スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

ギリシャの苦悩とユーロ

2010-02-08 10:01:11 | スウェーデン・その他の経済
スウェーデンで統一通貨ユーロ導入の是非を問う国民投票が行われた2003年9月を思い出す。当時はヨンショーピン市でスウェーデン人の大学生13人と寮で共同生活をしていたが、投票日の前の一か月間は同居人の間でもJaに票を投じるか、Nejに票を投じるかで議論が盛り上がっていた。外国人でもスウェーデンに在住して3年以上であれば投票権が与えられたので、私も投票する機会を得た。面白いことに、寮の同居人の間では意見が真っ二つに分かれていた。

その頃、メディアなどでは、両替の手間と為替リスクがなくなるためにユーロ圏内での交易が盛んになるという長所の一方で、経済政策の重要な柱である金融政策が自国で行えなくなる(自国で政策金利を操作できなくなること)だけでなく、為替レートの変動による調整がユーロ圏内でなくなってしまうことの短所が議論されていた。

この短所は私にはとても重要に思えた。自国で独自の通貨を持っていれば、景気の変動にあわせて政策金利(公定歩合)を上げ下げして、投資行動や貯蓄行動に影響を与えることができる。また、円やドルのように基軸通貨的な役割を持つ通貨でなければ、その国の景気や貿易収支に応じて為替レートが変動するため、景気が悪くなって経済力が落ちたり、輸出産業の国際競争力が低下して輸出が落ち込めば、自国通貨が減価される方向に動き、景気や国際競争力を改善する役割を果たすだろうし、その逆の場合には、自国通貨が切り上がり、景気や競争力に歯止めをかけるという、景気安定化装置の役割も果たしてくれるだろう。

そのようなフレキシビリティーが、ユーロを導入してしまうとなくなってしまう。ただし、もしユーロ圏全体が不況に突入すれば、ECB(欧州中央銀行)が政策金利を上げ下げして調節してくれるから大した問題ではない。しかし問題なのは、ある加盟国では景気がいいのに、別の加盟国では景気が悪いという、非対称ショック(asymmetric shock)の際にどうするか。ECB(欧州中央銀行)の金融政策はone size fits allだから、それぞれの国では景気の調整が効かなくなってしまう。

この点は、同居人のうち、経済を勉強していない人にはなかなか分かってもらえなかった(同居人には、ソーシャルワーカーや看護士、法律専門職、ビジネス、教員養成など様々な分野を学んでいる学生がいた)。経済学の講義では、例えば国際マクロや金融の授業でこの短所・長所が重点的に扱われ議論されていた。国民投票の結果は、私が期待したとおりユーロ否決だった(しかし、反対に投じた人の主な理由は、主権を失う、とか、社会保障が削減される、など上記の側面とはあまり関係がない漠然としたものが多かった)。



ともかく、ユーロ導入にともなう懸念は、ちょうど今、意外なところで顕著になっている。ユーロ加盟国であるギリシャやスペイン、ポルトガルといった南欧諸国が深刻な経済危機と財政危機に悩まされているからだ。

2008年から始まった金融危機は、ユーロ圏を含むヨーロッパ全体、そして世界全体を襲ったが、被害の程度はユーロ圏内で大きな差があり、西欧・北欧などが比較的早く経済回復を果たしているのに対し、南欧は経済の落ち込みが激しく、失業率の高騰と税収の減少が深刻な問題となっている。しかし、ユーロ参加国は財政赤字をGDP比3%までに抑えるという財政規律の基準を達成する必要があるため、税収の悪化にともない、歳出を大幅に抑えければならない(現在の不況では、確かフランス・ドイツ・イタリアなども財政赤字3%をクリアできていないと思うが、南欧はそれ以上に厳しいようだ)。

歳出削減は、社会保障給付・年金給付の削減、公務員の賃金カット、医療のカットなどといった形で人々の生活をもろに直撃する。ギリシャに至っては、経済統計をごまかして財政赤字の深刻さを隠していたが、当初はGDP比3.5%といわれた財政赤字も実際は13%であることがEUにばれてしまい、急遽、歳出削減プランが発表された。それがあまりに厳しいものであったため、ギリシャでは大きなデモが起きている。スペインポルトガルの財政もかなり深刻であるようだ。(ギリシャのインチキは今回が初めてではなく、ユーロに参加する際にも経済統計をごまかしていたという前科があるようだ)

しかし、そもそもこれらの国々というのは、金融危機が襲う前から経済的に問題を抱えていた。経済成長も他のヨーロッパに比べて低く、失業率も比較的高かった。もともと経済の基盤が弱いうえ、政府が抜本的な対策を怠ってきたという側面も否めない。

そして、そのことに加えて、無理にユーロに加わってしまったことで、課題であった景気回復がスムーズに進まなかったのではないか、という疑惑も抱いてしまう。これは私の仮説に過ぎないが、もしこれらの国々が自国の通貨を維持していれば、おそらくユーロやその他の通貨に対して切り下がっていただろうから、国際競争力はある程度回復し、失業も抑えられていたかもしれない。

現在は、これらの問題国を救済すべく、経済政策のもう一つの柱である財政政策他のユーロ・EU加盟国の支援のもとで行おう、という動きがある。しかし、今の苦境は切り抜けても、これらの国々が抱える問題の根本的な解決につながるのかどうかは、疑問が残る。それに、これらの国々が経済改革を怠ってきたことも問題の背景にあるだろうから、その尻拭いを財政支援という形で他国が負わされることにも不満が上がってくるのではないかと思う。

ユーロという壮大なプロジェクト。これを機にすぐにダメになるということはないと思うが、問題もやはり大きいと実感する。

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4 コメント

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ユーロ (里の猫)
2010-02-09 07:19:07
一時前にスウェーデンではユーロに切り替えるほうがいいという意見が増えていましたが、ギリシャ、ポルトガル、スペインの帳尻を見たり(ギリシャのごまかしが暴かれたり)、ドイツ、フランスが赤字を3%以上出した時の大国のずるさを見ていると、切り替えない方がいいという意見が増えるでしょうかね。
ヨーロッパの国々の利己主義的な行動を見ていると、EU、よく続くなあ、と思ったり、いや、もしかするとこの連中、自分達が利己的なのを十分知っているから、EUを作ってなんとかまとめ様としてるのかなあ、なんて思ったりします。
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Unknown (Yoshi)
2010-02-09 08:06:51
いや、賛成派はこれからユーロを選挙の争点にしようと盛んに攻勢をかけてきますよ。ご存知の通り、今年に入ってからもいくつかオピニオン記事が掲載されました。

しかし、読んでみて思うのは、賛成派ですらユーロ加盟にともなう「経済的」メリットはないか、むしろデメリットのほうが大きいと認識しており、代わりに「政治的」メリットを前面に押し出して、加盟を主張しているようです。かなり、ヤケクソになっている気もします。

導入以降の過去9年間を振り返って、経済的なメリット・デメリットを計量的に分析する研究を読んでみたいです。おそらく誰か既にやっているとは思いますが。
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研究 (ds)
2010-02-16 00:43:16
2006年の記事で日本語訳になりますが
economist誌の記事です

ジュネーブの国際研究大学院の貿易経済学者であるリチャード・ボールドウィンという方の研究が
引用されています。

参考になると幸いです。
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Unknown (Yoshi)
2010-02-16 08:35:14
dsさま

貴重な情報、ありがとうございます。すぐに調べたところ、元ネタはECBのWPだということが分かりました。
http://www.ecb.europa.eu/pub/pdf/scpwps/ecbwp594.pdf

2001年のユーロ使用開始当時、ユーロに参加していないイギリスなどは貿易が落ち込み、投資家も逃げ出している、などといった大袈裟な懸念が聞かれましたが、おそらく杞憂に終わったのだと思います。

詳しく読んでみます。

あとは、為替レートの変動と景気循環、asymmetric shockなどに関する実証研究についても、何か分かれば教えてください。
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