薫 風 ~KUNPOO~

初夏に薫る爽やかな風に思いをよせ、YukirinとKaorinが日々の出来事などを綴るページです。

マクロ経営学から見た太平洋戦争

2005-09-20 | 本  棚
■ 森本忠夫『マクロ経営学から見た太平洋戦争』PHP新書。著者は、当時、海軍の一航空隊員であったエコノミスト。著者がかつて上梓した『魔性の歴史』(1985年)の新書版です。

■ GNP比にして約13倍、石油生産量は721倍の米国に対して、総力戦を挑んだ大日本帝国の指導者たち。どうみても無謀としか思えない、あの太平洋戦争とは一体何だったのでしょうか。

■ 本書を読んでいると、日本の戦争指導者が演じたどうしようもない無知、愚行、狂気、残忍、錯誤などが浮き彫りになってきます。不用意に拡大した戦線、協同作戦もない陸軍と海軍の軋轢、旧式のうえに不足する武器・弾薬、物資や援軍の確保も出来ない補給路・・・そして特攻というなりふりかまわぬ体当たり作戦へ。

■ 太平洋戦争も終局へと至る1944年においても、日本陸軍は、戦費から見る限り中国軍を主敵として戦っていたのであり、太平洋戦域にある前進根拠地への戦力の補給は、ほとんど見限られていた状態でした。日本軍は、そこかしこで「玉砕」を続けていたにもかかわらず・・・。

■ そして1945年3月1日、海軍航空隊の全軍特攻化が計画されます。太平洋戦争中に、日本人が、単に恣意的な、あるいは偶然の一過的な、戦力ないしは作戦として採用したものではなく、公然と、組織的かつ継続的に採用した“起死回生の策”。「大和出撃」も作戦などと呼べるべき代物ではなく、軍国主義日本が再選産した“滅びの美学”であり、その美学に魅せられた日本人的ナルシズムに外ならなかった。

■ この“起死回生の策”こそは、あたら二十歳の若者の、かけがえのない青春の命を人身御供として人類史上類例なき、人間を一個の爆弾として省みることのない、特攻と呼ばれる非道の策であった、と著者は結びます。

■ 「武士道とは死ぬことと見つけたり」という武士のエートスも理解できなくはないのですが、やはり悲しすぎますね。

<photo:大キレットを振り返る>