荒巻豊志の整理されないおもちゃ箱

日本一下手なドラマーです。仕事の話をすることはこのブログではめったにありません。

40半ばにしてAKBにハマる(9)~握手会への道6~

2011-02-28 16:10:07 | 「AKB48」
うーん、この修羅場、最高だ!。さながら野戦病院といったところだ。泣いている子どもがいるわ、バカ学生たちがはしゃいでいるわ、阿鼻叫喚の地獄絵図というにはおおげさだが、そういってもおおげさではない。さわやかな風が舞う屋外とはうってかわって暑苦しく臭い。
 握手会場は最上階らしい。そちらに上がったが最後、握手をするまで戻れないみたい。いったん外に退却し、準備を整え、オーロラビジョンをみるといよいよ7000番台。この段階で14時をすぎる感じだった。ここからまた時間がかかるのだろうが、第一部のメンバーとは握手ができそうだ。というより、もともと第一部の大島優子と握手をするためにきたようなもんだ(1)。
 気合いを入れて最上階にあがる。布袋のAXライブでもまれるのはなれてるぜ!とばかりにズンズン前に進み、よくわからんけど、大島優子のレーンにたどりつく。ちなみに後で知ったことだが、俺はひどいわりこみをしていたらしい。といってもどこが最後尾かわからないんだから不可抗力だ。
 みてると、握手の時間は2、3秒あるかどうかだ。1秒の場合は、2秒の場合は、などとあらゆるパターンを想定していたので、すばやく2往復の会話をかわして、ハイ、オシマイ。
 朝の7時から7時間並んで2秒の握手。たまらん!、この感覚。
 俺の手元にはあと3枚の握手券が残っているが、1万番台と2万番台が2枚。これじゃ、2回目は無理そうだな。15時半までは競馬場にいた。実はこの日、Appleのデスクトップパソコンがやってくる日で、家に帰らなければならなかった。15時半の時点で10000番台には突入していたが、無理をせず撤収。まぁ、一回でも握手ができたんだからよかった。それに残っていても第二部のメンバーはよく知らないし。
 しかし、気になったのは、はたして今日中に握手が終わるのだろうか?という疑問だった。途中で知り合った人と話をして50000番台という人もいた。「どうみても今日中には無理だろ」。どうなることやら・・・。
 帰る間際に第二部のメンバーが確かアナウンスがあったと思うのだが、その中に高城亜樹の名前があった。「確か第一部から握手してたはずだぞ。大丈夫なのか?。体はもつんだろうか」。このよけいな心配意識から高城亜樹という人物に興味がわくことになったのがこの日の副産物だった(2)。それが、後日個別握手会で高城亜樹のところにいくことになる理由である。
 土砂降りの中の野外ライブにはじまった怒濤の三連休がこうして終わった。使わなかった3枚の握手券は記念としてとっておこう。そう決めて家路についた。

 握手ができなかった参加者が大量にいたようで(あたりまえだろう)、後日、競馬場での握手券をもってくればどこでも握手できることを知った。「よし、またいってやる」。お楽しみはこれからだ!。

この項 了

(1)なぜ大島優子が好きになったのかというと、10月9日の夜にテレビではじめてAKB48をみたときのことだった。三軒茶屋にいるときは、銭湯に行くことが多い。この日はAKB48東京秋祭りの初日だった。帰ってきて銭湯に行くとなんとAKBがでているではないか?。なるほどハイスクールという番組だった。1時間ほど前に見ていたメンバーがテレビの中にいるのは不思議な光景だった。録画なのだから当たり前と言っちゃ当たり前なんだが。
 とても面白い番組で、東京秋祭りとあわせて本格的にAKBにはまり込んだのはこの10月9、10、11の三連休であったことは間違いない。すでに番組は開始20分くらいは経過していたが、銭湯のババァとけらけら笑いながら風呂に入るのも忘れてずっとみてた。当然、ババァはAKBなど知る由もなく、AKBスーパービギナーの俺がいろいろと「これは、みいちゃん、これは優子」などと知っているメンバーをレクチャーしていた。この番組でとても気になったのが大島優子だった。2010年の選抜総選挙で一位になったときの映像をみても何にも思わなかったのが、この番組で大好きになってしまった。
(2)俺がAKB48のメンバーを尊敬するのはこの握手会に耐える精神力だ。絶対に俺にはできない。

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