「熱闘」のあとでひといき

「闘い」に明け暮れているような毎日ですが、面白いスポーツや楽しい音楽の話題でひといき入れてみませんか?

ベネズエラより愛を込めて/クララ・ロドリゲスのピアノで愉しむホローポとワルツ

2017-05-30 01:03:31 | 地球おんがく一期一会


ベネズエラは世界有数の産油国であり、ミス・ユニバースを多く生みだしている国であり、スポーツでは日本にも有力選手を送り込んでいる野球が強い国。音楽界ならサルサ界のスーパースターとして名高いオスカル・デ・レオーンが居るし、最近ではアメリカで活躍するジャズミュージシャンも多い。ワルツやメレンゲやガイタといった民衆音楽の認知度も高まっている。ギターやマンドリンなどの弦楽器による都市弦楽アンサンブルも盛ん。

しかしながら、時代を担うスーパースターのグスタヴォ・デュダメルを生みだした音楽教育システムの「エル・システマ」に注目が集まるものの、クラシック音楽界でも素晴らしい作品が生み出されていることは殆ど知られていない。もっとも、南米大陸自体のクラシック音楽が殆ど知られていないのが現実。ブラジルならヴィラ・ロボス、アルゼンチンならヒナステラやピアソラ、パラグアイなら『大聖堂』のバリオスといった人達の名前が浮かんでくるが、他に誰か居たかな?という状況は今も昔も殆ど変わっていないように思われる。

そんなベネズエラにあって、自国の音楽を積極的に世界に広めようと尽力しているひとりがピアニストのクララ・ロドリゲス。カラカス生まれで奨学金を得てロンドンの英国王立音楽院に学び、バッハ、モーツァルト、スカルラッティ、ショパン、ドビュッシーなどを得意とする。しかし、彼女がもっとも力を入れているのは南米の魅力的なピアノ曲で、とりわけ母国ベネズエラの作品には深い愛情を注ぎ込んでいる。そんなピアニストの愛が結実した1枚のCDが英国のニンバスレーベル(現在はWyastone Estateが運営)から2010年にリリースされた『ベネズエラ』。あまりにも素晴らしい内容なので “From Venezuela with Love” とタイトルを付け直したいくらい。

♪Clara Rodriguez “VENEZUELA”(NIMBUS ALLIANCE NI 6122)

1) Luisa Elena Paesano “Pajarillo” (joropo) *
2) Evencio Castellanos “Mananina caraquena” (waltz)
3) Federico Vollmer “Jarro mocho” (joropo) *
4) Ramon Delgado Palacios “La Dulzura de tu rostro” (waltz)
5) Luisa Elena Paesano “El porfiao” (joropo)
6) Federico Vollmer “El atravesado” (waltz)
7) Federico Ruiz “Aliseo” (joropo)
8) Maria Luisa Escobar “Noche de luna en Altamira” (waltz) *
9) Federico Ruiz “Zumba que Zumba” (joropo) *
10) Miguel Astor “Adriana” (waltz)
11) Pablo Camacaro “Diversion” (ritmo orquidea)
12) Antonio Lauro “Cancion”
13) Antonio Lauro “Vals criollo”
14) Juan Carlos Nunez “Retrato de Ramon Delgado Paracios” (waltz)
15) Modesta Bor “Fuga”
16) Modesta Bor “Juangriego” (waltz)
17) Antonio Lauro “Seis por derecho” (joropo)
18) Ricardo Teruel “Destilado de vals”
19) Francisco Delfin Pacheco “El cumaco de San Juan” (merengue)
20) Luis Laguna “Creo que te quiero” (waltz)
21) Pedro Elias Gutierrez “Alma llanera” (joropo)
22) Pablo Camacaro “Don Luis” (merengue)
23) Simon Diaz “Caballo Viejo” (pasaje llanero)
24) Manuel Yanez “Viajera del rio” (waltz) *
25) Heraclio Fernandez “El Diablo suelto” (waltz-joropo)
※ *印はYouTubeで聴取可能。とくに8)と24)はオススメ

都合18名の作曲家による25曲がズラリと並ぶ豪華ラインナップ。「第2の国歌」としてベネズエラ国民に愛される「アルマ・ジャネーラ」や「カバジョ・ビエホ」(シモン・ディアス)、「エル・ディアブロ・スエルト」といったポピュラーヒット曲も入ってはいるが、殆どは知られざる作品。強いて言えば数多くのギター作品を残しているアントニオ・ラウロが比較的知られている人だと思う。ちなみにフェデリコ・ルイスについては、ASVレーベルからクララ自身による作品集が出ている(一時廃盤状態だったが、ニンバスレーベルから再発)。



このように多くの作曲家による作品が並ぶと、総花的で散漫な印象のアルバムになりがち。だが、この作品集はまるでリサイタルを意識したかのような絶妙のプログラミングが施されていて、バラエティ・ショウには終わらない。ラインナップの末尾をじっくり眺めていただければ判るが、基本的にホローポ(joropo)とワルツ(waltz)が交互に並んでいる。ホローポも(ベネズエラの)ワルツも3/4拍子と6/8拍子が同時進行のクロスリズムになっていることが大きな特徴。だが、ホローポを早い3拍子、ワルツをゆったりした3拍子とみなせば、ほぼ同じリズムで緩急が入れ替わっていくことになる。また、情熱的な場面(ホローポ)とロマンティックで優雅な場面(ワルツ)が並ぶことでメリハリが効いたプログラムになる。

プログラムにはときおりメレンゲも混じるが、このリズムは5/8拍子。ただ、この5/8も3/8+(3/8-8/1)でカウントすると変拍子に感じられない(1拍足りない)ワルツになる。クララがホローポとワルツに心血を注いだ作品集ではあるが、同じくらいに愛しているメレンゲも外すことは出来なかったのだと思う。それにしても、ベネズエラの多くの作曲家にとって、ホローポがかくも愛されている音楽だったとは知るよしもなかった。ジャーノス地方で演奏されているホローポはアルパ(またはバンドーラ)、クアトロ、ベース、マラカスに歌が加わった編成が基本。めくるめくポリリズミックなアンサンブルを1台のピアノで表現出来るのはベネズエラ人ならではの血と愛情のなせる技だと思う。

いろいろ能書きを垂れてみたが、難しいことは考えなくてもスカルラッティやショパンのピアノ作品を愛する人ならすんなりと入っていける世界がここにある。民衆音楽の要素を取り入れた音楽が並んでいても、けして「ライト・クラシック」にはならず、また現代の作品が並んでいても「難しい」と感じさせるところがない。まぁ、これはベネズエラに限らず、ラテンアメリカのクラシック音楽作品に共通する面白さではあるのだが。ベネズエラの民衆音楽のみならず、クラシック音楽の魅力もたっぷりと伝えてくれる珠玉の作品集として音楽ファンの方に強くオススメしたい。


Venezuela
Clara Rodriguez
Nimbus Records
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アート・テイタム『スタンダード・セッションズ』/「ラジオの時代」が磨き上げた天賦の才能

2017-05-21 20:27:12 | 地球おんがく一期一会


目が不自由なピアニストとして紹介される事が多いアート・テイタム。生まれつき両目が白内障で全盲に近い状態ではあったが、何度も手術を重ねて片目はかなり見えるようになっていたそうだ。しかし、のちに強盗に襲われてよい方の目を殴られて永久に視力を失ったという。そんなテイタムにとって、1920年代前半に米国で始まったラジオ放送は貴重な音楽情報の収集源だったに違いない。SPレコードからの音源入手には限界があっただろうし、ジャズクラブに通っても当時流行のポピュラー音楽はそんなに聴けなかったはず。

1930年代から1940年代にかけての米国で流行したポピュラー・ヒット・チューンを知ることができるのはテイタムが残した数多くの録音に依るところも大きい。類い希なる記憶力を持ち主だったテイタムは曲を一度聴いただけで覚えてしまうことができた。ラジオを通じて接した音楽はテイタムにとって格好の題材になったはずで、あとは腕によりをかけていかに美味しく仕上げるか。ここがテイタムの演奏を聴く最大の楽しみであり、日頃から指の鍛錬を怠らなかったのは、そんなリスナーの期待に応えるためだったと思われる。タイトルで「ラジオの時代が磨き上げた」と書いたのもそんな想いがあるから。

一方で、ラジオ放送をポピュラリティ獲得に役立てたのがカウント・ベイシー楽団。時は1936年、夜になるとカンザスシティーのラジオ局にダイヤルを合わせる音楽ファンが多かったそうだ。お目当ては当地の番組に出演していたカウント・ベイシー楽団の演奏。ラジオに夢中になったことがある方なら、夜に遠く離れた地域のラジオ局の番組を聴いたという経験があるはず。私自身も、BCLに熱中していた頃、30mくらいのロングワイヤーのアンテナを張って遠くは中東方面のラジオ放送から流れてくる音楽に耳を傾けていたことがあった。また、ごくごく普通のラジオだったが、深夜に突然スウェーデンの国際放送の番組が飛び込んできてビックリしたこともある。

カンザスシティーのラジオ局から深夜に発信されていたカウント・ベイシー楽団の演奏は、夜になると遠くまで電波が届くラジオ放送の特性により幅広い地域で聴かれていた。その後のカウント・ベイシー楽団の成功はラジオ番組に負うところが大きかったに違いない。ちなみに、ベイシー楽団のテーマ曲として名高い「ワン・オクロック・ジャンプ」は、件の深夜番組のエンディングに使われていた曲。カウント・ベイシーのカウント(伯爵)はラジオ番組のアナウンサーが命名したという逸話がある。



♪アート・テイタム『ザ・スタンダード・セッションズ』~1935-1943 Broadcast Transcriptions~(Music & Arts)

1930年代のアート・テイタムの演奏を纏めた作品集も『クラシック・アーリー・ソロズ』の他にいくつか出ている。その中で、私感ながらもっとも充実した演奏を聴くことができるのは『ザ・スタンダード・セッションズ』(CD2枚組)だと思う。1935年12月、1938年8月、1939年8月、1943年にラジオ放送用に録音された演奏を収めたもの。この作品の魅力は、切れ味鋭いテイタムのピアノタッチが聴ける事もさることながら、録音状態が他の同時期のものに比べてよい(聴きやすい)ことも挙げられる。

このアルバムでは、CD2枚(収録時間:合計157分)に65曲が収録されている。1曲当たり演奏時間は殆どの曲が2分半ばで、短いものだと59秒で終わるものまである。こう書くと、いくらSPの3分間が標準の時代とは言え、テイタムの演奏を聴く人は時間が短すぎると思われるかも知れない。しかし、超人的なテクニックを持ち曲の構成力にも長けたテイタムは2分余りですべてを言い切ることができた。むしろ、時間が短いことがより引き締まった濃密な演奏を可能にしたと言える。これぞ3分間芸術の極み。

65曲、どの演奏もそれぞれに聴き所があるのだが、「タイガーラグ」の他に「ザ・マン・アイ・ラブ」、「スターダスト」、「イン・ア・センチメンタル・ムード」、「スウィート・ロレイン」、「ボディ・アンド・ソウル」、「ビギン・ザ・ビギン」、「オーバー・ザ・レインボウ」、「インディアナ」、「ホワット・イズ・ディス・シング・コールド・ラブ」、「サムボディ・ラブズ・ミー」、「ティー・フォー・トゥ」、「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」、「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」といった不滅のスタンダードナンバーを新鮮な感覚で楽しむことができる。

また、全般的にブルース感覚の演奏が多いことも魅力のひとつ。テイタムがどんな人だったかを知るのにもっとも役に立つのは、デューク・エリントン楽団に在籍した事でも名高いレックス・スチュワート著の『ジャズ1930年代』(草思社刊)。その中で、テイタムは実はブルース歌手になりたかったのだというエピソードが紹介されている。「いい声」の持ち主ではなかったようだが、プライベートでときどき歌っていたそうだ。『ジャズ1930年代』はモダンジャズ期より前の時代に活躍したミュージシャンのことを詳しく紹介しているだけでなく、当時のジャズがどのように演奏され、また社会との関わりを持っていたかを知る上でも貴重な名著だと思う。

話をアルバムに戻す。取り上げられている素材は誰もが知っているポピュラー・ヒット・チューン。オリジナル曲が殆どないことがテイタムに関して聞かれる数少ない不満のひとつだが、だからといってテイタムの作曲の才能を疑うのは大きな間違いだと思う。素材こそ自身のものではないかも知れないが、曲を綿密に解釈(といっても瞬時だっただろうけど)した上で、即興演奏により独自の方法で展開・発展させていく手法を作曲と言わずして何と呼べばいいのだろうか。クラシック界の巨匠達も、このテイタム独自の曲へのアプローチ(解釈)が聴きたくてジャズクラブに足を運んだに違いない。

この『スタンダード・セッションズ』が素晴らしいのは、初期の約10年間のテイタムをしっかりと捉えていること。あと、私感ながら、他の作品集に比べるとテイタムが何の迷いもなく確信を持って演奏していることも挙げられる。ラジオ放送に耳を傾ける時間が長かったと思われるテイタムは、おそらく時代の流れにも敏感だったはず。スウィングからバップへとスタイルが変わっていくジャズに対して、自身のスタイルを押し通して行くべきかに対する迷いも多少はあったのではないだろうか。1950年代の演奏ではテイタムの成熟が聴ける反面、どこか焦りのような部分が見え隠れするような印象も受ける。テイタムの人間味を感じる部分と言い換えることも出来そうだが、まだそこまでは1950年代の演奏を聴き込めていない。



♪アート・テイタム『カリフォルニア・メロディーズ』(Memphis Archives)

テイタムの放送用録音をCD化したものとしてもう一つ挙げておきたいのがこの『カリフォルニア・メロディーズ』。1940年の4月から7月にかけて、ロサンゼルスのラジオ局のバラエティ番組の中で取り上げられたテイタムの演奏24曲が収められている。面白いのは、当時のラジオ番組そのままに、アナウンサーの紹介のあとにテイタムが演奏する形でプログラムが進んでいくこと。そんなリラックスしたムードとは裏腹にテイタムは精魂込めて演奏している。これは『スタンダード・セッションズ』も同じ。「ラジオ」に対する特別な想いが込められていると言ったら穿ち過ぎだろうか。

もし、『クラシック・アーリー・ソロズ』の次に何を聴けばいいですか?と問われたら、私は迷わず『ザ・スタンダード・セッションズ』と答える。理由は上で書いたとおり。初期のテイタムのテクニックとアイデアのシャワーをたっぷり浴びてから1950年以降の円熟の時代に入っていくのも悪くないと思うので。

Standard Transcriptions: 1935-43
アート・テイタム
Music & Arts Program
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サルサ&ラテン・ジャズの名ベーシストの死を悼む/サル・クエバスに捧げる3枚

2017-05-18 01:54:26 | 地球おんがく一期一会


サルサやラテン・ジャズシーンで活躍した名ベーシストのひとり、サル・クエバスがひっそりと亡くなった。とくに追っかけたわけではないが、手元にある何枚かのレコードやCDで印象に残るプレーを聴かせてくれた人。ベースプレイヤーはバンドで重要な役割を担っているにも関わらず注目されることは少ない損な役割を演じている人達。ジャコ・パストリアスやマーカス・ミラー、最近の人ならエスペランサ・スポルディングのような人達は例外的な存在と言える。スティングもベーシストだがボーカリストのイメージが強い。

とくにサルサやアフロ/キューバンジャズのようにパーカッションがリズムの中心として活躍するラテン音楽では、ベーシストはさらに地味な役回りを演じているように見える。しかし、ベースラインの美しい音楽に惹かれるという体験を重ねることで、ベースを中心にジャズやラテン音楽を聴くようになってからはすっかり見方が変わってきている。ラテン音楽でノリを決めているのはベースプレイヤー。とくにパーカッションの突出が少ない傾向のある南米大陸の音楽ではそのことを強く感じる。文字通り音楽の基盤を支えつつ、しっかり歌っているのも名ベーシスト。スラップ奏法を取り入れて活躍したサル・クエバスもそんな魅力たっぷりな人だった。

♪レイ・バレット『リカン/ストラクション』(1979年 FANIA)

レイ・バレットはサルサ界のスーパースターのひとりであり、ラテンジャズからフュージョンまで何でもありだったコンガ奏者。『リカン/ストラクション』は、そのレイ・バレットが不慮の手のケガによるブランクから復活を果たした時期に録音した記念すべきアルバム。ここで、スラップ奏法によるベースの威力をいかんなく発揮しているのがサル・クエバスだった。しかし、このコンガを叩く手を再建しているジャケット、眺めれば眺めるほどになかなかシュール。

その他の参加メンバーでは才人オスカル・エルナンデス(ピアノ)、パポ・バスケス(トロンボーン)、後にルベン・ブレイズのバンドでも活躍したラルフ・イリサリー(ティンバレス)らの名前が目を惹く。アダルベルト・サンティアゴの歌をフューチャーしたまさに「黄金期のサルサ」だが、ハードコアなホーンセクションの絡みが魅力のインスト作品でもある。サル・クエバスのソロがたっぷり聴けることでも魅力的なアルバム。フィナーレを飾る「トゥンバオ・アフリカーノ」が一際感動的なトラックだ。



♪ルイス・ペリーコ・オルティス『スーパー・サルサ』(1978年 TOP TEN HITS)

ルイス・ペリーコ・オルティスは私がもっとも愛しているサルサのスター。トランペッターだが、名アレンジャーとして大活躍した人だった。最初に手にしたアルバム『サブローソ』(1982年)ですっかりお気に入りの人となり、輸入レコード店で当時の作品を買い集めた。この人の魅力は何と言っても絶妙のアレンジ。高度な内容を維持しつつ、ポピュラリティーを失わない絶妙なバランス感覚が最大の魅力と言える。難しくなる一歩手前で踏みとどまる際どさがとてもスリリングだったりする。ウェストコーストラテンジャズのニュースター、ポンチョ・サンチェスとこの人が当時の2大アイドルだったことも懐かしい。

ペリーコが1978年にリリースした『スーパー・サルサ』は記念すべき1stアルバムでもある。入手したのはCDで再発されてからだが、クレジットにサル・クエバスの名を見つけた時はとても嬉しかったことを思い出す。ボーカルはラファエル・デ・へスース。ペリーコのトランペットがたっぷり聴けることも魅力だが、ピアニストと連携してベースラインを支えながら歌うサル・クエバスのプレーも素晴らしい。ホーンアンサンブルにストリングスも加えたゴージャスなサウンド。ペリーコの黄金時代がここから始まった事を思うと、感慨もひとしお。



♪ホルヘ・ダルト『アーバン・オアシス』(1985年、コンコード・ピカンテ)

サル・クエバスはフュージョンシーンでも活躍した。そんな1枚がホルヘ・ダルトの『アーバン・オアシス』。ホルヘが率いる「インター・アメリカン・バンド」のメンバーはカルロス・パタート・バルデス(コンガ)、ニッキー・マレーロ(ティンバレス)、アーティ・ウエッブ(フルート)、アデラ・ダルト(ボーカル)、バディ・ウィリアムス(ドラム)にサル・クエバス。ゲストはホセ・マングアル・Jr(ボンゴ)、ジョゼ・ネト(ギター)にアンディ・ゴンサレスとセルジオ・ブランダンの2人のベーシスト。NY在籍のプエルト・リコ・チームとブラジル・チームによるまさにインターアメリカンなバンドになっている。全曲に参加しているアーティ・ウェッブのフルートの素晴らしさも聴き所のひとつになっている。

ここでは、サル・クエバスが7曲中3曲でベースを弾いている。兄のジェリー・ゴンサレスと組んだフォート・アパッチ・バンドでの活躍で名高いアンディ・ゴンサレスは1曲(キラー・ジョー)のみの参加。残りの3曲のブラジリアン・フュージョン作品はブラジル出身のセルジオ・ブランダンの担当。というわけでサル・クエバスがレギュラー扱いなのが不思議な感もあるが、存在感はたっぷり示している。とくに素晴らしいのがナタリー・コールのヒットチューンの「ラ・コスタ」。曲の良さもさることながら、ここでのベースプレーは一際感動的で泣ける。インターアメリカンバンドには欠かせないベーシストだったことは間違いない。

余談ながら、ホルヘ・ダルトはジョージ・ベンソンの『ブリージン』の大ヒットをお膳立てした1人としても名高いアルゼンチン出身のミュージシャン。ティト・プエンテに重用されてアフロ/キューバン・ジャズを演奏したり、片やフローラ・プリム&アイルト・モレイラ夫妻のバンドでブラジル音楽を演奏したりとオールマイティのスーパー・ピアニストにして作編曲者だった。母国ではアストル・ピアソラからの誘いも受けている。そう考えると、この作品をリリースした2年後に39歳で亡くなってしまったことが惜しまれる。ユーチューブに上がっているフォルクローレでお馴染みの『花祭り』(El Humahunaqueno)での壮絶なソロやピアソラ作品等を収めた『ソロ・ピアノ』を聴くと、一連のフュージョン作品では肝心なアルゼンチン成分が抜けていたことが真に惜しまれる。

アーバン・オアシス
ホルヘ・ダルト
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ローカル・ジャズ・クラブで出逢った『風とともに去りぬ』/最初に聴くべきアート・テイタム

2017-05-15 22:50:22 | 地球おんがく一期一会


ジャズ史上最高のピアニストとして名高いアート・テイタム。ジャズファンに留まらず、音楽ファンなら誰もが知っている神様のような存在と言えるのだが、果たしてどのくらい真剣に聴かれているのだろうかという想いを禁じ得ない。もし、テイタムが「モダン・ジャズではないから,,,」とか「録音が古いから…」といった理由で敬遠されているとしたらとても残念だと思う。

テイタムのもっとも有名なアルバムは最晩年(1956年)に録音した『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』で間違いないと思う。「ジャズ本」でも(おそらくモダンジャズから入りやすいという理由で)必ず取り上げられるこの作品を通して、始めてテイタムの演奏に接した人も多いはず。かくいう私もその1人なのだが、果たしてそれが、テイタムの真価を味わうと言う意味で幸福だったのだろうか? テイタムが1930年代から1940年代にかけて録音した諸作品を聴く都度にそんな想いに駆られる。

つい先日、大宮にある「サコズ・バー」で久しぶりにライブ演奏を楽しんだ。大宮は我が家がある上尾から2駅目だからローカル・ジャズ・クラブといえる。東京都心の敷居が高い、もとい高級なジャズクラブとは違い、こじんまりとしたスペースでジャズを楽しめる。出演は中尾剛也(ギター)、生沼邦夫(ベース)、林伸一郎(ドラム)のトリオにボーカリストの古山祐子が加わったカルテット。ギタートリオがバックのジャズボーカルはなかなか珍しいのではないだろうか。



ちなみにギタリストの中尾さんに始めて出逢ったのは、我が家から徒歩5分で這ってでも辿り着ける超ローカルなジャズ・スポットの「エリントン」。かれこれ10年近く前になるだろうか。ピアニスト酒井順子さんとのデュオは件の箱での初ライブ体験だったわけだが、ドアを開けてお店の中に入ったらなんと私が一番乗りのお客さん。正直焦ったが、「3人だからデュオじゃなくてトリオですね。」と冗談が飛ぶ中でライブが始まったのだった。途中からメートルが上がりきった常連の方が乱入したりと散々な状況にもなったが演奏は素晴らしかった。

この日のサコズ・バーに話を戻す。スタンダードナンバーに中尾さんのオリジナル作品を交えながら、ギタートリオをバックに古山さんのボーカルと寛ぎの時間が過ぎていく。ギタリスト氏の明るくて抱擁力のあるキャラクターに依るところ大なのだが、三位一体となったトリオ演奏も悪くない。後半も残りあと数曲というところで耳に馴染みの曲が飛び込んで来た。この曲は何度も聴いているはずなのに思い出せない。遂にラストの「ナイト・アンド・デイ」まで来てしまった。

ライブが終わってから中尾さんとビールを片手に歓談していて、ふと思い出した。そうだ、件の曲はアート・テイタムが好んで取り上げた「風とともに去りぬ」だった。1930年代の曲で、まさかのテイタムでお馴染みの曲だったことが記憶を呼び覚ましこそすれ、曲名までに辿り着くことを妨げていたと気付く。ちなみに、この曲は映画のサウンドトラックで有名な「タラのテーマ」ではなく、文学の方にインスパイアされた歌曲。ヒットチューンにはならなかったが、テイタム他が取り上げたこともありジャズファンにはお馴染みのナンバーになっている。



帰宅して、本当に久しぶりにテイタムの「風とともに去りぬ」を聴いた。『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』の幕開けもこの曲だ。しかし、何かが違う。ソロでバリバリ弾きまくるテイタムの姿はここになく、印象に残るのはベン・ウェブスターのテンダーネス(優しさ)に溢れたテナー・サックス・ソロ。いみじくも油井正一氏はライナーノーツで「このアルバムは、スローに徹したベン・ウェブスターを収めているところに、絶大な価値がある。」と記している。このことは暗に「アート・テイタムを聴くなら他の作品を薦める。」とも取れる。だが、油井正一は流石というべきか、テイタム目当てにこのレコードを買った人を失望させるようなことは書いていない。

他に聴くべきアルバムがあるということを再認識した上で、私がもっとも愛している『クラシック・アーリー・ソロズ』のCDも聴いた。この作品集は、テイタムが駆け出しのころの1934年から1937年にかけて録音した演奏から20曲(同一曲の別テイクを含む)を厳選したもの。名手ハンク・ジョーンズをして、「ピアニストが3人いるとしか思えない」と言わしめた、テイタムの十八番ともいうべき「タイガー・ラグ」は収録されていない。あえて超有名どころを外した(と思われる)ところに制作者の見識の高さを感じる。テイタムの素晴らしさは超絶テクニックにあるのではなく、超絶テクニックによって表現される楽想の豊かさにあるので。

「ムーン・グロウ」で幕を開ける『クラシック・アーリー・ソロズ』。その目も眩むような超絶技巧を駆使したイントロに聴き手は一瞬たじろいでしまうかも知れない。さて、これからどんな難しい演奏が始まるのだろうかと。しかし、ホンの一瞬、絶妙な間の後でテイタムがにやりと微笑んでみせ、聴き手をハイテンション状態から一気に解放してしまう。テイタムの真髄はこの「ムーングロウ」の演奏に集約されている。「男が女を愛するとき」「ライザ」「スターダスト」「ビューティフル・ラブ」とスタンダードナンバーが続いた後、待望の「風とともに去りぬ」が始まる。やはり、ベン・ウェブスターとの共演盤とは技巧の切れ味も閃きの鋭さもまったく違う。

アート・テイタムは1930年代にデビューを飾ったピアニスト。当時のテイタムの演奏スタイルを野球に例えるなら、剛速球をビシビシ投げ込んで三振の山を気付いた速球派。しかし、球筋は完璧にコントロールされている。アート・テイタムがどんな人だったかは、デューク・エリントン楽団に在籍したレックス・スチュアート著の『ジャズ1930年代』に詳しい。テイタムはピアノを弾いていないときも、彼独自の方法で常に指を動かし続けてトレーニングを怠らなかった努力の人だった。表現したいことが無尽蔵にあったからこそ、徹底的に技巧に磨きを掛けたに違いない。

テイタムに纏わる逸話として、ホロヴィッツ、ラフマニノフ、ルービンシュタインといったクラシック界の巨匠ピアニスト達がその演奏を聴くためにジャズクラブに足を運んだことが挙げられる。このことは、いかにテイタムの技巧が素晴らしかったかを物語る証として受け取られがち。しかし、テクニックに絶対の自信を持つ彼らがわざわざテイタムの演奏を前にして白旗を挙げることはまず考えられない。音楽の中身、すなわち超絶技巧を駆使して表現されるテイタムの豊かな楽想を楽しむために貴重な時間を割いたのではないだろうか。最初にテクニックありきの人ではなかったことは間違いない。

アート・テイタムの演奏でおそらく『アート・テイタム/ベン・ウェブスター・カルテット』の次に聴かれているのは、1950年代前半にパブロに録音された『ソロ・マスター・ピーセズ』。剛速球を見せ球として、変化球もまじえた技巧派へと投球スタイルを変えたテイタムも味わい深い。しかし、テイタムは基本的にSPレコードの「3分間芸術」の時代に腕を磨いた人。これからテイタムを聴いてみたいと思っている方には、まずは、『クラシック・アーリー・ソロズ』に代表される1930年代の演奏に圧倒されることを強くオススメしたい。

クラシック・アーリー・ソロズ(1934-1937)
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ラ・フォル・ジュルネ2017/サロンで出逢ったコロン兄妹の極上のホローポ

2017-05-09 01:46:19 | 地球おんがく一期一会


ゴールデンウィーク恒例のお楽しみとなったラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。今年は5月5日の3公演プラス・アルファを丸の内界隈で楽しんだ。今年のテーマは舞曲の祭典のサブタイトルが付いた『ラ・ダンス』。クラシック音楽主体なのは変わらないが、「踊り」をテーマにしたいろいろな音楽を聴くことができた。中でも一際感動的だったのがG409ヌレエフ(座席数153)で聴いたサロン風のリサイタルだった。

プログラムには「ベネズエラ生まれのガスパール&えりか兄妹が歌い上げるスペイン語圏の歌のカタログ」と記載されている。出演者はコロン・えりか(ソプラノ)、ガスパール・コロン(バリトン)、碓井俊樹(ピアノ)の3名。実はクラシック音楽でも声楽は苦手。ラフォル・ジュルネのプログラム紹介を眺めていて“モイセス・モレイロ作曲『ホローポ』”の文字が目に止まらなかったら、おそらく同じ時間帯には別の会場に居ただろう。この作品はベネズエラ生まれのクララ・ロドリゲスがピアノを弾いて録音した「平原の映像」(モイセス・モレイロ作品集:英国ASVレーベルから1994年にリリースされたCD)のフィナーレを飾る曲。

ちなみに「ホローポ」はコロンビアとベネズエラに跨がるジャーノス地方(大平原)で演奏されている情熱とロマン(Recio y Romantico)に溢れた民衆音楽。オリジナルのスタイルや編成(後述)ではなく、クラシック音楽の書法で作曲されたピアノ独奏用の作品とは言え、まさか生で聴くことができるとは思ってもいなかった。その他にも中南米(スペイン語圏)の名曲カタログの名に違わない作品がプログラムに並んでいた。

♪ プログラム ♪

1)マリア・ルイサ・エスコバル/バレンシア・オレンジ[ホローポ]
2)マリア・ルイサ・エスコバル/失望[ボレーロ]
3)チェリーケ・サラヴィア/焦燥[バルス]
4)カルロス・ガルデル/ボルベール(望郷)[タンゴ]
5)シャビエ・モンサルバーチェ/黒人の歌[カンシオン]
6)エルネスト・レクオーナ/マリア・ラ・オー[ロマンサ]
7)エルネスト・レクオーナ/ラ・コンパルサ(仮装行列)[カンシオン]~ピアノ・ソロ~
8)アントニオ・ラウロ/エル・クカラチェーロ[ホローポ]
9)キリノ・メンドーサ・イ・コルテス/シェリート・リンド[カンシオン]
10)チュエカ&バルベルデ/「恩寵の騎士」のワルツ[バルス]
11)モイセス・モレイロ/ホローポ[ホローポ]~ピアノ・ソロ~
12)アウグスト・ブランド/夢の中のくちづけ[カンシオン]
13)ペドロ・エリアス・グティエレス/平原の魂[ホローポ]
14)ベネズエラ民謡/エル・クルチャ ~アンコール~

オレンジ入りの籠を小脇に抱えたえりか・コロンさんが「完熟のオレンジ(ナランハ)はいらんかね~」と歌いながらステージ(というよりはサロン)に登場。明るくて愛嬌のあるソプラノに会場は一気に華やいだムードに。と同時に(声楽だが)この会場をセレクトしてよかったと胸をなで下ろす。この曲からして私の大好きな(究極のラテンアメリカ音楽として愛して止まない)ホローポだから堪らない。



ホローポとの衝撃的な出逢いは凡そ20年前に遡る。出張でコロンビアに出かけた弟に「何かコロンビアの面白そうなCDを買ってきてくれない?」と軽い気持ちで頼んだことが私の音楽人生(ちょっと大げさで「音楽観」)を変えることになってしまったのだから面白い。弟がコロンビアから持ち帰った2枚のCDのうちの1枚がアリエス・ヴィホート(Aries Vigoth)の『プレデスティナシオン』で、これがなんと!生粋のホローポだったのだ。最初に聴いた時、一体何が起こったのか判らなくなってしまうくらいに驚いたことを今でもよく覚えている。

主役は「2トップ」として壮絶なバトルを繰り広げる歌とアルパ(南米の小振りのハープ)で、伴奏は4弦のクアトロ(ウクレレサイズの小ぶりのギターのような楽器)とベースにマラカス。あまりにも情熱的で、そして今まで耳にしたことのないリズムの洪水のようなサウンドに「陽気でロマンティックなラテンアメリカ音楽」のイメージが完全に吹っ飛んでしまった。知り合いのラテン音楽通の人に尋ねたら「それはホローポですよ」と教えてくれた。日本でのラテンアメリカ音楽の紹介のされ方に問題があったのかもしれないが、こんな魅力的な音楽があることを紹介してくれなかったことに対して「裏切られた」という蟠りを持ったことも告白しておく。



ホローポのことをもっと知りたい。そんな想いに駆られて石橋純氏を(掟破りに近い方法を使って)訪ねた。現在は東大でベネズエラ音楽の学生オーケストラを率いておられる石橋教授がベネズエラで制作したCD『衝撃のストリングスバトル』はホローポの最高の教科書。ホセ・アルチーラのマッチョなアルパを聴いて「舞台の袖で淑やかに爪弾かれるハープ」のイメージは完全に吹き飛び、1人で弾いているとは信じられないチェオ・ウルタードのクアトロの神業にまずは圧倒された。軽快に乾いたリズムを刻むのは「マラカスの魔術師」として名高いエルネスト・ラジャで、ベースのダビッド・ペーニャもジャンルを超えた活躍で知られる人。

そんなことを思い出していたら兄のガスパール・コロンが登場。魅惑の(としか言いようのない)バリトンボイスで甘く切なくボレーロの「失望」を歌う。同国人のチェリーケ・サラビアの「焦燥」はバルス。ホローポや5/8拍子のメレンゲとともにベネズエラを代表する音楽でブラジルのショーロに通じる哀愁感が魅力。ここにクアトロ奏者やマラカスを振る人がいたらもっと盛り上がるだろうなと思った。そこに現れたのはモーリス・レイナ氏。ベネズエラ大使館の文化担当官として活躍される方だが、実はクアトロの名手としてもつとに有名。サプライズ・ゲストがあるとすればこの方かなと、ふと思ったがまさか本当になるとは。この展開は実にラテンアメリカ的で楽しい。



カルロス・ガルデルはタンゴの王様として名高い南米を代表する歌手の1人だが、映画俳優としても活躍しアメリカ大陸全域でいまなお高い人気を誇る。そのガルデルの歌を「キング・オブ・タンゴ」の2枚のCDに収めたプリマ・ヴォーチェ(Prima Voce)はSP時代に活躍した名歌手の音源の復刻を手がけるレーベル。カルーソーなどクラシック音楽界で一世を風靡した歌手達の中にポピュラー音楽界からはひとりガルデルだけをセレクト。素晴らしい声はSPの盤起こしの音からでも十二分に伝わってくる。タンゴの楽器と言えばバンドネオンだが、ガルデルの録音で聴くことができるギターの伴奏もなかなか魅力的。



キューバのエルネスト・レクオーナは「シボネイ」や「そよ風と私」などのヒットチューンで知られる人。ポピュラー畑の人と思われがちだが、ピアノ曲などクラシック音楽スタイルの作品も残している。モダンジャズ、キューバ音楽、クラシック音楽とジャンルを超えて活躍したフランク・エミリオ・フリンのピアノ作品集は、そんなレクオーナの魅力を存分に伝えてくれる。余談ながらフランク・エミリオが得意とするダンソンもサロンの雰囲気が濃厚な音楽。キューバの強くて明るい日射しを音で表現した碓井俊樹のピアノタッチも見事。



舞台はキューバから再びベネズエラへ。数多くのギター作品を残したアントニオ・ラウロはベネズエラを代表する作曲家のひとり。名手アダム・ホルツマンがナクソスからリリースしている『ギターのためのベネズエラ・ワルツ集』のオープニングは、ワルツではなくホローポの「セイス・ポル・デレーチョ」。ホローポの特徴のひとつはヨコに拡がる3/4拍子とタテに切れ込む6/8拍子(2拍子)が同時進行のクロスビートの面白さにある。まさに大平原のゆったり感と駿馬の疾走感を同時進行で表現することができる魔法のリズム。えりかさんが手拍子を促すと聴き手も自然にそれに応える。それもホローポの2パターンのリズムのうち、アタマが欠ける難しい方の3拍子(んタタ、んタタ)だっただけに感動もひとしお。おそらくベネズエラの音楽に通じた人達が客席を埋めていたのだと思う。

(寄り道ばかりで申し訳ないと思いつつ。3/4拍子と6/8拍子(2拍子)がクロスするパターンはラテンアメリカ音楽の特徴であり、大きな魅力だと思う。コロンビアとベネズエラのホローポ、ペルーのワルツ、アルゼンチンのチャカレラやチャマメは典型的だし、その他にもいろいろ。2つのリズムの絡み方もルーズだったりタイトだったり、またアクセントが違ったりと多様な展開がある。このラテンアメリカ流のスウィングにはまり込んで脱出不能になってしまったのが私。)

いよいよプログラムも終盤。永遠のポピュラーヒット曲で私も大好きな『シェリート・リンド』、スペインの作曲家コンビのワルツの後は待ちに待ったモイセス・モレイロの『ホローポ』。クララ・ロドリゲスのピアノ作品集ではフィナーレを飾る小品。この作曲家の作品の特徴は大平原の素朴な味わいと「ベネズエラ風バッハ」と表現したくなるフーガなどの技法を駆使したスタイル。この魅力的なアルバムはもっと聴かれていいと改めて思った。同じカリブ海にあってもキューバのきらびやかさとは違った柔らかめのタッチがベネズエラのピアノ演奏の魅力。独特とも言える節回しには、アルパの本場であることの影響もあるのかも知れない。

楽しい時間も終わりが近づいてきた。フィナーレにセレクトされたのはベネズエラの第二の国家とも言われている『平原の魂』(アルマ・ジャネーラ)。鳴り止まないアンコールの拍手に応えて再びモーリス・レイナ氏が登場して『エル・クルチャ』が歌われた。演奏会場は153席でフラットなサロン風のスペース。手拍子も入ったりとクラシック音楽のステージとは思えない状況がごく自然に実現できていることには驚きを禁じ得ない。さながらコロン兄妹により実現したミニ・オペラとも言うべき(規模は小さくても)ゴージャスな味わいに深い感銘を受けた。

コンサートホールという時に巨大な「バリア」の中で、さらにステージと客席というように隔てられた形で静かに聴くのがクラシック音楽の嗜み方。そして、それを不思議と思わないずっとできていたような気がする。しかし、例えばの話、ハイドンが弦楽四重奏曲の作曲を始めた頃の時代は、お喋りもお食事もありの、さながらジャズクラブのような場所で演奏が行われていたと聞く。たとえそれが垣根のないラテンアメリカの音楽だったとしても、クラシック音楽を手軽に楽しむには、案外こういったサロン風の雰囲気も大切なのではないかと思ったのだった。

Piano Works
クララ・ロドリゲス『モイセス・モレイロ作品集』
Nimbus Records
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