南九州の片隅から
Nicha Milzanessのひとりごと日記
 



時々

 朝7時前、テレビから聞こえてくる騒がしい韓国語と蛍光灯の明るさで目が覚める。
 今日は、はるばる異国の地までやってきた最大の目的、良洞村(ヤンドンマウル)に行く日だ。
 
 早々に着替えて実測道具を確認し、7時半頃には宿を発つ。
 昨夜、宿のおじさんから教わったバス停のある大通りへと向かう。残念ながら小雨の舞う天気だ。
 ここ慶州は、鹿児島より遥か北に位置しているので(だいたい東京と同緯度)、私達3人にはとても寒く感じられた。吐く息も白い。
 
 バス停に着き、早速数人の学生らしき人に尋ねてみる。地図を見せてバスの番号を指差し「ヤンドンマウル、OK?」と質問するが、みな一様に「I don't know.」と答える。
 どうやら良洞村は、韓国でも一般には知られていないようだ。「地球の歩き方」や、他のガイドブックにも全く載っていないのも無理ないか…。
 
 時刻表を見るとまだまだ時間があるので「朝食を」と売店を探す。
 ちょうどバス停の裏手は市場のようになっていた。屋台のような出店もあり、温かそうなおでんのような何かを食べている客もいた。
 ここで何か食べても良かったのだが、先輩の脳裏に『過去の中国での民家実測』のことが浮かんだらしく、無難にパンとコーヒーになった。
 それは「外国に行くと水などの環境の違いにより必ず一度はお腹を壊す」という経験に基づいている。今回の調査は実質2日しかないので、お腹を壊して休養という訳にはいかない。
 
 そうこうしているうちにお目当てのバスが到着。
 運転手に地図を見せ「ヤンドンマウル、OK?」と聞くと、ウンウンと頷いた。
 いつでも質問できるようにと、運転手の真後ろの席に座る。料金も1人あたり890ウォン(=約116円)と格安だ!
 
 正直、韓国は交通マナーがとても悪い! 歩道に車やバイクが平気で乗り上げて来るし、ウィンカーもつけずに突然車線変更を行う。バンバン飛ばすかと思えば急ハンドルを切る。
 よく事故が起きないものだと思った(そういう場面に遭遇しなかっただけだろう…)。
 
 バスは兄山江(ヒョンサンガン)という川に沿って北上し、港湾都市・浦項(ポハン)市へと続く路線だった。地図によると、その浦項市の少し手前に良洞村があるらしい。
 バスに揺られて1時間くらい経った頃だろうか、バスを停めた運転手がふとこちらを振り返り「ヤンドンマウル」と右前方を指差して教えてくれた。
 「カムサハムニダ!(有難うございました!)」とお礼を言ってバスを降りる。
 
 緑色の大きな案内板に「양동마을(ヤンドンマウル)⇒」と白字で書かれていた(もちろんハングル文字だが)。ここからは歩くしか方法はなさそうだ。
 案内板から村までの約1.5kmは一本道だった。次第に文献の挿絵の写真と目の前の光景が一致してくる…。
 
 「あぁ、ついにここまで来た…」

 これまで、地図や写真でしか見ることのできなかったここ良洞村に、今、いるんだと思うと、不意に嬉しさが込み上げ、深い深い感動を覚えた!
 今までいろんな所に旅行に行ったが、その目的地を今回ほど丹念に調べて行ったことはなかった。だから、ただ「すごいなあ」「綺麗だなあ」という気持ちだけで終わっていた。口では「感動した」と言っても、実際、心の底からそう思ったことはほとんどなかった。
 しかし今回は、この日のために2ヶ月も3ヶ月も前からずっと調べてきた場所である。それが、この感動を生んだのだろう…。

 
 さてさて、感傷に浸るのはそこまでとし、早速、調査を開始する。
 先輩夫妻は写真を撮り、私は家の現状(棟の有無、増改築など)及び部屋割を調べる。持参してきた報告書の配置図は、1979年に作られた古いものであるため、さすがに現状との相違点が多く見られた。
 
 観光地化を目指しているのだろうか、案内所が新設されていた。また、その前には大きな案内板があり、ハングル、英語とともに、日本語による説明もあった(所々表記が間違っているが…「る」→「ゐ」とか)。
 「観光案内マップでも貰えないかな」と思い、私は案内所のドアを開け、「アンニョンハセヨ!(こんにちは)!」と声を掛けた。中にいたのは係のおじちゃん1人と、あとは中高生ぐらいの観光グループの女の子4~5人。
 もちろんこのあとハングル会話が続く訳がないので、お互い拙い英語で会話する(汗)。それによると、なんと「宝物(=準国宝級)」に指定されている『香壇(ヒャンダン)』が改修中で立入禁止とのこと。すごく残念…(涙)。
 
 私はハングルを読むことはできるのだが、当時は実践の韓国語会話を勉強していなかったので、「すみません」「ちょっといいですか」「失礼します」等にあたる韓国語を知らなかった…。
 したがって「アンニョンハセヨ~!」と元気に挨拶しながら敷地に入るものの、その後は家屋を指差していきなり「内棟(アンチェ)?」「舎廊棟(サランチェ)?」と聞くしか方法がなかった。相手から見れば、ずいぶん失礼な奴に映ったに違いない(汗)。
 ちなみに、内棟(=主屋、母屋)、舎廊棟(=主人用・接客用の棟)の意味である。
 
 調査を始めて5~6軒目に、保護樹に指定された大木が庭先にある民家があった。内棟と舎廊棟がきれいに分かれており、見栄えのする良い家だった。
 「アンニョンハセヨ!」と庭で家事をしていたおばあさんに声を掛ける。このおばあさんは日本語を少し解するようで、家の間取りを親切に教えて下さった。
 韓国の住宅を語る上で欠かせないものの一つに温突(オンドル=床暖房)がある。竃の煙を床下に通して部屋を暖めるという、寒い朝鮮半島ならではの温熱再利用の非常に合理的な設備である。
 竃と煙突を指差しながら私達3人で温突の構造について話していると、おばあさんが不意に竃へ近づき、薪に火をつけた。10秒ほど経つと、床下を通った竈の煙が煙突から出てきた。
 「あぁ、わざわざ私達のために火を付けて見せて下さったんだ!」と、思わず感動してしまった。
 
 このおばあさんの他にも親切にして下さる方がたくさんいた。棟や部屋の名前わざわざ紙に書いて説明して下さる方。韓国語で延々と10分以上もその家の歴史らしきことを演説して下さる方(住宅の所有者の名前以外は全く聴き取れず…(汗))。

 しかし誰もがこのように親切に応対して下さる訳ではなかった。突然窓を閉める人。韓国語を話せない(=日本人)と分かると態度を急変し、無視し始める人。あっちへ行けと言ったふうに怒り出す人…。
 なんか複雑な気分…。
 
 お昼は村に2軒しかない売店の1つで、カップラーメン(1つ330ウォン=約43円)を食べた。お湯を入れてと言っただけで、1人当り170ウォン(=約22円)も追加された。タダじゃないのかよ(汗)。
 まあ、別に自家製のキムチをご馳走になったので良しとするかな…。
 
 良洞村は山がちの地形に展開しているので、上ったり下ったりの繰り返しだった。普段このような所を歩き慣れていない私達は、もう足が限界にきていた(先輩は足を捻挫していたので、特に)。
 日も傾き始めたところであり、予定件数までは達していなかったが、約1/3を終えた所で今日は帰ることにした。
 
 再びバスで慶州に戻り、近くの書店で民家関係の本を2冊購入。
 その足で昨日定休日だった「サランチェ」へ向かった。今日はとても疲れたので、明日のためにスタミナをつけなきゃと「コプチャンジョンゴル(もつ鍋)」を注文することにした。
 さすが宿のおじさんのお勧めの店で、ボリュームの割に値段も良心的!
 
 明日の朝食のためのパン、そして夜食を買って宿へ戻る。
 疲れのためか、今夜はみな言葉少なく、すぐに床に就いた。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )