岸さんを知ったのはCX系で放送していた料理の鉄人。鹿賀丈史さんの「アーレ、キュイジーヌ‼︎」とともに非常に印象に残っています。
「美味しゅうございました」の短いフレーズですが実に深い言葉だと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
柳津1728発の前谷地行きに乗ります。乗ったのはひとり。列車が発車して駅に停車しますが、誰も乗ってきません。結局前谷地まで誰も乗ってきませんでした。私が乗っていなければこの列車は無人で走っていたことになりますね。前谷地に1749着。1752発の石巻線に乗り換えます。先ほどバスに乗っていた人も何人かいました。すっかり暗くなった中石巻に1811に到着。
石巻駅の入り口のステンドグラスは石ノ森章太郎先生の漫画のキャラクターが描かれています。石巻には石ノ森萬画館がある関係で石巻駅や市内に石ノ森漫画のキャラがあちらこちらに使われています。東日本大震災で石ノ森萬画館も被災しましたが、現在は復旧して開館しています。
石巻からは5月に運転を開始した仙石東北ラインで仙台に向かいます。仙石東北ラインに使われているのはHB-E210系ハイブリッド気動車です。仙石東北ラインは直流の仙石線と交流の東北線を走るため、交直両用電車や連絡線にデットセクションを設けるよりも気動車で直通させれば低コストで運転できます。そこで現在JR東日本が実用化しているハイブリッド気動車が導入されました。一般型のハイブリッド気動車の本格導入は仙石東北ラインが初めてです。
車内には現在の電気の流れがわかるモニターが取り付けられています。
1852に石巻を発車。最初はモーターの音がしますが、加速するとエンジンがかかり、エンジンで発電された電気も併用して走ります。減速時には回生ブレーキが効き、バッテリーに充電されます。そんなモニターの動きを見ていると楽しいものです。車窓は暗く何も見えません。野蒜付近の線路付け替え区間も音が変わったのでわかる程度。やはり明るいうちに通ればよかったです。高城町で仙石線から東北線へ入ります。高城町ー松島海岸間で仙石線と東北線が並走する場所に連絡線があり、連絡線上で一旦停車してから東北線に入りました。東北線を快走し1956に仙台に到着。
仙台ではアイドルグループ嵐のコンサートが開かれている影響で、駅も混雑しています。大きい荷物を持った女性が目に付きます。お弁当を買って新幹線ホームへ。新幹線もほぼ満席です。2030発のはやぶさ・こまち36号のこまち編成に乗り、お弁当を食べたり、本を読んだりしていると、あっという間に大宮。さすがに320km/h運転の新幹線は速いです。東京には2204に到着。東京駅から京葉線に乗って帰りました。
震災以来初めて東北の被災地を訪問しましたが、ようやく復興も始まった感じでした。しかしまだ津波の爪痕は残っており、元の生活に戻るのは一体いつになるのか見えてきません。あの震災から4年半経って未だ進まぬ復興に苛立ちを感じざるを得ませんでした。時間を置いてまた訪問したいと思った今回の旅でした。
1456発の気仙沼線BRT柳津・前谷地行きに乗ります。こちらは座席が軽く埋まる程度。何人かは大船渡線から乗り継いできた人もいました。バスは定刻に気仙沼駅を発車。車内に余裕があるので車窓を眺める余裕も生まれてきます。バスからの景色はほとんどが津波被害を受けた景色。
気仙沼線の高架橋。陸前小泉駅付近です。高架橋はなんとか持ちこたえていますが、道床やレールは流されているのでしょう。よく見ると橋脚の点検用の通路がひしゃげています。
歌津駅。ホームは高い場所にあるのでそのまま残っていますが、築堤下にあった駅舎は無くなっています。周囲も壊れかけた橋などが残っていました。ちなみにホームの右奥からBRTの専用道が始まっています。
そして、南三陸町にやってくると見えてくるのが南三陸町防災庁舎。骨組みだけが残っている姿に言葉を失ってしまいます。この周りでは土地のかさ上げ工事をしており、あまり目立ってはいませんが、見えるとかなりショックな津波遺構です。
バスは志津川から国道45号線を走り柳津駅へ。ここからレールがつながっているのですが、3ヶ月ほど前から石巻線との接続駅の前谷地駅までバスが運行しています。柳津で降りたのはひとりでした。柳津で下車し気仙沼線前谷地行きの列車を待ちます。
盛駅からは大船渡線BRTに乗ります。その前に、昼食を仕入れに近くのショッピングセンターのスーパーへ行きおにぎりを買って戻ります。駅に戻ってくると先ほど南リアス線に乗っていた人が駅前をうろうろしています。どうやらBRTに乗る様子。バスなので収容能力は小さく混雑が予想されます。そこで早めに乗り場で待つことにしました。待っているといつの間にか列は長くなっています。ラッシュ並みの混雑が頭の中をよぎり、乗車は諦めて石巻か仙台あたりまでレンタカーで走ろうかとも考えてしまいました。
バスは発車10分ぐらい前に乗り場にやってきました。案の定続々と乗ってきてバスはほぼ満員状態。発車時間ギリギリまで悩みましたが、運転席後ろに座れたのでこのまま乗って行くことにします。1236に盛を発車。バスは大船渡線の線路敷きを転用した専用道と一般道を使って走ります。途中からの乗車もありバスの混雑はさらに酷くなります。バス停に乗客の姿があると、運転手さんの「あらあ…」というため息声が聞こえます。後ろ乗り運賃後払いですが、降りる人がいると、前後のドアを開けて運賃を払う人は一旦下車して前ドアにやってきて払っています。ラッシュ並みの混雑にさすがにカメラを出すのもはばかられる状況。津波で被害を受けた沿線の風景は目に焼き付けておきます。
高田病院前付近はおよそバスが通るとは思えない道を走り、陸前高田の町に入って行きます。正面に津波をかぶって窓ガラスなどが全くない集合住宅が見えてきました。そして町は現在かさ上げ工事をしており、盛り土がうず高く積まれています。バスはその中を走って行きます。
やはりこの風景をカメラに収めておかなければと思い、奇跡の一本松付近で写真を撮りました。この奇跡の一本松は観光地化しており、売店などもあり活気があります。観光客が訪れるのは被災地にとってプラスになるのでしょうが、なんだかなあと思ってしまいます。奇跡の一本松駅で降りる客もいてバスは多少混雑が緩んだ感じで国道45号線を走ります。この辺りは大船渡線の線路とは離れており、陸前高田から支線が走っています。
鹿折唐桑駅付近で大船渡線の線路敷きに合流し、専用道を走って気仙沼へ向かいます。結局気仙沼には15分ほど遅れて1415頃に到着しました。気仙沼駅には同じ頃に車で東北を旅行していた大学時代の友人が待ち受けていました。久しぶりの再会に駅前で少々歓談をします。友人はこのあと車で千葉へ帰るので、わずかな時間での再会となりました。
駅前で友人の車を見送り、気仙沼線BRTを待ちます。その間に大船渡線ホームではキハ100系ポケモンwith youトレインがホームに据え付けられました。子供達に人気のポケモンのキャラをラッピングしたキハ100型2両編成が土日に小牛田ー気仙沼間を1往復しています。乗りませんがせめて外観だけでもと思い、ホームで撮影しました。