

山本山高原に上がる道すがら、つづら折れというほどの坂道ではないのに、連れの一人が酔ったから車を止めてと申告してきた。
いい歳をしてって、もうそれも超えてるのに、そうかそういう人間もいるのかと新鮮だったりする。
そうして一服したり、ゆっくり走らせたりしているときに見つけたのが、この葡萄。
ドライブ慣れしている方のもう一人が、山葡萄(ヤマブドウ)だというのだが、少し変だなと思いつつ反論はしない。
子どもの頃に山で遊びながら採って食べたのとは、違う気がした。
房状になっていない、この程度の生り方の粒を集めて、道の駅などで売られている山葡萄酒を作るのは大変だろうに、とも思った。
ブログを書くにあたって調べてみたら、やはり私たちが見て撮って蔓を持ち帰ったのはヤマブドウではなくてノブドウ。
ヤマブドウは葉っぱが大きくて、実はしっかり房状に生る。
ノブドウの葉はクワ(桑)の葉に似ていて、実の付き方はたよりなくランダム。
実がもげてしまっている枝先がけっこうあるのは、野鳥が啄んだものと思われる。
この程度の色合いと生り方では、見た目が良くても味見をする気になれなかった。
車酔いした同級生は持ち帰ったノブドウの葡萄蔓と山栗の付いた枝を素敵に活けた、という話はもう一人から聞いたけれど、画像は送られてこない。
2枚目の画像は、カボチャがあるという目印の棒につかまっているアマガエル。
こんな細い棒を登って、何か得るものでもあるのだろうか。
『え、なんか用ですか?』と言っているようだ。
この姿が好き 花の無い時季に活けるのと私
友人がこれ毒葡萄よ エーッ。
仙人草も好きで活けるのですが茎を折った時に出る液が眼に触れると失明するとか聞きました。
自然界で生き残るための植物の知恵?でしょうか。
検索したら、毒はないけれど不味いので食用にならないとか。
別の記述では、昔から毒と言われてはいるが、どのような毒か分かっていないとか。
焼酎漬けにすると何かに効くとかなんとかいうのもありました。
つまり、活けたりする観賞用ということですね。
目の保養という薬にはなるようで・・。
蛙さんは、とんびさんの大切なかぼちゃを守ってくれるのかもしれませんね。
指先に吸盤があるから、このような不思議な姿勢を保てるということなのでしょうか。
ノブドウが、シックな色彩のマーブルを撒いたように広がる様子、美しいですね。
年寄りは一日に三人以上の人と会話した方が良いと言います。
いま私は、コロナ騒動もあって、三人と話すことがめったにない暮らしをしています。
そうなると、何かしらを人とみなすような感情が湧くような気がします。
そう、蛙に声を出して話しかけるまでは未だしませんが、向き合って撮って感情移入をしているフシがありますです。
ほんの先ほども向き合って3回4回5回とシャッター押しました。
コメントをありがとうございます。
私は、年寄りになる前から、庭でたまに蛙さんに会えたら、声を出して話しかけていますよ。
可愛いです。
ふしだらな手足と忘我の目が素敵です。
そうでしたか。
『オズの魔法使い』とか『不思議の国のアリス』の住人なんですね!?
吸盤に感じてしまうんですか?
忘我の目って、眼窩はまん丸なのに、半眼の構えが忘我に見えるんですね!?
面白いです。