荒巻豊志の整理されないおもちゃ箱

日本一下手なドラマーです。仕事の話をすることはこのブログではめったにありません。

音楽の違法ダウンロード

2011-02-27 21:01:51 | 趣味
ワイドショーでなにやら音楽違法ダウンロード禁止キャンペーンのイメージキャラクターに佐々木希が選ばれたということをやっていた。音楽の違法ダウンロードについて、ほとんどよくわからないが雑感を。
 有料でダウンロードせずに無料でダウンロードすれば当然ながら、作詞/作曲者に収入が入ることはない。そうなれば彼らに収入が確保されず楽曲を作っていくことはできない。したがって結局はリスナーにいい楽曲が提供できず、損をするのはリスナーだということになる。だから違法ダウンロードはやめましょう、というのがいいたいことだと思われる。
 確かにそのとおりかも?。しかし、この違法ダウンロードということについては2010年の1月に禁止法が制定されたにもかかわらず罰則規定がないというなにやら隔靴掻痒の感を免れない。本気で禁止したいのならば罰則をつけるべきだろう。
 まぁ、法律の世界なんてそんなもんだから、その話はおいときましょう。違法ダウンロードとはなにかということを少し考えてみたい。
 まっさきに俺が思い浮かべたのはエアチェックだ。子供の頃、FMラジオをつけっぱなしにしていて勉強したり本を読んでいたとき、気に入った曲がかかりそうになるとラジカセの録音ボタンにさっと手をかける。曲が始まる寸前に録音ボタンを押す。こうして「違法ダウンロード」のいっちょあがりだ。だいたい高校生までの間なんておこずかいすらろくにもらえない。シングルレコード一枚700円。LPアルバムが2500~3000円。月のおこずかいでアルバム1枚を買ったら何も残らない。そんな中でエアチェックでもしなけりゃ音楽をたくさん聴くことなんかできやしない。
 クラスで誰かがあるアルバムを買ったら、だいたい、そいつんちにいって同じアルバムを6回くらい聴く。どういうことかというと6人分の録音をするということだ。こうなると、次第に自分が聴きたいから聴くということを超えてみんなにも聴かせるという意味合いが付加されるために、買うレコードが決まってくる。あいつはナイアガラグループ(大滝詠一たち)ね、俺は松田聖子ね、などというように。ちなみに東京に出てきたときにびっくりしたのは中古レコード市場が充実していたことだ。福岡の片田舎ではレコードなんて新品でしか買うことはできなかった。
 いかに音楽に触れるためにはお金がかかることか。FMラジオからのエアチェックはとてつもなく重要だった(AMラジオは音質が悪くステレオじゃなかった)。ちなみに貸しレコードが登場するのは自分の記憶では1983年、つまり、俺が東京に上京してきた歳だった。(もっと前からあったのかもしれないが福岡にいたときには知らなかった)。
 昔話はこれくらいにしておこう。違法ダウンロードの話だ。このFMラジオのエアチェックは違法ダウンロードとはいえないのだろうか?。こういうと、「昔はデジタル化が進んでいなかったのでダビングするたびに音質が劣化していたが、今はいくらダビングしても音の劣化が少ない。だからだめなのだ」という反論があった気がする。しかし、これは孫コピーがだめだといっているにすぎない。子コピー自体(自分が楽しむため)は許されるのか?。
 これらの分析のためには実は大量のデータが必要になる。インターネットでみつけられる範囲と記憶の範囲で考えていきたいと思う。といっても、本格的な分析は本が書けそうだから定性分析にとどめる。
 まず、1980年代前半に年間CD売り上げベストテンといえば誰もが歌うことができる大ヒット曲であった。30万枚売れればヒット曲といわれていた記憶がある。実際に1980年の10位は田原俊彦の「哀愁でいと」で70万枚、1981年の10位は松任谷由実の「守ってあげたい」で67万枚、1982年の10位は近藤真彦の「ふられてBANZAI」は53万枚、83年の10位はラッツ&スターの「め組のひと」は62万枚である。100万枚をこえるものは年に1~3枚程度。
 つまり、90年代の10年間は音楽バブルであり、今は音楽の縮小期に入っているのではなく、元に戻っただけなのではという解釈もある。これは津田大介などの解釈になる。そういえば津田がコメントしていた朝日新聞の記事を思い出した。
 98年の約6000億円のCD売り上げが2010年は2800億円と半減以下に落ち込んでいる。インターネットを通じた音楽配信は2009年で900億円と成長してきたが2010年は前年比減という結果になったことを受けて、「10年前に比べてCDを買ったことについて」というアンケートを実施したようだ。
 その結果は、というと。
 あたりまえだが、昔に比べて買わなくなっている人が圧倒的に多い。その理由としては、音楽を聴く事自体が減ったという回答が群を抜いている。つまり、違法ダウンロードとかでCDが売れないというのはそんなに影響がないということだ。
 まとめておこう。CD(昔はレコード)を買う層は一定限度しかいない。CD(昔はレコード)を買わないものはテレビやラジオで全然かまわない。それが90年代になると、元々CDを買わなかった層が買うようになったためにミリオンセラー続出ということになった。今は、昔に回帰してただ買わなくなっただけ。それはYou Tube やニコニコ動画ですませるようになったことは確かにある。でも、違法ダウンロードのせいとはいえない。
 津田大介は、音楽に興味を持っている人は多いが多様化していて、日本の音楽業界がそれをとりこめていないという考察をしている。記事を書いた記者は読者の投稿をもとに、いい音楽を作れば売れるはずだ、と述べている。
 俺としては、これからどうすればいいか、ということにはあまり興味がない。なぜ90年代に音楽バブルが生じたのかをつきつめたほうがいいと思っている。しかも面白いのは80年代後半はレコード売り上げでミリオンセラーが出ない冬の時代だったところだ。このあたりの考察は時間をかけてゆっくりやってみたいと思っている。

40半ばにしてAKBにハマる(7)~握手会への道4~

2011-02-27 18:21:47 | 「AKB48」
自分には何か変なところがある。スーパーで買い物をするとき、並ぶことにとてつもなく苦痛を感じる。スーパーだけではない。何をするにも並ぶということがとにかく嫌だ。待つ、という行為も同様だ。したがって、お店に入るのも空いているお店ばかりになる。ところがいくら気に入った店ができても、すぐにつぶれてしまう。あたりまえだ。客が俺しかいないような店が成り立つわけがない。
 しかし、この数ヶ月で大きくかわったことがある。並ぶという行為に苦痛を感じなくなってしまった。いや、並ぶという行為それ自体が楽しみになっているかもしれない。むかーしむかし原宿のクレープ屋に並ぶ女性の列をみて馬鹿だなぁと思っていたことに、自分が一番馬鹿だったのかもしれないと思っている。
 さて最後は①の全国握手会。これは3回参加した。とにかく面白すぎて腹を抱えて笑ってしまう。こんな体験は人生ではじめてだった。
 1回目は10月に東京競馬場で行われた「ヘビーローテーション」の全国握手会だ。これは渡り廊下走り隊のどうでもいい(と言っちゃ失礼だが)握手会ではなく、俺が本格的に参戦した握手会となった。東京競馬場は自宅からさほど遠くない。バイクで15分程度か。2チャンネルなどで握手会の情報を仕入れる。何やら始発電車で並んだとしてもかなり厳しいらしい。いくら、徹夜で並ぶことを禁止されていても、徹夜をする若者は必ずいる。お祭り気分なんだろうね。俺も学園祭のとき、何の意味もないのに徹夜でくっちゃべってたもんね。
 朝起きる。ヤバい。すでに6時半だ。府中駅のバイク駐車場にバイクを止めて、7時には東京競馬場についたが、すでに長蛇の列ができあがっている。

 「マジかよ・・・」

 これが全国握手会!。こんな長蛇の列をみたことがない。もうここから一人笑いが止まらない。回りの人間が何をやっているのか人間観察してたり、読書をしてたり、暇をつぶす。確か8時から整理券の配布がはじまったようだが、列が動く気配がない。イベントは11時スタートのはずだが、はたして入れるのか?、不安が募る。
 列が動きだし、1分くらいシャカシャカ歩くとまた十分以上立ち止まる。これを繰り返しているうちになんとか競馬場入り口に到着。ここからがすごい。もう前へも後ろにも進めない状態で人並みにもまれながら前に進む。バイオハザード2でゾンビたちがわらわらと集まるような感じだ。
 整理券をもらったのが10時15分だった。競馬場は広くて気持ちがいい。のんびりすごす。すると、千葉からバイクでやってきたという高校生たちに話しかけられた。

男:ねぇ、チケット何番だった?。
俺:えーと、20000と21000かな(詳しい番号は忘れた)
男:そっかぁ。
俺:どうしたの?
男:いや、早い番号だったら交換してもらおうと思ってたんです。
俺:(そんな都合のいいことあるかよ)
俺:君たちどこから来たの?
以下略。ただバイクの話やらなんやらで少しもりあがる。
男:俺らAKBのイベントで知らない人とこんなに話がはずんだの初めてで嬉しかった。これあげる。

 ということでチケットを2枚くれた。7000番台と19000番台だった。なんだかよくわからんが、最初は学力の低いチンピラ学生と思ったが、とてもいいやつらだった。
 こんな話を延々と続けることは可能だ。なにせ、全てが初めての出来事で新鮮きわまりない。この日のことはほとんど全て記憶している。それを全て文章にするのは容易いが能がない。このへんでやめておく。

この項 了

プロとは何か

2011-02-27 18:04:48 | お仕事
東進ハイスクールから入試問題の解答作成を頼まれている。

もう何本かは作成して送った。

「先生、この解答なんですが、もう少し字数を増やしてもらえませんか」

俺:「いやです」

「そうですよね。」


そう、俺のことをよくわかっている。
だって、400字の問題で300字しか書くことがないなら300字で出すしかない。それだけだ。意味もないことを付け加えて400字にする必要などない。
どうせ、他の予備校の対面上だろうけど。しかし、400字で中身がない解答と300字でもビシッとした解答とどちらがいいかは勝手に判断してくれ。
俺の解答が良くて、他人の解答がダメな解答だと断言はしない。しかし、俺の解答が一番いいはずだと思って作っているのは間違いない。まぁ、最近はそこまで意地になるほどの出題はないがね。

人にとって、「プロ観」が違うことはわかっている。
俺にとって、まずプロとはごまかしがうまい人をさす。ところが何をごまかし、何をごまかさないかという境界線をしっかり持っていないやつはプロとは言わない。もっといえば、時間制約と金銭制約以外はその境界線がないものをプロと呼ぶ。このふたつの制約以外では妥協しない。妥協しないというのは言動一致のことを指す。

俺は普段から意味のないことを文章に書くな、といっている。ならば、自分が解答を作成するときに意味のないことを入れることはしてはならない。ちなみに意味のないことと無駄は別である。まぁ、この言葉遣いのニュアンスについては多言をしない。無駄にも意味のある場合があるということだ。

よくわからない?。

それでいい。プロというのは言語化できない、しかし、明確な価値観を持っていて、つまり、独自の用語の使い方ができる、そして、それを実行できる人を指す。

さて、続きを作るか。
東京大学以外の国立大学の世界史の解答はほぼ俺が作っています。
なぜ、東京大学の解答は作らないのかって。


それは大人の事情です。

40半ばにしてAKBにハマる(6)~握手会への道3~

2011-02-27 03:24:57 | 「AKB48」
 さて前回の続きだがいよいよAKB48本体の握手会に参加した話。①の個別握手会の話から。参加したのは『チャンスの順番』の個別握手会。AKB48を気になりだした『ポニーテールとシュシュ』のときには握手会の存在すら知らなかった。『ヘビーローテーション』のときもそうだった。それもそのはず。劇場版の予約は1ヶ月以上前からはじまる。『ヘビーローテーション』は8月17日に発売だった気がするが、ということは7月初旬には劇場版予約が終わっていたと思われる。『Begginer』が10月20日ごろに発売だったように思うが、これは9月初旬に劇場版の予約があったはず。この頃からAKB熱が高まっていってたわけで、個別握手会の名称自体をはじめて聞いた感じで、どうやれば購入できるかもわからなかった。したがって『チャンスの順番』がはじめての個別握手会となった。これがソロでファンを続けていくデメリットだろう。やはり友達がいればこういった情報が耳に入ってくるのも早くなるはずだ。
 『チャンスの順番』の劇場版をキャラアニで購入する。高城亜樹に2枚と入山杏奈に1枚。間違って購入したのではなく、意識的に同じCDを複数毎購入したのは人生ではじめてだった(1)。
 個別握手会はAKB内格差があらわになる瞬間である。人気のあるメンバーは一日中握手会にかり出される。90分ごとに1部から6部と振り分けられ、予約注文する側は何月何日の誰の第何部というところまで指定することが出来る。一方で人気のないメンバーは非部制といって時間指定が出来ない。どういうことかというと、予約注文の枚数で握手の時間帯が握手会直前になってはっきりするということだ。あたりまえだが、100人しか握手にこないのに8時間近く拘束させるのは酷というものだ。個別握手会におけるメンバーの人気についてはまたの機会に譲りたい。
 部制をとっているメンバーとの握手だが、これは握手するまでの待ち時間が非常に短い。俺は高城亜樹の第3部と第4部を購入し、第3部で握手をしてからベンチで読書をし第4部がはじまるとさっさと握手をして結局45分くらいで終了。握手時間は7秒らしい。まぁ、別に話したいことがあるわけではないし、なんかあっさりした感じだった。あとで触れる全国握手会とは雲泥の差だ。
 人気のないメンバーは握手会数日前になってスケジュールが発表されるが、人によっては1時間半程度のメンバーも入れば、6時間くらいやっているメンバーもいる。これは俺にとってはかなりリスクが高い。仕事の休みは少ないが、昼過ぎまでは毎日のようにあいている俺にとっては時間が決まっていないと予約をいれにくい。日を改めて仕事が休みの日に入山杏奈との握手会の予定をいれておいた。
 会場の東京ビッグサイトへ愛車のゼファーをかっとばす。到着までの所要時間は1時間くらいか。会場に入り、さっさと握手。う~ん、いったいなんのためにお台場までわざわざ来たのか?。往復2時間で会場にいる時間は15分。よく考えるとなんと効率の悪い時間の使い方か?。とはいえせっかくお台場にきたのだから、温泉いったりなんだかんだと楽しんだわけだが。
 これはまた項を改めてかいてみたいが、AKBのファンというのはソロは何かとさびしい。これで友人でもいたら会場でコミュニケーションでもとれるものの何もやることなくぷらぷらと会場の様子を見て回っただけ。それでも15分でおしまい。よくネット掲示板などでは「全国握手会にはもう参加しない、個別だけでいい」という発言がみられるが、俺の場合は全国握手会にはいくかもしれないが、個別はあまりにもつまらない。だからといって、これからは行かないとは言わない。その理由はまたの機会に話す。まぁ、認知をしてもらうことはどうでもいいので同じメンバーに複数枚を購入してループするようなことは99.999%ないだろう。わりといろんなメンバーが好きだから上限を10枚に限って10人と握手するという感じだろう。

この項 了

(1)『チャンスの順番』およびカップリング曲の『フルーツスノウ』は恐ろしく秀逸なポップチューンに仕上がっている。CDの売り上げは前作の『Begginer』よりも30万枚以上下がってしまった。やっぱり、楽曲じゃなくて握手券なんだよなぁと思ってしまう。『チャンスの順番』は個別握手会こそあったものの全国握手会がなかったことがこの売り上げ減の最大の理由であると断言したい。

徹夜でお仕事

2011-02-27 00:46:41 | お仕事
この仕事をしていると、毎年楽しいがつらいことが2日ある。それがこの2月末だ。

国立大学の入試が行われる。

「今年はどんな問題が出題されるんだろう』。ワクワク感がある。

というのは3年前くらいまで。すっかり、面白みがなくなった。結局は、解答速報とやらを作成するかったるさだけが残る。

明日の朝までに3大学分作らなきゃならん。でも面白くないから全くはかどらない。
SDN48の劇場公演にいって家に戻ってきて、まだ朝までは5時間くらいある。
気合いをいれれば、1時間半程度でできあがるはず。まぁ、ちんたらやりながら風呂に入ったり、テレビ見たり、ドラムの練習したり、となってしまうことは間違いない。

東京大学の問題だけは楽しみにしているのだが、昨年はひどいありさまだった。なにが東京大学だよっていいたくなるくらクズ問題だった。今年はというと、クズ問題ではない。しかし、あまりにも簡単すぎる。へそで茶がわかせるというのはこのことだ。

どれぐらい簡単かって?。
高校3年生になったばかりでも満点がとれるくらい。

もう期待するものはない。80年代から90年代にかけての出題なんて「参りました」としかいいようのない、まさに「完璧ぐ~のね」な作品が多かったのに・・・。

誰か仕事ください。この仕事はもう面白みがありません。