拒絶の歴史(55)
そうこうしているうちに、ぼくは20歳の誕生日を迎えることになる。考えればあっという間の20年間だった。振り返ると、ラグビーで全国大会に行くという目標は叶わず、いまは大学で建築を学んでいる。交際しているひとは東京で仕事をしている。しかし、つながりは密に保たれたままだった。
その週末には何人かの大学の友人と、過去のラグビー部の友達がぼくのために集まってくれて、大いに騒いだ。同じ練習をしてきた仲間と再び会う時間は、ぼくにとって一番リラックスできるときだった。彼らは、それぞれ進路を変え、そのなかの数人はもう働いていて、世間のいくつかの荒波に揉まれていた。しかし、あの時の練習に比べれば、なにごとも辛いとは感じず、彼らが弱音を吐くことは少なかった。
大学時代の友達といま学んでいることを話すことより、彼らといて会話をしたほうが、ぼくは和めることを再確認する。ぼくのありのままの姿で接した3年間ほど、ぼくにとって貴重なものはなかったかもしれないし、今後他人とそういう関係を簡単に結べるのかは自分にとっても謎だった。だが、誰かと仲良くなりたければ、過去のあの日のように自分のすべてをさらけ出すことが必要な気もしている。それも段々と大人になっていくにつれ、何かを防御することを覚えてしまうのかもしれなかった。それも残念なことだが、その両方の地点にぼくは足を置いているのだろう。
何人かはお酒を飲み、ぼくの過去のさまざまな思い出をネタに話をつないでいった。ぼくの少ない美点と、ぼくの失敗談なども2つのタイヤのように両輪で回っていた。
グラウンドにいて応援していたぼくのガールフレンドのことをまだみんなが覚えていた。
「あの子、可愛かったのにな」と誰かが言い、
「だけど、近藤のいま付き合っている人を考えてみろよ。だれもが羨ましい境遇じゃないの?」
と、それぞれがぼくの人生の批評をしようとした。ぼくは、それを他人事のように聞き、その人の恵まれたいくつかを、改めて再評価した。それは、とてつもなく美しいことであり、またそのようなひとの未来もまた美しくなるような気がした。
ぼくらは、その店をあとにして、その後バラバラになって別れた。2次会に行く人もいて、車に乗って送られていく女性たちも何人かいた。ぼくは、家に帰る途中で、ふと公衆電話をみつけ、頭にインプットされた女性の番号に電話をした。しかし、それは繋がらずぼくはそのまま切って家まで再び歩いた。そよ風が心地よい夕暮れで、ぼくは新鮮な木々のにおいを嗅いでいた。
「さっき、電話した?」家に到着すると、直ぐに電話がかかってきた。それは、あるサッカー少年の母だった。ぼくらは隠れた関係をつくっていた。
「分かりました?」
「なんとなく」
ぼくらは、その夜会うことになっていた。その確認をしたかったのだが、ぼくから連絡を入れることはまれだった。その30分後には会い、ぼくらはただ惹かれあうことだけが目的のような関係を再度行っていた。
次の日に目が覚めると、家の玄関のチャイムが鳴った。それは小さな小包をもった宅配業者のひとが押した音だった。ぼくは眠たげな顔を隠すこともせず、それを受け取った。
雪代から送られたことは直ぐに分かった。包みを開けると中には携帯式の音楽プレーヤーが入っていた。あと数枚のCDも一緒に入れられていた。
手紙も添えられており、「これで、移動中も音楽などを聴いて気分転換してください。わたしのことを思い出してね」と書かれていた。ぼくは、彼女の存在を忘れることなどないのは自分自身が知っていた。しかし、二人の距離を縮めることだけは、精神的にはおこなえたが肉体的には離れている以上、どう考えても無理だった。
ぼくは耳にヘッドホンを突っ込み、そこから流れる音楽を聴いた。カーテンの向こうの日射しがいくらかこちらに流れ込み、外の明るさを予感させた。このような数日があり、20歳のスタートの頃の懐かしい思い出だった。
そうこうしているうちに、ぼくは20歳の誕生日を迎えることになる。考えればあっという間の20年間だった。振り返ると、ラグビーで全国大会に行くという目標は叶わず、いまは大学で建築を学んでいる。交際しているひとは東京で仕事をしている。しかし、つながりは密に保たれたままだった。
その週末には何人かの大学の友人と、過去のラグビー部の友達がぼくのために集まってくれて、大いに騒いだ。同じ練習をしてきた仲間と再び会う時間は、ぼくにとって一番リラックスできるときだった。彼らは、それぞれ進路を変え、そのなかの数人はもう働いていて、世間のいくつかの荒波に揉まれていた。しかし、あの時の練習に比べれば、なにごとも辛いとは感じず、彼らが弱音を吐くことは少なかった。
大学時代の友達といま学んでいることを話すことより、彼らといて会話をしたほうが、ぼくは和めることを再確認する。ぼくのありのままの姿で接した3年間ほど、ぼくにとって貴重なものはなかったかもしれないし、今後他人とそういう関係を簡単に結べるのかは自分にとっても謎だった。だが、誰かと仲良くなりたければ、過去のあの日のように自分のすべてをさらけ出すことが必要な気もしている。それも段々と大人になっていくにつれ、何かを防御することを覚えてしまうのかもしれなかった。それも残念なことだが、その両方の地点にぼくは足を置いているのだろう。
何人かはお酒を飲み、ぼくの過去のさまざまな思い出をネタに話をつないでいった。ぼくの少ない美点と、ぼくの失敗談なども2つのタイヤのように両輪で回っていた。
グラウンドにいて応援していたぼくのガールフレンドのことをまだみんなが覚えていた。
「あの子、可愛かったのにな」と誰かが言い、
「だけど、近藤のいま付き合っている人を考えてみろよ。だれもが羨ましい境遇じゃないの?」
と、それぞれがぼくの人生の批評をしようとした。ぼくは、それを他人事のように聞き、その人の恵まれたいくつかを、改めて再評価した。それは、とてつもなく美しいことであり、またそのようなひとの未来もまた美しくなるような気がした。
ぼくらは、その店をあとにして、その後バラバラになって別れた。2次会に行く人もいて、車に乗って送られていく女性たちも何人かいた。ぼくは、家に帰る途中で、ふと公衆電話をみつけ、頭にインプットされた女性の番号に電話をした。しかし、それは繋がらずぼくはそのまま切って家まで再び歩いた。そよ風が心地よい夕暮れで、ぼくは新鮮な木々のにおいを嗅いでいた。
「さっき、電話した?」家に到着すると、直ぐに電話がかかってきた。それは、あるサッカー少年の母だった。ぼくらは隠れた関係をつくっていた。
「分かりました?」
「なんとなく」
ぼくらは、その夜会うことになっていた。その確認をしたかったのだが、ぼくから連絡を入れることはまれだった。その30分後には会い、ぼくらはただ惹かれあうことだけが目的のような関係を再度行っていた。
次の日に目が覚めると、家の玄関のチャイムが鳴った。それは小さな小包をもった宅配業者のひとが押した音だった。ぼくは眠たげな顔を隠すこともせず、それを受け取った。
雪代から送られたことは直ぐに分かった。包みを開けると中には携帯式の音楽プレーヤーが入っていた。あと数枚のCDも一緒に入れられていた。
手紙も添えられており、「これで、移動中も音楽などを聴いて気分転換してください。わたしのことを思い出してね」と書かれていた。ぼくは、彼女の存在を忘れることなどないのは自分自身が知っていた。しかし、二人の距離を縮めることだけは、精神的にはおこなえたが肉体的には離れている以上、どう考えても無理だった。
ぼくは耳にヘッドホンを突っ込み、そこから流れる音楽を聴いた。カーテンの向こうの日射しがいくらかこちらに流れ込み、外の明るさを予感させた。このような数日があり、20歳のスタートの頃の懐かしい思い出だった。