「熱闘」のあとでひといき

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Richie Zellon “The Nazca Lines”/リッチー・セーロンの自画像

2013-08-10 19:36:55 | サウス・アメリカン・ジャズ


『カフェ・コン・レチェ』で(ひっそりとではあるが)高らかに「アフロ・ペルー・ジャズ宣言」を行い、ジャズワールドへと羽ばたいたリッチー・セーロン。どこか(アフロ・ペルー・ジャズの存在を世界にアピールするといったような)使命感も漂う少し肩に力が入った実質的なデビュー作(*)に比べると、第2作はセーロン自身がやりたいことを鏤めた自画像のような作品といえる。

(*)リッチー・セーロンは1982年に処女作となるアフロ・ペルー・ジャズのLP ”Portraits In Black & White” をリリースしている。同作品は、2007年に “Landologia” (Songosaurus 724786) として復刻された。

さて、リッチー・セーロンは永らく年齢不詳の人だった。女性アーティストの場合は、生年(月日)を明らかにしないことはお約束ごとみたいなものだが、男性アーティストの場合は珍しい。とくに深い理由はあったのだろうか。手がかりは母親がピアノ好きのブラジル人であり、幼少時代に子守歌代わりにジョビンの音楽を聴いていること、ジミ・ヘンドリックスやサンタナのギターサウンドに魅せられたこと、80年代前半にチャブーカ・グランダに逢っていることなどを総合すると、50年代前半の生まれではないかと推測していた。ちなみに父親はユダヤ系のアメリカ人で音楽的な素養は持ち合わせていなかったようだ。

しかし、ひょんなことからリッチー・セーロンの生年月日が判明した。ネット上で見つかったバイオグラフィーに1954年12月生まれと記載されていたのだ。だから、この作品は42歳になる前にリリースされたことになる。10年遡ってリリースされた処女作がフュージョンカラーが強い作品であることを考えると、その後10年を経たジャズのスタイルの変貌を “Café Con Leche” を通じて考察することも面白いと思う。そのことについては追って触れてみることにしたい。

♪ジミ・ヘンドリックスとアフロ・キューバン・ジャズの幸福な結婚

ギターが「ナスカの地上絵」になった素敵なジャケットが目を引くこの作品。リッチー・セーロンはギターフリークだったが、米国で音楽と同時にウェブ・デザインを学んだアーティストでもある。そんなセーロンの最大のアイドルはジミ・ヘンドリックスだった。おそらく20世紀の音楽シーンで10本の指に入る偉大な音楽のひとり。リッチー・セーロンは、そのジミの音楽をいつの日かラテンジャズスタイルでやってみたいという強い願望を持っていた。

しかし、この「構想」に対して異を唱える人はいても賛同する人は皆無だったようだ。「そんなのうまくいくわけない。」と言った周囲の反対を押し切って「結婚」に踏み切ったのだが、結果はこのアルバムのハイライトをなす2つの作品として収録されることになった。オープニングを飾る「ファイアー」はチャチャチャで、そして、4曲目の「パープル・ヘイズ」はソン・モントゥーノとして見事にアフロ・キューバン系のラテンジャズ作品として鳴り響く。ギタリストの「どうだ!」という誇らしげな顔が目に浮かぶようだ。

思い起こせば、サンタナはジミヘンに憧れてブルース・バンドを結成し、ラテンロックの金字塔を打ち立てた。サンタナの例を挙げるまでもなく、ラテンビートでもチャチャなどのアフロ・キューバン系の4つで刻まれるリズムはロックビートとの相性は悪くない。世間一般的にはかけ離れた存在だったジミヘンのロックギターとラテン・ジャズは、セーロンの頭の中ではけして異質なものではなく、一体化されていたことになる。もちろん、サンタナに勇気づけられた部分もあったことだろう。

♪ラテン・ジャズの地平線をさらに南へと拡げる様々な試み

衝撃的な「ジミヘン」に隠れがちだが、この作品は「アフロ・ペルー」に留まらない様々な試みが満載の野心作となっている。2曲目の「メレンバップ」はドミニカ共和国のメレンゲのリズムに乗って、ビバップでお馴染みのフレーズが繰り出される(ジャズファンなら)むふふの作品。9曲目の「サンバ・トレーン」はサンバとコルトレーンの合体で、リッチー・セーロンの盟友ジョージ・ガゾーンが印象的なソロを聴かせてくれる。もちろん、リッチー自身ももう一つの母国ブラジルへの熱い想いを込めてアコースティック・ギターソロを披露する。

10曲目のエリントン・ナンバー「イン・ア・センチメンタル・ムード」ではタンゴで郷愁を誘い、11曲目にはアコーディオンが大活躍するコロンビアのヴァジェナートを登場させる。さらに12曲目の「ミッション・マリネラ」は「スパイ大作戦」のテーマをもじったような5拍子のマリネラ。そういえば、TVドラマ「ミッション・インポッシブル」の音楽を担当したラロ・シフリンも南米アルゼンチンの出身だった。ここでは海岸の音楽マリネラの特徴のひとつとなっているブラスバンドを入れることも忘れていない。

♪魅力溢れる共演者達

録音場所やメンバーが異なる3つのセッションが混在した『カフェ・コン・レチェ』に比べると、「固定メンバー」で演奏されている『ナスカ・ラインズ』は、バラエティに富んだ内容にもかかわらず落ち着いて愉しめる作品に仕上がっている。『チルカーノ』のリーダー、ホセ・ルイス・マデュエニョがキーボードを担当し、ベースもリーダーと同郷のオスカル・スタニャロ。ただし、ドラマーにはアレックス・アクーニャ(ここではパーカッションを担当)ではなく、キューバ出身の達人イグナシオ・ベローアを起用したのはジミヘン作品を録音することを念頭に置いたからだろう。

第1作目で「アフロ・ペルー・ジャズ宣言」を行い、第2作目で自身のルーツと目指す音楽を思う存分披露したリッチー・セーロンは、第3作目でいよいよ自らが思い描く「サウス・アメリカン・ジャズ」のスタイルを完成へと導くことになる。


RICHIE ZELLON “THE NAZCA LINES” (Songosaurus 724773) -1996-

1) Fire (Jimi Hendrix) – cha-cha/Cuba -
2) Merenbop (Richie Zellon) -merengue/Dominican Repubric-
3) The Wind Cries Jimi (Richie Zellon)
4) Purple Haze (Jimi Hendrix) –son-montuno/Cuba
5) The Wind Keeps Crying Jimi (Richie Zellon)
6) The Nazca Lines (Richie Zellon) -festejo/Peru-
7) Bromeliad Prelude (Richie Zellon)
8) Dance of The Bromeliad (Richie Zellon) –lando/Peru-
9) Sambatrane (Richie Zellon) –bossa-samba/Brazil
10) In A Sentimental Mood (Duke Ellington) -tango/Argentina-
11) The Moon Over Medellin (Richie Zellon) –vallenato/Colombia-
12) Mission Marinera (Richie Zellon) –marinera/Peru-
13) Johnny Chango (Richie Zellon) –festejo/Peru-
14) Dance of The Bromeliad (short version)

Richie Zellon : Guitars (Peru)
George Garzone : Tenor & Soprano Sax (USA)
Jose Luis Madueno : Piano (Peru)
Oscar Stagnaro : Bass (Peru)
Ignacio Berroa : Drums & Timbales (Cuba)
Alex Acuna : Congas, Bongos, Timbales, Cajon & Shekere (Peru)
Eddie Marshall : Flute, Bass Clarinet & Baritone Sax (USA)
Paul Butcher : Trumpet (USA)
Dan Jordan : Tenor Sax (USA)
Hamilton Sanchez : Baritone Sax (USA?)
John Allred : Tuba (USA)

Recorded at “The Studio”, Orland, Florida, January 1996
Produced by Richie Zellon
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Richie Zellon “Cafe Con Leche”/アフロ・ペルー・ジャズのランドマーク

2013-07-28 18:39:58 | サウス・アメリカン・ジャズ


"Chilcano" を偶然手にしたことから、「ラテンジャズ」の地平線(水平線)はカリブ海よりも遙か南にまで拡がっていることを知った。こうなったら、この新しいジャズのことをもっと知りたいと思うのは自然なこと。

ラテンジャズといえば、未だに半世紀以上前に生まれた『アフロ・キューバン・ジャズ』から殆ど時計が前に進んでいない数多の日本の「ジャズ本」はまったくあてにならない。日本にもたくさんおられるラテン音楽に詳しい人もジャズは苦手という方が多い。そんなわけで、とりあえずの情報源として "Chilcano" のMark Holstonの手になる充実したライナーノーツを熟読する。限られたスペースの中からもフェステホ(festejo)やランド-(Lando)などがアフロ・ペルー・ジャズを彩る代表的なリズムであることがわかる。では、こういったリズム/音楽にはどんな特徴があるのだろうか。

幸いにも当時(2000年頃)はインターネットで様々な情報を入手できる時代になっていた。CDに載っていたアドレスを頼りに発売元の "Songosaurus Music" のHPにアクセスする。そこには、『チルカーノ』の他にレーベルの創設者であるリッチー・セーロン(Richie Zellon:スペイン語の発音方法に倣えば「セジョン」あるいは「セリョン」にすべきだが、ここでは米国流にセーロンとする)のリーダー作3枚を含む6枚のCDがリストアップされていた。

さて、どれを購入しようか?と迷ったが、セーロンの3枚以外を落とす理由が見つからない。音楽ファンを何十年もやっている経験則に従えば、買わずに後悔するくらいなら買った方がいいに決まっている。ネットからの直接購入には少々不安もあった当時ではあるが、結局残り6枚すべてのCDをオーダーした。結論は言うまでもないだろう。ここにわざわざ「サウス・アメリカン・ジャズ」のブログを書いているくらいだから。とくに処女作となった "Café Con Lech"("Coffee With Milk")はアフロ・ペルー・ジャズの特徴を掴むために何度も何度もCDプレーヤーに載せることになった

あとでいろいろと分かったことだが、リッチー・セーロンが自作CDをネットで直販する形を取ったのは苦渋の選択でもあった。自信を持って制作した "Café Con Leche" は「売れ(るわけが)ない」という理由でどこの会社もリリースしてくれなかったので、ならば自分自身で売ろうという流れ。しかしながら、そもそもレーベル設立自体が大きなリスクだったのだ。一時は(訴訟と負債を抱える形で)セーロン自身も(音楽の)表舞台から消えてしまう。

しかし、高い理想を掲げ、信念を曲げなかったことが功を奏し、セーロンは見事に復活を果たした。ようやく時代がセーロンの考え方に追いついたというべきかもしれない。実質的なデビュー作 "Café Con Lech" はボストン、ロサンゼルス、そして故郷のリマの3カ所で行われたセッションを1枚のCDにまとめた力作。「アフロ・ペルー・ジャズ」に留まらず「サウス・アメリカン・ジャズ」の歴史においても金字塔を打ち立てたランドマーク的作品と言ってもいいのではないだろうか。

♪セッション1(1994年1月、米国ボストンにて)

1) Latitude (Richie Zellon) - festejo/Peru - ※曲目の番号は実際のCDのトラックNo
2) Parque de las Leyendas (Richie Zellon) -lando/Peru-
4) Corazon Norteno (Richie Zellon) -marinera/Peru-
7) Pazzolesque (Richie Zellon) -tango/Argentina-

Richie Zellon : Guitar (Peru)
Jerry Bergonzi : Tenor Sax (USA)
Danilo Perez : Piano (Panama)
Oscar Stagnaro : Bass (Peru)
Bob Moses : Drums (USA)
Saturnino Pernell (Puerto Rico?)
Hector Quintanilla (Peru?)

ボストンにあるバークリー音楽院は「サウス・アメリカン・ジャズ(SAジャズ)」においても重要なキーワードの一つ。その理由は、ここでジャズを学び、サウス・アメリカン・ジャズの担い手となった南米出身の音楽家が多いから。

音楽がさかんな南米とはいっても、幼少自体からジャズに接することができる人は殆どいないようだ。日本では想像も及ばない格差社会にあって、ジャズを聴くことができるのは一握りの上流家庭の子女のみ。そんな人たちの中から、本場のジャズを学びたいと思った音楽家がボストンに向かう。しかし、そこで音楽を勉強するうちに、母国には世界に誇るべき音楽文化があることに目覚め、ルーツ音楽のエッセンスをジャズに活かす試みへの取り組みを始める。それは母国で悲惨な運命を辿ったアフロ系の人たちの苦い歴史を学ぶことでもあるのだが、SAジャズを担うミュージシャン達のバイオグラフィーを読んでいるとそんな経歴を持つ人が多い。

リッチー・セーロンも本格的なジャズを学ぶためにバークリーを目指したひとりだった。実際は名ギタリストのパット・マルティーノから受けたショートレッスンが最高だったと告白しているが、バークリーで多くの友人を得たことは大きな財産になったようだ。ラテン系のミュージシャンに混じって、ジェリー・ベルゴンツィやボブ・モーゼスといったジャズ界の猛者たちが名を連ねているのが目を引く。しかし、実はSAジャズの特徴のひとつはここにある。南米の音楽に興味を持ったジャズミュージシャンなら、国籍を問わず誰でも参加できるのがオープンマインドなSAジャズの素晴らしいところ。

オープニングのフェステホでまずは度肝を抜かれ、バラード系がフィットするランド-に1曲挟んでペルー色が濃厚のマリネラと「序盤戦」でアフロ・ペルー・ジャズの特徴が明確に提示されることになる。12/8拍子(感覚的には3/4+6/8だが)のフェステホと2×2の4ビートが交錯するSAジャズならでは世界が聴かれるのも、このメンバーならでは。また、ピアソラに捧げたれた7)を聴けば、タンゴもSAジャズの重要な構成要素であることがわかる。

ペルー風味が濃厚とは言いながらも、アブストラクトな感覚が支配的なオープニングがとにかく刺激的だ。所謂「ラテンジャズ」(リズミカルでハッピーなジャズ)を期待すると完全に面食らってしまうサウンドかも知れないが、SAジャズの世界が凝縮されたセッションだと思う。

♪セッション2(1994年1月、米国ロサンゼルスにて)

3) Cumbiacao (Richie Zellon) - cumbia/Colombia - 
5) Café con Leche (Richie Zellon) -festejo/Peru-
6) Landologia (Richie Zellon) -lando/Peru-
7) La Prima de Estella (Richie Zellon) -songo/Cuba-

Richie Zellon : Guitar (Peru)
Justo Almario : Soprano & Tenor Sax (Colombia)
Otmaro Ruiz : Piano (Venezuela)
Abraham Laboriel : Bass (Mexico)
Alex Acuna : Drums & Percussion (Peru)

ある種緊迫感の漂うセッション1に比べると、米国で活躍するビッグネームばかりながらも、同胞のラテンアメリカ出身者で固めただけありリラックスした雰囲気が感じられる。「実は俺たちはこんなジャズがやりたかったんだ!」という意気込みで気持ちがひとつになったセッションは聴き応え十分。お国もののクンビアでは嬉々としてサックスを吹くフスト・アルマリオの表情が目に浮かぶようだ。この作品の中で唯一のアフロ/キューバンのリズム(ソンゴ)を用いた曲が聴けるのもこのセッションだ。

♪セッション3(1993年9月、ペルーの首都リマにて)

9) Barbara (Horace Silver) - lando/Peru – 
10) Scrapple From the Apple (Charlie Parker) -festejo/Peru-
11) Senora Cabuca (Richie Zellon) –vals, lando/Peru- (In memory of Chabuca Gramda)
12) Jarana (Richie Zellon) -festejo/Peru-

Richie Zellon : Guitar (Peru)
Paquito D'Rivera : Alto Sax & Clarinet (Cuba)
George Gazone : Soprano & Tenor Sax (USA)
Jose Luis Madueno : Piano (Peru)
David Pinto : Bass (Peru)
Juan Madrano Cotito (Cajon)
Hugo Bravo : Bass (Peru)
Barry Smith : Drums (USA)

録音場所や顔ぶれを見ればセーロンが故郷に錦を飾ったセッションに見えてしまう。しかしながら、この録音は当初構想にはなかったと言う。ペルーにぶらりと帰ったときに、仲間のミュージシャンに請われてスタディオに向かったことから生まれた録音。そんな偶発的な状態で行われたセッションでありながら、ジャズのスパイスが至る所に振りかけられているのが面白い。

(ちなみに、仲間のミュージシャン達はデビッド・バーンが注目したことで知られるスサナ・バカのバンドの中核メンバーが中心。でも、パキート・デリヴェラとジョージ・ガゾーンが居るのは何故だろう。セッションが決まってから急遽呼び寄せたのだろうか?)

まずはホレス・シルバーの「バーバラ」で度肝を抜かれる。シルバーがこんな美しい曲を残していたことも驚きだが、ゆったりとしたランド-のリズムにぴったりとフィットしていることが驚き。このアルバムの中にあってもっとも感動的なトラックとなっている。お馴染みのパーカー・ナンバーではカホン(椅子の形をした打楽器)の最高の名手、コティートがシンプルな楽器から最高のソロを叩き出している。

南米最高の歌手のひとり、チャブーカ・グランダはリッチー・セーロンにとっても最高のアイドルだった。最初のレコーディング(1982年)にあたって、チャブーカから激励を受けたことからこの感動的なトラックが生まれた。美しいクラリネットソロを披露するパキートもキューバ出身ながら実はSAジャズにとって最重要人物のひとり。また、ジャズスタンダードの「いつか王子様が」のコード進行を借用しているところにセーロンのユーモアのセンスと洒落た一面を垣間見ることができる。

♪サウス・アメリカン・ジャズの歴史に貴重な1ページが切り拓かれた

『チルカーノ』のような耳当たりの良さは確かにない。このアルバムを最初に聴かされたら、レコード会社の担当者も(価値を認める人はいるかもしれないが)「ぜひ出したい」とは言えないだろう。でも、リッチー・セーロンが妥協せず、まずは「アフロ・ペルー・ジャズ」のコンセプトを確立し、「サウス・アメリカン・ジャズ」で世界に打って出るという意思を貫き通したことが結果的に良かったと思う。

この "Café con Leche" に比べたら、2作目の "The Nazca Lines" や3作目の "Metal Caribe" の方が遙かに楽しいし聴きやすい。とくに2作目での斬新な試み(ジミ・ヘンドリックスとアフロ・キューバン・ジャズの結婚)の予期せぬ成功はセンセーションを巻き起こしたかも知れない。でも、自分自身にとっても最高の教科書となっているこの作品の価値は計り知れないものがあるとCDプレーヤーにディスクを載せるごとに思いを新たにしている。
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Jose Luis Madueno “Chilcano”/すべてはこの1枚から始まった

2013-07-26 01:40:22 | サウス・アメリカン・ジャズ


音楽の大きな楽しみのひとつは、偶然出逢った音がきっかけで音楽観が思わぬ方向へと拡がっていくこと。それはラジオから偶然流れてきた曲であったり、街角で耳にした音であったり、ジャズ喫茶でかかったレコードであったりと、出逢いの形は様々だ。そんな思わぬ邂逅から、それまでは空白だったスペースや時間が埋められていく。

中でも「極上」を提供してくれたのは、とあるCDショップだった。と書くと「月並み」と思われてしまうかもしれない。でも、何の変哲もないお店がとんでもない出逢いを何度も提供してくれたのは偶然ではないような気もする。哀愁感が漂うポルトガルのジャズも、輝く太陽のような歌心に溢れたスペインのジャズも、世界最高水準をひた走るポーランドのジャズも、そして(知名度の割に人気はないが)実はとっても魅力的なハイドンの音楽も「発見」されたのはすべて同じ場所だから。

かつて大宮駅西口アルシェの4階に「ディスクマップ」という名のCDショップがあった。埼玉県ではそこそこの規模とは言っても、東京都内に大規模店舗を構えた大手輸入ショップとは比べるべくもない。しかし、このお店の「バーゲンワゴン」の中は特別で、上でも書いたように、今にして思えば宝の山だった。アウトレット品としてバナナの叩き売りのような状態で処分の憂き目に遭っているCD達が、実は正規品の扱いで売られているものより遙かに内容のある作品だったりするから(理不尽だが)面白いのだ。

私を「サウス・アメリカン・ジャズ」の世界に導いてくれた貴重な1枚が、ここで紹介するペルーの音楽家、ホセ・ルイス・マデュエニョの『チルカーノ』だった。

♪「アフロ・ペルー・ジャズ」との幸運過ぎる出逢い

時は1999年の1月3日。例によってディスクマップのバーゲンワゴンを物色していたら、1枚の一風変わったCDが目に留まった。国籍不明だがラテン系で間違いなしの人がリーダーになっていて、ジョン・パティトゥッチ、スティーブ・タヴァリョーン、アレックス・アクーニャといったビッグネームの人たちの名前もある。チック・コリアのエレクトリック/アコースティックバンド、ラテンフュージョンバンド「カルデラ」の中心メンバー、そしてウェザーリポートの元ドラマーが参加なら間違いないだろうということが(もちろん冒険でもいいのだけど)決定打となった。

果たしてどんな音が出てくるのだろうか? 耳に飛び込んできたのは、多彩なリズムやラテンアメリカの雰囲気が素材として使われた完成度の高いフュージョンスタイルのジャズだった。ただ、リズムはボサノヴァ、レゲエ、4ビートといったお馴染みのものから、聴き慣れないタイプのものまでバラエティに富んでいる。ライナーノーツを読むと、リーダーはペルー人であることが判明。父親も音楽家で、クラシック音楽のトレーニングを積んだピアニストにして作編曲にも優れた才能を持つ若手有望株とある。そういわれてみれば、洗練されたアレンジの中にもアンデス音楽に通じる楽想の曲が混じっている。

これがサウス・アメリカン・ジャズの中核のひとつといえる「アフロ・ペルー・ジャズ」との貴重な出逢いだった。CDは同郷のペルー人、リッチー・セーロン(Richie Zellon)が興したソンゴサウルス・レーベルからのリリース。思えば、最初に聴いたのがレーベル創設者のリーダー作でなかったのが幸いしたのかも知れない。この作品で聴けるような洗練されたスタイルではなく、アフロ・ペルー色が濃厚に織り込まれた高密度のサウンドを聴いたら、すんなりとこの世界(サウス・アメリカン・ジャズ)に入って行けたかどうか疑わしい。

とにかく賽は投げられた。以後、この一風変わったアフロ・キューバン・ジャズとも違う「ラテン・ジャズ」いや「サウス・アメリカン・ジャズ」に真っ正面から向き合うことになったのだった。

♪スーパーベーシスト、ジョン・パティトゥッチの強力なサポート

このアルバムに参加したミュージシャンのなかでも飛びきりのビッグネームはジョン・パティトゥッチだろう。2曲のみの参加だが、リーダーのピアノプレイに華を添えている。この作品以外にも、エリオ・アルヴェス(ブラジル人)、ダニーロ・ペレス(パナマ人)、アジザ・ムスタファ・ザデ(アゼルバイジャン人)といった世界の俊英ピアニスト達をサポートしている偉大なベーシスト。頻繁に共演しているエドワード・シモンもベネズエラ出身のピアニストだ。

♪現代最高のフルート奏者、ペドロ・エウスタ-チェの至芸

『チルカーノ』(ペルーの強いお酒のひとつだそうだ)の最高の聴き所はタイトル曲で披露されるペドロ・エウスタ-チェの超絶技巧を駆使した白熱のフルートソロ。ベネズエラ出身でおそらく現代最高のジャズフルート奏者の1人ではないかと思う。とにかく楽器の鳴り方が違う。ペドロはフルートの他にもエレキベース、バスクラリネット、クアトロを演奏するだけでなく、ズルナーといった中近東の管楽器演奏もお手の物のマルチプレイヤー。最近は、癒やし系の音楽に力を入れるなどジャンルを超越した活躍で注目を集めている。

♪アレックス・アクーニャの圧倒的な存在感

ペルーの他にも様々な国籍のミュージシャン達が集った『チルカーノ』。しかし、やはり中核を担うのはプロデューサーも務めるリッチー・セーロン(ギター)、アレックス・アクーニャ(ドラム)、オスカル・スタニャロ(ベース)といったペルー出身のミュージシャン達。なかでも、圧倒的な存在感を示すのがアレックス・アクーニャだ。ペルー出身者であることは知れ渡っていても、なかなか自身のペルー成分を表に出す機会には恵まれなかった人。ウェザー・リポートやフュージョン系の様々なセッションで披露したしなやかなドラミングのルーツはここにあり!と言わんばかりのスーパープレーの数々でこのアルバムを盛り上げていることは間違いない。


JOSE LUIS MADUENO “CHILCANO” (Songosaurus 724774) -1996-

1) Games (Jose Luis Madueno)
2) Peflections (Jose Luis Madueno)
3) Moonspark (Jose Luis Macueno)
4) Staying At Home (Jose Luis Madueno)
5) Nica’s Prelude (Jose Luis Madueno)
6) Nica’s Dream (Horace Silver)
7) Valsamo (Jose Luis Madueno)
8) Waiting For Tomorrow (Jose Luis Madueno)
9) Going In Circle (Jose Luis Madueno)
10) Joyful Goblin (Jose Luis Madueno)
11) Cilcano (Jose Luis Madueno)
12) Witch Doctors In The Alley (Jose Luis Madueno)

Jose Luis Madueno : Piano, Keyboards, Cajon & Voice
Steve Tavaglione : Tenor & Soprano Sax
Pedro Eustache : Flute
Richie Zellon : Guitar
Ramon Stagnaro : Guitar
John Patitucci : Acoustic Bass
John Pena : Electric Bass
Oscar Stagnaro : Electric Bass
Alex Acuna : Drums & Percussion
Barry Smith : Drums

Recorded during January 1996 at “The Studio” Orland & “Masters Crib” LA
Produced by Richie Zellon

Jose Luis Maduenoの公式サイト
http://www.joseluismadueno.com/english/home.html
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サウス・アメリカン・ジャズ/南米で生まれたスウィングの新しいかたち

2013-07-15 20:46:43 | サウス・アメリカン・ジャズ


このブログの隠れメインテーマは「サウス・アメリカン・ジャズ」。でも、この言葉を目にしたときにどんな音楽がイメージされるでしょうか。

「サウス・アメリカン・ジャズ」は文字通り、南米大陸で生まれたジャズ。リズムにも曲想にも南米大陸で演奏されている様々なスタイルの音楽の要素が色濃く反映されています。そして、使われる楽器はギター系を中心とした様々な弦楽器が中心となっていて、広義の「ラテン・ジャズ」で用いられるような打楽器の活躍の場はむしろ少ない。踊りがあれば当然のことながら歌もあります。さらに、音楽の担い手は、南米大陸の出身者だけでなく、北米から欧州大陸、さらには日本へと地球規模の拡がりを見せています。

あえてカテゴライズするならば、世界中に散らばる南米音楽に魅せられたジャズミュージシャン達が「ジャズ」という音楽の「世界共通語」を用いて本場の音楽家達と交流を深めているのが「サウス・アメリカン・ジャズ」の世界。「ラテン・ジャズ」の一部ではあるとしても明確に定義することは難しいジャズですが、音楽としての魅力はアメリカ本国や欧州大陸のジャズにもけして劣ってはいないと思います。

そんな「サウス・アメリカン・ジャズ」の面白さを何とか伝えることが出来ればとずっと考えていました。それは、今は閉じている拙HPの『ワールド・ジャズ・ギャラリー』で志したことでもあります。

一方で、「サウス・アメリカン・ジャズ」はけして多くを知られているとは言いがたい南米大陸の音楽の魅力を世界に向けて発信することができる音楽とも言えます。この音楽をいわば「キーワード」にして南米音楽の魅力の一端を紹介していくことできればと思っています。

ここで登場するミュージシャン達は、殆ど日本では知られていない人たちばかりになってしまうのはやむを得ないでしょう。しかし、現在はインターネットを通じて世界各地で演奏されている音楽を映像付きで楽しむことができます。

筆者とて多くを知るわけではありませんが、少しでも多くの人に「南米大陸で生まれたスウィングの新しいかたち」、そして南米音楽自体の魅力、さらには北中米を経て欧州大陸へと拡がりを見せるラテン系音楽の魅力そのものにも触れる機会を提供できればと思っています。
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