鳥瞰ニュース

空にいるような軽い気分で・・・

ドラマで耳障りな言い方【語尾で口から息を漏らす】

2009年03月14日 21時02分30秒 | 言葉の世界
いつ頃からだろう。セリフの最後に発声と一緒に【語尾で口から息を漏らす】俳優が多くなってきた。大抵が長いセリフの後だけれど、短いセリフの時も常にそうやる俳優もいる。現実の会話の中ではあまりない喋り方だ。あれが気になってしょうがない。ドラマを創っているという約束の中だから誰もが許しているのだろうか?

どんなにいい役を演じていても、語尾に息を漏らす俳優は自分の中でかなりランクが落ちる。奇麗な女優でも、ドラマでその言い方をしているとがっかりしてしまう。あれは監督とかプロデューサーがさせているんだろうか?

誰か国文学者の話だったと思うのだが、「日本の言葉は語尾がすーと消えていく」のが特徴だと聞いたことがあって、それが忘れられない。NHKのアナウンサーが語尾をはっきり強く言うのは間違った教育をされている・・・というような事だった。

その論で言うならば、語尾で口から息を漏らすのは、あざとい強調会話法だ。息せき切ってしゃべるのに似ているが明らかに違う。故意に或いは無意識に相手を威嚇しているような印象を受ける。

広末涼子などの自然な発声をする俳優は決してそういうセリフ回しを使わないような気がする。彼女は好きなタイプでもなんでもないのだけれど、自然な演技が実に好感がもてる。セリフが普通に自然なのだった。『ビーチボーイズ』というドラマと『秘密』『鉄道員「ぽっぽや」』という映画でしか知らないけれど。『おくりびと』はまだ観ていない。早く観たいとは思っているのだが・・・

何だかまとまらない文章だけれど、今回は健在というか健康に何とかやってるという存在アピールだ。はぁ~(と語尾に息を漏らそうとするが、真似してもできない独得の喋り方なんですね、ドラマ会話というのは・・・)

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『マンマ・ミーア』を観て思ったこと

2009年03月06日 01時00分23秒 | テレビ・ネット・映画
このドラマのキーワードは『I miss you.』これに尽きるのではないか・・と思った。何年ぶりかで映画館に入って映画を観たのがこれ。観ていて英語のI miss you.の感じが完全に理解できた気がした。勘違いかも知れないけれど・・・。

ソフィーの母親のドナは20年前の若い時分に3人の男と付き合いがあった。そしてソフィーが生まれ、ドナはシングルマザーとして娘を育てながら一生懸命小さなホテルの経営をして生きて来たのだが、何故3人と次々に関係を持ってしまったかといえば、寂しかったからなのだ。心の中のどうしようもない空虚感、それがI miss you.だ。

20歳のソフィーは父親が居なくても明るく健康的な娘に育ったのだが、間近にせまった結婚式の直前に父親をつきとめたい、そして父親にエスコートされバージンロードを歩きたいと願う。その気持ちは、やはりI miss ・・・.だ。それはソフィーにとっては永年のI miss my papa.なのだ。

このミュージカル映画は陽気な歌と踊りが何とも楽天的で楽しい。ドタバタ喜劇的表現はシットリとした感情の裏返しだ。おばさんトリオも、おじさんトリオも、ソフィーもソフィーの結婚しようとしている婚約者も皆、I miss ・・・.の感受性が豊かな人間として描かれていて効果的だ。

それにしてもメリル・ストリープという女優は個性的。美しい表情をするし涙が似合うし上手い。他の出演映画は「クレイマー・クレイマー」と「マディソン郡の橋」を観た。その程度の映画鑑賞歴でしかないので彼女をもっと観たいと想う。
I miss Meryl Streep.

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どんぐりの芽生え又は根生え

2009年03月01日 07時04分40秒 | 随筆或いはエッセイ
先日、出張帰りに奈良県橿原市の南端に位置する新沢千塚古墳群へ立ち寄った。初めての道に迷いながらの帰りだったのだが、時間にゆとりがあったので何の予備知識もないまま目についた看板に吸い寄せられた格好で車を停めたのだ。

ぼこぼこと盛り土があるのだが、型崩れ防止用のプラスチックネット状のもので殆んどが覆われている。銘板に書いてあるのを読むと、調査が行われてから復元されたものらしい。600程もある日本有数の大古墳群らしいが、あまり大金を投じての整備はされていない感じ。

柵といったものもないので、墓であった古墳の小山に登り放題だ。古墳時代の200年間程に造られたらしいが、その後は盗掘もされ、調査で発見された残りの遺物(硝子器や陶器や貴金属類)は資料館に展示されているので、もう内容のない外形だけのものとなって公園になっているのだ。

春の行楽には少し早く、ウイークデイでもあったので見物客らしき人間は誰もいなかった。出会ったのは、周回コースをひたすら早足で歩く若い男性ウォーカー1人と、腰の曲っていない老婆が3人真ん中の広場でおしゃべりしていたのと、完全リタイアして悠々年金暮らし風の初老散歩人1人の計5人。

地面にどんぐりが無数に落ちていた。3センチ位もある大きなものだが、すごい量が落ちたままだ。ということは誰に省みられることもない食用に適さないどんぐりなのだろう。どんぐりの親の名は判らない(ネットで調べてもコレと決められなかった)。山鳩がいたけれど、鳩には飲み込めない大きさだ。栗鼠がいてもおかしくない林だけれど、周りの開発ぶりを見れば、かつては居たとしても今はいないだろう。野鼠もいないかもしれない。栗鼠も鼠も駄目なら鴉はどうか。奴らはきっとグルメだから見向きもしないだろう・・・などと勝手な想像をする。

その巨大どんぐりのいくつかが割れて赤い中味を見せていた。何だかセクシーなのである。紅いケダシのようではないか! この状態も芽生えなのだろうが、根生えという方が正確なのではないだろうか? どんぐりは頭の先から根をだして地中に張るのか・・! と初めて認識した。近くには昨年のものと思われるいじけたモノがあった。地上に出ている茎(木なら幹か!)は踏まれて曲りくねり、でもしっかり木の肌をして丈夫そうで先には枯れた双葉がくっ付いていた。芽吹きももうすぐだろう。

周辺の道端ではオオイヌノフグリが可愛らしく群れて咲いていた。デジカメでこれも撮ったが、オオイヌノフグリというのは何故かアップで撮ると冴えない。雄蕊雌蕊のあたりがぼうっとしているのだ。何枚か納得できないまま撮りおえて立ち上がったら、直ぐ近くに大きな犬の糞があった。フグリにクソかい・・! 犬を連れた老若女二人連れがやってきたが、手ぶらだった。このあたりは犬の糞を持ち帰る習慣はないようだ。そのへんが奈良の古墳らしくて良いと変に納得した。

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