

太平山神社の南西に「謙信平」があります。これは戦国時代の頃、関東平野を競い対立した
越後の上杉謙信と、小田原の北条氏康は、当時の大中寺住職の虎渓和尚(こけいおしょう)の
斡旋により、永禄11年(1568)9月大中寺で和議を結びました。




その後、上杉謙信は太平山に登り、兵馬の訓練を行い太平山から南の関東平野を見渡し、あ
まりの広さに目を見張ったという故事から「謙信平」の地名が生まれたそうです。ここからの
眺めは抜群で、四季折々の花と秋の紅葉は素晴らしいと評判です。ここから太平山神社に向か
う眉剣坂に「天狗の投石」なるものがありますが、面白いですね。(写真ミスター麹町)



今日は太平山神社の南西に「謙信平」があり
その歴史を紐解いてと謂う事ですね
この神社 木々で鬱蒼として神秘さを感じます
戦国時代に上杉謙信と北条氏康が関東平野を競い対立していたのですね
それが和議を結び その後、謙信が山へ登り
この平を眺めたので この地名が・・・
血で血を争う時代 面白い話しが基礎に この平の名が・・・・
歴史、有り難うございました
謙信平とは 知りませんでした
麓の太山寺の枝垂れ桜印象に残ってます
上杉謙信はチャンスがあれば南進を狙っていましたね
天狗の投石 昔は天狗がいたのですかね。
江戸時代は江戸庶民も栃木までお参りに
来ていたらしいです。信仰されているのでしょうね。