藤森照幸的「心」(アスベスト被害者石州街道わび住い)

アスベスト被害者の日々を記録。石綿健康管理手帳の取得協力の為のブログ。

ただ生きているだけ

2021-08-24 11:06:24 | 日記・エッセイ・コラム

 現在の私を客観的に見てみると、「ただ生きているだけ」である。 世の中に、害も及ばさず、かといって、益も与えていない。 年金と少しばかりの不動産収入で、食うや食わずの生活をしている。 誰にも迷惑を掛ず、かといって遣りたいことはやっている、そんな日々の生活ではある。 以前から、「古事記」をゆっくり読んでみたいと思っていたが、昨晩から手を付けた。 手の付け方が良くなかった。 手元にある本を読み始めたが、どうも私がやりたい方向と違う気がして、中止。 パソコンの前に座って検索すると、ザクザク出てくる、「古事記」の記事。 今その中の、どれを最終的に読むか、検討中である。 しかし、この作業、一週間では終わりそうにない。研究者の執念が籠った報告で、どのものも、すごい気力が感じられるのだ。 先ずは、原文に一番忠実に解釈されたものを読みたいと思うのだが、・・・・

所で、本日不思議な現象が有る。 もしかして、広島市安佐北区に大きな自然災害が起こるのではなかろうか。 何時もの「鹿」の鳴き声も、「狐」の雄叫びも、早朝の「烏」の鳴き声も聞こえて来ない。 もうすぐ、十一時だが、聞こえてくるのは、国道の自動車の音だけだ。 地虫の声さえ聞こえて来ない。 不気味である。 何方も気が付いていない様だ。 ただ、何時もは聞こえて来ない、はるか離れたお宅に飼っている、「鶏」だけが妙に鳴いている。

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