ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

水天宮

2012-07-05 05:00:00 | 

田主丸から久留米へ戻ったのは、もう福岡へ戻ることも無いのに、前日長男から電話があり「明太子送って」という僭越な懇願を述べるのをN田君に話したら、「よか、久留米にもふくやの支店があるけん」とわざわざ市内へ戻ってくれたのでした。いや、田主丸から吉野ヶ里へと久留米市を通らずに行ける近道があったかどうかは知りません。知りませんが、わざわざ明太子を買うのにぐるぐる回って余計な時間を費やしたものだと思っているのです。後から考えると時間のあった鹿児島空港で済ますことも出来たのです。

             

巨峰ワイナリーで昼食を済ませ、帰途に就いたのはもう1時を回っていました。あの『ぼんくら』という店を過ぎたのが2時前、この水天宮に着いたのは3時15分前です、こんな時間配分で果たして吉野ヶ里へと行けるのか、土地勘のない私としては結構不安です。

まぁ、N田君はブログのネタにと全国の水天宮の総本家に案内してくれたのでしょうが、鳥居だけを撮りたいのにその前で平然として「どうじゃっ!!」と言わんばかりにつっ立っています。まぁ、たまにはこういう写真も愛嬌があって良いかも知れません。

この扁額は東郷平八郎の書だとか、彼の人は九州出身ですから、南紀の潮岬にあった碑よりは意味がありそうです。

             

まず目についたのは軍艦『千歳』の慰霊碑です。昭和13年就航から昭和19年にフィリピン沖で沈没するまで日支事変から太平洋戦争終盤までを通して活躍した航空母艦、『千歳』の名はこの神社の横を流れる筑後川が17世紀当初に改名されるまで千歳川と言われていたからとか、川の名前を取るなら何も昔の名前を探さずとも現に北海道にこの名前の川がありますよね。

実際にはこの戦艦の内には水天宮が祀られてあったのだとか、なのでわざわざ『千歳』と付けたのか?ならば『筑後』でも良かったのではないのか、どちらにしても撃沈されているわけですから水天宮の御利益も無かったということになりますが、その程度の御利益だったのに、ここではまたまた戦艦を持ち出して戦争賛美なのでしょうか?あの侵略戦争は日本国が悪かった、もう侵略戦争など2度としないというような決意は微塵も感じられません。

                       

社殿に行くまでの境内が広い、さすがに全国の水天宮の総本宮です。

この立像は真木和泉守保臣、この水天宮社の神官の家に生まれた幕末の尊王攘夷派の志士です。幕末物の本はもうかれこれ30年以上読んでいませんが、真木和泉という人物は何かの本に登場していたという記憶はあります。それが何と言う本だったのか思い出せないので、覚えているということではありますまい。

             

真木は久留米藩の藩政改革に乗り出して失敗、水田天満宮という近くの神社にこの山梔窩(くちなしのや)に蟄居したと言われています。その家屋を真木の生家であるこの水天宮に戻したと説明がありました。

             

この時間帯が今回の九州旅行で一番晴れていたのではないでしょうか。

平氏が壇ノ浦の戦いで敗れて、女官・按察使局(あぜちのつぼね)伊勢が筑後川畔の鷺野という地にに逃れ、安徳天皇、建礼門院(徳子)、二位の尼(時子)を祭神として水天宮を祀ったと言われています。でもその当時は筑後川とは呼ばれてなかったという説明もあったので、何だか辻褄が合いません。

右側に見えている館は社務所かと思いきや、真木和泉守記念館だそうで、知っていたら入ったかも知れません。

             

水天宮の左側(西側)を流れる筑後川、ずっと向こうは佐賀平野でしょうか。こちら側には船着き場もあり、向こう側はゴルフ場になっています。N田君のホームグラウンドだそうです。

筑後川と言うと武田鉄矢の『海援隊』を思い出してしまうのは私だけでしょうか?

             

本殿の裏にあった水神社。水の神様だということか、ならばもう少し力を与えて、洪水や津波などの水害を無くしてほしいものです。

             

水神社の前の狛犬、鳥の糞を喰らっていますが、ちょいと面白い雰囲気があります。肥前狛犬と言うそうです。自分の痛いところと同じ個所を撫ぜると治るとか、それは信じませんが、家に飾っておくのに良い雰囲気を持っています。

             

全国の水天宮の総本宮ということですが、私は水天宮と言う神社を見るのは初めてです。大阪では知らないし、神戸の長田区や西宮の甲東園にはあるそうですが、仕事中に行き着くことはありませんでした。これから先も行くようなことはないでしょう。

             

それにしてもこの神社にある狛犬は皆朗らかですね、みんな笑っているように見えます。怖いよりは良いけど、守り神には向いてないのかも。

             

戻ってきて、南東の方の出口付近には、間に合わせに置いたように、いくつもの碑や像が並んでいます。こう見ると結構整備されているので、どうでもよいようなものは片隅に追いやられているのかも知れません。

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6 コメント

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水天宮 ()
2012-07-05 06:31:16
和歌山県ではあまり耳にも目にもしないような気がします。水天宮は水神であり安産の神でもあるそうです。狛犬が愛嬌あるのはそのせい?
巨砲になってるし、撫ぜるは撫でるだと重箱の隅をつつくわけではないですが、撫ぜるは撫でるの訛・・と電子辞書にあるので、和歌山県人のザ行とダ行の間違いは訛ってるということか?と朝っぱらからツッコミをいれてしまった私です。
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Unknown (N田)
2012-07-05 09:40:34
地元久留米の案内を本当はもっとしたかったんですが、時間がなくて嫁のリクエストで水天宮になりました。
久留米で一番高い山、高良山(筑後川、筑後平野を一望)や、成田山(巨大な観音像)、酒蔵めぐり、ゴム3社(BS、月星、アサヒ)めぐり、特にBSは政界の鳩山一族系です。それと、久留米ラーメン、焼き鳥は有名ですよ。
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こんなにコメントが蓄積すると (ぼんくら)
2012-07-05 09:54:12
こんがらがってしまいます。次の日にも巨峰ワイナリーが出ていたなんて、昨日は気が付きませんでした。

撫ぜるのところは、前後の文を作るのに頭を働かせていて、撫ぜると変換しても思っていた漢字が出たので気にも留めないで次へと移っていきましたね。撫ぜるでも撫でるでも意味が変わらないのでどっちでもいいのでしょう。和歌山県人の訛りは意味が変わってしまうので書く時はダメですね。

今はライブハウスはもう流行らないんじゃないですかね。お金を使わなくても路上ライブとかで発現できる場がありますからね。路上ライブも徐々に取り締まられていますが、歌の内容が過激じゃないので取り締まりは緩いようです。

甲斐バンドは無いけどチューリップならCDあります。リクエストがあればCD作りますよ。
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久留米で一番高い山 (ぼんくら)
2012-07-05 10:12:28
それがいいですね。巨大な観音像もゴム3社(前を通ったのでそれだけでいい)もラーメンも要りません。焼き鳥は大阪でも食い飽きています。
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再発見! (junno)
2012-07-05 23:57:28
久留米に生まれ育って、半世紀ちょっと・・
水天宮に行く時は お祭りか花火大会! いつも境内は夜店が ぐっしょり!
あんなに、閑静でいろんな碑があるとは知りませんでした。

ぼんくらさんより、案内人の方がはしゃぎました・・
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コメント遅れました (junnoさんへ)
2012-07-10 09:33:13
神社って、いつも行かれる喧騒な感じがいいですか?それともこの日のように静寂としている方がいいですか?
私はどちらかと言うと、静寂としている方が好きですね。でも賑やかな日は年に数回ほどしかないですから、それも話のタネになりますよね。
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