佃の渡し碑(中央区) 2014-08-26 06:02:18 | 日記 隅田川に自然に出来た中州が佃島です。徳川初代将軍の家康の時、摂津の国佃村の漁師を招 いて住まわせたところといいます。この島と対岸、現在の佃大橋西詰の付近との間を通ったの が「佃の渡し」です。 佃島大橋 明治9年7月には、渡し銭1人5厘の掲示札の下付を願い出ています。大正15年に東京市 の運営に移り、昭和2年3月に無償の曳船渡船となりました。この石碑はその時に建てられた といいます。昭和30年には1日70往復となり、昭和39年8月の佃大橋の完成で廃止まで つづきました。そうです東京オリンピックの年ですね。 « 空は秋 | トップ | 情けは人の為ならず・佃の渡し »
2 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 渡し船 (hibochan) 2014-08-26 07:49:09 歌にも唄われます 村の船頭さん矢切り渡しは 見たことありますがほか記憶なし みてみたい光景です 返信する hibochanさん (sanpo63) 2014-08-29 09:35:15 隅田川には 現在橋のあるところにはだいたい渡し舟があったようです。 人間はもちろん馬も同額の渡し賃だったとか。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
矢切り渡しは 見たことありますが
ほか記憶なし みてみたい光景です
だいたい渡し舟があったようです。
人間はもちろん馬も同額の渡し賃だったとか。