散歩の時に見つけた!

東京都内を散策しますが、こんな所にこんなものがと再発見します。写真を添えて紹介します。

山の宿の渡し(浅草花川戸)

2014-03-27 06:23:08 | 日記
     山の宿渡碑

       現在の枕橋

 台東区の説明によると、明治40年(1907)発行の「東京市浅草区全図」は隅田川に

船路を描き、「山ノ宿ノ渡、枕橋ノ渡トモ云」と記入してある。位置は吾妻橋上流約250

メートル。浅草区花川戸河岸・本所区中ノ郷瓦町間を結んでいた。花川戸河岸西隣の町名を

「山ノ宿町」といったので、渡の名はその町名をとって命名。別称は、東岸船着場が枕橋畔

にあったのにちなむ・・とあります。  

 東京スカイツリー下を東西に流れる北十間川が、隅田川と合流する地点近くに枕橋がありま

すが、その上流の隅田公園は、江戸中期頃から墨堤と呼ばれました。なんでも八代吉宗将軍は

ここへ多数の桜の木を植えて、江戸庶民の「行楽地」としたといいます。花見の季節には多勢

の人々が来て「土手を踏み固める」ので堤が頑丈になる。同時に御府内から渡し舟で川を渡る

ので船頭も儲かると、ここまで計算したかどうかは分かりませんが。隅田川の両岸はたいへん

な賑わいだったといいますね。

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4 コメント

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嘗ての山の宿の渡し (晩節を行く農民)
2014-03-26 17:04:54
お邪魔致します

流石 お江戸ですね いろんな話が残っており
歴史探訪の好きな方にとっては持って来いですね

山も無いのに何でこの様な渡しの名がと思いましたが・・山ノ宿町と言うのが嘗てありそれでこの様な渡の名が・・・

八代吉宗将軍様も庶民の事を考えて趣味やら経済やらで
頭をお使いに  良い政治家だったのでしょうね

勉強 有難うございました 失礼します
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Unknown (里山コウ)
2014-03-26 21:05:38
こんばんは。

「山の宿町」何かとっても自然な
響きのする街の名ですね。
色々調べると、楽しみが湧いて
来るようですね。
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晩節を行く農民さん (sanpo63)
2014-03-27 15:08:08
 隅田川には千住大橋、両国、永代橋と
橋が少なくて、渡し舟で人馬を運んでいました。
 渡し船の話題はたくさんあります。

 今の桜橋の所に 墨堤の桜の碑がありますが
八代将軍の話が記され 立派な政治家だと感心です。
 
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里山コウさん (sanpo63)
2014-03-27 15:11:18
 昔は舟で水上交通が成り立っていたようで
桜の季節には 酔っ払いがいてフトンを川に
投げ込んだりしたそうです。
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