埼玉県民のせいもあるが、町田市の野津田公園にある陸上競技場はとにかく遠いというイメージがあった。京王線の多摩センターからだとバスの便も悪く、初めて訪れた時は乗るバスを間違えてあわやロストになりかけるという散々な体験をしている。しかし、実は小田急線の鶴川駅からだとバスの便もよく、さほど遠くはない。終点の野津田車庫から競技場までは上り坂のカントリーロードで道しるべに従って歩いて行く。百草園駅から帝京グランドに向かう道はアスファルト舗装の急勾配だから、同じ上り坂でも季節柄気分が全然違う。本当にスタジアムはあるのだろうかと思った頃に前方に照明設備の整った立派な競技場が見えてくる。これが球技専門だったら言うことなしだなと思った。
スタジアムでは、対抗戦グループの慶應と立教が試合を行っている。帝京の台頭で対抗戦Gに水をあけられた感のあるリーグ戦Gのはずなのだが、両チームの試合を観ていると(リーグ戦Gの試合を見慣れた目には)スピードもパワーも不足気味に見えてしまう。しかし、春シーズンに日吉のグランドで観た慶應はまぎれもなく中央大を撃破したチームだった。中央大の出来が信じられないくらいに悪く、このブログでもかなり厳しいことを書いた。中央大ファンの方は気分を害されたかも知れないが、まったくといっていいほど覇気が感じられなかったことは事実。リーグ開幕戦の立正大戦でも状況の改善はあまり観られず、去年の中央大はいったいどこに行ってしまったのだろうかと感じたのだった。
翻って、今シーズン1部に復帰を果たしたばかりの山梨学院。流経大、東海大、大東大と優勝候補3チームとの戦いでは力の差を見せつけられたものの、悲願の1部での初勝利に向けて手応えを感じさせる戦いぶりを見せている。相手がここまで1勝2敗で調子の上がらない中央大ということもあり、いよいよチャレンジの日がやってきたと言っていいだろう。おそらく、これまでとは違った戦術で勝利を目指した戦いを挑んでくるに違いない。そんなこともあって、本日の主役は山梨学院になるだろうという予感を胸の内に秘めて町田までやって来た。しかし、1週間でコロリとチーム状態が変わることも珍しくないのが大学生のラグビー。そして、中央大は「魂のラグビー」とも呼ばれた過去のチームを彷彿とさせるような戦いぶりを見せた。
◆キックオフ前の雑感
慶應と立教の試合が終盤にさしかかる頃に両チームがグランドに現れてウォーミングアップを開始した。ここで目を惹いたのはスコアボード側で身体を動かしていた方のチーム。キビキビと無駄なく活発に身体を動かしている。最初は山梨学院かと思ったが、特徴的なトコキオの姿が見当たらないことから実は中央大だと気づく。そのくらいに気合が入っており、春の慶應戦とは大きく違って既に選手達の身体からは湯気が立っているような状態になっていた。方や山梨学院の方は、リラックスムードが漂っている。今後のことを考えれば、どちらも負けられないことは同じなのだが、ウォーミングアップの段階では軍配を中央の方に挙げたくなる状況になっていた。
さて、その中央大のメンバーで一際目を惹くのがSHに起用された4年生の加藤。中央大のSHは今シーズンも昨シーズンと同様に長谷川か住吉のどちらかを先発させるという形でスタートしている。そんな持ち味の違う2人が2年生となる中で、そこに上級生が割り込む余地はないように見えただけに、(日大戦で先発予定だったが急遽メンバーから外れた)住吉に替わる選手が長谷川でなかったのは意外と言える。エースの高が欠場し、ルーキー3人がスタメンに名前を連ねる中で、ベテランの加藤はチームを救う存在になれるだろうか。
一方の山梨学院は、SOに小川が起用された以外はほぼ不動のメンバー。得点源はLO(No.8)のトコキオであることに変わりはないものの、この試合からはBK選手による得点シーンも増えてくるはず。また、そうでなければ徹底マークに遭うことは必至のトコキオを封じられると攻め手がなくなってしまう。しかし、山梨学院で注目したいのはFW8人+SHの9人ラグビーに徹していた感がある戦術に変化が見られるか。攻撃のテンポアップあるいは封印されていたBKへの展開など、勝つためには過去3戦でやってきたラグビーから脱却する必要があるし、またその準備はできているはず。
◆前半の戦い/戦術を変えた山梨学院に対し、隠れたキーマン登場で活気づいた中央
山梨学院のキックオフで試合開始。序盤戦は蹴り合いとなる中で、山梨学院がFW8人+SHの9人による「ジグザグ」アタックを見せるものの、それも束の間。本日は封印されていた感があるBK展開もまじえて攻める。既定路線だったとしても、早々とFW中心のガチンコの比率を減らしたのは意外。しかし、それもやむを得ないと思わせるくらいに中央大が別のチームになっていたのが驚きだった。いつになくFWの8人が塊となって攻め、そして守る。昨シーズンは有効に機能したシェイプが復活し、その中心にはSHの加藤が居る。とにかくよく声を出し、かつ身振り手振りで廻りの選手を動かす動かす。中央大の強みはFWのモールだが、機を見ては身体を張ってモールに飛び込み山梨学院の選手をはがしにかかるところなどは圧巻だ。
そんな変貌を遂げた中央大の気迫に押されながらも、山梨学院も過去3戦と同様に身体を張って踏ん張る。3分には中央大陣で反則を誘い、SO小川が左中間25mのPGを決めて山梨学院が3点を先制した。しかし、SH加藤のリードによりいつになく「固まった」中央大のFWの圧力を受けたためか、過去え3戦で健闘を見せてきた山梨学院のFWには余裕が見られない。FWのアタックはことごとく中央大の選手に捕まり、ターンオーバーされてモールを軸にしたアタックによる反撃の糸口を与える。10分のLO西野によるトライは、そんな中央大の反撃から生まれた。山梨学院の選手達に「今日の中央大は違う」と明確に意識させたことは間違いない。
山梨学院は開幕戦からFW中心の遅攻できたが、中央大もFWが中心なのでアタックのテンポは遅くなりがち。ただ、両チームの間には決定的な違いがある。中央大の選手達がスピードに乗ってパスを受け取るシーンが目立つのに対し、山梨学院の場合は足が止まった状態でパスを受ける選手が多い。位置取りが浅めのせいもあるが、ゆっくり攻めていた過去3戦の戦い方を急に変えることはやはり難しいようだ。また、それをさせない中央大が一枚上手だったとも言える。とにかく、中央大の選手達、とくにFWの塊からは明らかにもうもうと湯気が立っている。つい数ヶ月前に日吉のグランドで観た光景は幻だったのだろうか。
両チームによる激しいFW戦が展開される中で、26分、山梨学院にBK展開による待望のトライが生まれる。中央陣22m手前のスクラムからいったん右に展開した後、左サイドにできたスペースにボールが展開され、CTB曾根がゴールラインを越えた。GKは失敗するが8-7と山梨学院が逆転に成功する。FWのトコキオ頼みだった山梨学院だが、目指しているのはおそらくBKのスピードを活かしたトライ。流れるようなラインアタックとは言い難いようなゴツゴツした感じのパス回しではあったが、気迫で中央のディフェンスに打ち勝った価値ある得点シーンだった。
しかしリードも束の間。リスタートのキックオフに対する山梨学院の蹴り返しがノータッチとなったところで、中央大は強力なカウンターアタックにより攻め上がる。FWの塊で前進を図った後、サイドを勢いよく突破した選手から絶妙のタイミングでフォローした加藤にパスが渡る。加藤は一瞬だけパスを意識したものの、行けると観るやそのままゴールポスト直下まで到達する。GKも難なく成功して中央が14-8と再逆転に成功する。フォローのタイミング、そしてボールを受けた後のスピードが素晴らしく、このトライがさらに加藤を乗せることになる。
この試合は、リーグ戦の折り返し点で早くも始まったサバイバル戦の様相を呈している。だから、両チームによる戦いはどうしても白熱したものとなってしまう。36分、山梨学院は中央陣22m手前のラインアウトからいったんオープンに展開した後、トコキオの突破力を活かしてブラインドサイドを攻める。BK展開からパスを受けてゴール右隅に飛び込んだNo.8戸田の身体はタッチを割ったかに見えたがトライが認められる。GKは失敗するものの、13-14と山梨学院のビハインドは1点に縮まった。
山梨学院はこのままの点差で前半を終えることができれば御の字だった。しかしながら、ここに落とし穴(その1)が待ち受けていた。39分、自陣でのスクラムからトコキオが攻め上がったところでノックオン。中央大の逆襲に脅かされるものの、ラックでのハンドでピンチを脱する。PKからHWL付近まで陣地を挽回しラインアウトから中央大陣に攻め込もうとしたところで痛恨のオフサイド。中央大は絶妙のタッチキックにより山梨学院陣のゴール前でのラインアウトのチャンスを掴む。この形になれば得意のモールによるトライは約束されたようなもの。時計が42分となったところでの失点7は山梨学院にとって痛かった。
◆後半の戦い/粘りを見せた山梨学院だが、最後まで塊となって戦った中央大の前に屈す
前半終了間際の失点で13-21と8点のビハインドを背負ったものの、前半の中央大の出来から考えれば山梨学院の傷は浅かったと言える。前半にいい形のBK攻撃でトライを2つ取れたことで後半への望みが繋がった。山梨学院の悲願の初勝利を目指した戦いはここからだ。しかし、キックオフ直後に落とし穴(その2)が出てしまう。キックオフのボールがノックオンとなったところでのスクラムから中央大が8→9で攻め上がった時にで山梨学院がまさかのノーボールタックル。右中間25mのPGを浜岸が難なく決めて24-13と中央大のリードは11点に拡がった。
しかし、リスタートのキックオフから山梨学院は気を取り直して攻勢に出る。6分の中央大陣10m/22mのラインアウトからのオープン攻撃はノックオンを犯して実らないものの、中央大が確保したボールをタッチに蹴りだして再び同じような位置でラインアウト。ここで、この日一番のトライが山梨学院に生まれた。ラインアウトからオープンに展開されたボールをループしたSO小川が受け取り逆サイドからライン参加した左WTB大和田にパス。大和田は右にオーバーラップができた状態を活かして快足を飛ばし中央大DFを振り切りゴールラインを越えた。GKも成功して20-24と、山梨学院のビハインドは1トライで逆転できる4点差まで縮まる。山梨学院の応援席が一気にヒートアップしたことは言うまでもない。
9分、山梨学院は自陣22m付近で相手ボールスクラムのピンチの状況でターンオーバーに成功。エリア獲得を目指したキックに対し、浜岸が自陣22m内で処理を誤りノックオン。まだまだ山梨学院にツキが残っていた。しかし、スクラムからトコキオが満を持してゴールを目指すかと思われた瞬間、長いホイッスルが鳴った。PRが膝をついたためコラプシングの反則を取られてしまい、1トライで逆転の反撃ムードも一気に萎んでしまう。ピンチの後にチャンスありで16分、中央大は山梨学院陣22mライン手前でのラインアウトからモールを起点としてFWで攻め込みHO山本がトライ。浜岸のGKは今日も絶好調で31-20と中央大が再び追いすがる山梨学院を引き離しにかかる。
ここまで何とか中央大FWのパワーに対抗していた山梨学院だったが、残り時間が少なくなった26分に決定打とも言える落とし穴(その3)が出てしまう。中央大が山梨学院のゴール前でタップキックからゴールを目指したところで山梨学院がトライを防ぐための故意の反則を犯したため、中央大にペナルティートライが与えられる。と同時にLO河野にシンビンが適用され山梨学院は残り時間をFW7人で戦うことになってしまった。38-20とダブルスコアに近くなったところで状況から見ても勝負ありとなる。
数的優位となった中央大は36分と40分にもFWで1トライずつを追加。後半の中盤までは拮抗していたゲームも終わってみれば52-20と中央大の圧勝。過去3戦と比べてもミスが目立ったのがこの日の山梨学院であり、またそれがことごとく失点に繋がってしまったことは痛かった。しかし、山梨学院を慌てさせた要因が塊となって戦った中央大FWの健闘にあったことは間違いない。緒戦からこの戦いができていたら中央大は優勝戦線に残れた可能性は高いと思う。中央大と戦ったときの法政は本調子とは言えなかったし、日大にしても東海大戦での大敗の影響を引きずっていたはずだから。しかし、もし日大戦から加藤がSHを務めることがなかったとしたらと思うと、ここはプラス思考でいくべき。とはいえ、ちょっとしたきっかけでコロリとチーム状態が変わってしまう大学ラグビーは本当に難しい。
◆会心の勝利を掴んだ中央大/一番印象に残ったこと
予想外の(と言っては中央大ファンに失礼だが)圧勝を収めた中央大のMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)はSHの加藤と言って間違いないだろう。去年、ルーキーながらFWの尻を叩くような形で先輩達に活を入れていた長谷川を彷彿とさせるようなプレーで中央大を再生させることに成功したと言ってよさそう。今シーズンの長谷川に昨シーズンのような輝きが観られないのは、もしかしたら怖いもの知らずで臨んだ昨シーズンとはチーム内での立ち位置が変わってしまったのかも知れない。さて、この日の主役の加藤だが、一番印象に残っているのは背筋をピンと伸ばしてしっかり前を見続けたプレースタイル。有力選手でも猫背だったり、前屈みの歩き方にはガッカリの状況が多いだけに、仁王立ちのような姿がとても大きくそして新鮮に見えた。それはさておいても、加藤を得たことで中央大のアタックは確実に迫力を増すことだろう。FWが固まることでBKのアタックにも勢いが付くはずだから。上位をキープするという意味で状況はとても厳しいが、昨年度2位の意地を見せて欲しいところだ。
◆大敗の中にも収穫があった山梨学院/足りなかったものは何か
4戦目にして勝利を目指した戦いへとシフトしたはずの山梨学院だったが、初勝利への道程は険しいことを感じさせた戦いになってしまった。悲願の初勝利を掴むためにはまだまだ足りないものがある。そのひとつは、本文中でも指摘したとおりスピード感だと思う。過去3戦では意図的にスローテンポで攻めていた感があったが、いざチャレンジという段階で急にテンポアップすることは難しかったのかも知れない。同じくFW中心でスローテンポの攻撃でありながらも、パスを受ける選手がトップスピードに近い形になっていた中央大の選手達を観てそんなことを思った。ただ、ここまでの3試合での得点は殆どがトコキオのパワー頼みだったことを思うと、BKへの展開により3つのトライを取れたことは今後に望みを繋いだと言えそう。気持ちを切り替えて残り3つの戦いに挑んで欲しい。
◆チームのピンチを救うのは4年生の底力
大東大の小山を筆頭として、SHにルーキーの逸材が揃っていたのが昨シーズンのリーグ戦Gの特長だった。中央大も長谷川と住吉といった持ち味の違う2人がレギュラー争いをすることでチームも活性化されていたように思う。しかし、どちらを中心に据えるかという決定打を出せないままに中央大は今シーズンを迎えてしまい、そのことがチーム作りに影響を与えたように思われる。FWをしっかり纏められる加藤の登場でそのことがはっきりしたわけだが、昨シーズンはラグビーマガジンの選手名鑑にも写真が載っていなかった選手がどうして今なのか?という想いを禁じ得ない。
これは中央大のだけの話ではない。法政もSOで同じようなことが起こっている。加藤か猪村かという議論が渦巻いた中で林が先発した試合もあり、今シーズンは春の段階で井上がレギュラーとなり、控えには和田や犬飼の名前が挙がるような状況。そこに、シーズンインとともに法政の高速アタックを復活させてしまった感がある4年生の北島の名前があっただろうか。日大にしても、今シーズンはBチームで試合に出続けたFWの高橋優一を中央大戦からAチームに復帰させたことで、大敗続きだったチームに落ち着きが出たと聞く。これらは何を意味するのだろうか。
ひとつ確実に言えることは、チームメイトを平気で呼び捨てにできるような最上級生が持つ力は侮れないということ。試合に出場する機会はなくても人一倍関心を持ってチームの戦いぶりを冷静に観ている選手が居ることを忘れてはいけないと思う。「同じ力を持っていれば下級生を使う」という考え方は選手個々にはいいのかも知れないが、チームが結果を出すことを優先させるなら、「同じ力を持っていれば、上級生の経験を大切にする」ことが重要なはず。奇しくも(精神的な支柱になれる)高橋優一がそのことを証明しつつあるわけだし、日大は過去のチームでも控えの上級生がピッチに立ったことで試合が落ち着いた場面を何度か観ているのでそんなことを思う。選手の力は実際に試合に出してみないと分からないことが多い。そう考えると、リーグ戦のレギュラーシーズンの試合数が7つだけというのはあまりにも少ないような気がしてならない。