3月 9日(日) 天気:晴れ 室温:16.3℃
きょうは 青山北にある歓創居へ行って ”來住しげ樹の花繚乱展” を 観てきました。 來住は くるす かと思い
ましたが きし と読むそうです。 私は 來住しげ樹さんの名は 聞いたことがなかったのですが 西脇の岡之山美
術館の館長をされていた 有名な人のようです。
国道2号線で 太子町から 青山へ下り ポルシェの信号で 左折して 山を越え 北へ下ると 歓創居です。
インターネットで 検索すると
来住 しげ樹(きし しげき 19388年~ )は 日本の画家。 西脇市 岡之山美術館名誉館長・美術家・日本美術家
連盟会員・湊川短期大学名誉教授。 兵庫県西脇市 生まれ。 「来住しげ樹/子どものアトリエ」 主宰。
来歴:1955年頃から画家活動。 11973年 新構造社絵画部会員のち 1983年 審査会員、退会、現在 無所属。
日本美術家連盟会員。 現在 美術家として 活動。 美術館館長を務め 2013年 退任。 現在 名誉館長。
アトリエは 西脇市住吉町。 著書多数。 日刊紙にも コラム・論評など 多数。
活動領域は 広く、現代美術家としてのみではなく 『毎日新 聞』 に 毎月1回コラム掲載。 『神戸新聞』 の
読後感を 連載。 『朝日新聞』、『読売新聞』 などに 「スケッチ素描」 と 「エッセイ・論評など」 の連載・・・・。
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きょうは 青山北にある歓創居へ行って ”來住しげ樹の花繚乱展” を 観てきました。 來住は くるす かと思い
ましたが きし と読むそうです。 私は 來住しげ樹さんの名は 聞いたことがなかったのですが 西脇の岡之山美
術館の館長をされていた 有名な人のようです。
国道2号線で 太子町から 青山へ下り ポルシェの信号で 左折して 山を越え 北へ下ると 歓創居です。
インターネットで 検索すると
来住 しげ樹(きし しげき 19388年~ )は 日本の画家。 西脇市 岡之山美術館名誉館長・美術家・日本美術家
連盟会員・湊川短期大学名誉教授。 兵庫県西脇市 生まれ。 「来住しげ樹/子どものアトリエ」 主宰。
来歴:1955年頃から画家活動。 11973年 新構造社絵画部会員のち 1983年 審査会員、退会、現在 無所属。
日本美術家連盟会員。 現在 美術家として 活動。 美術館館長を務め 2013年 退任。 現在 名誉館長。
アトリエは 西脇市住吉町。 著書多数。 日刊紙にも コラム・論評など 多数。
活動領域は 広く、現代美術家としてのみではなく 『毎日新 聞』 に 毎月1回コラム掲載。 『神戸新聞』 の
読後感を 連載。 『朝日新聞』、『読売新聞』 などに 「スケッチ素描」 と 「エッセイ・論評など」 の連載・・・・。
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「田舎絵描き」を囲って50年はゆうに超える期間、絵を描いたり色々の事に手を出しています。
いかんせん能力不足で、殆ど他人様の関心が得られないままで、いまだに毎日絵を描いているような事です。
自分のための「絵」ですので、それはそれで本望と言えるのですが、なんといっても何千で効かない作品がatelierの倉庫に眠ったままになっています。 機会がある度に、展覧会をして頂いてこの展覧会で98回目の個展です。 お住まいが近ければ、ひょっとしてどの作品も見て頂ける機会があるかも知れません。
ブログ「風の樹人日記」で、5年間ほど毎日絵を掲載してきましたし、打ちっぱなしのコメント・コラムラドも続けていましたが、4が28日で5年続いたそのブログを一先ず休むことにしました。 ブログは、OCNで保存されたままにしていますので、よろしければ、そのバックナンバーでその間の作品たちをご覧いただければ幸いです。 有難うございました。
歓創居は 近いので 展示は 毎回見せていただいています。
この前は 三代吉ゆかりの四人展 を見せていただきました。
そのあと 池川さんのギャラリーも訪れました。
今は 仕事していないので 暇つぶしに あちこちのギャラリーを 歩いています。
また ブログ「風の樹人日記」 も見せていただきます。