私の日帰り散策

写真でつづる山歩き、ドライブなどの日誌です。
最近は ギャラリー巡りをしています。

古典植物と山野草展

2011-06-29 13:02:34 | 日記
 6月29日(水)  天気:晴れ+暑い  室温:35.3℃

 きょうも 徒然なるまま 日暮らし・・・ 朝から暑い! 全国的に 猛暑日だそうです。 節電が叫ばれる
今日 私に考えられる節電は 家のコンセントを抜いて どこか 涼しい避暑地へ行くことくらいしか 思い
つきません。 新聞では きのう 高御位山で 65歳の人が 行方不明になったとか・・・。
 こう暑いと 山へは 行けません。 という訳で きょうは 姫路温室植物園に行ってきました。 が 温室
だけに 蒸し暑い・・・。 もう少し 冷房を効かせてくれたらいいのに・・・。 きょうは ”古典植物と山野草
展”ですが 今の時期 咲く花が 少ないのか 葉ものが多く これという花は ありませんでした・・・。

 富貴蘭は 日本に自生するランの仲間で フウランの別名です。 古典園芸植物としての名前です。
木の上に根を下ろし 成長するラン(着生ラン)で 甘い香りのする白い清楚な美しい花を咲かせます。 





 山野草は 野山に自生する植物の中でも 観賞価値が高く 多く園芸植物として 栽培されている
植物です。 人家近くから 高山に至るまで 広く自生している植物たちなので 身近に 生えている
のを見かける植物が かなりあります。




 下の オオハンゲ(大半夏)は サトイモ科の植物で マムシグサに似た花で ウラシマソウのように
釣り糸(竿)を伸ばす花ですが 初めて 明神山に登ったとき 愛好会の尾川さんにお会いし 教えて
いただきました。 絶滅危惧種の一種だそうです。 下の写真では はっきりしませんが 花茎の先
に 肉穂花序を付け その周りを ラッパ状の仏炎苞(ぶつえんほう)が包み 葉はミツバのよう?






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七種薬師 なぐさやくし 616m

2011-06-25 16:41:50 | 山歩き
 6月25日(土)  天気:晴れ+ものすごく暑い  室温:34.7℃   地図:前之庄(北東)

 きょうは 天気が悪いと思って 油断していたら いい天気で 急きょ 近場の低山 七種薬師に登って
きました。 二等三角点:薬師峯です。 急に天気が良くなると 登る山に困ります。 
 それにつけても きょうは 暑い日で 途中 暑さで 倒れそうになりながら 何とか登りました。 翌日の
新聞によると 福崎で 35.4℃の猛暑日だったそうで 屋外では 38度以上だった?
 山頂では 台風の影響か 少し風があり 加古川から来たという人に お会いし しばし 懇談。 この人
は 山に関することを よくご存知で 山ちゃんや N&nさん の名前も ご存知でした。 いつも マイナー
な山に 登っているので 山で 人とお会いし お話するのも 久しぶりです。
 帰りに 関西花の寺・第八番札所・応聖寺に寄って 沙羅双樹の花(ナツツバキ)を 鑑賞しました。 こ
の前の 光明寺の『平家物語』つながりです。 祇園精舎の 鐘の声 諸行無情の響きあり 沙羅双樹・・・


 8:06 出発。 姫路バイパスを走り 8:32 花田ICから 播但道に入ります。 8:41 福崎南ランプ
で 降りてしまいました。 福崎北で 降りるのだったのに・・・。 何とか 福崎駅の横に出て 県道406
号線に入ると一本道。 田口奥池のところへ来ると 道路工事中。 9:01 屋外活動センターに 到着。
ん? 関係者以外駐車禁止? 建物の中へ入り 駐車してもいいか 聞くと 上に停めて! 知らない間
に 上に 砂利の駐車場が・・。 9:05 駐車。 家から 45.4km。 このときは 私の車だけでしたが・・。



 9:07 スタート。 舗装林道を歩きます。 道脇には ドクダミが多く咲いています。 ライオンの森の
先で 小さい橋を渡り 左へ曲がり 林を100mほど進むと 登山口があり 9:19 山へ取り付きます。
この山の名は 『播磨 山の地名を歩く』 では 薬師山となっていますが 何かに 統一してほしいと思いま
す。 点名は 「薬師峯」ですが 七種三山の一座なので 七種薬師が 分かりやすいと思うのですが・・。



 登り始めは やや分かり難い道で 小さく右や左に曲がりながら登ります。 初めからズーと 急な登
りで すぐに 汗が噴き出してきて・・。 いつの間にか トラロープが 取付けられています。 暑かった
せいか ものすごく しんどい・・。 ほとんど 雑木林の日陰を歩きますが 全然 涼しくありません。



 10歩歩いては休み 10歩歩いては休み・・。 休みながらでも歩くと 少しは 前に進みます。 あ
まりにしんどく 倒れそうだったので 途中で 岩に腰を降ろし 5分ほど休みましたが こんなことは
初めてです。 雑木林で 見晴らしもなく 何所を 歩いているのか? 意識も朦朧として・・・。
あの山ちゃんでも 隣の七種槍で しんどかったそうですから 相当暑かった?



 写真を撮りながら 休みながら 岩を越え ガレ場を越え・・・。 何所かに滝見台への分岐が あり
ましたが パス。 一歩一歩進み 10:39 やっと そうびろ山との分岐にきました。 ここに 山頂ま
で 10分とあったので 少しは 元気になったかも・・。 分岐の上は 木が切られ 展望台になってい
て 七種槍の鋭鋒が 目の前です。 山頂で 会った加古川のIさんに 右奥の山が 笠形山であること
を教えてもらいました。 ひと登りで 山頂かと思いきや 少し下って また登ります。



 10:48 やっとのことで 山頂に。 下の分岐から 9分。 登山口から 1時間30分かかりました。
加古川のIさんは 1時間20分?と言われていましたから めちゃくちゃ遅かった訳では ないかも・・・。
山頂で ひと休みすると 少し元気になりました。 薬師如来の超速効性 疲労回復薬のお陰?
 モヤにかすんでいますが 南は 以前より 見晴らしがよくなったかも・・。 七種槍方向は よく見えま
す。 二等三角点:薬師峯と 薬師如来像を撮って 地獄の鎌尾根を見るため 西へ降ります。 



 西尾根は ロープの急下りあり 岩場ありで 歩きやすいとは言えませんが 2、300m降りると
岩場があり 鎌尾根の展望地になっています。 西に 播磨富士といわれる明神山がそびえ 裾
が南へ流れる 雄大な眺めです。


 手前に地獄の鎌尾根の岩壁が ありますが 残念ながら 手前にあるクリスマスツリーのような大木
が 邪魔して すっきり見渡すことができません。 いつまでも 佇んでいたいところですが そうもいき
ません。 写真を撮り しばらく休み 11:06 重い腰を上げ 引き返します。



 山頂へ戻ると 男の人が一人 写真を撮っていました。 山を教えてもらいながら すっかり話し
込み 延々と 1時間近く 立ち話をしたでしょうか? 南に かすかに見える高御位山、その左の城
山の南から来たそうで 加古川のIさんだそうです。 山のことを よく知っている人と 話すのは 楽
しいものです。 何を話したか 全然 覚えていませんが・・・。
 


 山頂の一段下から かすんで はっきりしませんが 雪彦山の岩壁が見えるそうです。
また 下の方に見える茶色い屋根が 七種神社で その左の岩が 七種滝だそうです。


 散々話し込んで 降りようとすると また 一人登ってきて・・。 Iさんと知り合いのようです。 また
しばらく 話し 12:30 下山。 後から来た人は 屋外活動センターにある尾川さんの写真で 男
女5、6人写っている 左手前の人かと 思うのですが・・・。
 ずっと 急な下りで 木を掴んで 滑べりながら 降ります。 降りるときは 滑らないよう 慎重に降り
たので 尻もちは 1回だけ・・・。 どんどん降りたので 写真を 撮る暇もありませんでした。
 13:01 登山口に下山。 山頂から 30分ほどで 降りました。 13:16 駐車場に戻ると 私の
車1台だけだったのに 6台に増えていました。 隣が 山ちゃんたちの車で その隣が Iさんの車で
す。 炎天下で 車はチンチンに焼けています。 下の活動センターの日陰に 車を移動し 弁当を
食べましたが こう暑くては 食欲もありません。 13:38 帰路につきます。


 ここまで来たら 応聖寺(おうしょうじ)に寄らないと・・。 今の時期 沙羅双樹の花が咲いている筈で
す。 県道を下り 高岡で左折して 県道407号線を 約900m西へ進み 道標で右へ入ると 応聖寺の
無料駐車場があります。 上は 観光バス用の駐車場で 今の時期 あちこちから 観光バスで 来るので
す。 屋外活動センターから 3.6km。




 応聖寺は 白雉年間に開かれたそうですが ひょっとして 開祖は 法道仙人? 庭園は 県指定の
文化財で 庭園が造られたのは 宝永~元文年間(1704~1741)と考えられ 本堂・書院の背面
斜面を築山として 山裾に 細長い池をめぐらす 池泉鑑賞の庭である・・・。



 私が着いて しばらくすると 観光バスが2台来て 狭い境内に 人があふれ ゆっくり できません。
肝心の沙羅双樹の花(ナツツバキ)は 午後になると 日差しに照らされ 萎れそう。 地面に落ちた
花は 枯れているし 京都の妙心寺・東林院のように 地面は 苔に覆われていないし・・。 おまけに
私のカメラは いい加減なピントで 写すし・・。 写真は 何枚も失敗。
 沙羅は 蕾が多くあるので しばらくの間 楽しむことができそうです。 こう かんかん照りで 暑い
と 諸行無常の響きも感じられないし 沙羅双樹の花の色も 冴えませんが・・・。




 庭園をひと廻りし 花を撮り 14:18 帰路につきます。 県道を戻り 福崎駅の横を真っ直ぐ進
み 14:33 福崎北ランプから 播但道に入り 14:45 花田ICを出て 姫路バイパスへ。 播但
道は 14.5km、400円。 15:33 家に 帰ってきました。
本日の走行距離は 往路:45.4km 応聖寺まで:3.6km 復路:45.4kmで 計:94.4km
でした。 きょうは 暑~い一日でした。 山で 熱中症で 倒れなくて 良かった。



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五峰山 ごぶさん 258m

2011-06-21 15:47:42 | 山歩き
 6月21日(火)  天気:曇り 後 晴れ   室温:30.2℃ 暑い  地図:西脇

 きょうは 久しぶりに 天気が良かったので 近場の低山・五峰山 を歩いてきました。 二等三角点:光明寺
です。 先日のNHK『新兵庫史を歩く』 「北播磨の御仏たち」の光明寺も訪れたいし やまあそさんの1月15
日の五峰山レポの役行者像も見たいし・・。 「はりまハイキング」では ”播磨の高野山” と紹介されていま
す。 もちろん 帰りに 闘龍灘へ寄りました。 歴史の一端に触れながら歩き 汗をかきました。
 五峰山は 宿尾、明星が辻、経の尾、大岩、弥木揚 の五つの峰から成るそうですが 五つの峰はどれ?
光明寺を 開いた法道仙人は 雲の上から見て ハスの花に 見えたそですが・・・。


 9:02 出発。 平日なので ゆっくりです。 姫路バパスを走り 9:27 花田ICから 播但道に入り 9:37
福崎ICで 中国道に廻ります。 中国道を 20.8km走り 9:50 滝野社ICを降ります。 播但道は 400
円、中国道は 450円でした。 料金所を抜けると 正面に五峰山が 見えます。 五峰山を見ながら 真っ直ぐ
山へ向かい 山道を登ると 終点が 光明寺の駐車場です。 10:01 駐車。 家から61km。 南の播磨
中央公園から光明寺の東麓にかけて 新しい道路がありますが 地理院の地図には 描かれていません。



 駐車場から かすかに見える雄岡山を眺め トイレの横の案内図を見て 参道を上がります。 案内
図によると 参道を真っ直ぐ進むと 一番奥が 本堂です。 途中 大慈院から 「カワラケ投げ」に廻り
参道へ戻り 本堂へ行くことにしました。 セメント舗装の急坂で 滑らないよう 箒目が付けてあります。
手水舎で 手をすすぎ 地蔵堂で 手を合わせ 先へ進みます。 ここからは 原生林に覆われた急坂で
一息一足が 六根清浄、背負うた業が 消えていきます。



 参道には 霊場巡りの石仏が 並んでいたので 上で 29番松尾寺の馬頭観音を探したのですが
やっと 探し当てた 29番は 松尾寺ではなく 四国88カ所霊場巡りだったようです・・。



 地蔵堂の上が 塔頭多聞院で 庫裡本尊は 薬師如来。 ここに 毘沙門堂があり 毘沙門天と
脇士に 善賦師童子と吉祥天を安置。 多聞天=毘沙門天 の関係でしょうか?
その上が 塔頭遍照院で 本尊不動明王と如来坐像が安置されているそうです。
向かい側に 塔頭大慈院があり 本尊は 阿弥陀如来。 内部には御影堂、二重塔があります。




 左に ぼけ封じ観音像があり ボケが進まないよう 丁寧に お参りしますが この観音さまが 妙に
なまめかしく お祈りに集中できません。 大慈院を出て 「カワラケ投げ」に向かいます。 参道を離
れ 山道です。 「カワラケ投げ」は なくなったのか 道標は 「みはらし台」となっています。 「カワラケ
投げ」 とは 厄除けなどの願をかけ 高い場所から 素焼きや日干し土器の酒杯や皿を投げる遊び
で 京都の神護寺が発祥の地?
 みはらし台は 2ヵ所あります。 木製のベランダ風のみはらし台から 南側が大展望で 雄岡山や
淡路島を望むことができます。 右には 五峰山、鉄塔2も見えます。



 みはらし台から 山道を歩いて 参道へ戻ると 塔頭花蔵院。 本尊・不動明王が安置されている。
きれいなお庭で 左隅には きれいな苔があります。 きれいな白壁に沿って進むと 仁王門。
額には 五峰山と書かれています。 残念ながら 京の大仏師・松久宗琳により修復された像高八尺
の仁王さんには 赤い格子があり はっきり 見ることが できません。
 仁王門を潜ると 右にあるのが 文殊堂。 このお堂は 天和二年に再建。 等身大の文殊菩薩出
家坐像が 安置されている。 この寺の諸堂の中で 最古のもの。 正面の唐破風の向拝は 新たに
増設されたもの。
この前のテレビにあった 「蟇かえる股」 や 「木鼻」 を いろいろ撮りましたが 残念ながら・・・。



 鎮守社の奥が 常行堂(阿弥陀堂)で 元禄十四年から宝栄年間にかけて 再建されたもの。 きょう
は 五円玉を多く持って来たので 各所で お賽銭を入れ お祈りします。 常行堂の 左の石段を上が
ると 本堂前の広場に出ますが まず 右の梵鐘堂へ上がり 鐘を 一回撞きました。 お堂は 寛保二
年(1742)に建立。 鐘の外面の菩薩像は 東大寺の正面の六角燈籠の妙音菩薩を写した美術梵鐘
で 昭和33年に再鋳されました。 法音は 大きく山に響き 余韻は 長くして 空に消えます。


 本堂の右には 大きな宝篋印塔があります。 高さ6m、台石は 2m四方で 元禄二年の再築。
先端の宝珠から四隅の笠に鎖があります。 こんな立派な宝篋印塔を見るのは 初めてです。
やっと 本堂に着きました。 この本堂(金堂)は 大正十四年 故武田五一博士の設計により 鎌倉
時代の建築様式をもって 再建されたものだそうで 屋根は 入母屋・銅板葺きの造りで 九間四面(
270㎡)の広さをもつ。 正面には 四本の向拝柱があります。 内陣の宮殿には 法道仙人の作と
伝えられる 本尊・千手十一面観世音菩薩が 奉安されているとか・・。
 本堂のある辺りが この辺りの最高峰・宿尾の峰だそうです。


 本堂の裏に 「光明寺合戦本陣跡」 の石碑があり 一段高いところが 本陣跡。
光明寺合戦は 貞和四年(1348) 吉野焼討ちで 南朝を制圧した北朝方では 足利尊氏、直義
兄弟の争いが表面化した いわゆる ”観応の擾乱” である。 中国筋平定のため 書写山に寄った
尊氏を討つべく 石塔頼房は 五千騎余りで 光明寺に陣を構え 八幡(京都)の直義に援軍を求めた。
それを知った尊氏は 援軍の来る前に打ち破ろうと 一万騎を率い 光明寺を囲んだ。
 観応二年(1351)二月四日のことである。 尊氏は 引尾山、高(こうの)師道は 鳴尾山、赤松則
佑は 八幡山に 陣を敷いた。 仁王堂や東坂で 激戦が展開されたが いずれも 寄手(攻めて側)が
敗れた。 両軍の対峙は 10日におよんだが 城方の後詰(後方に待機している軍勢)が 迫ったの
で 寄手は 摂津まで軍勢を引いた。 後 尊氏と直義は 和睦し 帰京したが・・・・。
  
   古戦場 五峰の山寺 緑映え 諸行無常と 鐘の音ひびく   三郎



 本陣跡から 尾根を西へ進む道が ありそうでしたが 地図を持っていないので 案内図にあった道
を辿ることにして 常行堂の横へ戻り 道標のある所から 山道を進みます。 案内図にある通り 全
山 見事な照葉樹林におおわれ 県森林浴場に指定されたハイキングコースです。 赤い火の用心の
札が ありましたが 巡視路? 谷へ降りると 鉄塔2へ行けるのでしょうか?
 見覚えのある分岐に出ました。 古い国有林の朽ちた標柱があり 新しい「←扇山登山口」の道標も
あります。 左へ進みます。


 擬木階段を登り 尾根に出ると 道標のある分岐。 左:扇山登山口 右:みはらし台 とあります。
直ぐ上が みはらし台のようなので とりあえず 右へ登ってみました。 少し登ると 開けた所に 出
て 三角点がありました。 前は ヤブの中に 三角点が 埋もれていましたが・・。 ベンチもあります。
みはらし台といえ 見晴らしは ありません。 さっきの道標の 扇山は ここでは ないようです。



 二等三角点:光明寺を撮って 分岐へ戻り 左の扇山へ進みます。 ササが茂った細い道を進む
と すぐに鉄塔に出ました。 雑木に囲まれ 景色は見えませんが ここは 十字路になっています。
南へ降りてみました。


 黒いプラ階段の急下りを 2、30m降りると 伐採地に出て 送電線の延びる先に 鉄塔があり
南の景色は パノラマで 下に 池が二つ見えます。 見える景色は 箱庭のよう・・。
鉄塔へ戻り 今度は 東へ降りました。 雑木林を降りると なぜか 鎖の手摺が・・。 遊歩道?
なだらかに歩いていると 左上に 何かありそう・・。 上に上がると 岩が数個転がり その一つに
役行者の像がありました。 やまあそさんの写真が 大きかったので もっと大きいものかと 思いま
したが 小さいものです。 顔が長く やや寝とぼけた表情に見えます。


 少し下へ降りると 岩の露出する岩場に出ます。 東に 山並が 見わたせますが 二等三角点の
三草山は見えているのでしょうか? 見えているとすれば 右奥の平らな山でしょうか? 景色を
眺め 引き返します。 鉄塔2へ戻り 北へ降りてみようか? きょうは 冒険する日ではないし・・。
 道標に 「扇山登山口」 はありましたが 歩いたルートに 「扇山」 は ありませんでした・・・。
登山口辺りを 扇山 というのでしょうか?


 来た道を戻り 参道を 滑らないよう慎重に 下ります。 駐車場手前まで戻ると 役行者の表示が
あり 参道から ちょっと 入ったところにも 役行者像がありました。 わざわざ 岩場まで脚を伸ばす
こともなかった? 本日の行程は 2時間10分 でした。


 12:22 駐車場に戻り 帰路につきます。 そうそう 「闘龍灘」 に寄らないと。 県道に降りて
左折して 北へ進みます。 今日もまた 早とちりして 一つ手前の信号で曲がり 滝見橋に出て・・。
一つ北の信号・滝で 曲がると 闘龍灘の駐車場があります。 闘龍灘は 雨の多い時期なので
水量が 多いかと思いましたが 意外と 水量は少なく 迫力に欠けます。



 右岸側の幅10mほどが 落差1mの滝になっています。 この前の 「新兵庫史を歩く」 では 参
加者が 闘龍灘が 一番良かったと言っていましたが・・・。 もう アユ釣りは 解禁になったのでし
ょうか?
闘龍橋に寄ると 橋の欄干で アユが 飛び跳ねています。 マンホールの蓋も アユッキーです。



 13:15 帰路につきます。 東へ進み 国道175号線に出て 右折して南へ進み 13:21 滝野社
ICから 中国道に入り 途中 加西SAでラーメンを食べ 13:53 福崎ICで 播但道に入り 14:03
花田ICを抜け 姫路バイパスを走り 14:43 家に 帰ってきました。
本日の走行距離は 往路:61.0km 闘龍灘Pまで:3.6km 復路:62.0kmで 計:126.6km
でした。  きょうは ほんとに 暑い一日でした。 家に帰っても 室温は 30.2℃でした。



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新兵庫史を歩く

2011-06-18 12:32:13 | 日記
 6月18日(土)  天気:曇り 後 雨   室温:26.7℃

 きょうは 5時半に起き 6時半には 出発の準備ができたのですが 天気予報は傘マークで 今にも雨
が降りそう・・・。 高速を使って 但馬まで行って 雨に降られるのは 忍びないので 山は 諦めました。

 昨晩 テレビを見ていると 10時から 新聞の番組欄には 載っていない番組を 放送していました。
しっかり見ていませんが 第20回 『新兵庫史を歩く』 だったか? 副題は 「北播磨の御仏たち」で
今回は 加古川の東、加東市を 観光バスとウォーキングで めぐるルートでした。

 御嶽山・清水寺へ バスで上がり 境内を散策。 下鴨川の住吉神社へ行き 本殿の軒下の ”蟇股かえる
また”や ”木鼻”を見て 「やしろ鴨川の郷」へ行き 昼食。

 国宝の本殿は 保存工事中の朝光寺へ。 仁王門とツクバネの滝を見て 下三草から三草山合戦の三草
山を仰ぎ見て 源義経に思いをはせ 加古川の闘龍灘を見て 五峰山・光明寺へ登りますが 光明寺への
急坂の登りが 難関です。 光明寺は 法道仙人が 雲の上から見て ハスの花の形に見えた?
『太平記』の足利尊氏・光明寺合戦を学び 文殊堂の木鼻を愛で 暇な人は 二等三角点:五峯山258.4
mを踏むもよし。 さらに 時間のある人は 麓にある「歴史民俗資料館」に 寄るもよし・・・。

 観光バスもないし 大学の先生の添乗・説明もありませんので 詳しい歴史に触れることは できないと
思いますが 車で巡ることができそうなので メモして 引出しの奥に仕舞っておきました。




これとは別に 「加東の遺産10ヵ所」が 選定されていて 順不同で
 1.闘龍灘と鮎漁
 2.安国寺と足利義教の首塚
 3.上鴨川住吉神社と神事舞
 4.観音寺と赤穂義士菩提寺
 5.清水寺と巡礼
 6.五峰山光明寺
 7.佐保神社
 8.朝光寺と鬼追踊
 9.東条湖と秋津富士
10.三草山と丹波道
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竜山 たつやま 92.4m

2011-06-15 13:52:47 | 山歩き
 6月15日(水)  天気:曇り   室温:28.3℃   地図:加古川

 この週末も 天気予報は 芳しくありません。 山へ行けるかどうか? 仕方ない、今のうちに行って
おきましょう。 という訳で きょうも近くの低山 高砂の竜山へ登ってきました。 生石(おうしこ)神社に
車を置き 神社にお参りし 浮石を拝み 竜山へ登りました。 二等三角点:石宝殿です。


 9:03 出発。 この時間になると 姫路バイパスもスムースに走れます。 高砂西ランプを降りて そ
のまま国道250号線に入ります。 ソーローの私は 左に見える岩山の伊保山を 竜山と勘違いして ひ
とつ手前の信号で 曲がってしまいました。 転んでもタダでは起きたくない性分なので 住宅街にあった
白矢薬師如来堂に寄り ひと廻りして 国道に戻り 竜山の信号で左折。 細い道を登り 9:47 生石
神社に駐車。 ここまで 27.8km走りました。



 山は さておき まず 生石神社にお参りします。 一礼して鳥居を潜ると 手水舎があり 龍の口から水
が滴っていて 気持ちがいい。 神様は 起きておられる。 手水鉢に 水が流れないと 神様は寝てしまう。
 生石神社は 崇神天皇の御代(97年) 日本全土に 悪疫が流行して 人民死滅の境にあるとき ある夜
二神が天皇の夢枕に現れ 「吾が霊を斎き 祭らば 天下は 泰平なるべし」 とのお告げがあり 依って 此
所に 生石神社が 創建されたのである。 祭神は 大已貴神(おおなむちのみこと、生石大神)と 少彦
名神(すくなひこなのみこと、高御位大神) 高御位山とは 少なからず 関係がありそうです。


日本三奇・史蹟 播磨国石乃宝殿 鎮の石室(いわや)とは
 神代の昔 大穴牟遅(おおあなむら) 少毘古那(すくなひこな)の二神が 天津神の命を受け 国土
 経営のため 出雲の国より此の地に座し給いし時 石の宮殿を造営せんとし 工事を進めらるるも・・
 (中略)・・・たとえ 此の社が未完成なりとも 二神の霊は この石に籠り 永劫に国土を鎮めんと
 言明せられたのである。 以来 此の宮殿を石乃宝殿、鎮の石室と称して居る所以である。



鎮の石室(通称 浮石)の容姿と工程
 鎮の石室は 三方岩壁に囲まれた巨岩の殿営で 池中に浮く東西に横たわりたる姿である。
 その容積は 約7m四方で 棟丈は 約6m。 重量は 500~700トンと云われて居る。
 此の工事に依って生じた屑石の量たるや 又 莫大であるが この屑石を人や動物に踏ませじと
 一里北に在る霊峰・高御位山の山頂に 整然と捨て置かれて居る。 
 池中の水は 霊水にして 如何なる干魃に於いても 渇することなく 海水の満干を表はし 又
 万病に卓効有るものと云ひ伝へられている。



では ここで 歴史秘話を・・・・・実は 「生石神社略記」 に書いてあったのですが
 天正七年(1579) 羽柴秀吉が三木城攻略の折り 神吉城も落とさんとして 当神社を陣所に
 貸与せよとの申出に対し 兄の城を攻める(時の宮司は 神吉城主の弟)陣所には貸さぬと拒否
 したるため 秀吉の怒りに触れて 焼き撃ちに逢い そのため 神社伝来の凡てが 一瞬にして
 灰燼に帰したのである。 そのとき焼け残った梵鐘は持去られ 後日 関ヶ原の戦に 西軍・石田三成
 の勇将・大谷吉隆が陣鐘として使用したるも 敗戦の結果 徳川家康が戦利品として 美濃国赤坂
 の安楽寺に寄付し 敵将ながら 実に惜しむべき武将であると 慨嘆し 朝夕この鐘を撞いて 未来永劫に
 吉隆及び戦歿者霊を慰めよ とのことであったと云われている。 現に 大垣市の指定文化財として
 保存せられ 鐘の表面には 当生石神社名が 刻銘さる。



 本殿の脇にある霊岩を 力いっぱい押すと パワーがもらえると ありましたが・・。 境内から加古川の
景色を眺め 岩に削られた階段を上がり 神社の裏山に上がります。 裏山は 宝殿山と言うのでしょう
か? 平坦な岩山を北へ進むと 正面に高御位山の山並が望めます。 宝殿山の西斜面の木が 黒く
なっていましたが 山火事跡? 下の写真は シチダンカかと思いましたが 違うようです。 失礼をば・・。



 西の伊保山を見ながら 降りました。 10:26 車に戻り 竜山へ向かいます。 大鳥居の向かい側
に 草に埋もれた細い山道があります。 初めは 雑草の茂ったヤブ道ですが 直ぐに 良い道になります。


 地図の通り 左は採石場で 絶壁です。 ここを歩くときは 内股が涼しく 縮み上がり 馬ノ背を
歩くと 須磨アルプスを思い出します。 この先は 右が絶壁です。 これを過ぎると 雑木林に入り
絶壁が見えなくなり 悠々と歩けます。


 開けたところに出ると 右のコンクリの階段を降ります。 ここに 大岩に 「観涛処」 と刻んだ碑石が
あります。 中国伝来のものかと思いましたが ”波の見えるところ” という意味の文字で 旧姫路藩の
蘭学者?書家?の永根文峰が書いたものを 河合寸翁(姫路藩の家老?)が刻ませ 天保七年に完
成。 この山は 加茂山? ここは 展望台で 波は 見えませんが 瀬戸内海の家島を見ることができます。
登山道に戻り 先へ進みます。 丘のような 古墳跡は 歩いては いけないそうです。


 山頂へ向かって 緩く登る辺りでは 木々が黒く焦げていましたが この辺りでも 山火事があったので
しょうか? 10:53 山頂に出ました。 一面草の茂る広い草原で 三角点は 道の脇の草に埋もれて
いました。 最近 地理院のGPS測量が 行われていますが チップはありません。 街中にある三角点
にしては 疵のない きれいな三角点でした。



 北を除いて ほぼ270度の展望があります。 雨の降りそうな曇り空で モヤがありますが 茶色い山肌
の男鹿島や淡路島は 見ることができます。 目の前に電波塔が 一本 立っていて 後方には 新幹線が走
り 騒音もよく聞こえます。 電波塔のフェンス脇に 「魚崎横居跡」 の標柱がありましたが 山頂一帯も
古墳なのでしょうか?  雄・雌岡山は?   山頂を10分ほど うろついて 10:58 下山。



 以前 来たとき 伊保山霊園の主人は 石切職人が居ないので 石が切り出せなくなったと 言われてい
ましたが 伊保山採石場では 重機が 稼働していますが 今でも 石の需要が あるのでしょうか?
来た道を そのまま戻り 11:20 車に戻りました。 登りは 27分、下りは 22分でした。
神社の庭に 白と紫のホタルブクロが あります。 つい 花の中を 覗いて見たくなるのは 私だけ?




 11:26 帰路につきます。 細い坂道を500mほど下り 国道250号線に出て 右折。 西へ
走り 国道が 合流したところで 姫路バイパスに上がり バイパスを走って帰りました。
途中 寄り道し 弁当を買い 12:32 家に 帰えり 家で 弁当を食べました。
本日の走行距離は 往路:27.8km 復路:25.9kmで 計:53.7kmでした。



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