「熱闘」のあとでひといき

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ジョイス・モレーノ@コットンクラブ/躍動感溢れる白熱のライブ

2014-07-21 12:23:29 | 地球おんがく一期一会


地元開催のワールド杯では散々な結果に終わったブラジル・サッカー。でも音楽大国としてのブラジルは元気いっぱい。50年近いキャリアを誇るジョイス・モレーノの東京・丸の内コットンクラブでのライブ(2014年7月12日)は、意気消沈気味の日本のブラジルサッカーファンに元気を与えるような素晴らしい内容だった。

♪ジョイスとの出逢い、そして想い出

ジョイス(現在はジョイス・モレーノと改名)は1948年リオ・デ・ジャネイロ生まれの生粋にカリオカ。70年代後半から80年代中盤にかけて、ジャズ/フュージョンに熱中した流れでブラジルのMPB(Musca Popular Brasileira)を追っかけていたから当然名前は知っていたし、当時2枚のLPを購入している。

でも、サンタナに導かれる形でフローラ・プリンやアイルト・モレイラの音楽に心酔し、イヴァン・リンス、ミルトン・ナシメント、エドゥ・ロボ、ジャヴァン、アジムス、ジョルジ・ベン、ジルベルト・ジル、エルメート・パスコアルと言った人達を追いかけた。そんな流れの中に居たのがジョイスだった。というわけで、音楽に惹かれはしたものの熱烈なファンになるところまでには至らず現在まで来ている。だから現在のバンドのメンバーに関心を持つことがなかったら、ジョイスはそのまま「ブラジルの素晴らしいミュージシャンのひとり」で終わってしまっていた可能性が高い。



7月の第1週の土曜日だった。とあるSNSのコミュニティに入ったことが縁で2ヶ月に1回開催されているイベントに参加。日本でブラジル音楽(とくにミュージシャン関係)のことを語らせたら世界一の方を中心とした5~6人のメンバーが各人の好きな音源を持ち寄り、大音響で楽しもうという集まりだ。そこでのアフターアワーズセッション(というと聞こえはいいが、要は単なる飲み会)でジョイス来日の話題が出た。ピアニストにエリオを加えてから、ジョイスの音楽はとみに充実度が増しているという。

「エリオ」にすかさず反応した。「エリオって、エリオ・アウヴェスですか?」。後で少し紹介するが、エリオ・アウヴェスはブラジル出身でもっとも愛するジャズ・ピアニストのひとり。そうとなれば絶体に行かなければならない。スケジュールを確認したら、翌週の土日がコットンクラブで、その後はブルーノート東京でライブがあるという。翌日、コットンクラブの予約の状況を確認したら土曜日の1stは既に満杯で慌てて2ndに予約を入れる。



♪ライブの前に久しぶりに聴いたジョイスの音楽

手持ちのLPは1983年の録音された “tardes cariocas” と1985年の録音された “saudade do futuro” の2枚。前者にはエグベルト・ジスモンチ、後者にはミルトン・ナシメントがゲストで参加している。また、アレンジを手がけるのは名手ジウソン・ペランゼッタなので、イヴァン・リンスなど上質のブラジル最新の音楽に心酔していた頃の佳き想い出が蘇る名演集と言った感じ。

さらに、ライブ前日には帰路に新宿のタワレコへ寄り道して『フェミニーナ』(1980年発表)と『水と光』(1981年発表)もゲットして聴いてみる。ひとまずエリオ・アウヴェスのことはおいといて、頭の中には当時毎日のように聴いていたブラジルMPBのアーティスト達の音楽をいっぱい詰め込んでコットンクラブへと向かった。



♪オープニングからエンジン全開だった白熱のライブ!

今回のジョイス・モレーノのライブのテーマは『RAIZ(ハイズ)』で英語に直すと『ルーツ』ということになる。彼女が「ジョイス」だった時代、すなわちデビュー当時からの音楽活動を振り返りながら「現在の音楽」を披露するというプログラム。頭の中では数日間鳴り響いていたジョイスの80年代前後の音楽のボリュームがじわじわと上がっていく。

そして、定刻(20時)を僅かに過ぎたところでジョイスがバンドのメンバー3人を引き連れてステージに登場。ドラマーはジョイスの旦那様でもあるトゥチ・モレーノ、ピアノはお目当てのエリオ・アウヴェスでベースは今回が初来日となるブルーノ・アギィラール。全員が位置についたところで間髪入れずにジョイスの素敵な声によるカウントのあと演奏が始まった。ギターを爪弾きながら元気いっぱいの声で歌うジョイスのバックを腕達者な3人のミュージシャン達が支える。

ここでそこまで頭の中を支配していた「懐かしのMPBのジョイス」は完全に吹き飛んで行ってしまい、ひたすら前を向いてドリブルを仕掛けるかのような強力な音楽が1時間にわたって展開されることになる。それにしてもこの地の底から沸き立つような躍動感溢れるリズムはどこから来るのだろうか。ドラム? 「No」、ベース? 「No」、ピアノ? 「No」。答えはジョイス以下4人のメンバー全員としか考えようがない。

中心は曲によってギターを持ち熱唱するジョイス・モレーノで間違いない。でも、他のメンバーも俺にボールを渡せと言わんばかりに波状攻撃的なドリブル突破を仕掛ける。テーマは後ろ向きともとれるのに、後ろを振り返ることは誰もしない、あくまでも前進あるのみの強力なサウンドだ。サッカーのブラジル代表も本当はこんな音楽、ではなくてサッカーがしかたかったのではないだろうか。サッカーファンでもあるのでついついそんなことを想ってしまった。

ジョイスは語り(流ちょうな英語を話す)も上手なのだが、とにかく1分たりとも音楽に費やす時間を無駄にはしたくないように見える。そうとしか考えようがないくらいに、曲が終わると間髪入れずにカウントとともに怒涛の演奏が始まる。ここで強く感じたのは、リズムや感覚を完全に共有するもの達のみが達成することができる強固な一体感。寄りかかるものは相互の楽器ではなく、メンバー全員が身体の中に持っている体内時計みたいなリズム感。初加入のベーシストも思いっきり歌っていて、チームに完全に溶け込んでいたようだ。

ブラジル音楽に限らず、ラテンアメリカ音楽に共通するのは、感性が共有できているミュージシャン達によって構築される魔法のような一体感。サッカーに例えれば、自由勝手に動いているように見えながらも、戦術が完全に共有されてマジックのようなパスが繋がりあっと言う間にゴールに迫っているといった感じ。ムシカ・ジャネーラのホローポのように最初は誰の演奏(歌)を聴けばいいのかさっぱりわからない音楽もあるが、ブラジル音楽でも同じことが起こる。欧州スタイルの決めごとが支配しているような組織的で流れるようにパスが繋がるサッカーとはバックグラウンドが違うわけだ。

高揚感と心地よさに包まれた、あっと言う間の1時間だった。そして、グループの自由闊達な音楽を聴いていて、それはおそらく入念なリハーサルを重ねた結果ではないかと言うことに気付いた。各自のやることが決まっていて出るべきところもわかっている。だから一聴するとバラバラに見える演奏なのに、4人から強固な一体感溢れる音が産み出される。

そう考えると、サッカーのブラジル代表は明らかにリハーサル不足であったのではないかと感じる。「能力の高い選手が揃っているから多少ツメは甘くても誰かが何とかしてくれる、それに俺たちは世界が畏れるセレソンなのだから。」そんな意識が多少ともあったことがドイツに見破られて想定を越える敗戦に繋がったのではないだろうか。傷が少し浅かったとは言え、オランダ戦でも同じような光景が繰り返されたことを観てその想いはより強まった。

そんなことは別にしても、こんなに密度が濃くて爽快感に満ちたライブには滅多に出逢えない。いや出逢ったことがないと訂正しよう。素晴らしい時間を与えてくれたジョイスと3人のメンバーに感謝あるのみだ。



♪エリオ・アウヴェスのファンからは次への期待を込めて

あくまでもライブの主役はジョイス・モレーノ。それは重々にわかっていてもホンネをいうとエリオ・アウヴェスのソロをじっくり聴きたかったというのが正直なところ。エリオが本来指向しえいる音楽はブラジルテイストの入ったアメリカンスタイルのジャズ。だから、このライブではチーム一丸となってタイトな音楽を構築するメンバーの役割に徹しなければならないことは致し方ない。エリオのジャズは彼自身のトリオでじっくり楽しむべきものと言うこと。果たして、この日コットンクラブを埋めたファンにエリオが俊英ジャズピアニストの1人でもあることがどの程度まで認知されただろうか。

サウス・アメリカン・ジャズ(ジャズに南米スタイルのスウィング感を持ち込んだ新しいスタイルのジャズ)を追いかけている私にとって、2000年になる前に入手したエリオ・アウヴェスの『トリオズ』は衝撃的な作品だった。1997年の米国録音でジョン・パティトゥッチとアル・フォスターがリズム隊を務めたアメリカン・トリオとニウソン・マッタとデュデュカ・ダフォンセカ(1曲のみパウロ・ブラガが参加)がリズム隊を務めたブラジリアントリオの2つのピアノ・トリオの演奏が楽しめる作品。

だから2つの『トリオ』という訳だが、若きエリオ(1966年サンパウロ生まれ)の実質的なリーダー作品でもあり、華麗なるタッチを持ち味とした流麗としたスタイルのソロ演奏が楽しめる作品にもなっている。名録音技師のルディ・ヴァン・ゲルダーが製作に携わっていることも話題となった Reservoir Music の “NEWYORK PIANO” シリーズの中の珠玉の1枚。

とくに、アルバムのオープニングを飾るシダー・ウォルトンの名曲「ボリビア」は「エリオはこの1曲でキマリ!」と言ってしまいたくなるくらいに、シンプルで美しいテーマをモチーフに、ブラジリアンテイストの軽いタッチによるめくるめくようなアドリブがたっぷり楽しめる。バックを支えるジョン・パティトゥッチ(プッシュ系でソロも披露)とアル・フォスター(ナチュラルなサポート系)が、対照的なスタイルながらも「重鎮」として若く才能を強力にバックアップしているからもうたまらない。

エリオはホメロ・ルバンボなど強力なブラジル系出身のミュージシャン達との共演も多く、ブラジリアン・ジャズには欠かせない逸材。次こそは、彼自身のトリオでゆったりした気分を味わいたい。ジョイス・モレーノに対する最高レベルの満足感とエリオ・アウヴェスに対する大いなる期待感を胸に抱いてコットンクラブを後にした。
コメント
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