函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

メディアの役割は権力の批判

2024年04月15日 06時17分55秒 | えいこう語る
▼あるまちの首長から、地元の新聞社を信用できないと聞いた。時には嘘を書いているとまで、批判する。

▼首長は有権者の多数により選ばれているのだから、自分の考えは間違っていないという、自負があるからだろう。

▼しかしメディアの役割は【権力への批判】だ。首長とは権力が集中するところだ。ゆえに偏った権力を行使しないために、権力的になりゆくあらゆるものに対し、常に監視し批判するのが、メディアの使命だと私は考えている。

▼たとえ首長の施策に有権者の多数が、賛意を示したとしても、人間の本質からそれるものは批判し、有権者の目を覚まさせるのが、メディアの本来の使命だ。

▼アベシンゾウ政権下の国会で、シンゾウは朝日新聞を‟敵呼ばわり”して、読売新聞を読んでほしいと、発言した。

▼憲法第21条には「表現の自由はこれを保障する」とある。だが内閣総理大臣がこのレベルの憲法解釈では、国家の安定はない。

▼21条の第2項は「検閲は、これをしてはならない」とある。シンゾウの新聞社批判発言は、まさしく「検閲」に等しいと考える。

▼シンゾウは、まるで時代が戦前に戻ったごとく、暴漢の銃弾に倒れた。その後の裁判の様子は国民には見えない。見せない中で、うやむやになってしまうのか。

▼それにしても、戦後最大事件ともいえる、元総理の射殺事件。無理矢理「国葬」にし、国民の記憶を薄めてしまった。その後、メディアも『葬儀終了』で、普通の生活に戻ったようだ。

▼メディアが、想像力を失ってしまっては、国民は「過去にも現在にも未来」にも盲目になり、権力に脅かされることになる。

▼キシダ総理がバイデン大統領に、国賓扱いで招待され、「日本は米国と共にある」と発言した。「対米従属」というより『対米同化』だ。

▼「一緒に戦争戦争をしよう」という意味ではないか。田舎じじいの私でも、そのように“想像”できる。だが帰国後のキシダ総理への批判は、メディアは静かすぎる。

▼メディアの萎縮は、背後に戦争の影が迫っているのを感じる。最近やたら「経済安保」などを言い出し、秘密保護法の運用拡大強化に、走り出したきらいがある。

▼キシダ総理は「米国のスパイ」?!になったのではないかと、心配になる。台湾有事には、‟日本軍”が真っ先に、対応せざるを得なくなったというのが、今回の訪米の成果?ではないか。

▼‟台湾戦争”を口実に、「憲法第9条」を変えざるを得なくするのだろう。もし中国が台湾攻撃を躊躇するなら、我が国は中国が仕掛けてきたとして、出動するのかもしれない。

▼過去にそのような事例があるからだ。とにかく、キシダ政権になってから、なんとなくだらだらと、戦前回帰に向かっているような気がする。

▼国民の私がそう思う。だがその危機を、国民にいち早く知らせるのがメディアの使命だ。
それに対し「メディアは嘘をついている」と、権力者に言わせないようにしなければならない。

▼先の大戦の時は、メディアが先頭に立ち戦意高揚に努めた。これからは「戦争のない平和」の維持のために、全力を尽くさなければならない。

▼私たち国民は【権力の監視】たる、メディアの役割を支持する。権力は必ず腐敗するというのは歴史の事実だからだ。

▼キシダ総理の今回の訪米。我が国の大手新聞に載った言葉を引用したい。

▼米国の小説家ヘミングウエーは『武器よさらば』。日本の総理、屁ミングフミオは【武器よさらに】。

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