズ エピソードⅠ】


トレード・フェデレーション [通商連合]

歴史は、金銭的利害関係か政治上の立場をゆるがす悪しき事例で埋め尽くされているといっても
言ではない。その最もよい例が、ハワイ王国の女王リリウオカラニが追放された事件だろう。
1890年代、グローバー・クリーブランド米大統領
の命を無視した商人たちの横暴によって、女王は
玉座を追われた。王国は彼らの権益を優先する暫定政府に取って替わられた。
 今回の「ファントム・メナス」も、トレード・フェデレーションという名の組織が惑星ナブーのク
イーン・アミダラに圧力をかける。彼らは、いわは「ライセンスを保持した海賊集団」といった存
在で、クイーン・アミダラに降伏勧告を突き付け、惑星ナブーを統括する座から引きずり下ろそう
とする。その背後には、ナブーを経由する銀河交易ルートの確保という具体的な目的かあり、この
論みか成就したあかつきには、トレード・フェデレーションは計り知れない利益を手にする。

  


トレード・フェデレーションを率いるニモーディアンたちは、貪欲な種族として描かれている。彼
らは銀河のあちらこちらで、富や宇宙船、それに武器を蓄積しつづけ、結果、強大な恒星間艦隊を
築き上げるにいたった。よこしまなヌート・ガンレイを始めとする彼らニモーディアンたちは、特
定の惑星や政治組織には属したり忠誠を誓ったりせず、荒涼とした宇宙の闇に潜んで奸計をめぐら
せることに満足を味わう輩として設定される。さらにその強欲さは、邪悪なフォースを操るシスと
さえ共謀することをいとわない。彼らの底知れぬ「欲求」は、シスと手を結ぶというあからさまな
危険をも乗り越えてしまう。

 



しかもニモーディアンたちは、決して彼らの手を汚そうとはしない。わかままで臆病な性格の彼ら
は、たいていの鳩合、ドロイドたちを計略の実行部隊に使うのだ。なぜならジョージ・ルーカスは
ニモーディアンたちを、「筋肉の退化した脆弱な種族」と設定したからである。その結果、金持ち
だが鼻持ちならない老いぼれ-自分たちだけでは何もできず、力仕事はすべてドロイドまかせで、
唯々諾々と命令に従うだけで意志のない寡黙なドロイドたちを操りなから、しかし頭の中ではいつ
も策略や陰謀か渦を巻い
ている-というニモーディアンの性格かできあかった。そうした「策略の
糸を紡いで持獲物かかかるのを持つ」というクモのような生態は、彼らの外観にも反映されている。

しかし少なくとも、自分からは何もしないという点は、彼らなりの発展に訳だったといえる。例え
ぱヌート・ガンレイが乗り回すウォーキング・チェアのような形で、彼らは彼らなりのテクノロジ
ーを発達させる。そうした彼らのテクノロジーの産物 ニモーディアンの惑星上陸部隊には、いか
にも略奪的といった感のある、いかつい動物のような外観が与えられている。デザインの基本とな
ったのは、ライオンや象、あるいはトンボ(ドラゴンフライ)だ。一方で彼らの戦艦は、まさに、
トレード・フェデレーションの二面性を如実に表現している。敵意のかけらもなさそうな貸物運搬
舶を装いなから、実は重武装を施され、極秘にバトル・ドロイド軍団を収容している。

そしてニモーディアンたちのまとう衣裳は、披らに相応しく豪學で退廃的なデザインとなっている。
歌舞伎装束をベースにしたこの衣裳には、長衣(ローブ)や頭飾りに、いわゆる「にわか域り金」
であることを匂わすエセ貴族族的な装飾を見いだすことかできる。しかし外見かどうであれ、その
衣裳のドに潜んでいるニモーディアンたちの本当の姿は、自分たちのテクノロジーに依存しきった
哀れで細くてグロテスクな種族の姿でしかない。








  アオは言った。「おまえはおれたちのグループの中ではいつも、好感の持てるハンサムボー
 イの役割をこなしていた。清潔でこざっぱりしていて、身だしなみも良く、礼儀正しく振る舞
 う。きちんと挨拶もできるし、つまらないことも言わない。煙草も吸わず、酒もほとんど飲ま
 ず、遅刻もしない。なあ、知ってるか? おれたちの母親はみんなおまえのファンだったよ」
 「母親?」とつくるは驚いて言った。彼らの母親のことなんて、ほとんど何ひとつ覚えていな
 い。「それに僕は昔も今もハンサムなんかじゃない。個性のないつまらない見かけた」

  アオはまた広い肩を小さくすぼめた。「しかし、少なくともおれたちの中では、おまえがい
 ちばん男前だった。おれの顔は、そりゃ個性があるといえばあるけど、まるでゴリラだし、ア
 カはどこから見ても絵に描いたような眼鏡の秀才だ。おれが言いたいのは、おれたちはあのグ
 ループの中で、そういう各々の役割をけっこううまく引き受けていたということだよ。もちろ
 んそれが続いていたあいだは、ということだけどな」
 「意識して役割を担っていたということか?」
 「いや、それほどはっきりと意識しちゃいなかっただろう。しかしそのへんは、みんなうすう
 すと感じてはいたんじゃないか。グループの中で自分がどんなポジションを振り当てられてい
 るかについて」とアオは言った。「おれは脳天気なスポーツマンで、アカは頭脳明晰なインテ
 リで、シロは可憐な乙女で、クロは機転の利くコメディアン。そしておまえは育ちの良いハン
 サムボーイだった」

  つくるはそれについて考えた。「僕は昔からいつも自分を、色彩とか個性に欠けた空っぽな
 人間みたいに感じてきた。それがあるいは、あのグループの中での僕の役割だったのかもしれ
 ないな。空っぽであることが」
  アオは不思議そうな顔をした。「よくわからないな。空っぽであることがどんな役割になる
 んだ?」
 「空っぽの容器。無色の背景。これという欠点もなく、とくに秀でたところもない。そういう
 存在がグループには必要だったのかもしれない」

  アオは首を振った。「いや、おまえは空っぽなんかじゃないよ。誰もそんな風に思っちゃい
 ない。おまえは、なんと言えばいいんだろう、他のみんなの心を落ち着けてくれていた」
 「みんなの心を落ち着けていた?」とつくるは驚いて聞き返した。「エレベーターの中で鳴っ
 ている音楽みたいに?」

 「いや、そういうんじゃない。説明しづらいんだが、でもおまえがそこにいるだけで、おれた
 ちはうまく自然におれたちでいられるようなところがあったんだ。おまえは多くをしゃべらな
 かったが、地面にきちんと両足をつけて生きていたし、それがグループに静かな安定感みたい
 なものを与えていた。船の碇のように。おまえがいなくなって、そのことがあらためて実感で
 きた。おれたちにはやはりおまえという存在がひとつ必要だったんだって。そのせいかどうか、
 おまえがいなくなってから、おれたちは急にばらばらになっていった」

  つくるは言葉をみつけられないまま黙っていた。

 「なあ、おれたちはある意味、パーフェクトな組み合わせだったんだ。五本の指みたいにな」、
 アオは右手を上げ、その太い指を広げた。「今でもよくそう考えるよ。おれたち五人はそれぞ
 れの足りないところをみんなで自然に補い合っていた。それぞれの優れた部分をそっくり差し
 出し、惜しみなく分かち合おうとした。あんなことはおそらく、おれたちの人生でもう二度と
 は起こらないだろう。一度きりのことなんだ。そういう気がする。おれは今では自分の家族を
 持っている。そして家族を愛している。もちろん。でも正直なところ、家族に対してだって、
 あのときのような混じりけのない自然な気持ちは、なかなか持てない」

  つくるは黙っていた。アオは空になった紙袋を大きな手の中でつぶし、硬いボールのように
 して、しばらくそれを掌の上で転がしていた。
 「なあ、つくる、おれはおまえを信じるよ」とアオは言った。「おまえがシロに何もしなかっ
 たことを。考えてみれば当たり前のことなんだ。おまえがそんなことをするわけがない」
  どう返事をすればいいのか、つくるが考えているあいだに、アオのポケットの中で再び着信
 メロディーが鳴った。『ラスヴェガス万歳!』。アオは相手の名前をチェックし、携帯電話を
 ポケットにしまった。

 「悪いが、そろそろ仕事場に戻って、せっせと車を売らなくちやならない。よかったら一緒に
 ショールームまで歩かないか?」二人はしばらく無言のまま、並んで通りを歩いた。
  つくるが最初に目を開いた。「なあ、どうして『ラスヴェガス万歳!』を着信メロディーに
 選んだんだ?」
  アオは笑った。「あの映画、見たことがあるか?」
 「ずっと前にテレビの深夜番組で見た。初めから終わりまで全部見たわけじゃないけど」
 「つまらん映画だっただろう?」
 つくるは中立的な笑みを浮かべた。
  アオは言った。「三年前、おれは成績優秀なセールスマンとして、ラスヴェガスで開催され
 た全米レクサス・ディーラーのコンファレンスに日本から招かれた。コンファレンスといって
 も、早い話ご褒美旅行みたいなものだ。昼間の会合が終わると、あとはギヤンブルと酒だ。そ
 の街では『ラスヴェガス万歳!』がまるでテーマ曲みたいにしょっちゅう流れていた。おれが
 ルーレットでたまたま大勝ちしたときにも、BGMとして流れていた。以来この曲はおれの幸
 運のお守りになっている

 「なるほど」

 「そしてこいつは商売にも意外に役に立っているんだよ。話をしている途中でこのメロディー
 が鳴り出すと、よく年配のお客さんに驚かれるんだ。まだ若いのに、なんでこんな古いものを
 着メロにしているんだってね。そしてその結果、会話がはずむことになる。もちろん『ラスヴ
 ェガス万歳!』はエルヴィスの伝説の名曲ってわけじゃない。もっと有名な彼のヒットソング
 はいくつもある。でもこの曲には、何かしら意外性というか、人の心を不思議に打ち解けさせ
 るものがあるんだよ。人を思わず微笑ませるというかね。どうしてかはわがらんけど、とにか
 くそうなんだ。ラスヴェガスに行ったことはあるか?」
 「ないよ」とつくるは言った。「外国に出たことはまだ一度もないんだ。でも近いうちにフィ
 ンランドに行こうかと思っている」

  アオは驚いたようだった。彼は歩きながらつくるの顔をじっと見た。
 「ああ、それはいいかもな。行けるものならおれも行ってみたい。クロとは、あいつの結婚式
 で会って話したきりだからな。そして今だから言うけど、おれはあいつのことが好きだった」
 とアオは言った。そして前を向いてそのまま何歩か歩いた。「でも今のおれには子供が一人半
 いて、忙しい仕事も抱えている。家のローンもある。犬も毎日散歩させなくちゃならない。と
 てもフィンランドまで行けそうにない。もしクロに会えたら、よろしく伝えてくれ」
 「伝えておくよ」とつくるは言った。「でもその前に、アカに会いに行こうと思っている」

 「ああ」とアオは言った。そして曖昧な表情を顔に浮かべた。顔の筋肉がちょっと不思議な動
 き方をした。「おれはここのところあいつには会ってない」
 「どうして?」
 「今あいつがどんな仕事をしているか、知っているか?」
 「だいたいのところは」
 「でもまあ、そのことはあまりここで話さない方がいいだろう。本人に会う前に、おまえに先
 入観を植え付けたくないからな。おれに言えるのは、あいつのやっている仕事がおれにはどう
 しても好きになれないということくらいだ。それもあってあまり顔を合わせないようになった。
 残念だが」
  つくるは黙って、アオの広い歩幅に合わせて歩を運んだ。

 「何もあいつの人間性に疑問を呈しているわけじゃない。あいつがやっていることに対して疑
 問を呈しているだけだ。そこには違いがある」、アオは自分に言い聞かせるようにそう言った。
 「いや、疑問を呈しているというのでもないな。ああいう考え方にどうも馴染めないというだ
 けのことだ。いずれにせよ今では、あいつはこの街じゃけっこうな有名人だよ。やり手のアン
 トレプレナーとして、テレビだとか、新聞だとか、雑誌だとか、いろんなところに顔を出して
 いる。ある女性誌によれば、『最も成功した三十代の独身男性』の一人なんかそうだ」
 「最も成功した三十代の独身男性?」とつくるは言った。
 「まったく意外な展開だよな」とアオは感心したように言った。「あいつが女性誌に載ること
 になるなんて、想像もできなかった」

 「それで、シロは何か原因で死んだんだ?」とつくるは話題を変えた。
  アオは通りの真ん中で急に立ち止まった。動きを止め、そこに彫像のように立ちすくんだ。
  後ろから歩いて来た人が危うくぶつかるところだった。彼は正面からつくるの顔を見た。
 「ちょっと待ってくれ。シロがどんな死に方をしたか、おまえは本当にそれも知らないのか?」
 「知るわけがないだろう。先週まで、彼女が亡くなったことすら知らなかったんだ。誰も僕に
 は知らせてくれなかったからな」
 「新聞というものを読まないのか?」
 「ざっと目は通す。でも思い当たるような記事は見かけなかった。何かあったのかは知らない
 けど、たぶん東京の新聞にはそれほど大きく取り上げられなかったんだろう」
 「おたくの家族も、それについて何も知らなかったのか?」
  つくるはただ首を振った。
  アオはショックを受けたように、何も言わずに前を向いて、また足早に歩き出した。つくる
 もそれに従った。少ししてアオは目を開いた。
 「シロは音楽大学を卒業したあと、しばらく自宅でピアノの先生をしていたんだが、やがて家
 を出て浜松市内に移り、一人暮らしを始めた。それから二年ほどして、マンションの部屋で絞
 殺されているのが見つかった。見つけたのは連絡がつかなくて、心配して様子を見に来た母親
 だ。母親はそのときのショックからまだ立ち直っていない。犯人はいまだにわからないままだ」
  
  つくるは息を呑んだ。絞殺?
  アオは言った。「シロが死んでいるのが発見されたのは、六年前の五月十二日のことだ。お
 れたちはその頃にはほとんど行き来がなくなっていた。だから彼女が浜松でどんな暮らしをし
 ていたのか、よくは知らない。どうして浜松に行ったのか、それすら知らない。見つかったと
 きには、死後三日が経過していた。誰にも気づかれず、台所の床にそのまま三日放置されてい
 たんだ」
  
  アオは歩きながら続けた。
 「名古屋で行われた葬儀にも出たが、涙がとまらなかった。おれ自身の身体の一部が死んで、 
 石になってしまったような気がした。でも今も言ったように、おれたちのグループはその頃に
 はもう事実上ばらばらになっていた。みんな大人になり、それぞれに違った生活の場を持つよ
 うになっていたし、それはある程度仕方のないことだった。おれたちはもう無邪気な高校生じ
 ゃなかった。でも、それでもやはり、がっては大切な意味を持っていたものが次第に色椀せ、
 消滅していくのを目にするのは悲しかった。あんな生き生きとした時代を一緒に過ごし、一緒
 に成長してきだのにな」

  息を吸い込むと、つくるの肺は焼けるように痛んだ。言葉は出てこなかった。舌が膨らんで
 もつれ、口の中を塞いでいるような感触があった。
  もう一度携帯電話の『ラスヴェガス万歳!』が鳴り出したが、アオは今回それを無視して、
 そのまま歩き続けた。その場違いなメロディーはしばらく彼のポケットの中で陽気に鳴り続け、
 やがて止んだ。
  レクサスのショールームの入り口に着いたとき、アオは大きな手を差し出し、つくるの手を
 握った。力強い握手だった。「おまえに会えてよかった」、彼はつくるの目をのぞき込みなが
 らそう言った。相手の目をまっすぐ見て話をし、力を込めて握手をする。昔から変わらない。
 「仕事の邪魔をして悪かったな」とつくるはようやく声を出した。
 「いいんだ、そんなことは。またいつか、もっと時間の余裕のあるときにゆっくり会いたい。
 話さなくちゃならんことがたくさんあるような気がする。名古屋に来ることがあったら前もっ
 て連絡してくれ」
 「連絡するよ。そのうちにまた会えるだろう」とつくるは言った。「ところで昔、シロがよく
 ピアノで弾いてくれた曲を覚えているか? フランツ・リストの『ル・マル・デュ・ペイ』っ
 ていう五、六分の静かな曲だけど」
  
  アオは少し考えてから首を振った。「メロディーを聴けば、あるいは思い出すかもしれない。
 でも曲名を言われてもわからない。おれはそんなにクラシック音楽に詳しくないからな。それ
 がどうかしたのか?」
 「いや、ただちょっと思い出しただけだ」とつくるは言った。「最後にもうひとつ質問がある。
 レクサスって、いったいどういう意味なんだ?」
  アオは笑った。「よく人にきかれるんだが、意味はまったくない。ただの造語だよ。ニュー
 ヨークの広告代理店がトヨタの依頼を受けてこしらえたんだ。いかにも高級そうで、意味あり
 げで、響きの良い言葉をということで。不思議な世の中だよな。一方でこつこつと鉄道駅を作
 る人間がいて、一方で高い金を取って見栄えの良い言葉をでっちあげる人間がいる」
 「それは一般的に『産業の洗練化』と呼ばれている。時代の流れだ」とつくるは言った。
  アオは顔に大きな笑みを浮かべた。「お互いそいつに取り残されないようにしよう」

  そして二人は別れた。アオはポケットから携帯電話を取り出しながら、ショールームの中に
 入っていった。
  アオと会うことはもう二度とないかもしれないと、交差点の信号が変わるのを待ちながらつ
 くるは考えた。三十分という時間は、十六年ぶりに再会する二人の旧友にとってたしかに短い
 ものだったかもしれない。そこで語られなかったことは数多くあったはずだ。しかしそれと同
 時につくるには、二人のあいだで居られるべき大事なことはそれ以上ほとんど残っていないよ
 うにも感じられた。
 
  そのあとつくるはタクシーを拾って図書館に行き、六年前の新聞の縮割腹を請求した。


                                    PP.168-177                         
                村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』




  太田裕美 都忘れ

「メガソーラーマップ」でイスラエルを調べていると「ソーラーポンド」という発電システムに出
会ったり、早稲田
大学の白井裕子准教授らの「小型森林伐倒ロボット開発」に出会ったし、それな
りにまとめてブログでも取り上げてみようと考えたが、ペースを考え自重することにこのテーマの
まとめはあすにしよう。
 

 

コメント (2)
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