拒絶の歴史(98)
まわりの大学の友人たちはどんどんと自分の将来を決めていった。理数系のひとはあるメーカーに入ったり、教職員になるための免許を取ったり、それなりの納まるところはまだまだあったのだ。不景気になる前だったので、ぼくらはそんなに必死になることもなく、当人なりには確かに必死だったかもしれないが、総体的にみればそれは現在とは様子が違っていた。
斉藤さんも自分の未来を決めた。優秀な彼女は、とある有名な設計事務所にはいった。
「それで、自分はどうするつもり?」
ぼくは思案する顔をした。だが、上田さんの父のところで働くことは確定していないが、ほぼ決まってしまっていた。そのことを回りの人は賛成しなかったが、どれもこれも賛成ばかりされてきた自分ではなかったのだ。ある女の子は、ぼくのことを「とても頑固に思えます」と過去に言った。何かを選択したり、逆に捨てたりする場合、自然と彼女が発した言葉がぼくの耳のそばによみがえった。
「じゃあ、お祝いするよ。バイト代も入ったし」
「あそこ行きましょう。きれいなひとのいるお店」
ぼくと彼女の頭の中には、同じ店があった。そこの店をひとりで切り盛りしている女性のひとり息子はぼくらのサッカーチームにはいった。練習を見に来る彼女は、普段の店での印象とは違い活発な態度を見せた。人一倍声をあげて応援し、優勢になればもっとそうなるように応援し、逆境になれば自分のことのように苦しんでいた。そうしながら、ぼくらの間には会話が増えていった。その反面、店に近寄ることは減っていった。
何日かして、ぼくがバイトの休みの日だったので斉藤さんを誘った。
「久し振り。もう来てくれないのかと思った」
「個人的な付き合いをサッカーチームのメンバーの子とすると、なんか面倒くさいことになるんですよね」
「そうなんだ。今日はいいの?」
「今日は、彼女の就職祝いです」
ぼくは斉藤さんの方を振り向いて、そう言った。
「おめでとう」
「彼女はこう見えて優秀なんですよ」
「近藤君は?」
「ぼくは、スポーツしかしてこなかったんで」と、自嘲的だか、それとも優越的な気持ちか分からないような気持ちでそういった。
それから、ぼくらは3年間ぐらいに経験した思い出話をしたり、これからの未来のことを話したりした。店はその日は繁盛しており、ぼくと斉藤さんはみっちりと個人的に話した。酔ってくれば、彼女のボーイフレンドのことを訊いたり、また逆にぼくと雪代のことも話しに出た。あの店が評判になっていると彼女は言った。確かに数字的に見ても、その店は良い出発をしたようだった。
店もだんだんと空いて行き、ぼくと斉藤さんだけが残っていた。使われた食器などもきれいに片付いていき、加藤さんという店の女性もぼくらの話しに加わった。斉藤さんのためと言って、高価なお酒をグラスに3杯注ぎ、ぼくらにおごってくれることになった。そして、加藤さんもそれに口をつけた。
彼女は息子とサッカーの話をした。ぼくが自分では考えたこともない良い一面があることを教えてくれ、それを斉藤さんに告げた。斉藤さんはぼくが誉められると、いつもいつも即座に否定した。それが的をえた答えなので、三人ともが笑った。
閉店を少し過ぎた時間にぼくらは店を出た。駅まで斉藤さんを送り、ぼくは少し遠い道を歩いて帰った。
「今日は、どこに行ってたの?」家に着くと雪代が言った。前もって話していたが、もう一度同じことを説明した。大学の同級生の就職祝いがあったんだという風に。
何日か経って、ぼくは上田さんの父に会いに行った。何度か、自分のところで働けよと誘われていたのに解答するためだった。ぼくはお世話になることになります、と言ってその後の取るべき段取りを聞いた。その会社は地元でも徐々に株を上げ、他にも就職を望んでいるひとたちがいた。その手前、同じようにテストと面接があったが、当然のようにぼくが落ちることはないらしかった。
ぼくはそこを出て、今後何年も生活の基盤になるであろうその会社のことを考えて、少しの不安と多くの安堵を手に入れた。そこには、開放感があると同時に、自由が欠けていくイメージもあった。
ぼくは、帰ってから雪代に報告した。その前に、実家に寄り両親にも告げた。彼らは自分の息子はもう少し優秀だと考えていたのかもしれなかったが、当人が一番自分の力を知っていた。
「ひろし君が決めたんだから」と、雪代は言った。「わたしのことを選んだのもひろし君だしね」
そこに対等な選択があったのかは分からなかった。彼女は誰でも選べたはずなのかもしれないが、ぼくは、ある日、彼女が目の前に表れた瞬間から、選択の余地などなかったのかもしれなかった。ただ、進むべきゴールを最初に見せられ、それにのっとっただけかもしれない。
「お金を稼いで、いっぱいわたしを楽しませてくれる?」と彼女は言ったが、特別そのような感情を持ちすぎている人間だとも思えなかった。
まわりの大学の友人たちはどんどんと自分の将来を決めていった。理数系のひとはあるメーカーに入ったり、教職員になるための免許を取ったり、それなりの納まるところはまだまだあったのだ。不景気になる前だったので、ぼくらはそんなに必死になることもなく、当人なりには確かに必死だったかもしれないが、総体的にみればそれは現在とは様子が違っていた。
斉藤さんも自分の未来を決めた。優秀な彼女は、とある有名な設計事務所にはいった。
「それで、自分はどうするつもり?」
ぼくは思案する顔をした。だが、上田さんの父のところで働くことは確定していないが、ほぼ決まってしまっていた。そのことを回りの人は賛成しなかったが、どれもこれも賛成ばかりされてきた自分ではなかったのだ。ある女の子は、ぼくのことを「とても頑固に思えます」と過去に言った。何かを選択したり、逆に捨てたりする場合、自然と彼女が発した言葉がぼくの耳のそばによみがえった。
「じゃあ、お祝いするよ。バイト代も入ったし」
「あそこ行きましょう。きれいなひとのいるお店」
ぼくと彼女の頭の中には、同じ店があった。そこの店をひとりで切り盛りしている女性のひとり息子はぼくらのサッカーチームにはいった。練習を見に来る彼女は、普段の店での印象とは違い活発な態度を見せた。人一倍声をあげて応援し、優勢になればもっとそうなるように応援し、逆境になれば自分のことのように苦しんでいた。そうしながら、ぼくらの間には会話が増えていった。その反面、店に近寄ることは減っていった。
何日かして、ぼくがバイトの休みの日だったので斉藤さんを誘った。
「久し振り。もう来てくれないのかと思った」
「個人的な付き合いをサッカーチームのメンバーの子とすると、なんか面倒くさいことになるんですよね」
「そうなんだ。今日はいいの?」
「今日は、彼女の就職祝いです」
ぼくは斉藤さんの方を振り向いて、そう言った。
「おめでとう」
「彼女はこう見えて優秀なんですよ」
「近藤君は?」
「ぼくは、スポーツしかしてこなかったんで」と、自嘲的だか、それとも優越的な気持ちか分からないような気持ちでそういった。
それから、ぼくらは3年間ぐらいに経験した思い出話をしたり、これからの未来のことを話したりした。店はその日は繁盛しており、ぼくと斉藤さんはみっちりと個人的に話した。酔ってくれば、彼女のボーイフレンドのことを訊いたり、また逆にぼくと雪代のことも話しに出た。あの店が評判になっていると彼女は言った。確かに数字的に見ても、その店は良い出発をしたようだった。
店もだんだんと空いて行き、ぼくと斉藤さんだけが残っていた。使われた食器などもきれいに片付いていき、加藤さんという店の女性もぼくらの話しに加わった。斉藤さんのためと言って、高価なお酒をグラスに3杯注ぎ、ぼくらにおごってくれることになった。そして、加藤さんもそれに口をつけた。
彼女は息子とサッカーの話をした。ぼくが自分では考えたこともない良い一面があることを教えてくれ、それを斉藤さんに告げた。斉藤さんはぼくが誉められると、いつもいつも即座に否定した。それが的をえた答えなので、三人ともが笑った。
閉店を少し過ぎた時間にぼくらは店を出た。駅まで斉藤さんを送り、ぼくは少し遠い道を歩いて帰った。
「今日は、どこに行ってたの?」家に着くと雪代が言った。前もって話していたが、もう一度同じことを説明した。大学の同級生の就職祝いがあったんだという風に。
何日か経って、ぼくは上田さんの父に会いに行った。何度か、自分のところで働けよと誘われていたのに解答するためだった。ぼくはお世話になることになります、と言ってその後の取るべき段取りを聞いた。その会社は地元でも徐々に株を上げ、他にも就職を望んでいるひとたちがいた。その手前、同じようにテストと面接があったが、当然のようにぼくが落ちることはないらしかった。
ぼくはそこを出て、今後何年も生活の基盤になるであろうその会社のことを考えて、少しの不安と多くの安堵を手に入れた。そこには、開放感があると同時に、自由が欠けていくイメージもあった。
ぼくは、帰ってから雪代に報告した。その前に、実家に寄り両親にも告げた。彼らは自分の息子はもう少し優秀だと考えていたのかもしれなかったが、当人が一番自分の力を知っていた。
「ひろし君が決めたんだから」と、雪代は言った。「わたしのことを選んだのもひろし君だしね」
そこに対等な選択があったのかは分からなかった。彼女は誰でも選べたはずなのかもしれないが、ぼくは、ある日、彼女が目の前に表れた瞬間から、選択の余地などなかったのかもしれなかった。ただ、進むべきゴールを最初に見せられ、それにのっとっただけかもしれない。
「お金を稼いで、いっぱいわたしを楽しませてくれる?」と彼女は言ったが、特別そのような感情を持ちすぎている人間だとも思えなかった。