前夜の南アフリカ戦勝利で長い眠りから覚めたかのように盛り上がる日本のラグビーシーン。だが、日本ラグビー村の中心にある大学ラグビー班の反応は鈍いようだ。競技場に少しは華やいだムードがあるかと思ったが、ちょっとやそっとでは変わらないのがこの世界。日本代表を率いるエディ・ジョーンズヘッドコーチが警鐘を鳴らしても肝心なここには届かない。テントの下でメンバー表を配っていた女子学生達が「昨日はとっても興奮しました!」と楽しそうに談笑していたことがせめてもの救いか。この日、上柚木公園で試合を行う4チームの中にも2019年のW杯で中心となる選手が居るはずからしっかり応援したいところなのだが。
さて、春シーズンでいい方で印象が残ったチームが中央大だが、逆に心配になったのが第1試合を戦う法政と山梨学院。法政は昨シーズン3位に浮上したとは言え、春シーズンは春季大会で惨敗を重ねるなどまったく元気がない。一方の山梨学院も本来なら今シーズンは上位に向けて さらなるステップアップを目指すはずが昨シーズンのような戦闘態勢が整ったチームにはなっていない。とくに山梨学院は昨シーズンの私的注目チームで期待も大きかっただけに、緒戦(東海大戦)の大敗に「何故だ」と「やはり」が交錯する不思議な心境になっている。昨シーズンの法政の3位も山梨学院の6位も希に見る混戦模様の結果という事実があったことを忘れてはいけない。
法政は緒戦から4人がメンバー交代で1年生の数は減ったものの基本的には下級生が多く含まれる布陣。そんな中で、SHに4年生の金子峻大がルーキーの根塚に代わって起用されたのが目を惹く。SHとしての力量には定評があったが何故かここまでスタメンでの登場機会にあまり恵まれなかった選手。SOは緒戦と同じくルーキーの金井が起用されているので、ゲームリーダー的な役割を期待されての先発だろうか。なかなか選手を固定できない法政だが、3、4年生で堂々とスタメンを張るはず選手達はどこに行ってしまったのだろうか。
山梨学院はチームきってのトライゲッターで今シーズンは主将を務めるNo.8ソシセニ・トコキオが中心選手。CTBで先発のタイオア・アピレイは前評判が高く、BKの攻撃力アップへの貢献が期待されるルーキー。昨シーズンに主将としてチームを引っ張った大型FL大石の卒業もあって今年も全般的に小柄の選手が多い。昨年同様にチームの纏まりで勝負したいところ。今シーズンも序盤は手堅く慎重になのか、それともアピレイが加入したことで本来目指しているBK展開で得点を目指すチームへと戦術を変えてくるのかに注目してキックオフを待った。
◆前半の戦い/ちぐはぐな山梨学院に対し得点を重ねるも法政はペースを掴めす
法政のキックオフで試合開始。山梨学院の自陣深くからのタッチキックがダイレクトタッチとなり、山梨学院は時計が1分に満たない時間帯で早くも自陣22m付近での相手ボールラインアウトのピンチを迎える。ここから法政は一気にオープンに展開するが山梨学院にオフサイド。法政はショットを狙わず再び山梨学院陣22m内でのラインアウトからゴールを目指す。今度はモールを押し込みPR前島があっさり先制トライ。GKは失敗するが法政が幸先よく5点を先制した。
5分、法政は自陣からの相手キックに対するカウンターアタックで左サイドを破り山梨学院ゴール前でラック。ここから右オープンに展開してこの日スタメン出場を果たしたWTB中井が右サイドを疾走してゴールラインを越える。今回もGKは失敗するが法政のリードは10点となる。法政の切れ味鋭いカウンターアタックからサイドを抉り、右に大きく展開してトライ。と文章にすれば見事なアタックだが、実体は山梨学院のディフェンスが対応出来ていないことにより生まれたトライ。
本日の山梨学院はどこかおかしい。それを強く感じたのは、リスタートのキックオフに位置につくまで悠々と歩いていること。言葉は悪いが「負けているのにチンタラ歩くな!」という檄が飛んでもおかしくない状態だ。その後も法政がトライを重ねるごとに同じ光景が繰り返されるのだが、レフリーが早く位置に着くようにと促してもまったく変化なし。ジョギングしようとする選手も居たのだが、キャプテンが「不動」のためか最後まで見たくないシーンが続く。点を取られたらすぐに取り返そうという姿勢がこのチームには見られないのが不思議。
普通なら対戦相手は(ラグビーを舐めるなよと)怒ってもおかしくない場面。帝京なら自分達のラグビー観とは相容れないチームに対して、圧倒的な攻撃力で容赦なく粉砕にかかるだろう。だが、法政はそうならない。相手のペースに付き合ってしまったかのようにアタックがむしろペースダウンし、山梨学院に反撃を許す。6分、リスターのキックオフに対して自陣でノックオンを犯したところから、自陣を背にして守勢に回る。そして12分、山梨学院は法政陣ゴール前でのスクラムからトコキオがボールを持ちだしてラックになったところでSH山際がサイドを抜けてトライ。GK成功で山梨学院が7点を返しビハインドは3点に縮まる。
その後は双方にミスが多く、お互いが攻めきれない中でテンポアップすることなくもたつきが目立つ形で一進一退の攻防が続く。19分、法政は山梨学院陣22m付近でラインアウトのチャンスを掴み、モールからラック、BKに展開とボールを保持し続けるものの決めきれない。法政ファンにとってはなんとももどかしいアタックが続く。テンポよくボールを繋いでBKで鮮やかにトライを重ねる法政はどこに行ってしまったのか。山梨学院も昨シーズンのような組織されたディフェンスとは言い難く、すぐに綻びが見えるような状態だけによけいにそう感じる。
法政がもたつく間に24分、今度は山梨学院が法政陣でラインアウトのチャンスを掴む。ゴール前のラックからFL渡邊が一気に抜け出してボールを左サイドに運び最後はトコキオが決めた。GKは失敗するが山梨学院が5点を追加して12-10と逆転に成功する。29分、山梨学院はHWL付近でのスクラムから変則プレーを見せる。No.8のトコキオをCTBの位置に配しSHはFBの清水。しかし法政にスクラムを押し込まれてターンオーバーを許し、FL佐々木が一気に山梨学院ゴールラインまで到達。GK失敗ながら法政は15-12と再逆転に成功する。
これはあらかじめ準備されたプレーなのかも知れないがトコキオにボールが渡らなければ意味がない。「奇策」の失敗で山梨学院がせっかくつかみかけていたペースを手放してしまう。直後の33分、法政はHWL付近でのラインアウトから山梨学院ディフェンスを左右に揺さぶりWTB中井がこの日2本目のトライを奪う。すっかり歯車が狂った山梨学院。法政はさらに36分、自陣でのスクラムを起点としたオープン展開の連続でCTB井上がトライ。40分にも法政が1トライを追加して36-12とリードを24点に拡げたところで前半が終了。序盤の状況なら法政も東海大と同じく3桁に近い得点が取れるのではと思わせる状況だったので、リードしているとは言っても法政ファンには物足りない得点差。逆に法政が食い下がられて逆転を許すなど、両チームともちぐはぐさが目立つ前半だった。
◆後半の戦い/圧勝ムードを完全に消し去った法政の残り10分間の大失速
普通のチームなら前半の内容に対して首脳陣の厳しい檄が飛ぶはず。緩慢なディフェンスで失点を重ねた山梨学院、それに付き合って一時ペースを乱した法政とコーチがもしやかんだったら何度も沸騰して水を補充しなければならない状態だと思うのだが。しかし、後半もピッチに出てきた選手達の表情からはそんな様子は浮かんでこなかった。やはり、どちらのチームもどこかネジが外れているとしか思えない。とくに山梨学院は重傷。山梨学院サイドで首脳陣と控え選手達が陣取るテントの斜め後ろの位置で観戦していたが、首脳陣の動きや選手達との会話が少ないことも気になった。
山梨学院のキックオフで始まった後半戦。最初にチャンスを掴んだのは法政。4分、山梨学院ゴール前でのスクラムを起点として8→9からラストパスがWTB中井に渡る。これで中井はハットトリック達成。法政にとって頼もしいエース誕生といったところだが、相手のディフェンス力を考えれば、そして他のチームの猛者WTB達のことを思えばもっと力強さが必要なように見えた。サイズには恵まれているのでパワフルなトライゲッターへと成長して欲しいところ。7分、法政はさらに山梨学院ゴール前でのラインアウトのチャンスからFWでサイドを攻めPR越田がトライ。48-12と後半の序盤で法政がゲームを決めた。あとは、ボールをどんどん動かしてトライの山を築くだけ。コンバージョン後に悠然と歩いてキックオフに臨む(闘志に欠けると見なされても仕方ない)相手に付き合う必要はまったくない。
しかし、法政も何故かここでもペースダウンしてしまう。13分、法政は自陣ゴール前で山梨学院ボールのラインアウトに対し、モールからあっさりとトライを献上。これが30分以降に訪れる法政の惨劇(ディフェンスの心理的な崩壊)の予兆だった。山梨学院のディフェンスは既に崩壊状態にあり、23分に法政がカウンターアタックからFB尾崎がトライを決める。55-17で残り時間から見ても試合は完全に決まった。あとはメンバーを代えつつトライを取りに行って調子を整えたところで試合終了のホイッスル聴く。
はたして、問題の30分がやって来た。ここから僅か10分あまりの間(30分、33分、38分、43分)だった。法政は山梨学院に4T4Gを献上し終わってみれば55-45の10点にまでリードは縮まってしまった。あと5分あれば山梨学院が劇的な逆転勝利という雰囲気こそなかったが、とにかく法政はディフェンスで粘れず反則を繰り返し防戦一方。観客席からは体力的な問題よりも気力の問題のように見えた。とどめは35分。緒戦に続いて吉村主将がシンビン(危険なプレー)で試合終了までピッチに戻れない状況に陥る。本来なら精神的に緩んでしまったチームを立て直すべき選手のはずなのに。ディフェンスは崩壊してもアタックなら元気になる山梨学院も不思議なチーム。あまりにも残念な形での終戦となった。
◆闘志もプライドもない
この試合をひとことで総括するなら、「こんな試合は二度と観たくない」になる。ラグビーから闘志を抜いたらこうなるという典型例を観た想いがした。それと、山梨学院は昨年あれほど15人が意思統一できていたのがウソのようにチームは規律に欠けてバラバラだ。法政にしても、かつて関東学院と覇を競っていた頃のプライドはどこに行ってしまったのだろうか。2強としてリーグを引っ張る存在となった東海大も流経大も、かつては法政の厚い壁を破れずに泣かされ続けた歴史がある。そんな悔し涙をエネルギーとして日夜努力を重ねたことで今があるのだ。とにもかくにも、両チームともに明日に繋がるものが見えなかったことが寂しくて哀しい。
ラグビー日本代表監督エディー・ジョーンズの言葉―世界で勝つための思想と戦略 | |
柴谷 晋 | |
ベースボールマガジン社 |