拒絶の歴史(16)
ぼくは、太陽の下でベンチに座り野球部の試合を見ている。時折り、強い風が吹き砂ぼこりを舞い上げた。
ぼくの横には裕紀がいた。彼女は女子高に通っていたので同じ学校の男性がスポーツをしている姿を応援するということをしてこなかった。ぼくの試合を見に来てくれることもあったが、当然のようにグラウンドに立っている自分は一緒に見ることはできなかった。それで、たまには同じ視線を共有してもいいのではないか、ということになったのだと思う。
それは、試合の勝ち負けをあまり意識させないようなのどかな試合だった。誰も上を目指さないランクということで成立している勝負だった。当人たちは、どう思っていたのかしらないが、子供の運動会を暖かく見守るという感じで時間は過ぎていった。
そのような気持ちで見ることに集中を強いるというようなこともなく、適度な会話と適度な笑みというものがぼくらにあった。数時間が過ぎ、ぼくらの母校は負けてしまった。これで、3年生はより一層勉強に励んでいくのだと思う。もしくは、残された期間を遊びの時間に充てる人もいる。悔いというものを思いつくこともない若さがまだぼくらにはあったのだろう。
いままで気付かなかったが、ぼくのベンチの数段後ろには河口という女性がいた。彼女は大学の2年目を迎え、二十歳になるころだったと思う。ぼくは、帰りがけその姿に気付き、軽く会釈した。そのぼくらとの数歳の差がいかに大きかったのかと考える。彼女は、ぼくらの相手として手ごわかったラグビー部のひとと交際していたはずだ。彼は、優秀な学校にスカウトされ、いまは東京の大学に通っているはずだった。そのことを忘れている自分がいた。もし、自分の未来にそのような手が差し伸べられたら、自分はどう反応するだろうかと考えていた。
彼女は、こちらに寄ってきた。そのエレガントという言葉がぴったりと当てはまる彼女の姿をぼくは憧れをもって眺めていた。また、彼女も母校の応援に来るぐらいに、ぼくらの町は小さく、さらに遊べるところも限られていた。
「近藤君にも彼女ができたんだ?」
「ええ、まあ」と言って、いつもながら、もっと気の利いた返事ができないのだろうかと考える。
「優しくしてもらってる?」
と、彼女は裕紀の方に向かって話しかけた。ぼくもそちらを向き、なんと答えるのだろうかと待っていた。裕紀の口から、小さな声で「はい」という言葉がでてきた。
その数語を費やしただけで、ぼくらは離れた。彼女の前に出ると、いつも自分が子供じみた存在であることが明らかになっていく。彼女のような人と釣り合うには、なにが欠けているのだろうかと、自分に問いを投げかけたが、きちんとした答えはまだ自分はもっていなかった。
当然のように裕紀は、その人が誰であるかを質問してきた。ぼくは、いままでの経緯をはなした。はなしたといってもそこには具体的な関係などなにもなかった。ときどき、彼女がぼくの前に現れ、優雅な姿で質問をし、その答えはどうでもよいような表情で返事をきくだけだった。ぼくが、いくらか憧れのような気持ちをもっていることは当然はなさなかった。しかし、話さないからといって伝わらないとは限らなかった。
そこで、ぼくと裕紀の間にはなんとなくぎくしゃくした空気がながれた。彼女の中に嫉妬などというつまらない感情はいままでなかったはずだが、その小さな波紋のようなものがいくらか残っているようだった。
嫉妬の感情があろうがなかろうが、ぼくと河口という女性の間には、なにも芽生えていなければ、なにも始まっていなかった。しかし、なにかを期待しているような気持ちがぼくにはあったのだろうか。上を目指さないスポーツの試合をみながらも、ぼくのその頃は、まだまだ未知なる領域に足を踏み入れたいという気持ちが確かにあったはずだ。
器用な振る舞いになれていない自分はなにも弁解しないし、逆に裕紀のさざなみだったこころを平静にするような言葉も使わなかった。ただ、疑問は疑問のまま、誤解は誤解のまま成立していた。ぼくは、誰かが自分に好意をもつことは当然のことだと考えていた時期だったのだろうか。
ぼくは、太陽の下でベンチに座り野球部の試合を見ている。時折り、強い風が吹き砂ぼこりを舞い上げた。
ぼくの横には裕紀がいた。彼女は女子高に通っていたので同じ学校の男性がスポーツをしている姿を応援するということをしてこなかった。ぼくの試合を見に来てくれることもあったが、当然のようにグラウンドに立っている自分は一緒に見ることはできなかった。それで、たまには同じ視線を共有してもいいのではないか、ということになったのだと思う。
それは、試合の勝ち負けをあまり意識させないようなのどかな試合だった。誰も上を目指さないランクということで成立している勝負だった。当人たちは、どう思っていたのかしらないが、子供の運動会を暖かく見守るという感じで時間は過ぎていった。
そのような気持ちで見ることに集中を強いるというようなこともなく、適度な会話と適度な笑みというものがぼくらにあった。数時間が過ぎ、ぼくらの母校は負けてしまった。これで、3年生はより一層勉強に励んでいくのだと思う。もしくは、残された期間を遊びの時間に充てる人もいる。悔いというものを思いつくこともない若さがまだぼくらにはあったのだろう。
いままで気付かなかったが、ぼくのベンチの数段後ろには河口という女性がいた。彼女は大学の2年目を迎え、二十歳になるころだったと思う。ぼくは、帰りがけその姿に気付き、軽く会釈した。そのぼくらとの数歳の差がいかに大きかったのかと考える。彼女は、ぼくらの相手として手ごわかったラグビー部のひとと交際していたはずだ。彼は、優秀な学校にスカウトされ、いまは東京の大学に通っているはずだった。そのことを忘れている自分がいた。もし、自分の未来にそのような手が差し伸べられたら、自分はどう反応するだろうかと考えていた。
彼女は、こちらに寄ってきた。そのエレガントという言葉がぴったりと当てはまる彼女の姿をぼくは憧れをもって眺めていた。また、彼女も母校の応援に来るぐらいに、ぼくらの町は小さく、さらに遊べるところも限られていた。
「近藤君にも彼女ができたんだ?」
「ええ、まあ」と言って、いつもながら、もっと気の利いた返事ができないのだろうかと考える。
「優しくしてもらってる?」
と、彼女は裕紀の方に向かって話しかけた。ぼくもそちらを向き、なんと答えるのだろうかと待っていた。裕紀の口から、小さな声で「はい」という言葉がでてきた。
その数語を費やしただけで、ぼくらは離れた。彼女の前に出ると、いつも自分が子供じみた存在であることが明らかになっていく。彼女のような人と釣り合うには、なにが欠けているのだろうかと、自分に問いを投げかけたが、きちんとした答えはまだ自分はもっていなかった。
当然のように裕紀は、その人が誰であるかを質問してきた。ぼくは、いままでの経緯をはなした。はなしたといってもそこには具体的な関係などなにもなかった。ときどき、彼女がぼくの前に現れ、優雅な姿で質問をし、その答えはどうでもよいような表情で返事をきくだけだった。ぼくが、いくらか憧れのような気持ちをもっていることは当然はなさなかった。しかし、話さないからといって伝わらないとは限らなかった。
そこで、ぼくと裕紀の間にはなんとなくぎくしゃくした空気がながれた。彼女の中に嫉妬などというつまらない感情はいままでなかったはずだが、その小さな波紋のようなものがいくらか残っているようだった。
嫉妬の感情があろうがなかろうが、ぼくと河口という女性の間には、なにも芽生えていなければ、なにも始まっていなかった。しかし、なにかを期待しているような気持ちがぼくにはあったのだろうか。上を目指さないスポーツの試合をみながらも、ぼくのその頃は、まだまだ未知なる領域に足を踏み入れたいという気持ちが確かにあったはずだ。
器用な振る舞いになれていない自分はなにも弁解しないし、逆に裕紀のさざなみだったこころを平静にするような言葉も使わなかった。ただ、疑問は疑問のまま、誤解は誤解のまま成立していた。ぼくは、誰かが自分に好意をもつことは当然のことだと考えていた時期だったのだろうか。