今日は午前中が古文書講座で生徒役をやってくる。夜は中国語講座でこれまた生徒役。まったくモノにならんけど(^0^)。
生涯学習ごっこである。それで良し、それで。独学ではなかなかやる気にもならんからだ。それに年金暮らしにはありがたい料金体系になっているから。ま、家にいてあくびをしているのも良いだろうけど、ボキはこれがタノシイからやっているだけである。家にいたら確実に運動不足になるからだ。それだけである。
考えてみれば、実に堅実な老後である。笑ってしまうくらいに堅実である。およそ遊びの面がない。それに一見したら暗い。閉じこもっていても不思議では無いくらい暗い。
受け止め方がタノシイ・タノシイという方向に行っているから実は明るいのだ。タノシイから明るくなるのである。
世の中は受け止め方次第である。
暗く受け止めたら暗くなる。明るく受け止めたら明るくなる。それだけのことだ。鍵は自分が握っている。鬱な気分になったら、受け止め方を訂正することだ。暗いばかりが世の中ではないからだ。このことは苦学生時代に大いに味わった。新聞販売店の部屋ですべては受け止め方次第だと思ったからである。
ボキの高校時代の同窓生たちは、ボキに大いに同情してくれた。実際に新聞販売店に訪ねてきてくれた男もいる。そして現在もつきあっていただいている。某有名女子大学の教授になっているが。
妙な人間だとボキのことを思っていたのであろう。なんでそこまでして、ボキの卒業した三流大学にいく必要があるんだ?と言われたこともある。実際そうだろう。そこまでして何の意味があるのかということなら否定はできなかった。
しかし、生涯学習という視点から見たら三流大学でも意味があったのである。
そもそもキャリアアップとか、ステップアップという考え方をとらないからだ。なにしろ「ダウン」ばっかりしてきたから、ボキの辞書に「アップ」はないのだ。おぼれてアップアップしたこともないが(^0^)。
上には行かないからである。もっとも上もクソもない。ボキは今のボキが好きだからだ。
人間を学歴だけで判断しちゃいけないのだ。古文書講座で大学学部時代の教科書で古今集を持参して見ていた。影印本である。受講生仲間にバカにされた。裏面に***大学一年と書いてあったからである。へぇ~~***大学ってこんな影印本を教科書にしているんだぁというわけである。ビッグな(^0^)をした。言っている本人が、どさ回り大学を出ていたからである。
他人をレッテルだけで判断しちゃアカンですよん。
もっとも、ボキはそのレッテルすらないけど。レッテルだけで生きてきたわけではないので。
わははっはははははっはははっははっははっはははっははははっはははははっは。
さ、これくらいにしよう。
これから歩いてきて、それから古文書講座に出かける。
タノシイ、タノシイ。
BYE-BYE