今年も「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」がやって来た。日本最大のクラシック音楽のイベントで今回のテーマは「パリ、至福の時」。有料公演が135もあるだけでなく、10以上の会場でフリー・コンサートも行われる。初日の今日は、丸の内界隈で「熱闘のあいまにひといき」と相成った。
JRの有楽町駅で降りて、まずはメイン会場の東京フォーラムに向かった。有料コンサートはホールAの「ボレロ」が入っている公演を狙っていたのだが、出遅れが響いてソールドアウト。やむなく、ホールAは夕方のドビュッシーの「海」と「牧神の午後への前奏曲」にして、午前の部はホールCの「アランフェス協奏曲」のハープ版が聴ける公演をセレクトした。(といっても、選択の余地がなくてこれだけだったのだが...)
ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」はクラシック音楽では珍しいギター協奏曲だが、スペインの作品の名曲中の名曲としてつとに有名で、ポピュラーヒットチューンにもなっている。でも、いつでも聴ける曲だからということで、いまだにレコードもCDを持っていない。マイルス・デイヴィスの『スケッチズ・オブ・スペイン』は持っているのに。果たして、ハープ版ではどんな演奏が聴けるのだろうか。期待と不安が相半ばといった感じでホールのシートに座った。
プログラムの1番目はルーセルのシンフォニエッタ。ルーセルは魅力的な交響曲作品他を残している人だが、この作品は初めて聴く。ロベルト・フォレス・ヴェセス指揮オーヴェウルニュ室内管弦楽団の好演もあって、隠れた名曲だと確認。次の2曲目はスペインの作曲家トゥリーナの「闘牛士の祈り」で、気分はパリから一気に情熱の国へ。弦楽合奏を堪能したところで、いよいよお目当ての「アランフェス協奏曲」だ。舞台中央の前方に据えられた黄金のハープがまるで尖塔のようにそびえ立つ。ハーピストは日本が誇る吉野直子。
この曲は情熱を湛えたギターソロで始まるが、ここでは上品かつ慎ましやかに始まった。ギターはコンチェルトでは主役の地位にあるピアノやヴァイオリンとは違い、音量でオーケストラと対抗するのが難しい楽器。それはハープもまったく同じで、「果たして、ちゃんと音が聞こえるだろうか?」という一抹の不安があった。しかし、そんな心配は無用。原曲自体もギターソロといろいろな楽器のソロの掛け合いといった形で進んでいくように作られている。
逆に慎ましやかに語りかけるハープだからこそ、聴く側だけでなく、演奏する側もテンション(注意力)が高まるようなところがある。これは新たな、かつ嬉しい発見だ。ソロイストも音量で勝負を挑むことは眼中になく、あくまでも丁寧かつ気品を保ちながら音を綴っていく。そして、「恋のアランフェス」として有名な第2楽章が始まった。オーボエのソロを包み込むようなハープの調べに耳を傾けていると、ことアンサンブルを作ることに関してはハープの方がギターよりも適役のようだということにも気づく。
同じ曲でありながら、ギターとハープではそれぞれ違った性格を持った曲としての味わいがある。原曲(ギター)の圧倒的な形ではなく、静かな感動を呼び起こすような形で演奏が終わった。殆どハプニングのような形とは言え、こんな新たな発見があるからライブ演奏は面白い。もし、録音されてバランスが調整された後の演奏からだったら気づかなかっただろう。ギターの情熱の再現なら、ベネズエラなどの南米の力強いハープ(アルパ)の方が向いていそうな気もするし、実際に聴いてみたい衝動に駆られる。と一瞬思ったが、やっぱりクラシック音楽作品として聴くならハープは「本家」の方が正解のようだ。
ランチの後は、夕方5時までフリーコンサートタイム。有楽町駅から東京駅に至るまでの丸の内エリア内に点在する会場を回りながら、いろんな音楽を無料で楽しめるのも「ラ・フォル・ジュルネ」の大きな楽しみ。クラシック音楽だって、ストリートでのバリアフリーの感覚で楽しんだっていいのだ。実際に、クラシック音楽が「現代音楽」だったころは、必ずしも静かに拝聴する音楽ではなかったという話もある。
午後の最初のプログラムは梶山彩沙フラメンコスタジオのメンバーによるフラメンコ。ギターと歌と手拍子(パルマ)の伴奏に乗って、ダンサー達による大輪の華が咲くとっても賑やかなステージ。ここでも新たな発見があった。それは手拍子で、叩く人それぞれの動きが微妙に違うのに、まるで一人で叩いているように聞こえること。おそらく、同じ音が出せるように練習を重ねているのだと思う。そうでなければ、二人でそれぞれの間を埋める形でのトレモロみたいな技は不可能だから。
情熱のフラメンコに酔いしれた後は、ピアノ(林聡子)とオーボエ(原田洋輔)とファゴット(羽山泰喜)の3人による演奏を聴く。曲はフランクの「ファゴットとピアノのためのソナタ」とプーランクの「オーボエとファゴットとピアノのためのソナタ」。フランス人に限らず、ラテン圏の人たちは楽器の組合せに対するこだわりを持たない人たちで、いろんな作品を残している。
珈琲タイムの後は再びメイン会場に向かう。地下の特設ステージではオーケストラと歌手による歌劇「カルメン」のリハーサルが行われている。オープンステージでは本番前に準備も全部見えるから面白い。しかし、この日1日だけでも3回以上「カルメン」に遭遇した。この曲に対する人気と想い入れの強さを感じさせる一コマだ。
サティの「3つのジムノペディ」とドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」「海」が演奏されたホールAは座席数5008のお化けホール。フェイサル・カルイ指揮のラムルー管弦楽団による演奏は、指揮者の名前の通りカル(軽)いタッチの演奏。というようなオヤジギャグはさておき、フランスらしさといっていいのか、オーケストラ自体が柔らかい響きに包まれているのが大きな特徴。そのことが如実に示されたのが、「牧神」と「海」の演奏だった。アンコールの「カルメン」序曲では、聴衆も手拍子で参加するという大きな盛り上がりを見せた。
さて、今日はまだラヴェルを1曲も聴いていない。「ボレロ」も「ピアノ協奏曲」も「クープランの墓」も空振りで、このまま帰るわけにはいかない。ということで最後に向かったのは「ツィガーヌ」がプログラムに載った演奏会場。原佳大(ピアノ)と原麻里亜(ヴァイオリン)の父娘デュオによる演奏だ。ラヴェルはクラシック音楽界ではもっともジャズに心情面で近づいた人で、ヴァイオリンソナタの第2楽章は、ずばり「ブルース」だ。ここでも、最後は「カルメン幻想曲」で長くて楽しい1日が終わった。