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tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

万博も開幕し、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

泣くサクラ、泣くレンギョウ

2006年05月08日 | 日々是雑感
先日ネットで、こんな記事を読んだ。しだれ桜は英語でweeping cherry(tree)というのだそうだ。weepは「(涙を流して)泣く」だから、直訳すれば「泣く桜」だ。英米人にとってしだれ桜には、そんな悲しげなイメージがあるのだろうか。

※「京都:すすり泣く桜」(インターネット新聞『JanJan』)
http://www.janjan.jp/area/0604/0604132315/1.php

以前自分のプログの「陽気な桜vs陰気な桜」(4/9)で、今は「陽気な桜」の時代だと書いたが、これだと桜は英米では「陰気な花」になってしまう。なお、しだれ柳もweeping willowというそうだ。willow単独では「柳」なので、やはりweepingが「しだれ」の部分に相当する。

「泣く桜」「泣く柳」という言葉には、どうも納得できない。いくら用例を思い返しても、そんなイメージは浮かび上がってこないのだ。思い余って英国の事情に詳しいメル友(日本人)に、メールで尋ねてみたところ早速次のような丁寧な回答をいただいた。

「多分形状を念頭に置いた表現だと思うのですが……。枝垂れ桜を連合王国で見る機会がなかったために、weeping cherry treeという語法の含意を汲んだ経験がないのです。柳は単にwillowで済ませますので、これまたweepingの含意は判りません。willowそのものにも、『涙する』に連なるイメージはなかったように思います」

なるほど、やはり形か。急いで「ロングマン現代英英辞典」を引いてみるとweepingのところに「(of trees)with the branches hanging down : a weeping WILLOW」(木の枝が垂れている:しだれ柳)とあった。weepingの説明は、これだけである。

ところでメールは以下のように続く。
「連翹(レンギョウ)のことをweeping golden bellとかweeping Forsythiaと言うようです」「学名はForsythia suspensaで(中略)ラテン語のsuspensaには、『涙』に類する意味はありません」

suspensaは英語のsuspending(吊る)、forsythiaは「レンギョウ、モクセイ」なので、学名を直訳すると「吊りレンギョウ」となる。英語ではweepingを冠することで、あの長く伸びた枝の形を強調したのだろう。確かに、鮮やかな黄色で早春を彩るレンギョウは「泣く」イメージとはほど遠い。

最近はお寺のパンフレットにも英語や中・韓国語訳のついたものが多い。じっくり読んでみると、文化の違いが浮かび上がってきそうで面白い。そんな例を見つけ次第、報告することにしたい。

※写真は奈良市の大和文華館(4/2撮影)。紅梅とレンギョウのコントラストがきれいだった。
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托鉢の学僧

2006年05月07日 | 日々是雑感
托鉢(たくはつ)。電子辞書(広辞苑第5版)によれば「修行僧が、各戸で布施する米銭を鉄鉢で受けてまわること。乞食(こつじき)。行乞」とある。なお行乞は「ぎょうこつ」。乞食も「こつじき」と読めば、ホームレスのことではなくなる。

托鉢とは、お坊さんの修行なのだ。確かに実家は高野山の麓にあるので、よく托鉢の坊さんが回ってきていた。修行といえば東大寺のお水取りとか、比叡山の千日回峯行などが有名だが、托鉢もその1つだったのだ。

写真は真田祭りの5月5日朝、九度山町内を托鉢に回る高野山大学の学生たちだ。何十人もの学生が手分けして、町内を拝んで回る。この日は10時から、善名称院(ぜんみょうしょういん 通称・真田庵)で真田昌幸・幸村父子の法要も営まれる。

托鉢の学僧を観察していると、新入生らしき学生は般若心経を、しかも紙を見ながら唱えている。上級生とか先生らしき坊さんは、ちゃんと真言宗のお経を紙も見ずに唱える。いくら唱えてもお布施の出ない家(留守宅も多い)もあれば、すぐに出てきて一緒に拝み、ちゃんとお布施を包む家もある。

何だか時代劇のひとコマのような、古き良き日本の風景だった。
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真田祭り

2006年05月06日 | 九度山町
毎年5月5日、安土桃山時代の武将・真田幸村をしのび、九度山町(和歌山県伊都郡)で真田祭りが催される。

この祭りは1936(昭和11)年に始まり、もとは幸村が大坂夏の陣で壮絶な最後をとげた5月7日に行われていたものだが、56(同31)年からは、毎年こどもの日の5日に催されている。92(平成4)年からは3・4日にプレイベントも行われ、3日間の祭りとなった。

秀吉に仕えていた幸村は関ヶ原の合戦に敗れた後、高野山のふもとにあるこの九度山(くどやま)に配流を命じられ、14年間隠棲していた。その屋敷跡は「真田庵」(正式名称は善名称院)という尼寺となっていて、5月5日には法要が営まれる。
※真田祭りの公式ホームページ
http://www.town.kudoyama.wakayama.jp/Contents/7D133214287/jigyou/01sanada_matsuri.html

私はこの九度山町で生まれ、高校時代までを過ごした。久しぶりに故郷の祭りを見ようと、4・5の両日、帰省してきた。

祭りのメインは何といっても武者行列だ。行列は真田祭ふれあい広場(町民総合運動場)を出発し、商店街から南海九度山駅下まで歩いた後、再び真田庵をめざして西へ折り返す。この行列を目当てに、たくさんのアマチュアカメラマンが沿道で待ちかまえる。

写真は、広場を出発したばかりの真田幸村だ。この後ろに真田十勇士、山車(大坂城をかたどったもの)、少年武者、少女薙刀隊、ミセス九度山(踊り隊)などが続く。総勢は約500名だそうだ。

過疎地にも指定された町だが、この祭りを地域おこしの起爆剤にしようという動きもある。町内の慈尊院(じそんいん)や高野町石道(こうやちょういしみち)は、世界遺産に指定されている。
※「高野町石道は、世界遺産の参詣道」(JanJan)
http://www.janjan.jp/area/0509/0509011831/1.php?PHPSESSID=.

少子高齢化が進んでいるとはいえ、この町のお年寄りはとても元気だ。祭りと世界遺産を軸に、老若男女が知恵とパワーを結集して伝統ある町を盛り上げてほしいものだ。
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法華寺おりおり(6)藤

2006年05月03日 | 写真
藤(フジ)

マメ科フジ属。古来、日本人に愛され、万葉集には藤を詠んだ歌が27首も登場する。薄紫または白い花を房状に垂れ下げて咲く。蔓(つる)が樹木に巻きつくので山林では雑草として刈り取られることが多いが、最近では手入れの行き届かない山林が増えたためこの花をよく見かけるのというのは、平成の世の皮肉な現象である。…

奈良市内に藤が多いのは「藤原氏」との縁ではないかといわれるが、中でも人気No.1は、藤原氏の氏神を祭る春日大社(奈良市)の「砂ずりの藤」だ。花房は約2mもある。4月の寒さで開花が遅れているが、まもなく見頃を迎えよう。

「藤波の花は盛りになりにけり 平城の京(ならのみやこ)を思ほすや君」
(長官!今頃奈良の都では藤の花がきれいでしょうね。さぞお帰りになりたいでしょう)

これは防人司祐(さきもりつかさのすけ)・大伴四綱(よつな)の歌である(万葉集3-330)。遠い九州の任地で都の藤を思うというのは、つらいものがあったろう。

※写真は法華寺(奈良市法華寺中町)東庭園。藤棚に白と薄紫の藤が咲き始めていた。もとは藤原不比等の邸宅だったというこのお寺に藤が植えられているのも、藤原氏との縁かも。この日(4/29)は甘い香りに誘われて、たくさんのハナムグリ(花潜り)たちが、文字どおり花に潜って蜜を吸っていた。
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法華寺おりおり(5)利休梅

2006年05月01日 | 写真
利休梅(リキュウバイ)

バラ科ヤナギザクラ属。梅花下野(バイカシモツケ)、丸葉柳桜(マルバヤナギザクラ)の別名がある。中国原産で明治初期に日本に渡来した。だから千利休はこの花を知らないはずだが、茶花として愛されてきたのでこの名がついたようだ。4~5月にかけて直径約4cmの白い花が咲く。…

この花は、私も初めて見る花だ。写真では分かりにくいかもしれないが、花びらはとても薄い。「コポー」といって、ケーキのトッピングに使う、ホワイトチョコレートをカンナ屑のように削った菓子があるが、ちょうどあんな薄さで、触れただけで破れてしまいそうだ。少し風が吹くと、はらはらと純白の花びらが散るさまは風雅というか、何ともしみじみとした味わいがある。

※土曜日(4/29)、法華寺東庭園で撮影。
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