ゆうの気まぐれ日記

備忘録のつもりで書いています。

筋肉痛

2011年02月28日 | 日記
私はずっと筋肉痛とは無縁だった。
突然激しい運動したりしても、筋肉痛になることが無かった。
周囲の人が同じ運動をして翌日「あちこち痛い」と言っている時も
私は不思議となんともなかった。
「歳をとったら筋肉痛が出るのが遅くなるっていうから」なんて言って笑いあったりしたりしたが、筋肉痛が起ることはなかった。

その私が2~3日前から脹脛(ふくらはぎ)が歩くと痛い。
おー、なんと言うことか。これは完全なる筋肉痛だ。
伯母のお葬式の日に久しぶりにハイヒールを履いたのが原因だろうか?
それとも佐賀関の関崎灯台の段々のある坂道を上がり下りしたのが・・・?
しかしこれくらいのことで今までの私は筋肉痛になったりはしなかったのに・・・。
体質が変わったのだろうか?
今まで筋肉痛がないことを内心ちょっと自負していたので
脹脛が筋肉痛になったことが少々ショック!
たかが筋肉痛、されど筋肉痛。(こだわりの私)
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伯母の葬儀

2011年02月24日 | 日記
今日は伯母(義母の姉)の葬儀だった。99歳。大往生。
昨夜は通夜だったが、湿っぽい感じは無く、爽やかささえ感じるほどだった。
「よくここまで長生きしてくれたね。ありがとう。これから人生の卒業式が始まるよ」といった感じだった。
この伯母は穏やかで優しい人で、義母が元気だった頃は、よく我が家に来て泊ってくれていた。義母が認知症になってからは私の相談相手になってくれた。

伯母には8人子どもがいた。今日の遺族挨拶・・・聞きながら突然涙がこぼれた。

『母は19歳で嫁に来て、私達兄弟8人を生み育ててくれました。(略)私達が子どもだった頃、母は、みんなと一緒にご飯を食べることがありませんでした。いつも隅っこに座って、子ども達にご飯をついで先に食べさせ、自分はその後で、お釜に残ったおこげなどをこさぐようにして(削り取るようにして)食べていました。誰よりも遅く寝て、誰よりも早く起き、私達は母の寝ている姿を見たことがありませんでした。(略)また今度生まれてくるようなことがあれば私は迷わずまたお母さんの子として生まれてきたいです・・・(略)』

80歳間近の遺族代表のこの挨拶に、この伯母さんの生き様を感じとても真似ができないと思うと共に感動。これぞ「日本の母」の姿!

我が身を省みて・・・ああ、比較するのもおこがましい・・・
うちの子ども達は「またあなたの子どもとして生まれてきたい」なんて絶対言わないだろう!
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夫婦喧嘩

2011年02月22日 | 日記
夫に対し、こんなに怒ったのは久しぶり。
怒りのあまり泣いてしまった。

昨日(2月21日)は私の父の命日。
夫とお墓参りに行く予定だった。
その後で夫の叔母(夫の父親の妹)夫妻のお墓参りもしようと私が提案した。
すると夫が「叔母さん夫婦のお墓参りはしなくてよい」と言う。
この叔母は、私の小学校の時の担任で、夫と私の事実上の仲人。
この叔母さんのお陰で今の私の幸せがあると私はいつも思っている。
夫に「私達家族が今あるのは叔母さんのお陰よ。叔母さんがいなかったら私達は出会っていなかったんだから・・・。恩返しのつもりでお墓参りしよう」と言った。
すると夫が「俺はふたりが生きているうちに十分恩返しをしたから参る必要が無い」と言ったのだ。
この言葉に私はカチンと来た。
「あんなに我が家の幸せを考えてくれていた叔母さん夫婦に対してなんということを言うの!お墓参りくらいするのが当然でしょ!」
「生きてるうちに十分恩返しをした」・・・
・・・確かに夫は老いた二人の手足となりしょっちゅう病院へ連れて行ったりあれこれ手伝いもしていた。
叔母さん夫婦の子どもは三人とも東京にいるので、実の子以上に、夫は叔母さん夫婦のお世話をしたかもしれない。
しかし、恩返しと言うものは「した」と言い切れるものではない。
頂いた恩のありがたさは一生感じ続けるものだと私は思っている。
その辺の考え方の違いか、それとも夫の虫の居所が悪かったのか?(機嫌が悪いことなどほとんど無い夫なのだが・・・)
「俺は参らんから行きたいのなら自分ひとりで行け」と夫が言ったとたん、私の怒りが爆発した。
「もう今日はお墓参りに行かない。行く気分になれない。お墓参りをしたら、気分もすっきりして、なにか良いことが起りそうな予感がしたのに、こんなに喧嘩して参ったりしても父も叔母さん夫婦も誰も喜んではくれない。もう行かない!」
涙、ポロポロ。ティッシュで拭う。

久しぶりの私の爆発に、夫は「悪かった。俺が言いすぎた。墓参りに行こう」と誘う。

しかし、本当にもうこんな状態でお墓に参る気分にはなれない。(こういうところが私の欠点)

とうとう父の命日・・・お墓に参らず仕舞いで1日を過ごした。
(夫の欠点以上に自分の欠点をまざまざと見た気がする1日だった)
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「無職」と呼ぶな

2011年02月21日 | 日記
一昨日の日記に、夫の職業は「無職」なのか?というような内容のことを書いた。
今日、ふと手にした週刊誌に、「問題提起」「老人を『無職』と呼ぶな」という記事が載っていた。
「必死に頑張って国をここまで豊かにしてきたのに、仕事を辞めたとたん、職業欄に『無職』と書かなければならないのは屈辱的だ。『無職』ってネガティブな響きがある。他の呼び方はないものか。欧米の場合、引退世代は『リタイアード』と呼ばれ、尊敬の念を込めて社会に迎えられる。日本ではお荷物のような響きがある」というようなことなどが書かれていた。
「老人を・・・」という括りがちょっと引っかかった(定年退職したってまだまだ老人ではない。そもそも老人という言葉自体があまり好きではないと私は思っている)が、読みながら記事の内容に「そうだ!そうだ!」と賛同する点があった。
女性の場合、主婦業を真面目にしようがしまいが「主婦」という選択がある。しかしリタイアした男性は(就労しないかぎり)「無職」の選択しか残されない(?)。これを屈辱的に感じる人もいるだろうなと思った。
夫は今、外で庭の草取りをしている。ジッとしているのが苦手でよく働く。野菜を育てあちこちに差し上げたりもしている。あーそれなのに「無職?」
「職業」って、なんだろう?お金を得る仕事のこと?じゃー「主婦」って職業???
なーんて、天気が良いのに昼間っからパソコンの前に座ってあれこれ御託を並べている「主婦?」の私。

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職業は?

2011年02月19日 | 日記
健康診断の申込書に職業を記入する欄があった。
「農業・漁業・主婦・無職・・・」該当する職業を〇で囲む形式だった。
迷わず「主婦」に〇を付けた。

ついでに夫の申込書も私が記入することにした。
職業欄のところで、はたとペンが止まった。
「無職」に〇を付ければいいのか・・・?
見ると夫はエプロンをして台所で夕飯の支度の真っ最中。
ポテトサラダを作るべく茹でたジャガイモをつぶしている。
炊飯器からは良い匂い。夫の得意料理の炊き込みご飯が出来上がりつつある。
私以上に「主婦」をしている夫だが・・・「無職」?
主婦業をろくにしていない私・・・「主婦」?
ちゃんと労働している夫にちょっと申し訳ない気がした。
「主夫」欄があったらどうかしら???

食卓に、炊き込みご飯・味噌汁・ポテトサラダ・ブロッコリー・夫が漬けた沢庵と白菜漬が昨夜は並んだ。
そのほとんどが、夫が自分で育てた野菜たちである。
「私にはこんな真似はできないわ」と言いつつムシャムシャ。
肩書き上の「主婦」はただ食べ感想を述べるだけ。おいしゅうござりました。
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