私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

丸投三代吉/坂田聖峯 展

2014-07-31 15:05:27 | ギャラリー散策
 7月31日(木)  天気:晴れ   室温:33.4℃

 きょうは 青山北の歓創居へ行って ”丸投三代吉/坂田聖峯 二人展” を見てきました。
坂田さんは もう亡くなられたそうで ネットで検索しても 略歴などは 出てきません。
書が 専門だそうですが 晩年 丸投さんに 絵を習っていたそうです。
 丸尾さんに この前行った 英賀保の廟所で 丸投家のお墓を見つけたことを 報告して
おきました。

 下の大きい絵は 畳一枚分の絵を 中央で 蝶番で繋いで 屏風のように折り曲げることが
できます。 全体で 200号です。 丸投さんは 秋の院展に出展するため 夏の暑いときに
このような 大作を 描かれたそうです。 右上には 雷様が その横では カニが ハサミを振っ
ています。 よく見ると 右側では 若い裸の女性が・・ 行水中。 細かいものが いろいろと
丁寧に 描かれています。 このような 大きな絵を 展示する作業も 重いので 大変です。








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エルミタージュで 雑貨小物展

2014-07-30 15:16:36 | ギャラリー散策
 7月30日(水)  天気:晴れ  室温;35.0℃

 きょうは 朝日谷のカフェ・エルミタージュへ ”雑貨小物展” を 見に行きました。 きょうは
いい天気で 暑い一日でしたが 空は 青く 雲は 白く もう 秋の空?
 いつも 変わったカップで コーヒーをいただきますが 今日のカップは Richerd Ginori。
赤いラディッシュ(女性用?)と 黄色いレモンのカップは ペアだそうです。 お茶をいただい
たお茶碗は 内側の底のほうにだけ 貫入があり ハゼ?もあり 絵付けも 変わっています。
 小物雑貨店は 小さい犬や猫のかわいい置物もあり こういうのを見るのも 楽しい。 



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黒田官兵衛ゆかりの地めぐり・英賀

2014-07-27 15:47:08 | 歴史探索
 7月27日(日)  天気:晴れ  室温;33.2℃

 きょうは 姫路市教育委員会 発行の ”文化財をたずねて 黒田家・官兵衛ゆかりの地 (姫路
市 西部) めぐり ” ⑦ 明連寺 境内 「英賀 本徳寺趾」 碑を 見に行きました。 勿論 ⑤ 英賀神
社に残る土塁跡 と ⑥ 英賀城本丸跡碑 も訪れ その周辺にある関連史跡も 見て回ります。
 朝 曇っていて 新聞の予報を見ると 傘のマークもあり 少し涼しいようです。 自転車で行く
ので 少しでも 涼しい日に 行かないと・・。 ところが 11時過ぎに 家を出ると 途端に 日が差し
てきて ものすごく暑くなり・・。 熱中症にかかるのだけは かんべえ して・・・。

 自転車で 県道を東へ走り 京見橋を渡り 夢前川の左岸を 南へ下ります。 広栄橋を 過ぎ
歌野橋まで 来て この辺だった・・。 パンフレットを出すと 何んと 持ってきたパンフは ”御着”。
家を出るとき パンフを持っていかなきゃ と思って パンフを ポケットに 入れたのですが・・・。
 天気予報の勘は 外れるし ボケは 進むし 泣き面に蜂? 後は かすかな記憶だけで 行く
しかない!  英賀城本丸跡 も 英賀神社も 前に 行ったことは あるのですが・・・。
 下の写真の歌野橋から 北を見た川床 辺りに 英賀 本徳寺があったようです。

 歌野橋を 東へ降りると 明蓮寺。 門が分からず 周囲を ぐるっと一周 360度 回りました。
15世紀後期 本願寺祐全が 英賀で 道場を建て 永正12年(1515) 本願寺 蓮如上人の弟子
空善によって 本徳寺(英賀御堂) が建立された。 蓮如上人の孫・実玄が 初代住持につき 英賀
は 播磨における 一向宗の拠点となった。 やがて 信長と 大坂本願寺が 戦火を交えるようになる
と 英賀から本願寺へ兵糧が 運び込まれ 英賀は 本願寺と結んだ 毛利水軍の中継基地となった。
 信長配下の秀吉にとって 英賀は 重大な攻撃目標となり 天正八年(1580) 4月26日 落城。
その2年後 本徳寺は 秀吉により 300石の寺領の寄進を受け 亀山に 堂宇を遷された。

 これが 現在の亀山本徳寺である。 かって 英賀本徳寺であった所に 昭和3年 碑が建てられた
が 昭和12年 日本製鉄広畑製鉄所 建設に伴う 夢前川の河川付け替えで 河川敷となったため
碑は 明蓮寺境内に 移された。 この碑は 本徳寺を顕彰するものであるが・・・昭和12年 河床と
なる。 その位置は 歌野橋上流 約100米の辺り。 依て 是を建て 後世に残す。 昭和52年11月

 浄土真宗 大谷派 明蓮寺は 永正14年(1517) 英賀六代城主・三木通規の家臣 神出左衛門の
母 妙蓮尼によって 建立された。 本尊は 阿弥陀如来。 当時 英賀は 浄土真宗に 帰依した 三木一
族を中心に 運営される 「寺内町」 で 大坂石山本願寺と 深いつながりを持っていた・・・。

 英賀城は 「岩繋城」 ともいわれ 南は 海、西は 夢前川、東は 水尾川に面し 北は湿地帯
で 守るのに 大変都合のよい城であった。 鎌倉時代には 砦が 造られていたが 室町時代
になると 播磨の守護大名であった 赤松氏の一族が 守った・・・。

 応永の頃(1394~1427) 讃岐三木郡を領した 伊予河野氏の一族が 細川氏のために 讃
岐を追われ 赤松氏を 頼って 播磨に来た。 この伊予河野氏は 多分 網干に生まれ 幕末、
明治維新のころ活躍した 「播州の花神」 といわれる 河野鉄兜・東馬兄弟の祖先のことでしょう。
 嘉吉の乱によって 赤松氏が 勢力を失ったあと 三木氏が 城主となって 城を整えた。 天正
8年 秀吉に 滅ぼされるまで 九代 140年間 その地位を世襲した。
 三木氏は 的形から 室津まで 一大勢力を 誇っていた。 その長衆の一人が 本徳寺を 開創
した中心人物で 英賀城 落城時の三木通秋の先祖では ないかとされる。
 証如上人の 『天文日記』 にも 「英賀三ヶ村」 と記されており 英賀は 明蓮寺を中心とする集
落、 英賀神社を中心とする集落、 中浜町周辺の集落から 成り立っていたことが 分かる。

 本丸跡碑の裏に 「中浜地蔵」 があります。 英賀薬師(旧法寿寺跡地に建立) 裏の小溝に
橋板があり ある年 牛が渡らず 農夫が 不思議に思い 裏側をうかがうと 「地蔵尊」 の姿が
あり 「牛の仏心」 に 村人達は 深く感動し 崇敬のため この地(英賀城内 堀跡の埋立地)
におまつりした。 「牛地蔵」 ともいわれる。

 少し探し回って 英賀薬師堂(旧法寿寺跡) へ行きました。 英賀薬師の境内は 今は 整備す
る人がいないのか 草がぼうぼうです。 法寿寺は 英賀城 落城後の約100年後 三木氏の後
裔が 延宝年間に 中興造立した。 当時は 浄土宗鎮西派 知恩院 幡念寺の末寺であった。
 ここは 英賀城 井ノ上口之跡 といわれ 今でも 土塁の一部が 残っています。 ここには 思い
がけず 見るものが いろいろありました。
 井ノ上口之跡は 英賀城の十城門の一つです。 大木の清水碑と井戸は 『播磨鑑』 に 置塩
城の城主 赤松義村が 「播磨十水」 に定める とある。 南無阿弥陀仏碑は 天和3年(1683)
の建立。

 奥には 三木家一族の墓所があります。 先日行った 山崎山に 亀山本徳寺の西山御廟
建立のため 同所にあった 初代城主 三木通近らの墓所を ここに 移した。 五輪塔には 凡
人にも 分かるよう 梵語でなく 漢字で 空、風、火、水、地 と書いてあるのが いい。


 右隅には 英賀城の土塁が 一部 残っており 長さ約10m、底幅約10m。 薬師の
北側に 幅約18mの外堀が あったそうで 今ある溝は その名残でしょうか? 

 最後に 英賀神社へ行きます。 社記によると 「播磨国風土記」 にある英賀彦神・英賀姫神を
祀る 古い神社で 町名の由来もここにある。 天満宮は 嘉吉年間に完成したとみられ 境内に
は 寛文7年(1794) 銘の手洗鉢や 寛政6年(1794) の狛犬があり 拝殿には 江戸期の絵
馬が 多く残っています。 また 明治時代の扁額もあるそうです。


 拝殿脇に 「播磨灘物語」 の文学碑があります。 司馬遼太郎は 祖父の代まで 播州門徒だった
そうで 自らその末裔と名乗っていたそうですが それなら 神社に 文学碑を置かないで どこかの
お寺(例えば 本徳寺)に置けばいいのに・・・。 それと あちこちの神社に 砲弾(戦利品?)がある
のは なぜ ですか。 神社が 戦争を奨励していたとも思えませんが・・。

 英賀は 湿地帯だったため 村全体を水害から守るため 周囲に 土塁が築かれていた。 そこへ
本徳寺などの寺院が 建てられてから 「寺内町」 の性格を持つようになり 土塁は その 「寺内町」
を守るように連なり 10の出入り口が 設けられていました。 現在 土塁は 英賀神社の本殿裏
(北)と 英賀薬師北側の 2か所だけに 残っています。

 道に迷いながら なんとか 熱中症にもならず 14時前に 帰ってきました。 家で 別のパンフ
レット ”官兵衛ゆかりの地めぐり 65:英賀” を見ると 英賀城本丸跡の石碑の少し南に 「田
井ヶ浜址(巽地蔵)」 があります。 せっかくなので 行けば 良かった・・。
 田井ヶ浜址は 天正4年(1576) 官兵衛の進言により 御着城主・小寺政職が 織田家に
与することを決めると 毛利水軍5000人が 田井ヶ浜に 上陸。 官兵衛は 500の手勢で 毛
利軍を追い返し 一躍 その名を高めることになるのです。 英賀城 落城後 この地は 荒れ果て
熊谷家が この地を清め 地蔵尊を祀ったそうです。 この地は 英賀神社の巽方向に当たるた
め 「巽地蔵」 と呼ばれました。

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美の壺 光を装う日傘

2014-07-25 21:09:32 | 日記
 7月25日(金)  天気:晴れて暑い  室温:35.4℃

 今晩 7:30からの BSプレミアムの 美の壺は ”光を装う日傘” です。
きょうは 厚い一日で 日中は 室温が 37℃を超えていましたが 夜9時になっても 35.4℃
もあり 日傘が要ります?
 最近 びっくりするような仕掛けの日傘が あるそうで 傘を差した人だけが 楽しめる・・・。
また 閉じても 絵になる傘が・・・。 夏の小物として 人気がある。



番組紹介欄の 「試写室」 には 以下のように
 暮らしの中にある美しさを探求する長寿番組。 314回目の今日は 夏の日差しを防ぐ日傘が
 テーマだ。 日傘を 「動かせるアクセサリー」 と位置付け 逸品を紹介。
 縁に 繊細なレースをあしらったものや 開くと 内側に小花の模様が 広がるものなど どれも
 美しい。 各地の作家による独創的な作品も登場する。
 印象的だったのは 自分のウエディングドレスや 母親から贈られた大島紬を使って 仕立てた日傘。
 もう 袖を通さないでも 日傘にすれば 身近で 実用の役に立つ。
 見終わって 紫外線を恐れない剛の者である家人にも 日傘を贈りたくなった。
 これだけ たくさん紹介するなら たとえ NHKでも さりげない ショッピングガイドが
 あった方が 親切ではないか。   ( 中島耕太郎 )


 カジュアルなプリント柄や 麻を使った高級感のある傘も・・・。 透ける材質を使って 生地が
作り出す光の装飾とは? 極細の絹を使い 光にかざすと 浮かぶ模様。 透ける光により
差す人の顔を 明るく見せる。 生地を重ね合わせる 二重生地の傘。 しぼ というシワ模様も。

 日傘は 着物にに合う 装いです。 着物や 帯と色を合わせて 日傘を選ぶと 日傘によって
華やかな雰囲気が 生まれます。

 日傘は 紀元前3000年頃からあり 19世紀になって ヨーロッパで アクセサリーとして
流行します。 江戸時代末期 文明開化とともに 日本に入ってきました。



 最近 日傘の生地に 特別なものが 使われることがあります。 一つは ウエディングドレス。
結婚式に着た レースの付いた ドレスを 日傘の生地に 再利用。

 もうひとつは 着なくなった大島紬。 着物の生地を 日傘に 使うには 材料取りが 難しい。
着物の生地は 四角ですが 傘は 三角。 傘を広げたとき 模様が バランス良く 配置され
ないと・・。 シックな着物が 華やかに変身します。 縁の赤い生地は 着物の裏地。

 次回の 「美の壺」 は ”夏の着物” だそうです。 草刈さんの奥さんは 家出? 次回までに
帰ってくるのでしょうか?

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アンドレイ ヴェルホフツェフ展

2014-07-24 15:07:15 | 歴史探索
 7月24日(木)  天気:晴れて暑い  室温:34.3℃

 きょうは 姫路市山田町にある ”画廊喫茶 白ばら” へ アンドレイ ヴェルホフツェフ展 「享楽
の園」 を 見に行きました。 アンドレイの奥さんから 二度も コメントを いただいたので もう行か
ないわけには 行きません! 今月中なので 早く行かないと・・・。 今週は イーグレひめじでは
ロクなものを やっていない?ので ちょうどいい。
 しかし アンドレイ展は 見たことのあるよーな絵ばかりで 新作はなかった?? また ”白ばら”
は 画廊喫茶ですが 照明は 写真撮影には 向いていないので 撮りにくいし・・・。

 お昼頃になると 姫路バイパスも空くだろうと 12:22 出発。 予想通り バイパスは スムース
に走れます。 花田ICから 播但連絡道に入ります。 播但道を走るのも お久し振り。 12:54
船津ランプを降ります。 船津も ETC OKで 310円。 消費税のため 10円アップ?
 船津で降りて 東へ1.6km 西山田の信号の角が 白バラです。 13:00 に 到着。 ここま
で 33.7kmでした。

 アンドレイの ギャラリー ルネッサンス・スクエアでの展覧会は ”こちら” (2013年2月11日) を、
ホテルシーショアでの 展覧会は ”こちら” (2014年5月5日) を見てください。
 コーヒーを飲みながら K新聞を見ていると ルネッサンス・スクエアの ”井上 仁 作品展 ~土の華
シリーズ~” が 載っていました。 12日から 27日まで 行われますが 今頃載せても あと 3日しかない・・・。







 アンドレイ展を見て 13:45 帰路につきます。 船津ランプから 播但道に入り 13:56 花田IC
を出て 姫路バイパスへ。 ところが バイパスへ入る手前の急カーブの登り坂に 大型トラックが
止まっています。 バイパスへ合流するため 必死で 加速しているのに・・。 なんとか トラックとの
衝突は 回避しましたが 対向車線側のポールと 接触! 車に傷が・・。 大型トラックは カーブを
曲がり切れず 側壁に接触していたようです。 前輪のタイヤは パンク? 冷や汗が出ました。
 本日の走行距離は 往路:33.7km 復路:34.8kmで 計:68.5kmでした。  播但道の
花田IC~船津ランプ間は 9.0kmです。 復路は 寄り道して 買い物をして帰りました。
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