「熱闘」のあとでひといき

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ジョン・アバークロンビー『ゲイトウェイ』/「初ECM」の苦い思い出

2013-03-26 01:25:19 | 地球おんがく一期一会


今にして思えば、1970年代は駆け出しのジャズファンにとって夢のような時代だったような気がする。FMラジオ(ステレオでなくてもよい)が1台あれば、朝から晩までの間に必ずジャズに接することができたから。

そのジャズにしても、モダンジャズ一辺倒ではなく、新譜もどんどん紹介されていた。レコード会社に今からは考えられないくらいに勢いがあったし、オーディオメーカーもラジオ局も元気だったような気がする。主な番組を挙げると、老舗はNHK-FMのジャズフラッシュだが、火曜日(だったと思う)の深夜には油井正一さんの珠玉のジャズ番組「アスペクト・イン・ジャズ」があった。

最新のジャズがかかるのは専門番組だけとは限らない。ケン田島さんの「ミュージック・スコープ」がそうだし、夕方6時からの田中正美さんがDJを務めていた「ビート・オン・プラザ」もクロスオーバー系の音楽を積極的に取り上げていた。そのあと7時15分からはNHK-FMでも45分間の新譜紹介番組があった。当時はレコードが買えなかった埋め合わせをエアチェック(ラジオ放送をカセットデッキに録音)で済ますことができたわけだ。

もうひとつ忘れられない番組がある。正確な時間は忘れたが、夕方に放送されていた悠雅彦さんがDJを努めていた番組。確かトリオ・レコードがスポンサーで当時話題になったECMレーベルのレコードを連日紹介してくれる番組だった。ECMはドイツ人のマンフレート・アイヒャーが創設したジャズレーベル(後にクラシック音楽もリリース)でキース・ジャレットやパット・メセニーといった新進気鋭のアーティストを傘下に収めていたことで俄然注目を集めていたレーベル。

また、ECMのレコードは独特の録音ポリシーにもとづく音の良さでも定評があった。しかしながら、この「音の良さ」が駆け出しのジャズ愛好少年には苦痛のタネだったのである。家にはいちおうシステムコンポーネントタイプのステレオがあった。しかし、総額で中級アンプ1台の値段にも及ばないような代物だから性能の善し悪しは推して図るべし。

とくにプレーヤーはポータブルタイプのものがそのまま載っかった感じでお粗末というか酷かった。とにかく、針とアームが完全に一体化されていてカートリッジを付け替えるなんて不可能。こんなちんけなオーディオ装置で、録音のよい、言い換えればカッティングレベルが高く、厳しい音が刻まれたレコードを聴いたらどんなことが起こるだろうか。

◆初ECMに胸を躍らせながら針を下ろしたのだったが...

悠雅彦さんの番組に感化されて、我が家にも1枚ECMをという気持ちが日に日に強くなってくる。さて、何を買おうかということで近所にあった輸入レコード店(阪急茨木市駅のすぐ近くにあったBUDというお店)で見つけたジョン・アバークロンビーの『ゲイトウェイ』を買うことにする。このレコードは、「ジャズフラッシュ」で既に耳にしていて気になっていたのだ。児山紀芳さんが「田園牧歌調」という表現を使って紹介されていたのを「ふむふむ」と思いながら聴いていたっけ。

でも、なんで初ECMがキース・ジャレットでもパット・メセニーでもなく、ラルフ・タウナーでもなく、ましてやチック・コリア&RTFでなかったのだろう。不思議と言えば不思議だが、まぁそれもいいだろう。エグベルト・ジスモンチだって真剣に聴きだしたのはごく最近のことだし。

ということで、我が家でもギター・トリオによる「田園牧歌調」のサウンドを愉しめるぞとわくわくしながらレコードを抱えて家路についた。ちなみにベースはデイブ・ホランドでドラムスはジャック・ディジョネットというマイルス・デイヴィスのバンドで活躍した名コンビだ。(というようなことはあとで知る)。

さて、レコードをターンテーブルに載せていよいよ針を盤に下ろした。ベースによるイントロから田園牧歌調の「バック・ウッズ・ソング」が始まったのだが、ほどなくして我が家の貧弱なオーディオの弱点が露わとなってしまう。アームが宙に浮く、いわゆる針飛びが頻発。眼前に拡がりかけていた田園風景は幻となり、一気に深い谷底に落ちた気分になってしまった。

もしかしたらレコード盤に問題があったのかもしれないと、盤を抱えてお店に走る。事情を説明し、お店のプレーヤーでレコードをチェックしてもらった。まったく問題なし(当たり前だ)。でも、お店の人が気を利かせて盤を交換してくれた。何だかお店の人にとって申し訳なく、惨めな気分で再びに家に向かう。同じことが起こることは目に見えていたし、やっぱりダメだった。

でもやっぱり聴きたい。この盤をまともに聴くのはそれからしばらく後で、従兄弟の立派な装置でカセットテープにダビングさせてもらってから。そして、大学時代にバイトで貯めたお金で念願のプレーヤー(今も現役で活躍中)を買い、さらにカートリッジをV15タイプⅢにしてからはやっとレコードの真価を味わうことができるようになったのだった。

70年代当時は、強力なギタリスト達がどんどん出てきて活躍していた時代でもあった。だから、アバクロ(アバークロンビー)は少し地味な存在だったようにも思う。だが、ホランド=ディジョネットの強力なサポートを得て自在にギターを弾きまくるアバクロも魅力たっぷりだ。刺激的な演奏ではあるがけしてアナーキーにはならないところもよい。ホランドが6曲中4曲を書いているのも驚き。フィナーレを飾る「ソーサリーⅠ」がとくに素晴らしく、何度でも聴きたくなる逸品だと思う。

◆1970年代当時のオーディオ事情とレコード

思うに、当時の一般家庭のオーディオ事情は、我が家と大差なかったのではないだろうか。まともなプレーヤーを持っていたのは、おそらく音楽鑑賞を趣味としていた人たちに限られていたはず。だから、ポピュラー音楽のレコードはむやみに針飛びが起きないようにそこそこに抑えられた音を入れていたのではないかと邪推する。

また、当時は輸入盤の方が国内盤に比べて音が伸びると言われていた。マスターが原盤に近いこともあるが、国内盤向けのカッティングはレベルを落としていた可能性も十分にありうる。もちろん、CD時代の現在は盤の不良でもない限り、レコードのような問題は起きない。それは精神衛生上もいいことなのだが、針飛びをきにしてヒヤヒヤしながらレコードを聴いていた時代が妙に懐かしくなってアバクロの思い出を書いた。さんざん針飛びし傷が付いた、ほろ苦い思い出が刻まれた盤のはずなのに、そんなことはなかったかのように今でも安心して音楽が愉しめることが、何だかとっても嬉しい。

◆John Abercrombie “Gateway’”

1) Back – Woods Song (Dave Holland)
2) Waiting (Dave Holland)
3) May Dance (Dave Holland)
4) Unshielded Desire (John Abercrombie & Jack DeJohnette)
5) Jamala (Dave Holland)
6) Sorcery I (Jack DeJohnette)

John Abercrombie : Guitar
Dave Holland : Bass
Jack DeJohnette : Drums

Recorded March 1975 at Tonstudio Bauer, Ludwigsburg
Produced by Manfred Eicher
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