60年というのは地球が太陽の回りを60回まわったということでもあります。
ところで、三年味噌とか三年醤油とか、石の上にも三年、三回忌とか、三年という節目には何か訳がありそうだと、常々思っていましたが、三年とは地球が太陽を三回廻ることであると思った瞬間に、年数とか時間とかではない「回数」の絶対性の価値のようなものをピッと感じました。
そもそも、「時間」の長さの絶対性は曖昧です。時間の一番短い単位は「どれほどの長さか。「瞬間」でしょうか?瞬間とは何秒間かの長さがあるのでしょうか。何秒かの長さがあるのなら、更に短く出来そうです。どんどん短くしてもっとも短い時間が「瞬間」のはずが、さらに短く出来る「瞬間」とは瞬間の定義に矛盾します。
しかし、「回数・サイクル」には細分する際の「矛盾」は発生しません。それで、絶対的基準は「時間」ではなく「回数・サイクル・回転・循環」を単位とするのが合理的との結論を得ました。真の哲学的結論です。これ以上論理的に追い詰めることが出来ないところまで追い詰めての結論であればこその真の哲学的究極の結論が「循環一回転こそが、時と空の両方の概念にまたがる宇宙の根本単位である」なのでした。量子論に共通の概念でしょうか。
時間の最小単位と空間の最小単位に「秒」とか「mメートル」とかの中途半端な単位は相応しくない。時と空とが同じになってしまう宇宙根本原理・単位こそ「回転」なのです。「回転」というイメージが「単位」なのです。寸法的長さや時間的長さではなく、万物の根源単位になり得るのは「回転」の概念であることの直感的理解が、人類アセンションのスタート条件でしょう。
この考え方には、ルーツがあって、世なおし倶楽部のオリジナルではありません。
大橋正雄氏の波動理論が出所です。
一回転=単位には、時間的要素と、空間的要素が同時に公平に並存しています。
その時空の根源単位「回転」でカウントすると、人生60年と云うのは太陽の周りを60回転と云うことになるのでした。
ところで、十月十日は、地球の自転が約290回。自分自身の回転です。そのとき、頭上を月が10回ほど廻る。
釈迦の手のひらの上で孫悟空は、有限宇宙の無限繰り返しに気付かされた。
さて、スピード、速さの定義に新しい空気を送り込みましょう
空間的長さを時間的一定の長さで「割った」ものがスピードの概念であるが、素朴な疑問「なぜ空間が時間で割れるのか」????????
現実的にスピードの概念は実用的に機能しているから、無価値ではないし、無意味でもない。といって、パーフェクトな概念でもない。
スピード・速さは・・・距離÷時間・・・m/s(秒) m/h(時間)
加速度は・ななんと・・距離÷時間÷時間 m/s/s
結論をいそぐと・・・
スピードは、「結果的現象」で、その現象を生み出しているのが
「加速度」で「変化させ続けるエネルギー」のことである
スピードは「変化」そのものではないので、比較するものが無いと存在感がないが、加速度はそれ自体が変化し続けるエネルギーなので、それ自体存在感を持つ。
dasoku:
最近の医療制度の老齢患者負担増とか、過剰医療問題、無駄な抗癌剤処方など・・
「医師の運営にも残念」
現代版赤ひげの勇気ある内部告発を期待したい
ところで、三年味噌とか三年醤油とか、石の上にも三年、三回忌とか、三年という節目には何か訳がありそうだと、常々思っていましたが、三年とは地球が太陽を三回廻ることであると思った瞬間に、年数とか時間とかではない「回数」の絶対性の価値のようなものをピッと感じました。
そもそも、「時間」の長さの絶対性は曖昧です。時間の一番短い単位は「どれほどの長さか。「瞬間」でしょうか?瞬間とは何秒間かの長さがあるのでしょうか。何秒かの長さがあるのなら、更に短く出来そうです。どんどん短くしてもっとも短い時間が「瞬間」のはずが、さらに短く出来る「瞬間」とは瞬間の定義に矛盾します。
しかし、「回数・サイクル」には細分する際の「矛盾」は発生しません。それで、絶対的基準は「時間」ではなく「回数・サイクル・回転・循環」を単位とするのが合理的との結論を得ました。真の哲学的結論です。これ以上論理的に追い詰めることが出来ないところまで追い詰めての結論であればこその真の哲学的究極の結論が「循環一回転こそが、時と空の両方の概念にまたがる宇宙の根本単位である」なのでした。量子論に共通の概念でしょうか。
時間の最小単位と空間の最小単位に「秒」とか「mメートル」とかの中途半端な単位は相応しくない。時と空とが同じになってしまう宇宙根本原理・単位こそ「回転」なのです。「回転」というイメージが「単位」なのです。寸法的長さや時間的長さではなく、万物の根源単位になり得るのは「回転」の概念であることの直感的理解が、人類アセンションのスタート条件でしょう。
この考え方には、ルーツがあって、世なおし倶楽部のオリジナルではありません。
大橋正雄氏の波動理論が出所です。
一回転=単位には、時間的要素と、空間的要素が同時に公平に並存しています。
その時空の根源単位「回転」でカウントすると、人生60年と云うのは太陽の周りを60回転と云うことになるのでした。
ところで、十月十日は、地球の自転が約290回。自分自身の回転です。そのとき、頭上を月が10回ほど廻る。
釈迦の手のひらの上で孫悟空は、有限宇宙の無限繰り返しに気付かされた。
さて、スピード、速さの定義に新しい空気を送り込みましょう
空間的長さを時間的一定の長さで「割った」ものがスピードの概念であるが、素朴な疑問「なぜ空間が時間で割れるのか」????????
現実的にスピードの概念は実用的に機能しているから、無価値ではないし、無意味でもない。といって、パーフェクトな概念でもない。
スピード・速さは・・・距離÷時間・・・m/s(秒) m/h(時間)
加速度は・ななんと・・距離÷時間÷時間 m/s/s
結論をいそぐと・・・
スピードは、「結果的現象」で、その現象を生み出しているのが
「加速度」で「変化させ続けるエネルギー」のことである
スピードは「変化」そのものではないので、比較するものが無いと存在感がないが、加速度はそれ自体が変化し続けるエネルギーなので、それ自体存在感を持つ。
dasoku:
最近の医療制度の老齢患者負担増とか、過剰医療問題、無駄な抗癌剤処方など・・
「医師の運営にも残念」
現代版赤ひげの勇気ある内部告発を期待したい