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精神科医師のブログ。
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精神病院に頼らない精神保健(大熊一夫氏講演会)

2010年06月12日 | Weblog
精神障害者の家族・当事者の集まりである長野県「せいしんれん」主催の講演会があった。

タイトルは「精神病院に頼らない精神保健~イタリアから学ぶもの」
講師は「ルポ精神病棟」、「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」などの著書のあるジャーナリストの大熊一夫氏。
なんと今は長野県の富士見町に住んでいらっしゃるそうだ。

大熊氏の文体は硬めだが、語り口はやわらかく優しかった。



我が国では33万床もの精神科病床があり、今でも「おっかない危ない人」を閉じ込めておくために精神病院は必要悪であると思い込んでいる人もまだまだ多い。
精神科は内科や外科などの他の科とは違い特別な法律(日本は精神保健福祉法)に裏打ちされており、精神科医や病院に強制治療と言う特別な権限を与えている。
そんな日本は「精神病院病」であると大熊氏はいう。

ルポ・精神病棟 (朝日文庫 お 2-1)
大熊 一夫
朝日新聞出版


アルコール依存症者を装い精神病院に潜入取材をしたルポ精神病棟の取材で人生のテーマがきまった大熊氏。
「自由こそ治療だ」という本をみて衝撃を受け1986年に1ヶ月間、初めて自費でイタリアに取材にでかけて以来何度もイタリアに足を運んできた。

自由こそ治療だ―イタリア精神病院解体のレポート
ジル シュミット
社会評論社


大熊氏がイタリアで見たもの。それは精神病院のない世界だった。
フランコ・バザーリアらのおしすすめた精神医療改革で閉鎖病棟は幼稚園に、病院長宅はグループホームにかわっていた。

いまでは精神病院の島であったサンクレメンテ島は5つ星ホテルに、サンセルボロ島は大学や博物館にかわっているという。
当事者は街の中で暮らし、ディセンターに通ったり就労組合などで働いていた。

イタリアの精神保健改革のキーワードは「脱施設化」だ。

改革では徹底してAssenblea(集会)をおこない、毎日のように徹底して患者集会を行うようにしむけ職員に対する不満などを語るものであった。
それは社会性を取り戻すための表現力と言う人間の一番基本的な武器を得るための儀式であった。

そしてイタリアの精神保健は180号法で根本から変わった。
強制治療に強い歯止めをかけ、ものすごくめんどくさくさせた。
強制治療というのは医療者が患者を見捨てない義務と、患者が治療を拒否する権利の間にうまれる。
強制治療の必要性は日本では「自傷他害の恐れ」だが、トリエステでは「生活困窮度」によるという。
そして治安の責任を精神科医にはおわせない。
日頃の信頼関係を築き、危機的状況の時に付き添ってもらいたい人は誰かをきちんと決めておく。
そして人手をきちんとかけて、うんと説得して抱擁やスキンシップをおこなうという。

1978年に精神病院を新しくつくることや、新規入院を禁じた。
1980年には再入院を禁じた。
1998年12月に全ての精神病院を閉めた。

もちろんやめただけではなく、それにかわるものを地域につくっていった。
精神病院はみんな公営(県立)なので、患者が地域に出るのに合わせてスタッフも地域に移行するということを強制力をもって5、6回にわけておこない精神病院を解体していった。

精神病院にかわる精神保健センターを地域につくった。(国内707ケ所)
そしてそれを普遍化させるべく、行政の権限で人口に応じてちゃんと医療費の3%(トリエステでは5%)をかけ地域割りできちんとした責任を持って配置していった。

もちろん病床が0になったわけではない。
精神科病院がなくなったということだ。
イタリア国内に4000床程度の精神科専用ベッドはのこってはいる。
総合病院に15床程度の精神科専用のベッドをもうけ精神保健センターの管理下においた。
365日24時間オープンしているフル稼働のセンターも50ヶ所あり、病院にかわる威力を発揮している。
こちらには4~8ベッドをもつ有床クリニックも併設している。

振り返って日本をみると30年は遅れている。
日本の33万床(万対28)の精神科病床の9割は私立の民間病院のベッドだ。
これはイギリスの万対5、フランスの万対11、トリエステは万対2などとくらべ圧倒的におおい病床数だ。
世界を見渡しても私立の精神病院に患者を預けた国は無い。
精神病院をおいておいて差別や偏見を無くしましょうというのはどこか抜けている。
いい加減な精神保健行政をしておきながら家族に保護責任を押し付けている。
私企業だからつぶすわけにはいかず、病院の経営上の都合が当事者の人生より優先されるような構造になってしまっている。
そして統合失調症の方の地域移行をすすめたり、亡くなったりした後の精神科病床には認知症のお年寄りがどんどん入っていくと言う憂鬱な状況だ。

タンスから骸骨(都合の悪いもの)を取り出せ!ウンコで手を汚してみろ!とバザーリアは弟子たちに言っていたそうである。

日本でも浦河べてるの家やACT-Kや帯広での取り組みなど、個別の先進的な取り組みはあるが、公がきちんと責任を果たした形で日本の精神保健改革をこれからすすめていかなければならないと強く主張されていたのが印象的であった。

精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本
大熊 一夫
岩波書店


トリエステ精神保健サービスガイド―精神病院のない社会へ向かって
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