ヴォー・ル・ヴィコントから帰り、初めてこの夫妻の家に泊めてもらった。
娘さんが使っていた部屋が空いているので、そこに泊めてもらった。
夕食は奥さんの心のこもったキッシュを中心とした手作りの食事だった。
私達日本人にも食べやすい。
食事後、リビングでくつろぎながら私は言った。「素晴らしい部屋だが、一つだけ可笑しなところがある。」
夫妻は???である。
実は中国のものだと思うが、牡丹の絵の額が一つかかっていた。
絵だけなら可笑しくは無いのだが、その讃(絵について書かれた詩)を見て笑ってしまった。
額が90度横向きにかかっていたからだ。
原因は、彼等が漢字は縦に書くものと思い込んでいることにある。
その絵の讃は、たまたま右から左に横書きされているのであるが、そうと知らずに彼等は額を横にし、無理に(と思っていないのだが)漢字を縦に並べたのだ。
一つ一つの漢字の縦・横の判断が出来ないのだから無理はない。
しかし彼等はそうかと笑うだけで、別に額の縦横を変えようともしない。
「へえーそうだったのか。まあいいではないか」といった調子で、その額は翌日帰るときまでずっとそのままだった。おおらかである。
もうひとつ、ご主人がトランプの手品をしてくれた。詳しいことは忘れたが、裏向きのトランプ10枚位を、裏向きのまま、カードの表の数字をあてて順序良く表向けると言ったもので、最初やってくれた時見事なのに感心した。
次に彼は種明かしをしてくれて、なるほどとこれまた感心したので、彼はその面目を十分施した。
得意になった彼はもう一度同じ手品を始めた。しかしなんだか変だ。裏向けにしておかないといけないのに彼は初めから表向きにカードを並べているではないか。
おやおや?変だな?と思いながらも黙って見ていたが、彼は済ました顔で真面目に並べている。そして10枚ほどのカードを全部並べ終えた。
さあ、これから表の数字を当てる時が来た。しかしカードは全部表向いてしまっている。
一瞬彼ははっとし、そして「オオー!!」と頭を抱えた。
それから私達は大爆笑した。
彼はこのように、私の友達の中でも屈指の「天然おじさん」なのである。
素晴らしい人柄はこの夫婦共通のものであり、娘さんの人柄にも確実に遺伝している。
翌日、サン・ジュヌヴィエーヴ・デ・ボワ駅で別れ、RERに乗りパリに帰った。
日本の朝食風にと普通はつかないゆで卵とハム
魚のマリネ風なのがついている