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存在理由(22)

2010年11月29日 | 存在理由
(22)

 それでも、毎日毎日、仕事のことばかりを考えている訳でもなかった。同じようなエネルギーを費やして遊びのことを考えたり、多少の流行を追うようなこともしている。

 また、ひとりの女性を大切に思い続けたいと考えたとしても、20代前半の男性が、それらに縛り続けられるのも難しいことだろう。一般論にしてごまかすが、自分もその一員であるので仕方がない、という考え方はずるいかもしれないが、ぼくの場合は事実なので弁解のしようもない。

 実際に行動があったかどうかではなく、もしかして、ほかの人の方がしっくりする、ある一部があると思う。
 例えば、なにか職場で発言をしようと思っているときに、躊躇している間に、別のひとりが、それとぴったりの言葉を口に出した時に、不思議なつながりを感じたりもする。

 つまり、長い弁解があったが、米沢先輩のことが、仕事を離れていても気になって仕方がないときがあったのだ。自分として、女性を尊敬したいという一面が強かった。その分、力づくで守ってあげる、というようなことを、あまり浮かびもしないし、表面化することもなかった。そのことで不満を覚える人もいるかもしれないが、しかし、自分の前には当然なのかしれないが、そのようなことに不満を持ち出す人は表れもしなかった。

 数か月付き合ったので、先輩の行動の時間がいくらか分かっていた。そこで、一緒に途中まで帰り、どちらからか誘うような形で、お酒を飲みに行ったりした。多分、彼女は、ぼくのこと何とも思っていなかったのかもしれない。そして、ぼくも露骨にそれらの感情を表に出すこともなかった。だからといって、感情が消えるわけでもなかった。

 たぶん、自分としてもなりたくもなかった人間になってしまう嫌悪感もあったかもしれないし、どうしようも押し殺せない感情もあったかもしれない。ただ、ひとときでも先輩と過ごし、その笑い声をきいたり、会話を楽しんだりすることで、一日分の焦がれる気持ちは薄らいだりもした。

 もちろん、みどりを離したくない気持ちもあった。おとぎ話の国に住んでいるわけにもいかず、さまざまな急に訪れる自分の感情に戸惑ったり、怯えたりもしながら、対処していった。
「最近、なんか楽しそうじゃない?」
 ある日、みどりのところに電話したときに、そう言われた。
「なんで?」
「なんでって、そう思ったから、言ってみただけ」
「別に、特別、思い当たることもないけど」
「そうなの? ただ思っただけだから」

 不安に感じたのか、週末に会おうとみどりは言い、電話を終えた。安定した関係なので、それをわざわざ壊す気持ちなど、さらさらなかった。そして、とても大切なことだが、ぼくの等身大の姿を一番に認めてくれているのは、やっぱりみどりだけだった。それにひきかえ、米沢先輩は、ぼくのなれるかもしれない可能性を含んだ姿を、具体化してくれたり応援の言葉をかけてくれたりもする。そのことも、ぼくにとって、とくにその時期のぼくにとっては、とても必要なことだったし、女性の口から、そのような励ましのことばを聞くのは、かけがえのないことだし、貴重な瞬間でもあった。

 みどりは友人から車を借り、ぼくの家の方まで来て、ぼくを乗せ、一時間半ぐらいで行ける海の近くまで走った。彼女は、いつも行動力を見せようというときは、考えすぎずに現実化していく能力があった。

 潮風を浴び、網で焼かれた魚介類を食べ、久しぶりによく話した。そうすると、なんだ、会話が最近、少なかっただけだったのか、と自分自身の気持ちとしても安心感を抱くことになった。彼女は長めのスカートを風になびかせ、可愛らしい帽子をかぶり、ジュースを持って、早足でこちらに向かってくる。そうすると、これまでの一緒に過ごしてきた様々な思い出が浮かび、ぼくを幸福な気持ちにさせるとともに、多少の罪悪感と、緊張感をはらんだ気持も芽生えるのだった。

 太陽は、一日分の労働を終えました、もう休みますと決意したように、はるか遠くの地平線に戻りはじめ、その変わりに鮮やかな紫色の光線を残し、まもなく消えていった。彼女は、その時に流行っていた曲を口ずさみ、最近、会ったという面白いスポーツ選手の話をした。そのことを一緒になって笑っていたが、どこかにさっぱりと晴れないこころを自分は有していた。


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