鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

煙(けむ)に巻かれる  その⑤

2022年08月17日 07時17分07秒 | アングル


初めて田中泯の舞踏を観る私は、ついつい何かしら過激な異様体験ができるのではないかと期待してしまっていた。
何かきっかけがあれば、観客も巻き込んだ、えーじゃないかえーじゃないかというような狂騒乱舞が起こっただろうか。
それはありえないこと、あってはならないこと、田中泯が独りで踊り、観客が静かに見守らなければならない予定的調和なのだから。
ただ、演出ではないはずの、蝙蝠が1羽いや1匹か、途中から人工池の上を飛び回るので、ついついそちらに目がいく。
コンクリート建築に囲まれた中庭だけれど、浅くても広い池があれば虫も飛び、霧を発生させているからなおさら自然に近いということか。
1匹ではなく10匹ほどでも飛んでいたら、どんなにか効果的だったろうに、今後は虫を放つか蝙蝠を放つかの演出がなされたら良いと思う。
田中泯氏の挨拶と同時に、観客席から歓声などはないけれど、力強く長く拍手が続いた。
観客に対し誠心誠意感謝していることが伝わるのは、やはり観客有っての公演の無事終了、皆で創り上げた場であったということなのだろう。
私が観たのは8/12の18:00~だったが、その日の11;00~が最初だったので、全く同じように演じたのかどうか。
音楽は同じだろうから、『場踊り』というのは即興ではなくて、この舞台設定とこの音楽だからこうなるという同じ演技なのだろうか。
8/13にも2回、8/14には午前の1回で、計5回の演技を通しで観たら、どんな感想を持つものだろう。
いくら鍛えているにしても、歳も歳だから、3日間5回の演技は決死の集中力ではあろうと思うけれど、私にすればやはり煙に巻かれた感が強かった。
雨が降っても中止しないというアナウンスがあったから、雨が降って欲しかったけれど、雨予報は外れ、ハプニングは蝙蝠1匹。
 おわり

先日のペットコーナーで撮った、この一匹は展示の爬虫類にあるまじき活発さで動き回っていたが、一瞬だけ静止したのは目が合ったからか。
意外にはっきりと写った見事な肌に触りたいとは思わないけれど、ほれぼれと見入ってしまう。
これも行く末を見守りたい気分で、あの店に行く度に無事か売れてしまったか確認しないではいられないやつ。
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煙(けむ)に巻かれる  その④

2022年08月16日 08時30分55秒 | アングル


もうそろそろ終わりかという頃に西側客席近くにやってきて、そのときに太ももが見えたのだけれど、その後で南側客席近くにも行き、それでも観客はじっと黙って見守る。
近くに来られると緊張が走るといった感じではあるけれど、突発的なことは起きず、客はあっけにとられてフリーズ状態なら、演者は動物園の来園客を観ている獣状態。
やがて、それまでの打楽器というより何かの打音の集合音楽が終わり、やわらかい曲になったのは、前に観た暗黒舞踏と同様に、もう終わりですよという合図なのだった。
そうして、田中泯氏は帽子を取り、良く聞き取れなかったけれど感謝を口にしつつにこやかに西側と南側に向かって何度もお辞儀をした。
その後で、誰かに感謝の言葉を述べて紹介すると、白いゴム長を履いた小太り派手目なオバさんがじゃぶじゃぶと田中泯氏のところに歩み寄った。
距離を保った礼儀正しいハグをして、次に紹介されたのが南側の小さなブースに入っていた女性で、どうやら霧発生のオペレーター。
後で知ったことだが、そのオバさんは、『霧の彫刻』というものを創り上げた中谷芙二子という人で、ノズルから出ていた霧は彼女の芸術だった。
つまり、池の芸術と霧の芸術と舞踏芸術と打音音楽芸術の融合の合作芸術作品だったようだ。
尚、中谷芙二子氏は人工雪の研究で有名な中谷宇吉郎博士の娘であり、中谷宇吉郎は雪の研究で我が雪国を訪れたことがあり、娘さんもこちらに縁を感じたとか。    
つづく

玄関前の枯れたタチアオイに登っていたニホンカナヘビ(日本金蛇)を昨日見つけたので、静かに近づいた。
たいていは一瞬の状況判断後に素早く逃げるけれど、登っているところだったので、上に行くかダイブするしかない。
進退窮まるとフリーズするのか、これも選択肢のひとつなのかしばらくじっと動かなかった。
目はぱっちりと開けたままだったから、死んだふりではなさそうであり、カナヘビの由来たる黄色の腹をじっくりと撮ることができた。
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煙(けむ)に巻かれる  その③

2022年08月15日 07時37分37秒 | アングル


田中泯氏のプロフィールを見るまでもなく、老人と呼んでもよいくらいの年齢なのだが、手足が長くてすばらしいプロポーションと姿勢だった。
不摂生で体型を崩すようなことはたぶん一度もなくて、労働で固太りした肉体でもなく、計画的なトレーニングで鍛えた筋肉が付いている風でもない。
特定のスポーツを連想させる体つきではないのは、ただひたすら体ひとつで表現する踊りを踊ってきた人なのだろうなどと思わせられた。
池の中に寝転んだり四つん這いでじゃぶじゃぶしたりしてびしょ濡れの着物をたくし上げたときに見えた太ももの素晴らしさには息を飲んだ。
それでも歳を考えたら、激しく狂い踊り始めることは期待しにくくて、それはないままに時間が過ぎた。
沖縄の踊りのような阿波踊りのような手振りがあったときに、だれか客席から入り込んで一緒に踊ったら良いのにとさえ思った。
そのような演出はなく、観衆を巻き込むような誘いも煽りもなく、ただ独りで老人が40分を広い池でゆったりと、ほんのときたまちょっとだけ激しめに動くだけで、声はださない。
ミストの雲が湧き上がり続け、南と西の客席のうち、西側客席に流れるので場所によっては演者の見えない時間が長い。
私が選んだ席は西側南寄りだったけれど、南側東寄りの席が一番良い場所だったなぁなどと悔やんだ。
つづく

画像はホームセンターのペットコーナーで展示販売されていたトカゲ(蜥蜴)。
飼うことができないのは分かっているけれど、いやいや思い切ればできないことはないけれど、値段は見なかった。
今後は、このホームセンターに行く度に会いに行くことになるだろうと思いつつ、気持が高じたらこれも困る。
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煙(けむ)に巻かれる  その②

2022年08月14日 08時03分08秒 | アングル


準備の都合で開演が10分遅れるというアナウンスがあり、どんな都合か聞き取れなかったが、池の中ほどの四角の仕掛けのことかと思ったりしていた。
やがて打楽器のような、様々な音を拾い集めて組み合わせたような音楽が鳴りはじめ、いつ始まるのだろうと思っていたら、いつの間にか演者が池の周りをゆったりと妙な動きで歩いているのが見えた。
あの痩身は確かに田中泯だなと判ったが、どの時点から演技が始まったのか解らず、前触れもなかったから拍子抜け。
野球帽のような帽子を少し斜めに被り、黒い浴衣の着流し姿でゆっくり動くのだが、一挙手一投足が、ゆっくりな動きながらやはり普通ではない。
やがて、池の淵にしゃがみ、手でこちゃこちゃと波紋を作って遊ぶようなことをしたので、『気の触れた人を演じているのだな』と思った。
気が触れる=規則から解かれた人は、そのような自由な動きをしながら池に入って行き、すぐに池の中の仕掛けから霧がもうもうと吹き上がり、演者の姿が見えなくなった。
四角の仕掛けの周りにびっしりと付いていたのは霧発生装置であったかとようやく分かり、以前どこかのイベント会場で見たことのあるミストの大仕掛け。
風の流れなのか、送風がなされているのか、観客席にも流れてきたが、ミストだから臭いもなく冷たくもなかった。
長い時間、霧が湧き上がり続けて演者は見えないので、演出の手違いか拙さに因るミストの出過ぎではないかと思い始めた頃に、亡霊のように彷徨う手振りと歩き方の演者が霧の中に見え隠れし始めた。
黒澤映画の『乱』で仲代達矢が、霧の立ち込める死屍累々の戦のあとを白い夜着で亡霊のように彷徨うシーンに似ていた。
気の触れた人が、冬の気嵐(けあらし)の立ち込める沼に、ずんずんと入っていき、もがいている風に見えた。 つづく。

画像の器具を見つけてから、魚焼きに失敗することがほぼ無くなった。
鮭の粕漬け6切れパックをお隣からいただいて、こんなにたくさん困ったものだと思ったが、とにかく食べきらなくては。
焼くのは1切れも3切れも同じだから3切れを1度に焼いた。
冷たいご飯に、熱々2切れ載せ、お湯をぶっかけて食べたら、意外にもさくさくと食べられた。
ここしばらく、タンパク質は卵に焼き鳥に鶏もも焼きにと鶏ばかりだったから、身体が魚を欲しがっていたようだ。
新鮮な魚の刺し身が1番、焼いたものが2番と思っていたけれど、煮付けも粕漬けも旨いじゃないかと思う今日此頃。
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煙(けむ)に巻かれる  その①

2022年08月13日 13時58分58秒 | アングル






田中泯の『場踊り』というパフォーマンスを観てきた。
これもまた下調べはせず、NHK大河や朝ドラで観た渋い俳優だが本当は舞踏の人、ということくらいしか知らない。
建物内にある50m角ほどもある池が舞台で、そこには20cmくらい水が張ってある。
池そのものが『空の池』と題された作品で、四周の回廊が写っているように見える絵が底に描かれている。
そんなことより、広くて浅い人工池は、ばしゃばしゃと走っていってスライディングしたくなる。
その池全体が舞台なのだから、どんな舞踏を見せてくれるのか期待した。
じつは一気に書いてしまうことがどうしても出来にくいので、このくらいの長さで何回かに分けて書こうと思う。

画像は、1ヶ月前から実験中のメヒシバ(雌日芝)で、10cm(1ヶ月前)くらいだったものが、60cm(本日)ほどに成長した。
突出した匍匐枝の南北先端を測ると110cmもあって、いつ見守りを辞めて引っこ抜くか決めかねている。
競争相手はなく邪魔する物はなにもないので、匍匐枝も勝手な伸び放題で自然繁茂謳歌状態。
いくらでも広がれる状態にあると、もしかしたら伸び上がることをせず、穂もつけないのではないか。
丸い絨毯のような芝生ができあがるのではないかと思えばまだまだ続けたくもあり、穂がでたら穂だけ抜いたらどうか。
根が張ったら引っこ抜くのに尻もちつくくらいでは済まないよと、呆れ顔で助言する同級生もいて、悩ましい。
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煮付けの煮こごり

2022年08月12日 08時30分00秒 | 食べ方




鯛のアラ炊きが上手くできるようになりたいと、いつだって自分の調理したものを食べた後に思う。
魚の煮付けに限らず、たいていがそうなのではあるけれど、スマホでレシピを見る度に『ここまでしなくてはいけないのか!?』という疑問が湧く。
鯛のアラ炊きに関してなら『はじめに熱湯にさっとくぐらせてから氷水に入れる』てなことが書いてある。
しかも最初に酒で煮込み、醤油に味醂に砂糖にと、それぞれを入れる順序まで示してあるのには閉口する。
それでも、一応のことをだいたい書かれてある通りにやってみたが、期待したほどの出来にはならなかった。
全部一気に食べる気になれず、食べ残りを冷蔵庫に入れておいた翌日の姿が最初の画像。
煮こごりを食べてみると、これがなかなかに美味しくて『鯛のジュレでございます』という雰囲気。
でも本体の方は味が染みて美味しくなっているかといえば、それほどでもなくて、少し迷ってからの結論は、砂糖をまぶして火にかけて、またアルミフォイルの落し蓋をした。
食べてみると、前日より美味しくなっていたが、汁が濃すぎるのは、砂糖をまぶして煮詰めたのだから当然か。
残った汁は常温でも煮こごりができるのかもしれないと放置したが、いつまで経っても汁のままなので、また冷蔵庫に入れた。
そして次の日のジュレが2枚目画像なのだが、見た目にも美味しそうではなくてしょっぱ過ぎ。
いくらコラーゲンがあっても、おやつにはなりにくく、外仕事で汗をかいた後の塩分補給には使えそうだが、糖分摂り過ぎになるか。
どうしたものかと思いつつ、しばらくは冷蔵庫に入れっぱなしになるはず。
なお、2枚目画像のタッパーに入れてあるのは、毎日生っているキュウリの3日分を佃煮にしたもの。
かさが10分の1以下に減るのを見れば、キュウリはほとんど水分で、大量消費ならこれに限る。
この佃煮もいろいろと混ぜるものがあり、今回も塩昆布を入れ忘れたが、それでもそこそこの味だから、やはり回数がものを言う
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蛙ばかり

2022年08月11日 08時00分10秒 | 養蜂






家の周りは蛙ばかりと言っても良いくらいに、どこに行っても蛙がいて、一番多いのはもちろん雨蛙。
蚊や蝿を獲ってくれると思えば邪険に扱うことはしない。
とは言うものの、外での作業は蚊取り線香を腰にぶらさげておかないとかゆいかゆいで大変なことになる。
乗用草刈機を走らせているときに、蛙がとびだしてきたら、走行予定路から外れるまで止まって待つ。
エンジン草刈機を振り回している時に見つけたら、そこは後回しにする。
なにしろ、傷ついた蛙を見るのがいやなので、どの種類の蛙でも逃げる時間を与える。
歩いているときも雨蛙は前方をぴょんぴょん跳ぶので、踏まないようにして、足がもつれそうになることすらある。
キュウリをもごうとしていたら、跳び移ってきた雨蛙がいた。
柄を見ると、長い時間をうどんこ病の葉っぱに止まっていたようだ。
別の場所で蕗の葉にいる2匹を見て、後ろから撮り、前に回ったが驚きも嫌がりもしない。
今年は小さいカラスヘビと思われる蛇を2度見ただけで、大きい蛇を見ていないから、うちは蛙たちの楽園化している。
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拉致被害者たちの写真パネル展示

2022年08月10日 10時24分24秒 | アングル




十日町、津南地区を妻有と言うのは、信濃川の上流にある山に囲まれた『どん詰り』からという説が有力らしい。
妻有そばや妻有ポークなどに使われていて、今はまさに『越後妻有(つまり)2022大地の芸術祭』が開催中だ。
その中心たる越後妻有文化ホールは「段十ろう」という名で親しまれている。
段は河岸段丘とホールの階段式観客席の段を採用し、十は十日町、ろうは雪国などで独特な雁木をイメージしたものか、などと、生まれ育ちはこちらでも18歳で外にでて、今は滞在者という格好の私の憶測が合っているかどうかは分からない。
その段十ろう外構(庇)を利用した「光り織」という作品は日没〜22:00までの点灯とあり、『越後妻有文化ホールの「雁木」を思わせる約110メートルの庇を彩る光の作品。・・・四季を象徴する様々な色と「十日町友禅」など地元の織物を重ね合わせ、・・・』と公式ガイドブックに載せられている。
夜に出歩くことが億劫になっていて、その作品を観られていないのだが、ホールの緞帳作品を観に行ったら、あいにく学生の吹奏楽リハーサルがあり、緞帳は上がっていて観られなかった。
受付の人は「申し訳ありません」と言うけれど納得いかない気分で、しかし確かにガイドには(イベント開催時は非公開)とあるから仕方ない。
先に書いた庇はガラス壁面で内部と仕切られていて、内部の回廊は拉致被害者の写真パネル展示場になっていた。
横田めぐみさん家族の幸せだった頃の多くの写真や、曽我ひとみさんが拉致被害後行方不明の母みよしさんに抱かれている写真があった。
長い間、展示されたままになっているようで、傾いているパネルもあり、それを直しながら観ていったが、誰もやってこない長い回廊だった。
1960年代から始められた拉致は、最短距離の新潟県で一番多く行われたのだろうか。
1973年に私は友人と2人で佐渡の日本海側の外海府巡りの旅行をして、誰もいない岩場で泳いだりもした。
数百人もいる、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない人たちを言う特定失踪者のリストに我々が入る可能性はあったはず。
室内の回廊は多くの闇に包まれたままの犠牲者たちの展示で、外は日没と同時に繰り広げられる光の芸術。
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アート村(そん)・鍬柄沢(くわがらさわ)構想と名付けられた作品

2022年08月09日 08時02分22秒 | アングル








大きさが分からないように、しかもローアングルから撮ると見張り台や狼煙(のろし)台のように見える。
これも、昨日の作品と同じく日本工業大学小川次郎研究室の作品で、『休耕田となった棚田に、天に登るようなそばの花が咲く道の制作を軸に活動することになった、2015年はそばの道と3/1の道祖神を設置。2030年の完成を目指している。』のだとか。
オブジェは建てたら管理はほとんど必要ないだろうけれど、そばは蒔いて花を咲かせて収穫という管理が必要で大変だろうなと思う。
構想と名付けられた作品の行く末を観てみたいので、2030年が待ち遠しい。

2,3枚目の作品は、『もうひとつの特異点』と題されたアントニー・ゴームリー(イギリス)作で先の作品とは対極のもの。
『壁、床、天井から柱や梁の間から682本のコードが張り巡らされ、それらが収束する中央には作家自身の身体のシルエットが浮かび上がる。』とのこと。
古民家の内部の構造体だけを残し、がらんどうにした空間に作家自身を閉じ込めたということのようだ。
自意識をこういう作品にすることもできるのかと思ったりするけれど、ある人たちが何代かにわたって暮らした空間の生活感を抉り取り払拭して、部外者としての外国人が芸術に浸ったのね、と思ってしまった。
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凱旋門から廃墟

2022年08月08日 06時03分03秒 | アングル






本当は『モミガラパーク』と題された構造体と、『マッドメン』と題された歪んだ建物。
両方とも日本工業大学小川次郎研究室の作品で、デザインもさることながら、材に工夫がなされているそうだ。
モミガラパークは『米のモミガラをポリエステル樹脂に混入したブロックを開発して、組み合わせた作品』とある。
マッドメンは『土にセメントを混ぜた「土コンクリート」を使い、人型を組み合わせて床や壁・天井が構成されている』とある。
そのようなことより、スマホを向けてなんとなくフォーカスしていたら、『凱旋門から廃墟』が見えているような具合になった。
見たくなくても聞きたくなくても、破壊映像と殺戮情報が毎日毎日、テレビニュースで流されるのだから仕方ない。
3枚目の画像は、上記作品から少し山に上がった集落で大切に育てられている『二ツ屋の二千年蓮』。
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火を護る螺旋の蛇

2022年08月07日 07時21分07秒 | アングル






このようなモニュメントとしての作品があった。
螺旋の材料はおそらく鉄、特殊バネ製造会社に依頼した特注品だろうか、そのようなことに興味が湧く。
これだけの質量だと、雨ざらしでいくら錆びても朽ち果てるまでは100年以上かかるだろう。
小さな灯台のような中に火は実際に燃えているので、決して絶やさぬよう、燃料補給を定期的に行う係りがいるはず。
花火のような一瞬の芸術の対極で、この火を護る意志を示すモニュメントなのだろうと思った。
メンテナンスのときには、別に火を移しておいて、また火を戻すのだろうか、などとも考えた。
案内板にぶら下がっているペットボトルの底を切った中には、シャチハタのスタンプが入っていて、鑑賞者が自分で押す仕組み。
野外展示の作品には、このスタンプラリー用のアイデア防水仕様スタンプが必ず付いていてカッコいい。
3枚目の画像は、このごろ毎朝20個ほど咲くようになった、うちのアサガオ。
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大きな壁画の小さな部分

2022年08月06日 06時46分46秒 | アングル










越後妻有(つまり)大地の芸術祭2022 里山現代美術館MonET(モネ)の作品で、つい先ごろ完成した壁画を観た。
《physis》と題された、建物西側壁面を使った70mの大作は大きすぎてパノラマにしないと全体を捉えられない。
全体を眺めるための台が設置されていたので、その上から花の尻尾の北側半分と双頭の南側半分を撮った。
大きさに圧倒されて細部になかなか目がいかないけれど、下を歩いていたら、小さな双葉に足が付いている絵が気に入った。
森を見られず、木の葉や虫しか目に入らない自分に思い至ったりする。
足場を使って今回制作された壁画は、雨ざらしの壁だから何年か置きにメンテナンスされるのだろうか。
写実ではない芸術だから、だんだん成長したり、カラフルになったりするのだろうかと想った。
5枚目画像の雲は、この壁画を撮っていたときに現れた入道で、『雲は天才である』という啄木の言葉を思い出した。
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傷ついたオオミズアオ(大水青)

2022年08月05日 06時31分08秒 | 


新潟県は日本列島を縮小したような形なので、上越と下越ではかなりの距離があって天気も違う。
新潟県に豪雨洪水警報となれば心配して連絡をくれる友人知人もいるけれど、今回の場合、上越に近い中越に影響はほとんどなかったと思われる。
この大雨が続いたらマズイという激しい降り方も一時はあって、世の中が白く見えたりした。
でも、天気予報で見る降水帯の赤いシミも中魚沼上空に停滞することはなく通り過ぎて、畑の作物には良い雨だったはず。
小雨になってからケアハウスに住む姉に届け物を持って行ったら、地べたにオオミズアオがいた。
森の妖精と言われることもあるのに、せっかくの翅が大粒の雨に当たって傷ついたのだろう。
死んでいる風ではないので撮ってから頭を指先で触ってみた(生きていたらどうするとは思わず、触るなら頭しかないなとだけ考えた)。
ぱたぱたと50センチほど飛んだけれど、静かに衰弱していくだけのように見えるのは、ケアハウスの住人達と同じであるか、とは書いている時点の後付け。
澄んだ水のようだから水青で、水青という小型のそのような蛾がいて、その大型だから大水青だろうか。
妖精にふさわしい響きだけれど、漢字表記を見ると何のことだろうと思ってしまう違和感しかない。
以前、山でオオミズアオの完璧な姿を見つけて撮ったことがあるので、この姿はまことにざんねん。
コロナ禍なので姉には会わず、物だけ職員に託し、オオミズアオを振り返って見ることもせず、そそくさと帰ってきた。
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失せ物かえる

2022年08月04日 08時27分00秒 | 日記


大地の芸術祭の展示を、ある会場で観終わり、車に戻ったのだが、ポケットに入れていたキーがない。
いつも同じポケットに入れているはずなのになくて、すべてのポケットを探ってもなかった。
乗用芝刈り機のキーとセットでリングにくくってあるので、困った事ではあるけれど、パニックになるほどではない。
キーは必ず予備を持っていて、芝刈り機の方の予備は家にあるし、車のキーの予備は履いているズボンのベルトのフックに掛けてある。
ただし、車のキーはキーレスキーなので、複製をつくるとしたら時間も費用も掛かりそうでそれが面倒だ。
駐車場で車を降りてから歩いたコースをたどりつつ、とりあえず展示会場の受付係に「車のキーの落とし物が届いていませんか?」と聞いてみた。
そうしたらいきなり「メーカーはどこですか?」と言うのだ。
『メーカー??・・あ、そうか車のメーカーか』と即答するまでに一瞬の間を作ってしまった後で「トヨタです」と答えた。
すると、「どんなキーホルダーですか」と聞いてきた。
『キーホルダー??』とまたしても少し間を作ってしまった。
リングに付けているだけだった気がしてキーホルダーに付けているという意識はなかった。
思い出そうとしているときに、係員の態度と物言いに奇妙さを感じて、「キーが届いてるんですか?」と聞いてみた。
「はー」と小さく答えたようではあったけれど、とにかくどんなキーホルダーかを答えられなければ渡せないというような雰囲気。
私は「キーホルダー・・」と口にだしてから、ようやく思い出した。
友人からただでもらった乗用草刈機のキーは革製錨のミニチュアのキーホルダーが付いていて、それに私のキーレスキーをくくっていたのだった。
そこでようやく私はキーホルダーの特徴を示すことができて、彼は机の引き出しから、見慣れたキーを出してくれた。
私は予備のキーを彼に示して「ほら、同じものでしょう!?」とついつい言ってみた。
すると、彼は2つのキーのギザギザを確かめるように両方とも触った、触れば同じものか分かる能力を持っているみたいに。
どこに落ちていたということだったかだけを聞き、「ありがとう」と言って、その場を後にしたのだったが、私の中で『なんだかなぁ』という奇妙な?マークがいくつも湧いた。
あるブログで、名前も書いていないSuicaを失くして、それが戻ってきたと喜びを表している記事があった。
予備があったということとは別に、ここは日本だ、私の田舎だ、山奥だということもあり、戻ってくるのは疑っていなかった。
拾った人が、落ちていたという駐車場でキーレスキーを操作したら、どの車のものか分かったはずで、それはしたのかどうか。
届けてくれた方の善意には感謝するばかりでありがたかったのに、本当に持ち主と確信できなければ渡すわけにはいかないという受付係の正義感に首を傾げた。
持ち主かどうかの疑念を与えた私のミスか、もっと切迫感をだし感激をあらわさなければならなかったのか。
失せ物はかえるはずという驕りのような確信がまずかったのか、不徳の致すところが顔に現れていたのか。
余生を平穏に過ごすために演技力を学ぶべきか、もしかしたらようやく常識を学ぶ時期なのか。
画像は、種から育った鶏頭のてっぺんに頭を突っ込んでしばらく動かない蟻がいたので撮ったもの。
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地敬(chikei)という舞踏  その4 息を凝らした1時間

2022年08月03日 09時45分09秒 | アングル




咳払いもくしゃみもない、目を凝らし息を凝らす時間が過ぎ、ディジュリドゥの単調で複雑な音楽が止むと、今度はアメリカ音楽と思われる曲が流された。
すると二人の演者は、ゴリラのような動きをしつつそれまでと同様ゆっくりと舞台中央で並び、しゃがみ、ゴリラのまま立ち上がり、ゴリラのまま列を作って上手に消えていった。
1時間という刻が過ぎていると、私たち観客は誰も意識していなかったのだろうと思う。
不思議な時を過ごし、演者から言葉は全く発せられなかったから、ほぼ全裸白塗り男二人が去った後も何かが起きそうでただ黙っていた。
そうしたら、『これで終わりです』という放送があり、そこで皆が我に返ったように拍手がぱらぱらと起こり、ためらいがちに続いた。
咳払いが一斉に起きるわけでもなく、指笛が鳴るわけでもなく、熱狂的歓声もなく、野外なので拍手は響かずに消えていく。
続いて『親睦会を行いたいと思いますので、どうぞごゆっくりとご歓談ください・・飲み物と料理を用意しています・・』という放送があった。
白塗りの演者二人もそこに居たので、しばらくしてから『すごい重労働ですね!?普段どういう訓練をされてるんですか?』と、とんちんかんな問いかけをしてみた。
『静止しているのは辛いけど、少しでも動いている場合は、どんな格好の動きでもそれほど辛くはない・・・』
『ぼくたちは、神奈川県の・・・に属していて・・』というようなことを聞くことができた。
もっとマシな問いかけとねぎらいと感動を伝えられなかったものかと、自分が残念で仕方ないけれど、暗黒舞踏について調べてみた。
土方巽の弟子(?)だった人の作った【とりふね舞踏舎】に属している二人なのだろうと解った。
有名な山海塾もいつか観たいと思ってはいたが、今回ようやくButohを観ることができて、次は同じく大地の芸術祭のイベントで、田中泯演じる【場踊り】を観ようかと・・。
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