1 ヒトを動かす
私は、なぜ人は動かされるかという視点でこれまでの教員生活を送ってきた。教育という仕事の関係では、社会的影響の形成過程という点で、特に「社会的規範の形成」「勢力と承諾」「権威への服従」などについて興味を持ってきた。
生徒の変化も教育によるものと、社会的影響の持つものに区分できるとかつての高等学校の教員生活の体験上感じるからである。また、管理職として、教員を管理していく上で、教員の世界で言うところの校務分掌を承諾させるには、困難な経験をしてきたからである。これらの私の経験からなぜ人は動かされるのかということについて以下に述べる。
2 主な社会的影響過程
(1)同調と少数派の影響
「個人の行動や信念が集団の基準に一致した方向へ変化すること」が同調である。また人はなぜ同調するのだろうかという点では、「規範的影響」と「情報的影響」がある。
集団の中の少数派が、多数派に対して大きな影響を与えることは確かに多々あることである。学校社会でも例外ではない。
(2)社会的勢力
社会的勢力とは、「影響を与える潜在的な力のことを指す」と言われている。
少数派がなぜ影響力を有するのかということは潜在的な力であるということでもある。潜在的な力であるのだから、物理的な力でもって影響力を及ぼすのでは無いわけである。これは当たり前である。暴力行為をもってヒトを動かすのでは、たまったものではない。はっきり言ってそれは犯罪である。
社会的影響力の要素として、「専門勢力」に興味を感ずる。教師達もある意味、専門的な力を生徒に及ぼしている世界に生きているからである。
さらに、「勢力駆使の影響」で、権力が腐敗するということはよくマスコミで言われることである。ある意味、組織を預かる管理職として戒めたいことの一つである。
(3)承諾を導く方法
ステップを踏んで言わば相手に悟られないように、相手の承諾を導くというのは、実社会で多用されている手法であることを実感する。私の教員としてのこれまでの経験でも何度も行ってきた方法である。4種類ほどあげているが、中でも『譲歩的要請法』は、最初に誰もが拒否するような大きな課題を与えて、次に目的とする小さな課題・要請を行っていくという点で、これまで無意識に採用してきた方法である。
それは、教育書として私たち教員仲間に流通している『AさせたいならBと言え』(1)に、婉曲な表現手段としての説得法が書いてあり、実際にその方法を行ってきたからである。
「相手にさせたいことを直接言ってダメだ」ということである(間接性の原理)。「話し手の方向に体を向けるための指示」として向山洋一氏が使った『おへそをこちらに向かせなさい』などは,その典型である.そのような指示には,ハッとさせるような比喩の言葉が用いられている。また,岩下氏は,「AをさせたいならB」という指示をすることは,管理的な教育ではなく,子どもに「発見的認識」をもたせ,自主性を高めることにつながると同書は述べている。
(4)影響力の分類
チャルディーニは、主著『影響力の武器』で、影響力を返報性、一貫性、社会的証明、好意/友情、権威、希少性をあげている。(2)
承諾誘導のプロフェッショナルは非常に多くの手法を用いて、人々にイエスと言わせている。特に、チャルディーニが言う「こうしたやり方は日本の柔道に似ている」という指摘は、納得のいくものであった。なぜならば、承諾誘導の手法は相手の力を効果的に用いるものであって、自分の力はほんのわずかしか使わないからである。柔道も45年ほどやってきたので、個人としてこの指摘には実感がある。
3 具体的な研究例
(1)チャルディーニの研究
チャルディーニは、『影響力の武器 実践編』においてイエスを引き出す50の秘訣を述べている。(3)
最初に、「簡単な質問が相手の協力を引き出す」を具体的な事例研究としてあげたい。
政治家の誰でも悩むということ、有権者に自分の力を認めてもらうということ、どうしたら自分に投票してもらうかということをチャルディーニは述べている。説得の科学を応用していることをここで実証している。誰しも、社会的に好ましい行動をとることを簡単な質問をすることによって、具体的な行動を選択するようにしむけるわけである。
次に、「集団思考の落とし穴」をあげたい。
この事例は、スペースシャトルコロンビアの事故調査委員会の意志決定において集団がどのように誤った結論を導き出しているかを分析している。つまり集団は、互いに仲良く意見を一致させる事の方を求めるということを指摘している。これを防ぐためには、特にリーダーが賛成をする可能性が高い意見に対しても、批判的・懐疑的に臨むようにすることの優位性を説いている。
3番目に「交渉ごとに悲しみは御法度」である。
これは、誰かの決断に影響を与えたいという場合も、気分が及ぼす力に注意をすべきであるという研究である。人は悲しい経験をすると気分を切り替えようとして、環境を変えたくなるということである。感情に支配されていては、説得は成功しない。品位と思いやりのある姿勢を示すことが、説得に必要な特質を自分は持っているということの意思表示でもある。
(2)ユーモアと説得
説得コミュニケーションとユーモアという研究がある。(4)
日常生活の中におけるユーモアを扱っている。ユーモアは、相手に対して快適なおかしさや笑いを引き起こす内容を含んでおり、ユーモアの送り手は常に相手を意識しているがために、対人関係を良好に持っていく働きがある。それが、ユーモアを社会的に影響をもたらす要因となり、教育や交渉など相手に影響を与えるものとなる。さらにそれは、コミュニケーションの本来の目的を達成するために、役立つことがあるのである。
4おわりに
説得は、社会的影響行為あるいは、社会的影響過程である。なんらかの影響を与えるのが、説得である。また、説得は受け手の行動を変容させる目的を持つ。その点で、送り手の意図的な意思もあるし、またそのこと自体が非強制的であるという点で、教育に非常になじむのではないか。この点からも、今後研究に取り組んでいきたいことの一つである。
引用文献リスト
(1)岩下修『AさせたいならBと言え』 明治図書 1990年 明治図書
(2)ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器』 2006年 誠信書房 pp.23-284
(3)ロバート・B・チャルディーニ『影響力の武器 実践編』 2009年 誠信書房 pp.1-209
(4)深田博己編著 『説得心理学ハンドブック 説得コミュニケーション研究の最前線』 2002年 北大路書房 pp.236-277
※おまけ:教頭時代に苦労したので、この記事の書籍を是非読まれた方がよろしいでしょう。新米の教頭先生方へ
(^0^)/ウフフ