▼今年の冬は、エルニーニョ現象の影響で、世界的に暖冬だといわれている。冬は寒くない方が生活しやすいが、冬は冬らしく、まちを埋め尽くすような一面の銀世界があり、シバレがきつい寒い朝というのも、北海道人のアイデェンティテーに欠くべからざる要素のような気もする。
▼私の周囲には活火山があるので、一年中温泉のありがたさを実感している。だが温泉のありがたさはやはり冬場の方が身に染みて感じる。
▼「50円温泉(65歳以上)」と私たち夫婦が名付けている、温泉に昨日も出かけた。この温泉は谷間にあるので、山から吹き下ろす風の音が少し騒々しい。
▼ゴーゴーと風がうなる音も慣れてしまえば「風の又三郎温泉」もしくは「風の谷温泉」という名に変えようかなとも考えている。
▼「50円温泉」とお金を名称にするには色気がないような気もするが、夫婦そろって出かけても「100円」というのは、懐も心もあったまるので、この名称も捨てがたいと思っている。
▼温泉から出て、妻が上がるまで前回も来た時に見たが、廊下の壁に張っていた、老人クラブの川柳を眺めていた。
望むのはカラオケ葬儀みんな来て
できました老人クラブの青年部
ゴミの日は弱き女に戻る妻・・・どれも秀作だ。
▼読んだ後、ロビーでテレビを観ていた。明治時代頃の場面だと思うが、出演者全員が着物姿だった。時代劇が好きな私は、途中から観たので内容は分からないが、テレビに魅入っていた。
▼そこに風呂から上がってきた、小柄だが、服装もこざっぱりしたおじさん、年頃は80半ばか?。髪も櫛を入れているようだ。私とテレビの前を素通りした。
▼そこにテレビから叫ぶ娘の京都弁!。「しんじろうはん」。おじさんはぴたりと止まった。そして慌てたようにテレビに振り向く。・・・??
▼私は一瞬、こんなことを想像した。おじさん若い頃、京都暮らしをしていた。そこで、いい仲になった女性がいた。だがおじさんはすでに妻を持つ身。雪が降る京都の女性の部屋。おじさんは女性に別れを告げ、外に出る。振り向かないと決めたおじさんの背中に「しんじろうはん」という声が聞こえた。傘をそっと手渡す女性。京都の淡い思い出を生涯引きずってきたおじさんは、テレビからの女性の呼びかけに、思わず振り向いてしまったのだ。おじさんの名前は「信次郎」いや「進次郎」はたまた「慎次郎」などいう、粋な名前だったのだ。
▼私の創作劇を、帰りの車の中で妻に話した。「高齢で耳が遠くなり、誰かに呼び止められたと思って、止まったんじゃないの。“しんじろうはん”なんて粋な名前の人なんて、この辺にいるわけがないでしょう・・・とそっけない。妻は粋という感性も、風呂で流してきたに違いない。外はちらほら雪が舞い落ちてきた。
▼私としては「50円風呂」の川柳にも感心したし、木戸銭50円分位の創作劇も目に前で観れたし、とてもいい気分だった。
▼そこで、私も川柳一句。
しんじろうはんと呼ばれて振り向く京の雪 一齣
※今日の雪に京都の雪をかけてけてみました。
▼寒さも徐々に身に染みてくるけど、妙にあったかい気持ちになった北国の温泉での一こまでした。