リカバリー志向でいこう !  

精神科医師のブログ。
弱さを絆に地域を紡ぎ、コンヴィヴィアルな社会をつくりましょう。

どうなる!どうする!認知症 再び

2011年01月28日 | Weblog
昨年に引き続き、町民対象の認知症の講演会。

無線などで呼びかけたかいもあり、昨年度を上回る、また予想を上回る70人があつまった。
昨年度に引き続き来てくれた方も何人かいた。
認知症に対する関心の高さがうかがわれた。

長野県の地方紙(信濃毎日新聞)で昨年連載された認知症の特集を読んでいた人も多かった。

この連載特集をまとめた本が新書で出版されているがタイムリーで上質なルポルタージュとなっておりとてもお勧めできる。ちなみにうちの病院も取材をうけている(112p~113p)。


認知症と長寿社会 笑顔のままで (講談社現代新書)
信濃毎日新聞取材班
講談社


昨年は混乱期の運転などを中心テーマにあげたが、今年は終末期についてやや詳しく話した。
現場で感じている問題意識を市民と共有するきっかけになったと思う。

スライドはこちら

興味を引くべく、なるべく実際のケースをあげて(個人情報はわからないようにした形で)説明するように心がけた。

親が認知症だったがそのときに知識を持っていれば・・というような感想や、心構えができていれば動揺も小さくて済むと思うというような感想、明るく生きていくしかないというような感想があった。

また事前指示書などに関心があつまった。

2月20日には長谷川式簡易知能スケールで有名な長谷川和夫先生を招いての講演会、シンポジウムが大町市で開催される(2月20日午後1時30分~JA大北会館アプロード)のでその宣伝もした。


講演会のあとに社協や町の人と話しをしたが、有償ボランティアの「サポートてるてる」も年数千件の利用があり機能しているそうだ。
事業所も少ないので食事の配送サービスなども行っている。
平成24年度開業に向けて、さらに小規模多機能事業所を立ち上げるそう。
ニーズにこたえるべく頑張っているなぁ。

寸劇は社協のスタッフに演じてもらったがちょっとシナリオが練りきれなかったな・・。

**********************<一応公開>********************

A:看護師。病院の定年後、ケアホームでの仕事に変わった。
B:姑の介護をしている。Aの友人。

B:「あら、こんにちは。病院を退職してから新しくできた認知症のグループホームでの仕事をしているんだって?忙しいそうね。」

A:「まぁね。看護師は一人しかいないしいろいろ責任が重くて大変よ。でも認知症の方々のお世話をするのは楽しいわ。そういえば、おばあちゃん、最近、見ないけどどおしたの?老人保健施設でのショートスティも使い始めたって言ってたけど。」

B:「90になって以前のように家から出て行ってしまわなくなった分楽にはなって良かったな・・・と思っていたんだけどね・・。
年末にポータブルトイレに移ろうとして転んでしまってね。朝、ベッド脇の床でずりおちて倒れていて見つかって。動けなくて痛がるし救急車に来てもらってアルプス病院に運んでもらったんだけど・・・。足の付け根の骨が折れていて、すぐ手術してリハビリしないと痛みがのこるし歩けなくなるっていわれて」

A:「それはたいへんだったわね。お年寄りは転ぶと骨折しやすいからねぇ。骨粗鬆症だってあるだろうし、 寒い季節は動きが鈍くなって転びやすいし・・・。それで、手術は上手くいったの?」

B:「まぁ一応ね。入院した翌日には手術をしてもらってね。すぐにリハビリを始めたんだけど、入院していることも分からなくて混乱してしまって・・。夕方になると帰るといって大騒ぎで・・。私がいってついていると少しは落ち着くんだけど「お母さん」とかいって・・・分からなくなっちゃみたいで・・」

A:「認知症があると、自分がどこにいるか分からなくて、また覚えられないから慣れない場所に行くと混乱しちゃうのよねぇ。うちのおばあちゃんも施設に入った時にしばらく混乱して大変だったのよ。」

B:「あんまり落ち着かないから、昼間は車いすで看護師さんたちのところにいさせてもらったみたい。でも 夜はベッドに縛られて・・。 かわいそうだなと思っていたんだけどね。」

A:「病院で入院すると、介護施設ほど、いつでも自由に動けるというわけにはいかないからねぇ。夜勤の看護師も少ないし・・。」

B:「そうこうしているうちに、なんか落ち込んじゃったみたいで。元気がなくなってしまって、食事を食べなくなったのよ・・。」

A:「全く食べられなくなったの?」

B:「すすめれば食べることもあるんだけど、すぐに「 もういい。」っていってね。口に入れてもモグモグしているばかりでなかなか飲み込まなくなって。痰がらみも増えてね。」

A:「認知症がすすむと気も散りやすいし介助するのにも時間がかかるのよね。細かく分けて何回も食べさせたり、味付けを濃くしたり、好きなものを食べてもらったり、住み慣れた家に帰してみるというのも一つの方法だろうけど・・・。」

B:「がんとか何かあるんじゃないかとCTや血液検査など身体の検査もいろいろしたり、栄養士さんも来てくれて好みをきいてくれて好きなものを食べさせてみたり・・。先生も元気が出て食欲が出るお薬とかいろいろ出してくれているんだけどね・・・。あんまり食事がすすまなくて。

そうこうしているうちに痰がらみもひどくて肺炎になったりしてね、だんだん痩せてきちゃって・・。」

A:「なんだか可愛そうね。」

B:「そうなのよ。食べないから点滴しましょうって、点滴をしているんだけど気になるらしくてすぐに抜いてしまって看護師さんに迷惑かけてね。抜いてしまうからと手にミトンをはめられてね。
先生ももう口からだけで栄養をとるのは難しいんじゃないかって・・。
おばあちゃんはおじいちゃんの様子をみていたから延命治療はいやだって言っていたんだけどね。
それで先生からは経管栄養や胃ろうという選択肢もあると言われたんだけど。
このままじゃ退院もできないしやれることも無いって。
施設も胃ろうじゃないと受け入れてくれるところはないって・・。胃ろうってどういうものなの?」

A:「胃ろうはね、直接胃に流動食を流し込むための穴をおなかにあけるのよ・・。ピアスみたいなものね。
内視鏡をみながらの簡単な手術でね。2、3日で使えるようになるのよ。
栄養は確実にとれるし、介護も楽になるって喜ばれることも多い技術なんだけどね・・。
ただ、脳卒中後のようにリハビリで回復が望める場合とは違って、認知症や老衰のように徐々にすすんでいくもので本人の意思が確認できないような場合に胃ろうをつくるべきかどうかというのは議論になっているのよ。」

B:「いつか自分で食べられなくなったら仕方がないかな、寿命かなって本人も私たちも覚悟していて、最期は自然な形でと考えていたんだけど、いざそうなってみるとどうすればいいのか分からなくて・・。
親戚と相談してみたら「食べられないからと言って餓死させるのはかわいそうではないか」と言われて・・。」

A:「そうなのよね。医学的にはやれることがあるのに治療をしないのは医療者にとっても犯罪だといわれても今の法律では守ってくれるわけではないしね。 十分な栄養を与えないと言うのは理屈上は呼吸器外しや血液透析の中止と同じことになっちゃうからね。何もしないということが病院だと慣れておらず難しいし・・・。
本当はね、本人が元気な時に、こういう状態になった時にどうして欲しいかという意思表示を書いた事前指示書なんかがあれば、家族も本人も医療者も助かるんだけどね。
家に帰ってみて好きなものを食べてもらって、それでも食べられるようにならなければ看取るという方法もあるわよ。
訪問してくれる先生も増えているし訪問看護もあるし・・。定期的な訪問に加えて心配ならいつでも来てくれるのよ。そんなこともあって、最近はグループホームなど福祉施設での看取りもふえているのよ。
どちらが正解と言うことは無いと、主治医の先生と相談しながら思うけど皆で悩むしかないでしょうね。」

B:「うーん」




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