生國魂神社の記事を引っ張って3日目です。串本に行く機会がなかなか出来ず、ネタに困っているのです。でもこの神社に赴いたこの日が病院の予約日でないと判っていたら、先週1週間は串本に滞在できたのにとは思いながらも、朝晩の冷え込む姫の家では電気代が嵩むことを考えると、のんびりもしていられないなどと、予約日を間違えた責任を放棄するような考えを持ち出していることを打ち消すことが出来ません。ただ神社にやって来た時と帰ろうとするときの空の様子が全く違うので、その違いも比べてもらえたらいいなぁと思いながら、同じような写真を三日間もUPしているのです。
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まぁネタの為だけではなく、実際にこの神社にはモニュメントや像が多くて、やはりくまなく紹介しておきたいと言う気持ちの表れでもあるのです。
浄瑠璃神社より北、そして東側にあったこのモニュメントは左が浄瑠璃記念燈、右が八雲琴の碑です。八雲琴の碑には“二つ緒の八雲の琴に神の世の しらべを移し伝え来にけり”の句が刻まれており、中山琴主という全く知らない人のことを紹介していました。
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昨年生誕100年を迎えた織田作之助、私は読んでいませんが『木の都』という小説に“・・・生國魂神社の境内の巳さんの棲んでいるといわれて怖くて近寄れなかった樟の老木があったり・・・”という一節があるからなのか、去年ここに銅像が建てられました。奥に立ってる白い服を着たものは像ではありません。相変わらず竹ぼうきで掃除をしている人です。
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北門から入場した人のための案内標識、写真を撮ってカメラを下すと何故か視線を感じます。この写真では判り難いのですが、織田作之助の像がこちらを見ていたのでした。
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生玉の杜のあちらこちらに俳句の碑が置かれています。左と真ん中は知らん人、先ず左は松木淡々という人の“しののめや すずしき綿の 花ざかり”という句、真ん中は月亭可朝ならぬ生田花朝の“餅花の 柳芽をふく 二月かな”、右は南御堂近くで最期を迎えた芭蕉の“菊に出て 奈良と難波は 宵月夜” 風流でしょうか?
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次は井原西鶴像、境内の南坊に於いて一昼夜で4000句の独吟『矢数俳諧』の新記録を達成したとありましたが、それは無理というもの、24時間で4000もの句を詠もうと思えば1日中ずっと約3分に一つの句を詠まなければなりません。
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大坂ではまだまだサクラの季節ではありませんが、陽も当たらない所で、花を咲かせているサクラの木がありました。
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約20分かけて生玉の杜を一周しました。20分もかけるほど広い境内ではありませんが、何度も行ったり来たりしているうちに時間を費やしてしまったのでした。
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45分ぐらいの見学でしたが、その間に青空が広がりました。月曜日に掲載した写真とはかなりイメージが違うでしょ。
この生國魂神社は織田作之助や井原西鶴の他にも谷崎潤一郎が『春琴抄』の中に登場してきます。右の写真、ここが昔蓮池が有ったと言われる生玉公園、遠くハルカスが見えています。大きさで言えば私の家から見えるのと同じぐらいですから、直線距離では同じぐらいなのでしょう。
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見学を終えて千日前通を難波へと向かいました。途中松屋町筋との交差点でも神社の鳥居が有りました。でも案内看板が示しているように、この坂を登って一番近い門は北門、本殿より先に生玉の杜を巡ることになってしまいます。