作者は仕事で訪れた安倍峠から山の崩れた場所を見て 衝撃を受けた。
それから彼女は精力的に日本各地の『崩れ』を訪ねてまわった。
有名な作家という肩書を武器に あちこちで便宜を図ってもらい、ある時は背負ってもらいながらも自然の力が生み出した『崩れ』を訪れた。
そこまでして彼女が『崩れ』にこだわったのはなぜなのだろう?
自然は美しい、しかし美しいだけでなく 荒々しさも持ち、そして孤独感すら感じられる。
そんなところに彼女は心惹かれたのかもしれない・・・・
『幸田さんは年齢72歳、体重52キロこの点をご配慮--どうかよろしく」と周囲の人から現地の人へ伝言があったそうです。
72歳になった時に突然 自然の荒々しさに惹かれたのはなぜだったのでしょう?
解説ではこの『崩れ』に父幸田露伴を重ねていたのではないか?と書かれていました。
偉大で厳しかった父を持つ幸田さんの気持ちは推し量ることはできませんが もしかしたら自然の大きな力を父親に重ねていらしたのかもしれません。
そして 私は彼女が崩れを見ようと決意した72歳という年齢も気になりました。
最近の70代はとてもお元気で ご自分の体力の衰えなど感じる方は少ないのかもしれませんが幸田さんの時代の70代では 自分がいつまで元気で動けるか自信がなくなったり 体力的な老いを感じることもあったのではないでしょうか。
もっと老いてしまい、自分で遠くへ出向くことができなくなったり あらゆるものへの興味関心が無くなってしまったら? それは作家としてはとても恐ろしいことだったのではないでしょうか?
私自身、そろそろ若くはない年齢になってきました。 自分が山にこんなにも行っているのはやはり今の体力がいつまで続くか分からないという思いがあるからです。
あと数年で山には行かなくなるのではなく『行けなくなる』のでは?という心配をしたりもしています。
『崩れ』から『老い』を考えるのは飛躍しているかしら?