極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

薬膳スープ寸考

2017年09月30日 | 日々草々

   

                                 
                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  仁義こそすべて:孟子が梁の恵王に謁見した。恵王が言った。「先生、
        遠路もいとわず、わざわざおいでくださったについては、さだめしわ
        が国の利益となる妙策をお持ちのことでしょうな」 孟子は笞えた。
        「どうしてそう利益、利益とおっしゃるのです。大切なのは仁義です。
        王侯は、国の利益しか考えない。大臣は、一家の利益しか考えない。
        役人や庶民も、わが身の利益しか考えない。こうしてめいめい利益ば
        かりを追求しているから、国が滅びるのです。万乗の国の里を殺すの
        はきまって千乗の大臣、千乗の国の王を殺すのはきまって百果の大臣
        です。万乗の国で千乗の禄を食み、千乗の国で百乗の禄を食めば、そ
        れでもう不足はないはずです。それに満足せず、国全部を奪おうとす
        るのは、かれらが仁義をさしおいて利益第一に考えているからです。
        仁の心がありながら親をすてた例はなく、義の道をふみながら主君を
        ないがしろにした例はありません。王よ、どうか仁義を口にしてくだ
        さい。どうして利益などとおっしゃるのです」

        〈梁〉戦国の七雄の一つ、魏の国のこと。当時、都を安邑か(あんゆ
        う)から大栄(現在の河南省開封)に選したので、梁ともいうのであ
        る。
        〈万乗の同〉戦争のとき、兵車を一万台出す国のことで、本来は天子
        を指す言葉であったが、当時は大諸侯の国を意味した。

        【解説】 功利主義は両刃の剣である。利益を狙うものは、自分もま
        た狙われる。弱肉強食の時代にありながら、いや、そういう時代であ
        ればこそ、孟子は為政者に高い倫理性を要求する。仁義は、いうまで
        もなく孟子の思想の根幹であり、全篇を員く主題である。最後のリフ
        レインには、大同の王を相手に一歩もひかず、堂々と仁義を高唱する
        孟子の気魄と自信のほどがうかがわれる。 

 



【シャーレからコリーナの秋日和】



気分転換に彼女と湖岸を走る。途中、大きなキャンピングカーと出会す。国民休暇村から水ヵ浜への
道は細く
驚くも、それほど訪れる人が多いのだろう。マスターも依然より元気そうにみえた。その足
でラ・コリーナに向かう。稲刈りが粗方終えた丘には、秋晴れを楽しむ訪問者が秋日和満喫していた。

   No.76

【ソーラータイル事業篇:チオシアン酸銅系ペロブスカイト型太陽電池】

● ペロブスカイト太陽電池、材料や寿命の課題が大幅改善

 9月29日、スイスの大学 Ecole Polytechnique Federale de Lausanne (EPFL)は、これまでになく長寿
命のペロブスカイト太陽電池を開発したことを公表する。高価な材料を使わず、変換効率は20.2%
と高く――フッ素添加の酸化スズ(FTO)基板上に電子輸送層のTiO2層、光吸収層のペロブスカイト
層、正孔抽出層のチオシアン酸銅(CuSCN)、安定化のための還元型酸化グラフェン(rGO)、そし
て金(Au)電極を積層する。これまで高効率太陽電池のペロブスカイト層と電極との間にはspiro-OM
eTAD
という有機系の正孔輸送材料が用いていたが、spiro-OMeTAD(2,2,7,7-tetrakis(N,N-di-p-methoxyph-
enylamine)-9,9-spirobifluorene
は1gが5万円超と非常に高価である。しかも、spiro-OMeTADは緻密な
層を作るのが難しく、多数開いた“穴”から水分やドーピング材料電極の金属成分などが侵入してペ
ロブスカイト層を痛め寿命の点で課題があった。その中で、チオシアン酸銅(CuSCN)は、正孔の移
動度の高さ、材料コストの安さ、高温耐性の高さ、そして電極との間での正孔の流れやすさの点で非
常に高い性能を示すことが以前から知られていた。しかし、チオシアン酸銅は1gで約50円程度と
従来のspiro-OMeTADの約千分の1であるが、チオシアン酸銅の溶媒が肝心のペロブスカイト層を溶か
してしまうのである。このため、変換効率はあまり高まらず、寿命についても、短さが課題とされるs
piro-OMeTAD
よりも短くなる。

 Sep. 28, 2017

この対策として、極性溶媒のジエチルサルファイド(DES)で、ペロブスカイト層の上に普通に塗布
すると同層を溶かしてしまう。このため、基板を1分間に5千0回(rpm)と高速に回し、その上にCu
SCN/DEG
の液滴を落とし、短時間乾燥させることで、ペロブスカイト層をほとんど傷めずに約60
ナノメートルの厚さを均一に成膜し、変換効率は約20%と向上させることに成功している。ところ
が、太陽光を照射して発電させると、変換効率は最初の24時間で初期値の50%以下に寿命低下し
てしまう。一方、
チオシアン酸銅(CuSCN)と金(Au)電極の間に還元型酸化グラフェン(rGO)を
配置すると、寿命が劇的に改善、60℃の下で太陽光を千時間時間照射しても、変換効率は初期値の
95%以上に維持される。なお、還元型酸化グラフェン(rGO)は、一度酸化したグラフェンを再び
還元たもの。このように、チオシアン酸銅(CuSCNとペロブスカイト層間の界面の反応よりも、金
Au)電極とチオシアン酸銅(CuSCN間の界面化学反応が主因で寿命が短かくなるのは、還元型酸
化グラフェン(rGO
)がチオシアン酸銅(CuSCNと金(Au)電極の直接接触を防いだことで、性能
劣化が大幅に逓減する。また、試作太陽電池の変換効率は安定化後で20.2%。spiro-OMeTADを用
いた場合の同20.5%に迫る値を記録。チオシアン酸銅(CuSCNspiro-OMeTADを上回る性能を
示すことや、spiro-OMeTADポリトリアリルアミン半導体(PTAAでは必要なドーピングが不要で
ある。


DOI: 10.1126/science.aam5655  



【全天球カメラがスマホ用チップとセットする時代】

9月15日、リコーから360度全天カメラ「RICOH THETA V」(THETA V)が発売。THETAは前後に
カメラを持ち合成された全天画像を得られることから、ヒット商品となり、その後の多くの製品の先
駆けとなる。Samsung Electronicsの「Gear 360」やスマートフォンの端子に接続して360度画を撮影で
きる「INSTA-ONE」(ハフスコ)などが現在は話題に上ることが多い。また単眼カメラに広角レンズ
を組み合わせた全天カメラは、新興メーカー、中国メーカーなどからも続々と生み出されている。そ
のような全天カメラのブームの先駆者の1つが「THETA」だ。最初の製品は2013年に製品化され、
2017年に発売になったTHETA Vは5代目。360度データをTHETA Vでは4K動画を記録できる
ように大幅な進化を遂げている。また従来はWi-Fiだけであった通信機能にBluetoothも加わり、新たに
マイクロフォン端子も備わっている。基本的な外観はキープコンセプト。握りやすい形状で操作ボタ
ンの位置なども大きく変わっていない。製品のバージョンは外観だけで見分けがつかない。THETA V
の側面に製品名の記載があることが唯一の外観差というほどに、酷似したものになっている。

❏ 蟄居事例: 特開2017-175616  撮像装置、画像処理装置および方法

【概要】

魚眼レンズや超広角レンズなどの広角なレンズを複数使用して全方位(=全天球という。)を一度に
撮像する全天球撮像システムが知られている。全天球撮像システムでは、各々のレンズからの像をセ
ンサ面に投影し、得られる各画像を画像処理により結合することで、全天球画像を生成する。例えば、
180度を超える画角を有する2つの広角なレンズを用いて、全天球画像を生成することができる。
画像処理では、各レンズ光学系により撮影された部分画像に対して、所定の射影モデルに基づいて、
また理想的なモデルからの歪みを考慮して、歪み補正および射影変換を施す。そして、部分画像に含
まれる重複部分を用いて部分画像をつなぎ合わせ、1枚の全天球画像とする処理が行われる。画像を
つなぎ合わせる処理においては、部分画像間の重複部分において、パターンマッチングなどを用いて
被写体が重なる位置が検出されるが、魚眼レンズで撮影されたような比較的歪み量の大きな部分画像
の場合は、重複領域を有する複数の部分画像間で、同じ被写体を撮影している場合でも、歪み方は個
々異なってしまうため、パターンマッチングにより充分な精度で位置を検出することが難しかった。
したがって、部分画像を良好につなぎ合わせることができず、得られる全天球画像の品質が低下して
しまう。また、平面座標で表現された複数の画像をつなぎ合わせる技術では、魚眼レンズのような歪
みの大きなレンズを用いる撮像装置において、充分な精度でつなぎ位置を検出することが難しく、複
数の魚眼レンズを一例として、予め既知のターゲット・ボードを用いて撮像することによってマッピ
ングテーブルを生成する技術は、位置合わせの精度が不十分である。そこで、下図のように、複数の
結像光学系により集光された光に基づく画像から全天球画像を生成するための撮像装置、画像処理装
置および方法の提供にあって、撮像装置10は、光を集光する複数の結像光学系20A,20Bと、
複数の結像光学系で集光された光を画像に変換する撮像素子22A,22Bと、傾き情報を取得する
センサと、を有する。複数の結像光学系は、重複する領域を集光しており、撮像装置は、傾き情報に
基づいて、画像から全天球画像を生成する手段で解決する(詳細は図1ダブクリクリック)。

 Sep. 28,2017

【符号の説明】

10,300…全天球撮像システム、12…撮像体、14…筐体、18…シャッター・ボタン、
20…結像光学系、22…固体撮像素子、100…プロセッサ、102…鏡胴ユニット,
108…ISP、110,122…DMAC、112…アービタ(ARBMEMC)、
114…MEMC、116,138…SDRAM、118…歪曲補正・画像合成ブロック、
120…3軸加速度センサ、124…画像処理ブロック、126…画像データ転送部、
128…SDRAMC、130…CPU、132…リサイズブロック、134…JPEGブロック、
136…H.264ブロック、140…メモリカード制御ブロック、142…メモリカードスロット、
144…フラッシュROM、146…USBブロック、148…USBコネクタ、
150…ペリフェラル・ブロック、152…音声ユニット、154…スピーカ、156…マイク、
158…シリアルブロック、160…無線NIC、162…LCDドライバ、164…LCDモニタ、
166…電源スイッチ、168…ブリッジ、200…機能ブロック、202…位置検出用歪み補正部、
204…つなぎ位置検出部、206…テーブル修正部、208…テーブル生成部、
210…画像合成用歪み補正部、212…画像合成部、214…表示画像生成部、
220…位置検出用変換テーブル、220…検出結果データ、224…画像合成用変換テーブル、
310…全天球撮像装置、330…コンピュータ装置、332…USBI/F、334…無線NIC



● 関連企業の株価動向

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第53章 火掻き棒だったかもしれない  

  私は崖に挟まれた道を、ひたすら前に連んでいった。あたりにはやはり一本の木も、一握りの
 雑草も生えていなかった。生命を持ったものはとこにも見当たらない。目につくのはただ沈黙す
 る岩の連なりだけだ。潤いのない単色の世界だった。まるで画家が途中で興味を失い、彩色する
 ことを放棄してしまった風景画のようだ。私の足音もほとんど無音に近かった。まわりの岩がす
 べての音をその内部に吸い込んでしまうみたいだった。

  道はおおむね平らだったが、やがてだらだらとした上り坂になった。時間をかけてその岩場を
 登り切ると、岩が尖った背になって続いているところに出た。そこから身を乗り出して、私はよ
 うやく川の姿を視界に収めることができた。水音は前よりもずっと鮮明に聞こえた。
  さして大きな川には見えなかった。川幅はおそらく五メートルか六メートル、その程度のもの
 だ。しかし流れはずいぶん通そうだった。どれくらいの深さがあるのかもわからない。ところど
 ころで不規則なさざ波が立っているのを見ると、水面の下は不揃いな地形になっているようだ。
 川は岩だらけの大地をまっすぐ横切るように流れていた。私は岩の背を越え、急な勾配の岩場を
 下ってその川に近づいていった。

  川の水が右から左に勢いよく流れているのを目の前にすると、私はいくらか落ち着いた気持ち
 になることができた。少なくとも大量の水が実際に移勤していた。それは地形に沿ってどこかか
 らどこかへと向かっていた。ほかに何ひとつとして勤くものがないこの世界で、風さえ吹かない
 世界で、川の水だけが動いている。そしてその水音をあたりにしっかり響かせている。そう、こ
 こはまったく勤きを欠いた世界ではないのだ。そのことが私を少しばかりほっとさせた。

  川べりに着くと、私はまず岸辺に屈み込んで、手に水を掬ってみた。心地よく冷ややかな水だ
 った。まるで雪解けの水を集めた川のようだ。見たところきれいに澄んでいて、清潔そうだった。
 もちろん目で見ただけでは、その水が安全であるかどうかまではわからない。そこには何か目に
 見えない致死的な物質が混じっているかもしれない。身体に害をなす細菌が含まれているかもし
 れない。

  私は掬った水の匂いを嗅いでみた。匂いはなかった(もし私の嗅覚が失われているのでなけれ
 ばだが)。それから口に含んでみた。水に味わいはなかった(もし私の味覚が失われているので
 なければだが)。私はその水を思い切って喉の奥に流し込んだ。たとえどのような結果がもたら
 されるにせよ、飲み込まないでいるには私の喉はあまりに渇きすぎていた。実際に飲んでみても、
 まったくの無味無臭の水だった。しかし現実の水であれ架空の水であれ、ありかたいことにそれ
 は私の喉の渇きをちゃんと癒してくれた。

  水を何度も手で口に運び、夢中で飲めるだけ飲んだ。私の喉は思った以上に渇いていたようだ
 った。しかし匂いも味もない水で喉を潤すというのは、実際にやってみると、ずいぶん奇妙な感
 じのするものだった。喉が渇いているときに冷たい水をごくごく飲むと、我々はそれを何よりう
 まいと感じる。身体全休がその味わいを貪欲に吸収する。身体中の細胞が歓喜し、すべての筋肉
 が瑞々しさを取旦戻していく。ところがこの川の水には、そういった感覚を呼び起こす要素がま
 るで欠落しているのだ。ただ単純に物理的に、喉の渇きが後退して消えていくだけだ。

  いずれにせよ水を飲めるだけ飲んで喉の渇きがおさまると、私は起ち上がってあらためてあた
 りを見まわした。顔ながの教えてくれたところでは、この川べりのどこかに渡し揚があるはずだ
 った。そこに行けば舟が川の向こう岸まで私を運んでくれる。そして向こう岸に着けば、そこで
 私は(おそらく)秋川まりえの居場所についての情報を手に入れることができる。しかし上流を
 見ても下流を見ても、舟らしきものはとこにも見当たらなかった。それをなんとか探し当てなく
 てはならない。自分でこの川を渉るのはあまりにも危険すぎる。「流れは冷たく運く、深いのだ。
 舟がなくてはその川は渡れない」と顔ながは言った。しかしここからいったいどちらに行けば、
 その舟を見つけることができるのだろう? 川上だろうか、それとも川下だろうか? 私はその
 どちらかを運ばなくてはならない。

  そのときふと免色の名前が「渉」であったことを思い出した。「川を渉るのわたるです」と彼
 は自己紹介をした。「どうしてそんな名前がつけられたのか理由はわかりません」と。またその
 あとにこんなことも言った。「ちなみに私は左利きです。右か左かどちらかを運べと言われたら
 いつも左をとるようにしています」と。それは前後の脈絡を欠いた唐突な発言だった。どうして
 彼が急にそんなことを言い出したのか、私にはそのときよく理解できなかった。だからこそ彼の
 その言葉をはっきりと記憶していたのだと思う。

  とくに意味のない発言だったのかもしれない。たまたまそういう話になっただけかもしれない。
 しかしここは(顔ながの言うところによれば)事象と表現の関連性によって成り立っている上地
 なのだ。私はそこで示されるあらゆる仄めかしを、あらゆるたまたまを正面から真剣に扱わなく
 てはならないはずだ。私は川を正面にして左の方に進むことにした。色のない免色さんの無意識
 の教示に従って、匂いも昧も持たない水の流れる川を流れに沿って下っていく――それは何かを 
 暗示しているかもしれない。何も暗示していないかもしれない。

  川の流れに沿って歩を進めながら、この水の中には何かが棲息しているのだろうかと考えた。
 たぶん何も往んではいないのだろう。もちろん確証はない。しかしその川にもやはり、生命の気
 配のようなものは感じられなかった。だいたい昧も匂いもない水の中に、いったいどのような生
 き物が棲息できるだろう。そしてまた川は「白分か川であり、そして流れ続けるものだ」という
 ことに、意識をあまりにも強く集中しているように見えた。それは確かに川という形象をとって
 はいたけれど、川というあり方以上のものではなかった。小枝▽不、草の葉一枚、その川面を流
 されていくものもなかった。ただ大量の水が純粋に地表を移動しているだけのことだ。

  あたりには相変わらず茫漠とした霞のようなものがかかっていた。柔らかな手応えをもった霞
 だ。そのとりとめのない綿のような賞を、まるでレースの白いカーテンをくぐり抜けるようにし
 て歩を運んだ。しばらくして胃の中に、さっき飲んだ川の水の存在を感じるようになってきた。
 それはとくに不快な禍々しい感触ではなかったが、かといって心地よく喜ばしい感触というので
 もなかった。中立的な、どちらともいえない、うまく実体を把握することのできない感触だ。そ
 して体内にその水を取り入れたことで、自分か以前とは異なった組成を持つ存在になってしまっ
 たような、一種不思議な感覚があった。この川の水を飲んだせいで、ひょっとして私の身体はこ
 の土地に合った体質に変えられてしまったのではあるまいか?

  しかし私はなぜかその状況を、それほど危機的なものとは感じなかった。おそらく大事はない
 だろう、とおおむね楽観的に考えていた。楽観的になれるような具体的な根拠はとくにない。し
 かしこれまでのところ、ものごとはなんとかとどこおりなく遭んできたように見える。決い真っ
 暗な通路も無事に通り抜けた。地図もコンパスもなしに岩だらけの荒野を横切って、この川をみ
 つけることもできた。その水で喉の掲きも癒した。暗闇に潜むという危険な二重メタファーに遭
 遇することもなかった。私はただ単に幸運だったのかもしれない。それともそのようにことが通
 ぶようにあらかじめ決定されていたのかもしれない。いずれにせよこの調子でいけば、これから
 先だっておそらくうまくことは遭ぶはずだ。私はそのように思っていた。少なくともそう思おう
 と努めていた。

  やがて霞の先に何かの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。自然のものではない。直線ででき
 た、人工的な何かだ。近づくにつれて、それが船着き場らしきものであることがわかってきた。
 川面に向かって小ぷりな木製の突堤が突き出している。やはり左に連んで正しかったのだ、と私
 は思った。あるいはこの関連性の世界にあっては、すべては私のとる行勤にあわせて形づくられ
 ていくだけなのかもしれない。どうやら免色の与えてくれた無意識の示唆が、私をここまで無事
 に導いてくれたようだった。

  淡い霞を通して、船着き場に男が一人立っているのが見えた。背の高い男だ。小柄な騎士団長
 と顔ながを目にしたあとでは、その男はまるで巨人のように私の目に映った。彼は突堤の先にあ
 る、暗い色合いの機械装置(のようなもの)に寄りかかって立っていた。男はそこに立ったまま、
 深く考え事をしているかのように身動きひとつしなかった。そのすぐ足元を、川の水が勢いよく
 泡を立てながら洗っていた。彼は私がこの土地で初めて出会う人間だった。あるいは人間のかた
 ちをしたものだった。私は用心深くゆっくりとそちらに近づいていった。

 「こんにちは」と私は彼の姿がはっきりと見えるようになる手前から、思い切って声をかけてみ
 た。霞のヴェールを通して。しかし返事はかえってこなかった。男はそこに立ったまま、ほんの
 少し姿勢を変えただけだった。暗いシルエットが霞の中で微かに揺らいだ。よく声が聞こえなか
 ったのかもしれない。声は川の水音に消されてしまったのかもしれない。あるいはこの上地の空
 気はあまり音を響かせないのかもしれない。

 「こんにちは」と私はもう少し近づいてから、もうコ皮声をかけてみた。今度は前よりも大きな
 声で。しかしやはり相手は無言のままたった。聞こえるのは間断のない水音だけだ。あるいは言
 葉が通じないのかもしれない。
 「聞こえている。言葉もわかる」と男は、私の心を読み取ったように言った。長身の男にふさわ
 しく、深く低い声だった。そこには抑揚がなく、どのような感情も聞き取れなかった。川の水が
 どのような匂いや昧も音んでいなかったのと同じように。 


  第54章 永遠というのはとても長い時間だ

  私の前に立っている長身の男には顔がなかった。もちろん頭がないわけではない。彼の首の上
 には普通に頭がついていた。しかしそこには顔というものがなかった。顔のあるべきところには
 ただ空白かおるだけだった。それは乳白色をした談い煙のような空白だった。彼の声はその空白
 の中から出てきた。まるで深い洞窟の奥から風の音が聞こえてくるみたいに。
  男は暗い色合いの防水コートのようなものを着ていた。コートの裾は長く、ほとんど足首まで
 達していた。その下には長靴の先が見えた。コートのボタンは喉もとまですべてとめられていた。
 まるで来るべき嵐に備えているような服装だ。

  私は何も言わず、その場にただじっと立ちすくんでいた。私の目から言葉は出てこなかった。
 少し離れたところから見ると、白いスバル・フオレスターに乗っていた男のようにも見えたし、
 うちのスタジオを真夜中に訪れた雨田典彦のようにも見えた。『騎士団長殺し』の中で、長剣を
 かざして騎士団長を刺し殺している若い男のようにも見えた。三人とも長身の男たちだ。しかし
 近くに寄ってみると、その誰でもないことがわかった。ただの〈顔のない男〉だった。彼はつば
 の広い黒い帽子を目深にかぶっていた。そのつばが乳白色の空白を半ば隠していた。

 「聞こえている。言葉もわかる」とその男は繰り返した。もちろん唇は勤かない。唇はなから。
 「ここは川の渡し場なのですか?」と私は尋ねた。
 「そうだ」と顔のない男は言った。「ここが渡し場だ。ひとはこの場所でしか川を渡ることがで
 きない」
 「ぼくはこの川の向こうに行かなくてはなりません」
 「そうでないものはいない」
 「ここには多くの人が来るのですか?」
 男はそれには答えなかった。私の質問は空白の中に吸い込まれていった。終わりのない沈黙が
 続いた。
 「川の向こう岸には何かあるのですか?」と私は尋ねた。白い川霧のようなものがかかっている
 せいで、川の向こう岸を目にすることはやはりできなかった。
  顔のない男は空白の中からじっと私の顔を見ていた。それから言った。「川の向こう岸に何か
 あるか、それは、ひとがそこに何を求めているかによってちがってくる」
 「ぼくは秋川まりえという女の子の行方を捜しています」
 「それが向こう岸に、おまえの求めるものなのだね」
 「それが向こう岸に、ぼくの求めるものです。そのためにここまでやってきました」
 「どうやってここの入り口を見つけることができたのだろう?」
 「伊豆高原にある高齢者用療養施設の一室で、騎士団長の姿かたちをとったイデアを出刃包丁で
 刺し殺しました。合意の上で殺したのです。そうやって顔ながを呼び寄せ、地下に通じる穴を開
 けさせたのです」

  顔のない男はしばらくのあいだ何も言わず、空白の顔をまっすぐ私に向けていた。私の言った
 ことの意味が彼に通じたのかどうか、私には判断できなかった。

 「血は出たかね?」
 「ずいぶんたくさん」と私は答えた。
 「それはほんものの血だったのだね」
 「そう見えました」
 「手を見てごらん」

  私は自分の両手を見てみた。しかしそこにはもう血の跡はなかった。さっき川の水を掬って飲
 んだときに、洗い流されてしまったのかもしれない。ずいぶんたくさん血がついていたはずなの
 だが。

 「まあいい。ここにある舟でおまえを川の向こう岸まで送ってあげよう」と顔のない男は言った。
 「しかしそれにはひとつだけ条件かおる」

  私はその条件が口にされるのを待った。

 「おまえはわたしにしかるべき代価を支払わねばならない。それが決まりになっている」
 「もしその代価を支払えなければ、向こう岸には行けないということなのですか?」
 「そうだ。川のこちら側に永遠に留まっているしかない。この川の水は冷たく、流れは遠く、底
 は深い。そして永遠というのはとても長い時間だ。それは言葉のあやではない
 「でもぼくはあなたに支払えるようなものを何も持っていません」

  男は静かな声で言った。「ポケットに入っているものをすべて出して見せてごらん」

  私はジャンパーとズボンのポケットに入っているものを残らず取り出した。財布の中には二万
 円足らずの現金と、クレジット・カードと銀行のキャッシュカードとが一枚ずつ、運転免許証、
 ガソリン・スタンドのサービス券が入っていた。キー・リングには三本の鍵がついていた。談い
 クリーム色のハンカチがあり、使い捨てのボールペンが一本あった。あとは五、六枚の小銭がば
 らであった。それだけだ。そしてもちろん懐中電灯。

  顔のない男は首を振った。「気の毒だが、そこにあるものでは渡し賃のかわりにはならない。
 金銭はここでは何の意味も持たない。ほかに何か持っているものはないのかね?」
  それ以外に私の持っているものは何もなかった。左手の手首には安物の腕時計がはまっている
 が、時間はここでは何の価値も持だない。
 「紙があれば、あなたの似顔絵を描くことができます。ぼくが他に持ち合わせているものといえ
 ば絵を描く技能くらいです」
  顔のない男は笑った。それはたぶん笑いだったと思う。空白の奥から明るいこだまのようなも
 のが微かに聞こえた。
 「わたしにはだいいち顔がない。顔のないものの似顔絵をどうやったら描くことができるのだ?
 どうやって無を絵にすることができる?」

  「ぼくはプロです」と私は言った。「顔がなくても似顔絵は描けます」

  顔のない男の似顔絵が自分に描けるものかどうか、まったく自信はなかった。しかし試してみ
 るだけの価値はあるはずだ。

                                     この項つづく

 

 ● 今夜のアラカルト

体調崩し、粥と梅干し(Porridge and Umeboshi) の有り難みの再確認。そこで、栄養価の高く、パワーのあるス
ープって世界にどれほどあるのかネットサーフしてみると少ないことに気づく。そこで、スッポンスープ、ビーフス
ープなど透き通ったスープの開発を思いつく。ここは、転んでも只で起きない精神で、適時ブログアップすること
を誓う。

 

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