前回、リシャールが、どれほど家事に携わらないか書いたが、今回はカトリーヌの不思議な考え?について触れよう。
彼女は、子供のように純粋で好奇心旺盛な女性であり、独創的である。
そして大変なフェミニストでもある。
しかし私がそれまで考えていたフェミニズムとは、ちょっと違った。
例えば、リシャールはお茶を点てるのも料理と思う人で、もちろん料理はカトリーヌがすべてする。後片付けも然りである。
我が家でも布団の片づけはすべて彼女であった。
そして以前ブルターニュで経験したお皿を片づける際、「それは女性の仕事」の話をした時だ。
カトリーヌはそんなこと言われたら「私ならその場でお皿を落とすわ」と言い切った。
でも実際は彼女はすべてしているのである。
つまり、そういう考え方は拒否だけれど、自分が進んでするのは一向に問題がないのである。
男性に手伝いを求めないのである。
アメリカ人のウーマンリブとは大きく違うようだし、今は日本でも夫婦共に働いていたら、分業もしくは協力し合っているのではないだろうか。
彼女はまた第二次世界大戦での日本のことを尋ねてきた。リシャールは「ノー、カトリーヌ、それはデリケートな問題だから、慎みなさい」と小さな声で
彼女に言う。
しかし彼女は聞きたいのである。もちろん「私の分かる範囲で答えよう」とリシャールに「遠慮はいらない」と、言った。
ピアニストの姪に喜んでもらった経験から、今度は彼女に初めて着ものの着付けサービスを体験してもらった。
そう、あの後、気兼ねなく着てもらえるよう、骨董市やリサイクルショップで何点か揃えたのである。
ピンクの訪問着がよく似合う。おなか周りがちょっと太めで帯が一重しか巻けなくてもご愛敬だ。
彼女は文字通り手を叩いて「素晴らしい」と喜んだ。それから何度もフランス人に着つけたが、彼女の喜びようは一番印象に残っている。
それを見たリシャールは「まるでプチ・ブーダン(ソーセージの一種であるが寸胴のことを指してであろう)」と冷やかすが、その笑顔は嬉しいそうで何枚もシャッターを切っていた。
私も「いいね。プチブーダン」と言ったつもりだが。帰国後リシャールは私が「プチ・ブッダ」と言ったとカトリーヌにいい、「あなたのつけてくれたニックネームは気に入ったわ」と言ってくれたのだ。
最後になったが、このリシャールはシャンゼリゼ通りにある銀行に勤めていて、今は退職している。
彼女は今は家のリフォームなどコーディネートする仕事をしている。
リシャールは再々婚、カトリーヌは再婚であるが、一緒になって40年近い。
そしていつだったか、クリスマスに家族が集まった写真が送られてきた。
「あなたはびっくりするかもしれないけど、私の左がリシャール、右側にいるのは前の夫よ」と言葉が添えられていた。
リシャールに言わせると「それが、カトリーヌ」なんだそうだ!!
素晴らしい彼女の人徳である。
駅まで送って行った時、「パリに来たら絶対うちに泊ってね」と涙をうっすら浮かべてお別れをしたのだった。
社交辞令ではなく、それから二年後、そんな彼女たちのお世話になりパリ凱旋門近くのアパルトマン、そしてシャンパーニュの別荘にまで連れて行ってもらうのである。
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