心の花束

つれづれなるままに心の中に花束を持ちたい

読書

2010-01-30 | 日記
遠藤周作著の「沈黙」を読んだ後、何年も氏の作品から遠ざかっていた。
余りにも衝撃が大きかったから。
昨年、今度は「女の一生」を手にし、これにもまた衝撃を受けた。
人間の非業にもめげない神への信仰を貫ける人。とても真似できない。
そして今回の「海と毒薬」で人間とは?
ますます困惑している。
「沈黙」や「女の一生」はキリスト教迫害だが、
「海と毒薬」では
終戦間際にアメリカ兵捕虜の生体解剖事件を取り上げている。
戦争で混迷している時代、
「皆死んでいく世の中、病院で息を引き取らぬ者は空襲で死んでいく」
と言った状況の中での解剖事件。
「どうせ死ぬ命」だからと実験に使うその神経に驚かされる。
人間とは状況に応じてこんなにも無情になれるものだろうか。

遠藤周作・曽野綾子の著書の中に紹介されていた「生存者」のニュースは記憶にあったが、
恐ろしくて読まなかったように思う。
神への信仰に対して今一度見直したい思いで図書館にお願いして借りてもらった。
記憶されている人もいると思いますが、飛行機事故でアンデスの雪中、
72日間耐え、死んだ人の肉を食べて生き残った人たちの話である。
人肉と思うだけで身の毛がよだつ思いだが、
神を信じる人たちにとってはそれは自然の成りゆきであると受け入れる事が出来た。
神を信じていると自負しているがもろい信仰であることは私自身が一番知っている。
おそるおそる読み進む中で、やっと納得できる言葉を見出した。
「生き延びる為に死んだ人間を食することは両者の肉体を一体化することであり、
これは接木に比較されよう。
肉は死んだ人間の眼球や心臓を生きた人間にされたときと同じように
極度にそれを必要とする人間の中に同化された時に生き延びるものである・・・」

生き残った人たちの言葉に、
【「自分たちは奇跡の恩恵を受けた人間である」と確信している】
死後、臓器提供にサインしていながら矛盾している自分に慌てている。
コメント
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