映画「秘顔-ひがん-」を映画館で観てきました。
映画『秘顔-ひがん-』は韓国映画のR18+指定のサスペンス・スリラーである。暴力描写が強烈でドロドロしたイメージが強い韓国サスペンスでも、エロティックな描写はなぜか抑え気味な作品が多い。映倫の基準がきびしいようだ。予告編での雰囲気はこれまでの韓国映画とは一味違う大胆さが感じられるので関心を持つ。ストーリーのディテールの予備知識はなく映画館に向かう。
指揮者ソンジン(ソン・スンホン)は、公演を前にしてオーケストラのチェリストでもある婚約者のスヨン(チョ・ヨジョン)が突然失踪し途方に暮れる。「あなたと過ごせて幸せだった」というビデオメッセージのみパソコンに残して消える。
そんな喪失感の中で、ソンジンのもとに公演のために代役のチェリストであるミジュ(パク・ジヒョン)が面接にくる。スヨンの代わりはいないと考えていたソンジンなのに結局ミジュを採用する。知り合ううちに彼女の魅力に惹かれていく。そして、ミジュと食事をともにする大雨の夜、ソンジンとミジュはスヨンのいない自宅の寝室で性愛を交わす。ところが、失踪したはずのスヨンが2人の様子を隣の密室でのぞいていたのだ。
変態映画に見えるが奥が深い。数々の映画にアナロジーを感じる。
いわゆるエロティックサスペンスだ。ソン・スンホンとパク・ジヒョンの絡みは韓国映画にしては大胆な演技である。しかも、清楚な雰囲気をもつパクジヒョンが惜しげもなく美しい乳首を露わにするので男性にはたまらない。
ストーリーではチェリストの補充できたミジュはまったくの第三者に思えてしまうのだが、実はミジュとスヨンは音楽の学生時代だった頃からレズビアンの関係だったのだ。その関係が映画のストーリーをさかのぼりながら判明していく。当然婚約者である指揮者は何も知らない。
密室にスヨンが閉じ込められたわけではない。失踪することにしたミジュがスヨンと共謀して密室に入ったのだ。女どうしの愛を交わしていたのに、スヨンが結婚することになり感情がもつれたのだ。そのお仕置きでいったん身を隠すために密室に潜んだスヨンが出られないようにする。しかも、密室から部屋がのぞけて、意図的に自分たちが性愛をかわすのをミジュはスヨンに見せつけるのだ。
⒈ファムファタールと悪女映画の色彩
この映画でのパク・ジヒョンの存在は映画の展開とともに変化していく。最初は しとやかな女性、中盤では 情熱的で官能的な恋人、終盤にかけては 計算と狂気を宿した人物になるのだ。
これって往年のフィルムノワール映画でいえば、パク・ジヒョン演じるミジュはファムファタールだ。すなわち「運命の女」で男の人生を狂わせるほどの魅力と魔性をもった女性だ。要はこの映画はミステリアスで危うい悪女映画なのだ。一般に魅了する → 依存させる → 破滅させるという構図である。でも、男は破滅しない。単なる媒介だ。この映画は男がだまされる話ではない。
監禁されたソヨンも実は悪女でもともと悪さを企てる天才的才能を持っていたが、ハマってしまう。しかし、それでは収まらない。結局は悪女対悪女の応酬になる。そう考えると、この映画は奥が深い。
⒉密室空間
ソンジンとスヨンの新居には本棚の裏に密室があった。ソンジンはその存在を知らない。本来スヨンは自ら入ったはずなのに閉じ込められてしまった。この密室を見て、映画「パラサイト」の舞台になる富豪の邸宅にある地下室の空間とのアナロジーを感じた。邸宅の主人が知らない密室空間に元家政婦の夫が密かに住んでいた。あの密閉空間を思わず連想する。
韓国は朝鮮戦争から続く南北の対立やその後の軍事政権による戒厳政治で不安定な状態が続いていた。防空壕的な感覚でこんな部屋が秘密裏にできてもおかしくない。この家を譲ったおばあさんから戦前の731部隊出身者の話も出ていた。そんな密室空間にスヨンは遊び感覚で入ったのに、結局閉じ込められる。いったいどうなってしまうのか映画の終盤まで観ている観客に謎を与える。
⒊女の掟と日活ポルノのSM映画とのアナロジー(ネタバレあり注意)
どうなってしまうだろうと観客に思わせて、結局スヨンは救出される。普通の映画であれば、捜索願いを出していた警察がそこにやってきて一件落着の展開となる。でもそうならない。ここがこの映画のミソだ。
あえて警察には言わずに逆にミジュを監禁する。そしてこの密室で女どうしの性愛の境地を極めようとするのだ。そこには男は介在しない。法で裁くのではなく、自分のやり方=女の掟で裁く。女の論理と支配でケリをつけるのだ。これってヤクザが警察に言わずに裏社会の論理で裁くのと同じようなものだ。仁義の世界にも近い女の掟をテーマとするとますます奥が深い。
結局女だけ残る。昭和に遡って同じような映画を日活ポルノで谷ナオミ主演のSM映画で観たことがある気がする。ここにも強いアナロジーを感じる。なんだこれは女どうしの快楽の物語だったんだ。欲望と支配が女の間だけで閉じる構図。これから迎える快楽を目の前にして女の儀式を行いながらエンディングに持ち込む構図に改めて女の怖さを感じる。