池田大作の品格〈PART2〉創価テロリズムを許すな 価格:¥ 1,575(税込) 発売日:2009-07 |
第六章 対談「創価テロリズムの申し子『広宣部』とは」 佐貫修一×小多仁伯 その2
前略~
小多仁 細目を見てみましょう。まずは「寺院への徹底した攻撃」ですが、
①寺・住職の詳細な状況把握(過去と最近の様子)
②寺の定例行事の掌握
③活動家の動きの掌握
④寺の機関紙の定期的な入手
⑤寺のデータ管理
ということになっています。
次に「法華講救済運動の推進」ですが、
①脱会者の追跡調査 今どうなっているのか
②古くからの法華講の掌握
③脱講の推進 登山、供養どめの推進 ※青年僧侶への依頼
④脱講数の報告 月2回 ※月に数回、脱講デーを設けて、取り組む
となっています。
そして、「組織への啓蒙」については、
①脱会者を絶対に出さない
②日顕宗への戦いの感覚を磨き、組織の啓発をする
③武器の活用(『創価新報』など)
となっていますね。
小多仁 この内部通達には「追跡調査の意義」とか、その「調査方法」まで明示されていますから。謀略好きな池田大作は、創価学会の裏組織を、外国のCIAやKGBみたいな諜報機関に仕立て上げたのですね。
佐貫 十年以上前の資料ですが、「法華講救済運動の推進」の項には「明年三月、新客殿落慶十万登山の粉砕」などとありますが、その後の、平成十四年の三十万総登山や、平成二十年の「決起大会」への妨害活動を見ていると、この内部通達そのままの動きが見られます。
というよりも、この十年間で、創価学会の謀略活動にさらに磨きがかかっている、と見ていいでしょうね。
その3に続く・・・。
こういったことにも「数のノルマ」を課す辺りが流石と言うべきでしょうか。
完全なストーカー行為ですが、公明党がストーカー規制法案において「恋愛関係によるものに限定する」ことと注文をつけた理由がよく分かりますね。
たとえば布教活動の一環として「他宗の信仰者に対して勧誘していこう」というのならばまだ分からなくもありませんが。
創価学会のこれは、日蓮正宗を「敵」と認定した上での「攻撃」ですから、その脱講運動や内部での啓蒙さえも、憎悪を煽り筋違いの報復に執念を絶やさないという、およそ健全な精神からは程遠い行為の強要・励行であると言えます。
面白いのは「絶対に脱会者を出さない」という組織啓蒙、学会の信仰が「絶対正義」「唯一無二の正しい宗教」であるという謳い文句とは裏腹な目標ではありませんか。
本当に正しく、素晴らしい宗教ならば、たとえ誤解や無理解があり脱会者が出たとしてもそこまで必死に引き止めはしません。
いつか分かってもらえる、帰ってくると、鷹揚に構えるものでしょう。
そして信仰において、そのように離れる人が出るということは、何らマイナスにはならないはずです。「本当に正しい」のならば。原因は離れていく人にあるのですから。
けれど脱会しようとする人を追い回すが如き執拗さは、信仰の正しさの証明を「数」に頼るからではないでしょうか。
それは池田氏の顕彰も然り。
目に見えるもの、その数で「ほら、私達こんなに認められているのよ」と正しさの証明をしたいのではないでしょうか。
だから外国の図書館の利用証を「名誉ある顕彰」の一つにカウントしちゃうまで必死になってしまうんですよ。(今は無かったことにしてますがw)
不名誉なことや都合の悪いことをカウントせず無かったことにして、都合の良いことだけを水増ししてでも大々的に公表する。
「正義」の定義は人それぞれでしょうが、創価学会や池田氏のことをその枠に入れるのは不健全極まりない精神の表れでしかないと思います。
けれど不謹慎かもしれませんが上記の項目だけ見ると、学会って実は宗門のこと好きで好きでたまらないんじゃないかとすら思えますね。宗門の迷惑や実害を思うと本当に申し訳ないのですが・・・。
いやまあ、人間って好きな人のことより嫌いな人のことの方がよく知っていると言いますから、そういうことなんでしょうけれど。
私もこの世に創価学会以上に知っている組織的なものって、確かに存在しないかも・・・w
「学会は実は宗門が好きなんじゃないか?」のくだんから「私もそいう組織を学会しか知らない。」を読んでとてもせつなくなりました。
(ノДT)
もしまだ脱会がお済みでないなら家庭の都合等をかえりみず、まず先に脱会する事をお勧めします。
私は創価学会を脱会してから、「非活動でも洗脳されている!」と、いう現実を知りました。
真っ先に脱会しちゃえばこういった切ない状況にならないで済むと思うんです。
(ノДT)
様々な創価学会の異常な言動に気が付いていけるクロさんなんですから、わざわざ低俗な創価学会の分母に収まり、数で物言うカルト集団に加担してやること無いです。
脱会した方が清々しい空気を吸えますよ♪
♪~(* ̄‐ ̄)
私と弟らは、信心も活動も全くしたことがなくて、創価学会のことはほぼ外部の人と同じ感覚で見ておりました。
我が家は今も昔も、母親だけが事実上の創価学会員です。
創価学会のことは、ほとんど何も知らなくて、ただの良くも悪くもないフツーの新興宗教だと思っていました。
それでもう6年前になりますが、母親が家族に内緒で学会に財務をしていたことをきっかけに、創価学会のことを調べ始めてそれで初めて学会がカルト宗教というか、宗教モドキの営利団体であるということに気付いたのです。
ブログを始めたのはそれからすぐです。
その時に私と弟らは脱会届を本部に郵送しております。
「創価学会以上に知っている組織がない」というのは、このブログ初期の頃をお読み頂ければ分かると思うのですが、自分でこれほど調べた事例はないということです。
創価学会には人生で一番勉強させてもらいましたw
ですので私は非活というか未活というかほぼ外部だったわけで、学会のMCはないと言って差し支えないかと思います。
ただ残念なことは、だから脱会したからと言って清々しい気持ちを味わえたかというと、そこは別に何もない・・・みたいなw
繰り返しになりますが、私は気分も実情も外部でしたので、脱会は仰るように学会の分母を減らすというだけの意味しかありませんでしたのでねw
失敬失敬。
(^_^;)ゞ
何はともあれ、脱会なさってて本当に良かった♪
地獄から這い出た爽快感なんて、そもそも味わいたくないですよね。
その手前にて地獄なんてお断りですから。
関わり無く外部な人達が一番健全だと思います。
要らぬ心配でしたね。
(^_^;)ゞ
次は早とちりしないように気を付けます。
( ̄^ ̄)ゞ
言えばちゃんと話が通じる分、ガチ創価な方がコメント下さるのとはワケが違うw
ノープロブレムです。
私のブログ記事が、自分の体験や周囲のネタが少なく、書籍や他ブログ・サイト様の紹介とその感想で埋め尽くされているのはそのためですw
学会にまつわる自身の経験が圧倒的に少ないかならんですね~。
それはそれで恵まれていることとは思いますが、創価抜きにしてもうちの母親が残念な人なことは残念です・・・。
うちの母親に限って言えば、むしろ「創価のせいだ」と思える部分がある(何かの所為にできる)ことはある意味、救いなのかも!?