フランス人観察記録

日本人から見て解ってきたフランス人の考え方、行動についての覚書

シャルトル大聖堂もノートルダムの一つということ

2011年09月09日 | パリ19区

翌朝、ミッシェルさんの運転でシャルトルへと向かった。 

 

ノートルダムと言えば、パリを思い浮かべる方も多いと思うが、フランスだけでもノートルダム大聖堂はたくさんあり、その多くは世界遺産に指定されている。 

シャルトルの大聖堂ももちろんそのひとつである。 

しかもパリ・ランスと並び、このシャルトルは三大ノートルダムの一つでもあり、その町に住む人はもちろん自分の町のノートルダムが一番と思っていると言うことだ。

 

                                

 

アミアンに住んでいるフランス人の友人は、パリのノートルダムのことは「ノートルダム・ドパリ」(パリのノートルダム大聖堂)と必ず「ド・パリ」(パリの)を付け加える。

アミアンにも立派なノートルダム大聖堂があるからだ。

 

              

 

さて、話はそれたが、このシャルトルの大聖堂は青のステンドグラスで有名である。

この日も光線が床などに移し出され、きれいに見えるところがあった。

時間帯によってもっときれいに見えると言うことだが、じゅうぶん美しかった。

 

大聖堂で有名な街だが、街自体もなかなか魅力のある町だった。

もともとサーモンを売る家だったとかで、サーモンの木彫の看板が残った古い家等もあり、運河も流れていて、洗濯場だった後もうかがえる。

 

                    

 

                              

その街でHITACHIの小型のユンボーを見て、日本製が活躍している光景に、少し誇らしい気持ちになった。

                 

                              

ある住民が話しかけてきた。もちろんミッシェルさん夫妻に。日本人を連れているので珍しく日本のことを尋ねているようだ。

 

地元のマダムに、「どこから来たの?」と聞かれて「パリから」とミッシェルさんの奥さんが答えていた。

その様子は、日本で「東京から」と答えているニュアンスと同じものを感じ、少しおかしかった

 

さてランチだ。

お店はお任せだ。

トマトの詰め物を頼んだが、これは見た目よりずっと重たかった。しかもチーズが苦手なヤギ系だった。

彼らはサラダ系のものを頼んでいた。

ランチにはサラダでも十分なボリュームのようだ。

デザートもかなり大きく甘く、完食したが、この旅では3日間で2キロも太ってしまい、その後はセーブしながら過ごすことになる。 

 

散策をした後、せっかくなのでこの近くだと言う「ピカッシェットの家」を訪ねたいと言った。

しかしどこなのかわからないらしい。

何人かに尋ねてやっと辿り着いた。と言ってもそんなに遠くはない。

 

                              

私には同じところをぐるぐる回っているように思えた。

これがミッシェルさんは方向音痴?と疑いかけた最初だった。

 

パリへの帰り、パリ近郊で渋滞に会い、私の気持ちは焦っていた。

 この夜は別の友人宅に招待されていたからだ。



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