Toshizoh's Bar

大阪を愛する編集者トシゾーのほろ酔いメッセージ。

応神天皇、最大の謎

2015-08-28 20:26:51 | Weblog
難波九州説というものがある。隋からの使者をアマノタリシホコが迎えた難波の宮は九州だろうと思う。「四天王寺ワッソ」みたいな嘘で固めたイベントは即刻中止すべきだと思う。

で、「難波」。「難波」とは、北九州北海岸の響灘から関門海峡を通り、周防灘から国東半島に至る、「灘」のつく海域のことである。「大隅」とは「難波の大隅」であり、「北九州企救」のことである。とは、智導世津翁さんのお考え。http://www.geocities.jp/ojyaru_24/oosumi2.htm

これによると、応神天皇の話は舞台が北九州のみになる。そりゃそうなんだが、じゃあ堺の応神・仁徳天皇陵は誰の墓? 墓はわざわざ大阪に、ってことはありえないでしょ。墓参りにいけないジャン。

そうか、堺の応神・仁徳天皇陵は応神・仁徳天皇の墓じゃないんだ。じゃ誰の墓? 応神天皇陵とされる誉田御廟山古墳の築造は、5世紀初頭とされている。それの真偽も怪しいが、とりあえずそうしておこう。さて、誰のお墓かな。

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